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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第二章 風のアルビオン
  第二話 婚約者と決闘

 
前書き
第二話です。 

 
 朝もやの中、士郎たちは出発の準備をしていた。
 ルイズたちはいつもの制服姿だったが、歩きやすいように乗馬用のブーツを履いている。
 そんな中、ギーシュが困ったような顔をしながら口を開いた。
 

「あ~……すまない。実は頼みがあるんだが」
「どうした?」

 士郎が馬の鞍に荷物をくくりつけながら振り向くと、ギーシュは頭を掻いて申し訳なさそうな顔を向ける。

「えっと、その、ぼくの使い魔を連れて行きたいんだが……」
「使い魔がいたのか?」
「そりゃもちろんいるさ。当たり前だろ?」
「別にいいと思うが……」
  
 士郎たちが顔を見合わせるが、誰も反対の声を上げない。士郎がギーシュに向きなおって許可を出すと、ルイズが首を傾げながら使い魔の居場所を尋ねる。
 
「ところでその使い魔はどこにいるのよ?」
「ここ」
「いないじゃないの?」
 
 ギーシュは地面を指さしながら言うと、今度はキュルケが首を傾げながら聞く。
 すると、ギーシュはにやっと笑い足で地面を叩く。すると、モコモコと地面が盛り上がり小さな熊ほどの大きさのある、茶色の巨大なモグラが顔を出した。

「ヴェルダンデ! ああ! ぼくの可愛いヴェルダンデ!」

 士郎の視線の先では巨大なモグラに緩んだ顔で抱きつくギーシュ。そんなギーシュに向け、ルイズが心底呆れた声を掛ける。

「なにそれ?」
「ふふっ、なにそれと言われても困るな。僕の可愛い可愛い使い魔のヴェルダンデだよ」
「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」
「そうだよ。ああ、ヴェルダンデ、きみはいつ見ても可愛いね。困ってしまうほど可愛いよ。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

 モグモグモグ、と嬉しそうに巨大モグラが鼻を引くつかせる。

「そうか! そりゃよかった!」
 
 ギーシュは巨大モグラに頬を擦り寄せている。
 その光景を見て皆が一歩足を下げたことに気付かずに、ギーシュは巨大モグラと戯れている。

「でもギーシュ、その生き物地面の中を進んでいくんでしょう? 付いてこれるの?」
「ふふっ、このヴェルダンデは結構地面を掘って進むのは速いんだぜっ! なあ、ヴェルダンデっ!」
 
 キュルケの疑問に、ギーシュは胸をそらしながら自信満々に言い放つ。
 巨大モグラはうんうんと頷く。
 それをチラリと見たタバサは、本から目を離さずに指を上に向けてポツリと呟く。

「アルビオンは空。それ無理」
「「「あっ……」」」
「?」 

 士郎にはタバサの言葉の意味が分からなかったが、どうやら皆は、今から行く場所のことを知っているらしい。タバサの言葉に何か思い出したかのような声を出したギーシュはガクリと地面に膝をついた。
 
「うう……お別れなんて辛い、つらすぎるよ……ヴェルダンデ……」

 主人のギーシュが落ち込んでいるというのに、薄情な巨大モグラの使い魔は、鼻をひくつかせ、くんかくんかとルイズに擦り寄っている。
 主人に似て女好きなのか?
 別段襲われているようにも見えず、士郎はどうしようかと考えながらルイズに擦り寄る巨大モグラを見ている。

「な、なによこのモグラ」
「主人に似て、女好きなんじゃない」

 キュルケが苦笑いしながら言う。
 確かにそうかもしれないなと皆が様子を伺う中、ヴェルダンデはルイズの身体を鼻先でつつき始める。

「ちょっ、ちょっと!」

 何とか押し返そうとするルイズだが、奮闘虚しく哀れ巨大モグラに押し倒される。すわ、貞操の危機かと皆が鑑賞モードに移行する中、ヴェルダンデは鼻をクンカクンカと動かしながらルイズの体をまさぐり始めた。

「や! ちょっとどこ触ってるのよ!」

 ルイズは体をモグラの鼻でつつき回され、地面をのたうち回る。スカートが乱れ、派手にパンツをさらけ出しながらルイズは暴れる。
 巨大モグラから逃げるためとはいえ、あまりのルイズの醜態に、士郎が顔を片手で覆った。
 見ている中気付いたが、どうやら巨大モグラの目的はルイズの貞操ではなく、その右手の薬指に光るルビーのようだ。必死にそこに鼻を擦り寄せる姿から見てとれる。

「この! 無礼なモグラね! 姫さまに頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」
 
 ギーシュが頷きながら呟いた。
 
「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」
「嫌なモグラね」
「嫌とか言わないでくれたまえ。ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれるんだ。“土”系統のメイジのぼくにとって、この上もない、素敵な協力者さ」
 
 宝石が好きなモグラか……凛が知ったら乱獲されて絶滅してしまうかもしれんな……。

 宝石がナイナイと定期的に叫ぶ赤い悪魔のことを思い出し、表情が引き攣りそうになった士郎だが、軽く頭を振り、気を取り直すと、そろそろルイズを助けるかと、苦笑いしながらルイズの元に向かおうとし。
 不意に後方に人の気配を感じた瞬間―――駆け出した。
 士郎が駆け出すと同時に一陣の風が舞い上がる。風は不可視の鉄槌となりルイズとヴェルダンデへと襲いかかる―――が、直前に士郎が立ちふさがり、デルフリンガーを振るう。

「―――誰だっ」
 
 士郎が風が向かってきた方向に向けて鋭く誰何すると、朝靄の中から一人の長身の羽帽子を被った貴族が現れた。
 長身の貴族は、帽子を取ると一礼する。

「女王陛下の魔法衛士隊グリフォン隊隊長―――ワルド子爵だ」
「魔法衛士隊?」
 
 ワルド子爵と名乗った男は、鋭い視線を弱めない士郎の様子を見ると首を振った。
 
「すまない。婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬ振りは出来なくてね」
「「「婚約者っ!?」」」
「ちっ、違ッ……わぷっ!」

 その言葉にルイズとワルド、そして馬の上で本を読んでいるタバサ以外の視線が一斉にルイズに集中する。向けられる好奇の視線にルイズは顔を真っ赤にさせて立ち上がると、士郎に向かって何かを言おうとする。しかし、その前にルイズに駆け寄って来たワルドに抱え上げられ、言葉を遮られてしまった。
 
「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」
「はっ、ハハ……お久しぶりでございますワルド様」 

 戸惑いながら挨拶をすると、ワルドは笑いながらルイズを更に強く抱きしめる。

「ハハッ、相変わらず軽いなきみは! まるで羽のようだね!」
「あ、ありがとうごさいます」
「彼らを紹介してくれないかい?」

 ワルドはルイズを地面に下ろすと、再び帽子を目深にかぶって言った。
 
「あ、あの……こちらが同級生のギーシュ、キュルケ、タバサです」

 ルイズは唖然とした顔でルイズを見ているギーシュ立ちを順番に指を差しながら紹介し、最後に士郎を指差して、少し自慢気に言う。

「そしてこちらが、私の使い魔のシロウです」
 
 紹介された士郎が、未だに緩めない眼光を光らせたまま、軽く頭を下げた。

「きみがルイズの使い魔かい? メイジではないなとは思ってはいたが……まさか使い魔とは、ね」

 ワルドは気さくな感じで士郎に近寄った来た。
 
「僕の婚約者がお世話になっているよ」
「いえ……」

 士郎は挨拶をしながら鋭い眼差しを緩めずに、ワルドを頭の先からつま先までさりげなく確認する。
 
 ……軍人か。
 かなり鍛えている、魔法の腕も一流……。だが気になるのはこいつの目……何か引っかかる。

 ワルドの体付きや歩き方、気配から相当に腕が立つことを見抜いた士郎だったが、人の良い笑顔に貼り付いた目に、何か嫌な予感を感じた。
 士郎が黙って見つめていると、ワルドは更に浮かべていた笑みを深めると、ぽんぽんと士郎の肩を叩いた。

「どうした? もしかしてアルビオンに行くのが怖いのかい? なあに! 何も怖いことなんかあるもんか。君はあの“土くれ”のフーケから学院の宝を取り返したんだろう? その勇気があればなんだって出来るさ!」

 そう言って、あっはっはっは、と豪傑笑いをする。
 笑いを収めたワルドが士郎から離れると、空へと向かって口笛を吹く。すると、朝靄の中からグリフォンが現れた。鷲の頭と上半身に、獅子の下半身がついた幻獣である。
 ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きをした。

「おいで、ルイズ」

 ルイズは士郎に振り返って何かを言おうとしたが、グリフォンに跨って近づいてきたワルドに抱え上げられ、グリフォンに乗せられた。

「あっ」
「では諸君! 出撃だ!」
 
 グリフォンにルイズを乗せたワルドは、手綱を握り杖を掲げて叫んだ。
 ワルドの声に応じてグリフォンが駆け出した。士郎たちも馬に乗ってあとに続く。
 士郎はその鷹のような眼光で、グリフォンに乗っているワルドを見つめ続ける。

 ―――ルイズの婚約者、か………あの目………気のせいならいいんだが…………
 
 

 
 
 アンリエッタは出発する一行を、学院長室の窓から見つめていた。
 目を閉じ、手を組んで祈る。
 
「彼女たちに加護をお与えください。始祖ブリミルよ……」
 
 隣ではオスマン氏が鼻毛を抜いている。
 アンリエッタは振り向くと、オスマン氏に向き直った。

「見送らないのですか? オールド・オスマン」
「ほほ、心配せずとも無事に帰ってきますとも」
「オールド・オスマン、そうは言いますが……」

 アンリエッタがオスマン氏に声をかけようとした際、それを遮るように扉がどんどんと叩かれた。「入りなさい」とオスマン氏が呟くと、慌てた様子のコルベールが飛び込んできた。

「いいいい、一大事ですぞ! オールド・オスマン!」
「きみはいつでも一大事ではないか。どうもきみはあわてんぼでいかんな、あ~ミスタ・ケル『コルベールですっ!』……コルベールくん……ちっ……で。何が一大事なのかね?」

 からかわれないよう、先を制したコルベールに舌打ちをしたオスマン氏が、コルベールに話を続けるよう促す。すると、コルベールは持っていた紙をオスマン氏に突き出しながら言った。

「みっ、ミス・ロングビルが家出をしましたっ!」
「……は?」
「さっ、先ほどミス・ロングビルがまだ出勤していなかったので、体調でも崩したのかと部屋まで行ったのですが、ドアの下にこっ、これが挟まっておりました」
 
 オスマン氏は突き出された紙を、口に出して読んでみた。

「何々、フムフム―――『突然ですが用事が出来ました。すみませんが溜まっていた有給をとります。これを見た方はオールド・オスマンに伝えてください。PS探さないで下さい』……で、何で家出?」
 
 オスマン氏が訝しげな顔をして顔を上げると、コルベールは紙を指差して言った。

「ここ! ここに『探さないで下さい』と書いているじゃないですか!」
「ミスタ……それで何で家出……ミス・ロングビルはもう大人じゃ、放っておいて大丈夫じゃて」
「しかし!」
「あ~もうっ! わしが放っておけと言うておるんじゃ、いいから放っておきなさい!」
 
 テンパりあわあわと慌てる姿にオスマン氏が怒鳴りつけると、コルベールはやっとおとなしくなる。
 おとなしくなるのを確認すると、オスマン氏は手を振りコルベールに退室を促す。

「わかったから君はもう行きなさい」
 
 コルベールがいなくなると、アンリエッタは呆然とした顔でオスマン氏に聞いた。
 
「オールド・オスマン。ミス・ロングビルとは?」
「あ~……その、まあわしの秘書じゃよ……」

 オスマン氏はアンリエッタの質問に、口をもごもごとさせながら答えた。
 それ見たアンリエッタは、不思議そうな顔をして言った。

「秘書……ですか? そんな方が挨拶もせずに、どこに行ったのでしょうか?」
「ま~どうせあの男の尻でも追いかけていったんじゃろうが……」
 
 オスマン氏が小声でボソリと呟いたが、それに気づかなかったのか、アンリエッタは窓の外を憂鬱そうな顔で見ていた。

「そんなに心配せずとも、彼らは無事に帰ってきますぞ」

 オスマン氏の余裕のある態度を見て、アンリエッタは訝しげな顔をする。

「そう言えば先ほどは聞きそびれましたが、なぜ、そのような余裕の態度を……」
「すでに杖は振られたのですぞ。我々に出来ることは待つことだけ。違いますかな?」
「そうですが……」
「それに彼ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」
「彼とは? あのグラモン元帥の息子のギーシュですか? それとも、ワルド子爵が?」

 オスマン氏は首を振る。

「では、まさかあのルイズの使い魔の方ですか? 確かに只物ではなさそうでしたが、しかし彼は平民ではないですか?」
「平民……ですかの……」
「平民ではないのですか?」

 オスマン氏のハッキリしない言い方に、アンリエッタは訝しげな顔をすると聞き返した。

「さて、メイジを手玉に取るような者が平民と言えるのかどうか……どうなんでしょうかのう。わしが今、彼について分かっていることは、彼の実力が『分からない』ということだけですかな」
「『分からない』とは、どういうことですか?」

 アンリエッタはオスマン氏の言葉に、ますます意味がわからないとでも首を傾げた。

「そのままの意味ですぞ。“ドット”とは言えメイジを手玉に取り、あの“土くれのフーケ”から我が学院の宝を取り返す……しかし、彼の実力は今だ『分からない』。わかりますかな姫さま?」
 
 オスマン氏の話を聞き、アンリエッタはハッと顔を上げた。 

「つまり彼は、それだけのことをしておきながら、今だ実力を隠していると」
「その通りです姫さま……」
 
 そこまで言うとオスマン氏は、窓の外を眺めながら言った。

「この旅で彼の実力がハッキリとわかるでしょう……エミヤシロウと言う男の……」
「エミヤシロウ……」

 アンリエッタも窓の外を眺めながらポツリと呟いた。彼が自分をいたわるように見つめた眼差しを思い出し、彼の唇の感触が残る手を撫でながら目をつむる。
 その口元には、本人も気付かない程の小さな笑の姿があった。





 港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で二日、アルビオンへの玄関口である。港町でありながら、狭い峡谷の間の山道に設けられた小さな街である。
 人口はおよそ三百ほどだが、アルビオンと行き来する人々で、常に十倍以上の人間が街を闊歩している。
 狭い山道を挟みこむようにしてそそり立つ崖の一枚岩をうがって、旅籠やら商店が並んでいた。立派な建物の形をしているが、並ぶ建物の一軒一軒が、同じ岩から削り出されたものであることが近づくとわかる。『土』系統のスクウェアメイジたちの巧みの技であった。
 峡谷に挟まれた街なので、昼間でも薄暗い。狭い裏通りの奥深く、さらに狭い路地裏の一角に、はね扉のついた居酒屋があった。
 酒樽の形をした看板には『金の酒樽亭』と書かれている。その居酒屋は今、内戦状態のアルビオンから帰ってきた傭兵たちで店は溢れかえっていた。
 店内は喧騒で溢れていると思いきや、意外なことに静かであった。
 その理由は、店内にいる白い仮面を被った男であった。店内にいる傭兵達は、白い仮面の男の周りで男の話を聞いている。

「で、その六人組みのヤツらを襲えばいいんだな」
「ああ、その通りだ。襲う日時場所はあとで伝える」
 
 白い仮面の男は、依頼内容を伝え終わると傭兵たちを見回した。

「ところで貴様ら、アルビオンの王党派に雇われてたのか?」
 
 傭兵たちはうすら笑いを浮かべて答えた。

「先月まではな」
「ま、とは言え負けるようなやつぁ、主人じゃねえからな」

 傭兵たちは笑った。白い仮面の男も笑った。

「金は言い値を払う。だが、俺はこの国の王のように甘っちょろい王様じゃない。逃げたばらば―――殺す」





 魔法学院を出発して以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。士郎たちは途中で二回馬を交換したが、ワルドのグリフォンは疲れを見せずに走り続けている。
 そのことからタバサの提案により、先ほどから士郎、タバサ、キュルケ、ギーシュの四人は、タバサの使い魔である風竜の背に乗って移動している。よって、今は地上では無く空を飛んで移動していた。

「このままのペースなら、予定より早く着きそうね」

 抱かれるような格好で、ワルドの前に跨ったルイズが言った。雑談を交わす内に、ワルドの頼みにより、ルイズのしゃべり方は昔の丁寧な言い方から、今の口調に変わっていた。 
 
「そうだね、ラ・ロシェールの港町まで夜にはつきそうだ」
「そう……ね……」

 ルイズはワルドと話しながらも、チラチラと士郎達が乗る風竜を見ていた。
 それを見たワルドは笑いながら言った。

「先ほどからチラチラ見ているが、そんなに気になるのかい? 気になっているのはグラモン元帥のご子息かい、それともあの使い……」
「ちっ、違っ……!」

 ルイズが顔を上げて否定をしようとすると、風竜の上からキュルケの声がする。

「あんっ。風が寒いわシロウ。あっためて」
「こら~!! キュルケッ! あんた何してんのよ! シロウから離れなさいっ!」
「る、ルイズ……」

 グリフォンの背から落ちかけるほどに身を乗り出して文句を言うルイズの姿に、ワルドが戸惑った声を上げる。

「は、ハハッ。やっぱり彼が恋人じゃないのかい?」
「も、もうっ! こ、恋人なんかじゃないったらっ」





 風竜とグリフォンで移動したことから、士郎たちはその日の夜までにラ・ロシェールの入口についた。
 士郎は訝しげな顔をして辺りを見回した。湊町だというのに、周りは山道しかない。
 どういうことかと頭をひねりながら月夜に浮かぶ、険しい岩山の中を縫うようにして進むと、峡谷に挟まれるようにして街が見えた。街道沿いに、岩をうがって造られた建物が並んでいる。

「周りは山ばかりなんだが、何故港町なんだ?」
 
 士郎がそう聞くと、ギーシュが呆れたように言った。

「きみはアルビオンを知らないのかい?」
「ああ」
「まさか!」

 ギーシュは笑ったが、士郎は肩を竦めた。

「俺は随分と遠くから来たみたいでな」
「ふ~ん。ま、このペースならあと少しで着くから、そうしたら直ぐにわかると思うよ……ああ、ほら、言ってる傍から街の灯りが見えてきた」
 
 ギーシュがそう言って指を指し示すと、そこには両脇を峡谷で挟まれた、ラ・ロシェールの街の灯りが怪しく輝いていた。





 ラ・ロシェールで一番上等な宿である“女神の杵”亭に泊まることにした一行は、一階の酒場でくつろいでいた。
 “女神の杵”亭は、貴族を相手にするだけあって、豪華なつくりである。テーブル床と同じ一枚岩からの削り出しで、顔が映るぐらいにピカピカに磨き上げられていた。
 そこに、“桟橋”へ乗船の交渉に行っていたワルドが帰ってくる。
 ワルドは席につくと、困ったように言った。

「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうだ」
「急ぎの任務なのに……」
 
 ルイズは口を尖らせている。

「あたしはアルビオンに行ったことないからわかんないけど、どうして明日は船が出ないの?」
 
 キュルケの方を向いてワルドが答える。

「明日の夜は月が重なるだろう? “スヴェル”の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づく」
「どういうことだ?」

 士郎が訳が分からないと言うように尋ねると、ワルドはニヤリと笑いながら言った。

「ああ、君はアルビオンに行ったことがないのか。ならば自分の目で確かめたほうがいい。明日になれば直ぐに分かる。今日は早く寝たらどうだい」
 
 そう言うと、ワルドは鍵束を机の上に置いた。

「人部屋に二人だ。女性と男性で分かれて使ってくれ」
「ルイズはどうするの?」

 キュルケが疑問の声を上げると、ワルドはルイズの肩に手を置いて言った。

「僕とルイズは同室だ」

 キュルケたちはギョッとなってワルドの方を向いた。
 
「婚約者だからな。当然だろう?」

 ルイズがはっとして、ワルドを見る。

「そ、そんな、ダメよ! まだ、わたしたち結婚してるわけじゃ―――」
「大事な話があるんだ。二人っきりで話したい」
 
 ワルドは首を振るとルイズを見つめて言う。その光景を睨みつけるように見ていた士郎は、ルイズ達に声をかける。

「それが理由なら、一緒の部屋に泊まらなくてもいいだろう。ミスタ・ワルドはギーシュと泊まればいい。俺は見張りで外にいる。ルイズは残りの部屋を使ってくれ」
 
 士郎の言葉に一瞬むっとした顔をしたワルドだが、すぐに顔を笑顔にすると、士郎に笑いかける。

「ハハッ、確かにそうだね。……それじゃあルイズ、話をしたいから部屋に行こう」
 
 そう言って歩き出したワルドの背中を、士郎は細めた目で睨みつけていた。
 
 



 ルイズとワルドが入った部屋は、貴族が泊まるだけあって上等な部屋であった。誰の趣味なのか、ベッドは天蓋付きの大きなものであり、高そうなレースの飾りがある。
 テーブルに座ったワルドは、ワインの栓を抜いて2つの陶器のグラスに注ぐと、ルイズに笑いかけた。
 
「君も一緒に一杯やろう」

 ルイズがテーブルにつくと、二人はワインの注がれたグラスを持ち上げて、杯をカチンとあわせた。 
「それでだがルイズ。姫殿下から預かった手紙は、きちんと持っているかい」
 
 ルイズはポケットの上から、アンリエッタから預かった封筒を押さえて頷く。

 いったい、どんな内容なんだろう……そう言えばあの姫さまの顔。確か二人は昔一緒に過ごしたことがあると聞いたことが……もしかしたら……。

 ルイズが考えごとをしていると、興味深そうにワルドが覗き込んできた。

「どうしたんだい? ああ、心配なんだね。無事にアルビオンのウェールズ皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」
「そう、そうね……心配だわ」

 ルイズは可愛らしい眉をへの字に曲げる。

「大丈夫だよ。きっとうまくいく。なにせ、僕がついているんだから」
「ふふ、そうね。あなたは昔から頼もしかったから。それで、話ってこのこと?」

 ルイズから顔を離したワルドは、視線を窓の向こう―――星空を見つめ始めた。

「覚えているかい? あの日の約束……。ほら、きみのお屋敷の中庭で……」
「約束……」
「あの、池に浮かんだ小舟でした約束……」
「あっ―――え、ええっ。もちろんよ、覚えているわっ」

 ルイズは顔を上下にブンブンと振ったが、その頬には冷や汗が伝わっていたが、幸いなことにワルドはそれに気付いていない。

「きみはいつもご両親に怒られたあと、あそこでいじけていたな。まるで捨てられた子猫みたいに蹲って……」
「ほんとに、もう、変なことばっかり覚えているのね」
「そりゃ覚えているさ」
 
 ワルドは楽しそうに笑っている。

「キミはいつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われていた……でも僕は、それはずっと間違いだと思ってた。確かに、キミは不器用で失敗ばかりしていたけれど……」
「意地悪ね」

 ルイズは頬を膨らませた。

「ハハッ、違うんだよルイズ。キミは失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。魅力といってもいい。それはきみが、他人にはない特別な力を持っているからさ。僕だって並のメイジじゃない。だからそれがわかる……」
「まさか」
「まさかじゃない。例えば、そうキミの使い魔……」
 
 ルイズの頬が赤く染まる。

「シロウのこと?」
「そうだ。彼が武器を掴んだときに、左手に浮かびあがったルーン……。あれは、ただのルーンじゃない。伝説の使い魔の印さ」
「伝説の使い魔の印?」
「そうさ。あれは“ガンダールヴ”の印だ。始祖ブリミルが用いたと言う、伝説の使い魔さ……」

 ワルドの目が光る。
 
「ガンダールヴ?」
 
 ルイズが怪訝そうにワルドに尋ねた。
 
「誰もが持てる使い魔じゃない。キミはそれだけの力を持ったメイジなんだよ」
「伝説の使い魔……」

 ルイズは天井を仰ぎみると、自身の使い魔のことを思う。

 確かにシロウはすごく強いけど……伝説の使い魔? シロウが強いのは異世界の魔法使いだからなの? それとも伝説の使い魔だからなの……でも、もしもシロウが伝説の使い魔だったとしても……落ちこぼれのわたしなんかに、ワルドが言うような力が自分にあるなんて……。

「キミは偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」

 ワルドは熱っぽい口調で、ルイズを見つめた。

「この任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」
「えっ……」

 いきなりのプローズに、ルイズははっとした顔になる。
 
「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは国を……このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」
「で、でも……」
「でも、なんだい?」
「わ、わたし……まだ……」
「もう子供じゃない。キミは十六だ。自分の事は自分で決められる年齢だし、父上だって許してくださってる」

 ワルドはそこで言葉を切った。それから、再び顔を上げると、ルイズに顔を近づけた。

「ワルド……」
 
 ルイズは思い出す。頭に浮かぶのは自分の使い魔である士郎のこと……。そして、ついこの前に見た、奇妙な夢……。

 ―――っ……シロウ……わたしは……。

 ワルドと結婚しても、自分は士郎を使い魔としてそばに置いておけるのか。ルイズは思い悩む。
 あの夢をみてから、ルイズはいつも士郎のことばかり考えていた。だから、わかる、理由なんてないけれど、士郎を一人にしたら駄目だということが。
 だからルイズは顔を上げると、決意した目でワルドを見て言った。

「ワルド。わたしはあなたと結婚できないわ」
 
 ワルドは驚きに目を見開くと、ルイズの顔をまじまじと見て、嘘ではないということを理解した。

「キミの心の中には、誰かが住み始めたみたいだね」
「ちっ、違うっ! そっ、そういう理由じゃなくて!」
 
 ルイズは顔を真っ赤にさせて立ち上がると首を左右に振って否定する。

「いいさ、僕にはわかる。わかった、取り消そう。今、返事をくれとは言わないよ。でもね、この旅がおわったら、きみの気持ちは僕に傾くはずさ」
 
 ルイズは俯いて何も言わない。
 
「それじゃあ、もう寝よう。本当はこの部屋で一緒に寝るはずだったんだけどね……残念ながらここからでなければいけない。それじゃ、おやすみルイズ」
 
 そう言ってワルドは部屋のドアから出て行った。
 一人残されたルイズは胸に手を当てると、口の中で小さく呟く。

「私の心にシロウが住み始めた……か……」






 
 “女神の杵”亭の屋根に―――一つの人影があった。
 士郎である。士郎は腕を組み、その鷹のような眼光を周囲に巡らして警戒している。
 唐突に士郎が上を見上げると、空から風竜に乗ったタバサとキュルケが現れた。

「お疲れ様。どう? 何かあった?」
「キュルケか、いや何もない……」
「ふ~ん、そう?」

 キュルケは士郎に近づくと、後ろから抱きついてきた。

「キュルケ」
「心配じゃないの?」

 士郎がキュルケに何かを言おうとする前に、キュルケは士郎の耳元で囁く。

「ルイズがか?」
「そっ、いくら婚約者だからって、今は二人っきりよ。心配じゃないの?」
「心配じゃないかと聞かれれば、それは心配だが……」
「じゃあ、なんでこんなところにいるの? 心配なら……」
「確かに心配だが、さっきから嫌な予感がする」
「嫌な予感?」

 士郎の言葉に訝しげな顔をしたキュルケが聞いた。
 
「ああ、こういう時の予感は良く当たるんでな」
「ふ~ん……そう、じゃあっルイズがワルドに押し倒されても知らないわよ」
「ぶっ! おっ、押し倒されるっ!」

 キュルケの言葉に驚き慌てて振り返った士郎の眼前で、唖然とした顔をしたキュルケが言った。

「シロウ? あなたまさか……あたしが言ったことキチンと聞いていた?」
「あっ、ああ。聞いていたがまさかこういうこととは……」
「はぁ~。もうシロウったら」

 キュルケは士郎から離れると、風竜の背中でぼうっと星空を見ているタバサに向かって歩き始めた。
 
「少しぐらいはルイズのことも考えときなさいよ、ちょっとだけどルイズが可哀想よ……まっ、あの子もあの子だけど……ね」
「キュルケ?」

 士郎が疑問の眼差しでキュルケの後ろ姿を見ていると、急にキュルケが立ち止まり、士郎の前にまで小走りに駆け寄っていく。
 
「キュルケ?」
 
 士郎がキュルケを疑問の眼差しで見下ろすと、キュルケは悪戯っぽい笑みを士郎に向けた。 

「これぐらいは役得よね」

 そう言ってキュルケは背伸びをすると、士郎の頬にキスをした。

「―――っ」
「ふふっ、もちろんあたしのこともしっかりと考えなさいよ。それじゃっ、おやすみシロウ」

 キュルケはそれだけ言うと、赤くなった頬を隠すように急いで風竜に向かって走り出した。
 風竜が飛んで行き、屋根の上にひとり残った士郎は、キュルケのキスをした頬を押さえながら苦笑を浮かべた。



「……おやすみキュルケ」

  



 翌日、士郎が『女神の杵』亭の廊下を歩いていると、羽帽子を被ったワルドが声をかけてきた。

「おはよう。使い魔くん」
「あはよう。ワルド子爵、こんな朝早くどうした?」

 士郎の言葉にワルドはにっこりと笑った。

「きみは伝説の使い魔“ガンダールヴ”なんだろう?」
「……」

 ワルドの問いに無言で答えた士郎は、向ける視線の中に探りの色を浮かべる。

「フーケの一件で僕は君に興味を抱いたんだ。それで調べているうちにわかったんだが……」
「……」
「あの“土くれ”から学院の宝を取り返したという君の腕が、どのくらいのものだか知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」

 ワルドの申し出に、やっと士郎が口を開く。

「手合わせ?」
「ふふ、わかるだろう。つまり、これさ」

 ワルドは腰に差した魔法の杖を引き抜く。
 軽い口調ながらも、目が笑っていないワルドの顔に、士郎が口の端だけを曲げた笑みを向ける。

「やるのはかまわないが、どこでやる」 
「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦だったんだよ。中庭に練兵場があるんだ」





 士郎とワルドははかつて貴族たちが集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場で、二十歩ほど離れて向かい合った。練兵場は、今まではただの物置き場となっている。樽や空き箱が積まれ、かつての栄華を懐かしむかのように、石でできた旗立て台が苔むして立っている。

「昔……といっても君にはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下では、ここでよく貴族が決闘をしたものさ」
「そのようだな……」

 そう言えば時計塔にも、似たようなものがあったな……あいつらは決闘場を使う前に喧嘩を始めていたが……。

 士郎は決闘場を見回すと、昔を思い出し目を細めた。

「古き良き時代、王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……貴族が貴族らしかった時代……名誉と誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。でも、実際はくだらないことで杖を抜きあったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね」
「そういうところは、昔も今も変わらないということか」
 
 一瞬だけ苦笑を浮かべデルフリンガーを引き抜こうとした士郎だが、それをワルドは左手で制した。

「何だ?」
「立会いには、それなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」
「介添え人?」
「安心したまえ。もう、呼んである」
 
 ワルドがそう言うと、物陰からルイズたちが現れた。ルイズは二人を見ると、はっとした顔になる。
 
「ワルド、来いって言うから来てみれば何をする気なの?」
「あらルイズ。見て分からないの? 決闘よ決闘」
「シロウとワルド子爵の決闘か、どっちが勝つかな?」
「……」

 ルイズの後ろからぞろぞろとついてきたキュルケたちを見たワルドが、困惑した顔でルイズに聞く。

「ルイズ、彼女たちは?」
「ここに来る途中で会ったの……」
 
 ルイズが顔を横に向けて言うと、ワルドに近づく。
 
「というかそれよりもワルドっ! 決闘ってなによっ決闘ってッ! 今はそんなことしている時じゃないでしょ!?」
「そうだね。でも、貴族というヤツは厄介でね。強いか弱いか、それが気になると、もうどうにもならなくなるのさ」

 言っても聞かないと理解したルイズが、おずおずと士郎を見た。

「……どうしてもやるの?」

 士郎は苦笑いしながら、ルイズの頭の上に手を置く。

「すまないなルイズ。まあ、そういうことだ」
「もう……怪我しないでね」
「では、余計な者たちもついてきたが、介添え人もきたことだし、始めるか」

 ワルドは腰から杖を引き抜き、フェンシングの構えのように、それを前方に突き出す。

「さて、どのくらいの腕前か見せてもらおうか」
  
 ニヤリとした士郎の笑みに、ワルドが薄く笑い答えた。

「君の腕前もね」 





 士郎はデルフリンガーを引き抜き、一足飛びにワルドに斬りかかった。
 ワルドは杖で士郎の剣を受け止めようとするも、士郎の動きが予想よりも早かったため、後ろに飛び斬撃を交わす。足が地面に着くと同時に士郎に向かい、杖をレイピアの如く突き出しながら飛びかかる。
 唸りを上げ迫る突きをそらすようにしてずらすと、士郎は杖を流す勢いそのままにワルドに斬りかかった。
 頭上から振り下ろされる剣を、ワルドは魔法衛士隊の黒いマントを翻らせ、後方に飛び退り避けると、構えを整えた。
 
「なんでぇ、あいつ、魔法を使わないのか?」

 デルフリンガーがとぼけた声で言った。

「さてな、使えないのか使わないのか……」
 
 速い……な、やはり、ギーシュとは格が違う―――だが。
 魔法衛士隊の隊長だというだけあって、ワルドがかなりの実力者であると分かったが。驚く程のものは見当たらない。これがこの世界の実力者の力なのか、それとも実力を隠しているだけなのか。

「魔法衛士隊のメイジは、ただ魔法を唱えるわけじゃない」

 ワルドは羽帽子に手をかけて言う。

「詠唱さえ戦いに特化されている。杖を構える仕草、突き出す動作……杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」

 士郎は剣を構えなおすと、ワルドに斬りかかる。士郎の剣には派手な技は無く、ただただ剣を振るうだけ、しかし、その一つ一つが速く、重い。最初の頃は、余裕の顔をして相手をしていたワルドの顔は、士郎が剣を一振りするごとに余裕が無くなり、その服には所々剣がかすり、傷が出来ていた。

「っく! ……さすがは伝説の使い魔だな……しかしっ、所詮平民っ……これならば」

 ワルドが大きく後方に飛びすさりながら呪文を詠唱し始める。
 
「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」
「相棒! いけねえ! 魔法がくるぜ!」
 
 杖を操る腕は確かに達人の域に達してはいるが……援護のない、一対一の戦闘中に詠唱とは、舐めているのか? ワルドが飛び退りながら詠唱を始めようとするのを見た士郎は、その舐めているとも言える行動に頭にきながらも、足に力を込め、まだ空中にいるワルド目掛け斬りかかる。

 ワルドが詠唱を始めたことに気付いたデルフリンガーが、士郎に対し警告の声をあげた瞬間、見えない巨大な空気のハンマーが士郎に向かう。だが、その時には既に士郎は、デルフリンガーの警告の直前、ワルドが後方に飛ぶのに合わせ、ワルドに向かい斬りかかっていた。空気のハンマーは、すでに士郎がいない場所を通り過ぎるのみで、士郎の服にかすりもしなかった。
 
「なっ、何っ!?」
「勝負あり……だな」

 士郎に剣を突きつけられたワルドは、苦虫を噛み潰したような顔で士郎を睨みつけると頷いた。

「あ、ああ。私の負けだ……」

 



 

 決闘場は静寂に包まれていた。
 士郎が強いとは知っていたが、相手は魔法衛士隊の隊長である。善戦はするだろうが、さすがに勝てないだろうと考えていたルイズたちは、決闘の結果を驚愕の面持ちで受け止めた。
 
「……強い」

 ルイズがポツリと呟くと、キュルケも頷く。

「強いと知ってはいたんだけど……これほどとはね……」
「すごい……」

 そんなルイズたちの下に士郎が歩いて来る。

「どうした、そんな顔して、何かついてるか」

 士郎が顔に手を当てながらルイズに聞くと、ルイズは大きなため息をついた。

「ハァ~。そんなことじゃないわよ…ただ皆、士郎の強さに驚いているだけ」
「強いって……まあ、確かにワルドは魔法も杖の使い方もうまかったが、それだけだろ」 
「それだけって……」

 難なく言う士郎を皆が呆れた目で見つめると、士郎は肩を竦める。

「俺は今までに、もっととんでもない相手と戦ってきたからな……あれぐらいならそこまで手こずらないよ」
「もっととんでもないって?」

 ルイズが驚愕の眼差しで士郎に聞くと、士郎は苦笑いしながら空を仰ぐ。

「まっいろいろいたな……剣の一振りが大砲の一撃のような奴とか、一撃でも喰らえば殺されてしまうような奴とかいろいろいたな……」
「……一体どんな人たちよ……」

 ルイズが呆れながら言うと、士郎はルイズの頭をポンポンと叩くと笑って言った。

「まっ、いろいろあったんだよ、それより早く朝食を食べに行こうか」
 
 士郎がドアに向かって歩いていくと、慌ててキュルケたちも追いかけていった。

「さすがシロウね! ますます惚れたわっ!」
「さ、さすがぼくに勝っただけはあるね」
「……まだ実力を出しきってない?」






 決闘場に一人残されたワルドは、士郎たちが出て行ったドアを睨みつけていた。

「エミヤシロウ……この借りは、必ず代えさせてもらうぞ……」


 ワルドの呟きを聞いたものは誰もいなかった。

 
 
 

 
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