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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第四十六話 俺ってそんなに嫌な奴か?



帝国暦 488年 9月 28日  オーディン  ゼーアドラー(海鷲) アルベルト・クレメンツ



「久しぶりだな、こうして二人で飲むのは」
「そうだな、内乱が始まる前に飲んだのが最後だ、半年ぶりかな?」
「ああ、半年になるな」
俺が答えるとメックリンガーが頷いた。

「先ずは元帥昇進、おめでとう」
「有難う、卿も大将昇進、統帥本部総長就任、おめでとう」
「ああ、有難う」
互いにグラスを掲げ一口飲んだ。美味い、ごく自然にそう思えた。こいつと飲む酒の味は格別だ。

「元帥府は開かないと聞いたが」
「ああ、その方が変な派閥意識が出来なくて良いと思ってな。メルカッツ元帥と相談してそう決めた」
「そうか、……まあ卿は宇宙艦隊司令長官も辞退したからな。そうではないかと思っていたが……」
本当は元帥への昇進も辞退したかった。だが最高司令官はそれを許してくれなかった。妙な物だ、辺境で燻っていた俺が元帥とは……。いや、俺だけじゃないな。

「卿が統帥本部総長というのは驚いたぞ、大将が統帥本部総長になるのは初めてだろう。しかも総参謀長と兼任か」
「らしいな、だがそれなりに理由が有る」
「理由?」
俺が鸚鵡返しに問い掛けるとメックリンガーが頷く。そして周囲を見渡してから顔を貸せと言うように手で合図した。俺も周囲を見渡してから身を乗り出す、幸いな事に今日は客が少ないようだ。メックリンガーも身を乗り出した。

「最高司令官閣下はイゼルローン、フェザーン両回廊を使った二正面作戦を考えている」
小声で囁かれたが雷鳴よりも耳に響いた。
「本当か?」
「本当だ」
メックリンガーが頷いた。思わず唸り声が出た。最高司令官はもう次の戦争を考えているのか、しかも二正面作戦? 決戦か?

「規模は?」
「全軍を上げて、そういう事だな」
決戦だ、また唸り声が出た。
「それで卿が総参謀長と統帥本部総長を兼任するわけか。責任重大だな」
「押し潰されそうだ」
“何を言っている”と笑う事は出来なかった、メックリンガーは生真面目な表情をしている。

「時期は?」
「早ければ来年後半、そんなところだ。まあ決定は国内状況、フェザーンの状況、反乱軍の状況を確認しつつの事になるだろうが……」
なるほど、フェザーンには追放された貴族達がいる。侵攻するための口実に困ることは無いだろう。しかし……。

「来年か……、早過ぎないか?」
無意識にグラスを口に運んでいた。ワインの味が良く分からなくなっている。多分メックリンガーも同じだろう。
「門閥貴族が滅んだ事で彼らの持っていた財産が没収された。国家の財政状況は一気に改善されたようだ。来年以降の税収もかなりの増収となる、大規模な出兵に十分耐えられるだろうと閣下は見ている」
補給面は問題無しか、戦争の基本は補給と戦略、昔から少しも変わっていない。

「国内状況は問題無しか……」
「改革が順調に進めば問題無しだ」
「改革か……」
以前から考えていたのだろう、帝国の実権を握ると最高司令官は直ぐに改革を始めた。

これまで誰も為し得なかった劣悪遺伝子排除法を廃法とし、改革派、開明派と呼ばれる人間達を集めて貴族達の特権を抑え平民達の権利を拡大しようとしている。順調に進めば平民達の支持は絶大な物になるだろう。これまでは軍人として支持されていたが今後は国家指導者として支持される事になる。出兵も支持されるだろう。

「メルカッツ軍務尚書とケスラー憲兵総監が艦隊を維持しているのもそれが理由だ。出兵が決まれば彼ら二人の艦隊が国内の留守部隊になる」
「なるほど……」
着々と進んでいる、そう思った。多くの将兵が昇進と新たな任務に一喜一憂している時、最高司令官は既に前に進んでいる。ぞくりとするものが有った。彼にとっては帝国の覇者というのは最終目標ではないのだろう。

「分かっているか?」
「うん?」
俺が生返事で返すとメックリンガーが含み笑いを洩らした。
「二正面作戦の一方は卿が総司令官だぞ」
「俺か……」
メックリンガーが“そうだ”と言って頷いた。なるほどメルカッツ軍務尚書が国内に残る以上、総司令官は俺だろう。

「どっちだ?」
「フェザーンだ」
「ではフェザーン方面は助攻か……」
「違う、フェザーン方面が主攻だ。動員兵力もそちらが多くなる」
「……」
思わずまじまじとメックリンガーを見た。彼がゆっくりと頷く。

「イゼルローン要塞は閣下が自ら攻める。反乱軍は防衛のために戦力をイゼルローン要塞に集中するはずだ……」
「そこを突く、そういう事だな」
「そういう事だ」
言い終えてメックリンガーがグラスを呷った、俺も残りを一気に飲み干す。そして互いのグラスにワインを注いだ。

「反乱軍が慌てふためいて軍を返した時、イゼルローン要塞を攻略し回廊を突破する、最高司令官はそう考えている」
「反乱軍はイゼルローンとフェザーンの間で右往左往すると言う事か」
「効果的な迎撃は出来まい」
「うむ」
なるほど、しかし……。

「イゼルローン要塞はそう簡単に落とせるとは思えんが……」
俺の問いかけにメックリンガーが首を横に振った。
「要塞攻略については最高司令官閣下が責任を持つ。攻略案は有るようだ、心配はいらないと言われた」
「そうか……」

攻略案は有る、つまり一旦作戦が発動されればフェザーン、イゼルローン両回廊を突破して帝国軍艦隊が反乱軍の勢力圏に雪崩れ込むと言う事だ。
「統一は間近か?」
「そうなるな、この宇宙から戦争は無くなるだろう。最高司令官は反乱軍の領土の統治案を検討するチームを密かに発足した。検討メンバーには軍人だけでなく文官も含まれている」
俺が溜息を突くとメックリンガーも溜息を吐いた。

「とんでもない話だな」
「とんでもない話だ」
「……リューネブルク中将が言っていたよ」
「リューネブルク中将が? 何をかな……」
「恒星だと」
「恒星? なるほど、恒星か……」
メックリンガーが頷いた。

「今は未だ小さいがこれから何処まで大きくなるか、楽しみだと。あの事件の直前の事だが……」
笑っていた、良く俺に頼んでくれたと喜んでいた。ようやく借りを返せると言っていた。そして最高司令官を守って死んでいった……。

「……彼が守った恒星は人類史上最大の恒星になるさ。宇宙の隅々まで照らす存在になるだろう……」
「ああ、そうだな」
「……クレメンツ、乾杯しようか?」
「良いな、乾杯しよう」
リューネブルク中将、何時か報告する。卿が守った恒星が何処まで大きくなったかを、きっと喜んでくれるだろう……。



宇宙暦797年 9月 30日  ハイネセン  アレックス・キャゼルヌ



「マダム・キャゼルヌの作る料理は美味しいですね、ついつい食べ過ぎてしまう」
「俺は何時もそれを注意しているぞ、ヤン。健康診断という強敵がいるからな」
俺の言葉にヤンが笑い声を立てた。気楽な奴だ、俺にとっては笑い事では無い、なかなか深刻な現実なのだが……。水割りを用意してサロンに移った。ここからは大人の時間だ。妻は洗い物を、娘達はユリアンと遊んでいる。少しの間言葉を交わす事無く水割りを飲んだ。

「内乱が終結したな、勝ち残ったのはヴァレンシュタイン元帥か……」
「一番嫌な相手が勝ち残りましたよ、先輩」
「そうだな、一番嫌な相手が勝ち残った……」
「しかも最悪の勝ち残り方です。全ての権力が彼に集中しました」
ヤンの表情は渋い、多分俺も同様だろう。同盟にとっては厄介な事態になりつつある。

「あっという間でしたね、内乱がはじまってから半年で帝国の実権を握りました。ちょっと鮮やか過ぎるな」
小首を傾げている、感心している場合じゃないだろう。
「リヒテンラーデ侯と組んで門閥貴族を斃す、間髪を入れずにリヒテンラーデ侯を粛清した。鮮やかと言うより非情、容赦がない、俺にはそう見えるがな」
ヤンが頷いた。そしてグラスに口を付けようとして手を止めた。

「正しい戦略ではあります、リヒテンラーデ侯と組むことで門閥貴族達を反乱軍として討伐する。その後でリヒテンラーデ侯を斃した。一番弱い立場に居た彼が帝国の覇者になるにはそれしかありません。ああもあっさりと斃されるという事はリヒテンラーデ侯は全く油断していたんでしょう。信頼できる軍事指揮官、そう思わせていたのでしょうね」
「……リヒテンラーデ侯が彼を殺そうとしたと言われているが……」
俺の言葉にヤンが首を横に振った。

「権力を握ってしまえば口実など何とでもなりますよ。機を見るに敏と言うか、戦機を捉えるのが上手いと言うか、手強いですね。戦略だけじゃない、政略面でも手強いです」
「そうだな……」
「……」
水割りを一口飲んだ、どうも苦い、気持ち良くは酔えないかもしれない。

「殆どの貴族が殺されるか帝国から追放されたらしい。今、商船でフェザーンに向かっているようだが中には同盟への亡命を希望している貴族も居るらしいな」
「そうですか……」
いかん、どうも会話が途絶えがちだ。

「受け入れるのでしょうね」
「それはそうだろう、向こうの生の情報が入るんだ」
ヤンが微かに頷いた。
「聞きたいですね、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、どんな人物なのか」
「逃げ出したくならなきゃ良いけどな」

ヤンが苦笑を浮かべた。“そうですね”と言って一口水割りを飲む。実際彼の人物像など碌な物ではないだろう。貴族達の殆どが殺されるか財産を没収された上で帝国から追放されているのだ。冷酷、非情、狡猾、残忍、俺にはそんなイメージしか湧かない。権力欲の強い嫌な男にしか思えない。

「帝国軍最高司令官兼帝国宰相か、皇帝が幼い以上彼が皇帝の様なものだろうな」
「彼より力の無かった皇帝は沢山いますよ、むしろ彼以上に力の有った皇帝なんてほんの僅かでしょう。劣悪遺伝子排除法を廃法にしたんです。実力はルドルフ並みかな」
「確かにな」

劣悪遺伝子排除法、ルドルフ大帝が制定した悪法だ。この悪法の所為で自由惑星同盟が生まれたと言っても良い。銀河帝国の代々の皇帝達もこの法が悪法であるという事は理解していただろう。だが初代皇帝であるルドルフが作った法であるだけに廃法には出来なかった。晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ二世でさえ有名無実には出来ても廃法には出来なかった。

「簒奪とか考えているのかな? 如何思う?」
俺が問い掛けるとヤンは髪の毛を掻き回した。
「可能性は有りますね。軍は押さえている、簒奪を阻むとすれば貴族ですが既に内乱で力を失っています。改革が上手く行けば平民達の支持は絶大な物になるでしょう。不可能とは思えません」

それに比べて同盟は……。前回の出兵が失敗した事で政府は躍起になって責任回避を図ろうとしている。政府だけを責めるのはおかしい、出兵は市民が望んだ事だと責任を同盟市民にも押し付けようとしているのだ。ネグロポンティ国防委員長の辞任で幕引きを図っているが政府の支持率は低下しガバナビリティの低下は否めない……。余りにも対照的な両者だ。

「しかし彼は平民だろう、実力者として受け入れるのと皇帝として受け入れるのは違うんじゃないのか? つまり皇帝になるには権威が要るんじゃないかと思うんだが……。その辺りは如何なのかな? 帝国人は彼を皇帝として受け入れられるのか? 大体貴族にもなっていない……」
俺が問い掛けるとヤンは“権威ですか”と言ってちょっと考えるようなそぶりを見せた。

「さあどうなんでしょう、何とも言えませんね。……ところでブラウンシュバイク、リッテンハイム両家の娘達はどうなったんでしょう、殺されたとは聞きませんが……」
「俺も聞いていないな。……生きているんじゃないか、二人とも。一時は女帝候補者だったんだ、殺されれば騒ぎになるだろう」
ヤンが二度、三度と頷いた。

「だとすると反発が有るのであれば彼女達のどちらかと結婚するという方法が有りますね。女系でゴールデンバウム王朝と繋がるんです。現皇帝を廃して女帝夫君としてゴールデンバウム王朝を存続させながら実質的に乗っ取るか、簒奪してから妃に迎えて前王朝と繋がっているとアピールするか……、権威的な面での反発はかなり軽減できると思います」
「なるほど……」
そういう抜け道が有ったか、確かにそれなら可能かもしれない。

「彼、結婚していましたか?」
「していたんじゃないのか? 皇帝の寵姫を下賜されただろう、あれって結婚じゃないのかな?」
「なるほど、下賜って結婚でしたか……」
ヤンが頭を掻きながら苦笑を浮かべた。俺も苦笑いだ、帝国では人を物の様に遣り取りする。

「あとは自らの力で権威を確立するという方法も有ります」
「というと?」
「外征により圧倒的な戦果を挙げる。同時に政治改革で帝国民衆の圧倒的な支持を得る。ナポレオン一世はそれによって皇帝になりました。ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムだって連邦市民の圧倒的な支持で皇帝になったんです。彼も同じことをするかもしれない」
「なるほどな」

どっちを取るのか……。結婚によって帝位を得るか、それとも軍事、政治的な成果により皇帝への道を選ぶか……。或いは皇帝にならず実力者で終わるという事も有るだろう……。
「厄介な相手だな」
「ええ、厄介な相手です」

水割りを飲もうと思ったがグラスは空になっていた。もう一杯飲むか、悪酔いしそうだが、素面では居られそうにない。……エーリッヒ・ヴァレンシュタインか、……厄介な相手だ。


 
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