オリ主達の禁則事項
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勇者召喚にはご用心
禁則事項第弐条
オリ主は可能な限り努力し、その世界の一部として生きなければならない。
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「これはまた…風光明媚な世界だな…」
何時ものように世界を渡り、降り立った秋晴の感想がそれだった。
風光明媚…美しい光景を指す四文字熟語だが、今回に関しては皮肉というか呆れから出た言葉である。
何せ視界をどんなに移動させても4色の色しかない。
空の青、雲の白さ、太陽の輝き、そして地面に広がる砂の色…ここは砂漠のど真ん中だった。
そんなに目を凝らしても、砂漠の果てどころかオアシスさえ見えない。
相当に広大な砂漠が広がっている。
世界が衰退しているのは明らかだが、今回のこれはオリ主のせいではない。
この世界は元々砂漠が広がり、衰退を始めていたのだ。
オリ主の行動が衰退につながりやすいのは確かだが、その世界の自浄作用が足りずに衰退する事もある。
この世界はまさにそれだ。
担当する神も神託で何とか改善しようとしたようだが、それでも間に合わないレベルで砂漠が広がり、もはやこの世界に生きる者や物では世界の衰退を防げない所まで来てしまった。
担当の神が禁忌に手を出してしまった理由の一端はこの世界を見捨てられなかった事に在る。
「女神だったからな…」
大母神に通じるものがある分、男神より女神の方が世界に対するこだわりは強い。
人間のように腹を痛めるわけではないが、それでも自分が生み出したものだ。
見捨てられる物ではない。
「今回は面倒なことになりそうだな…」
直感がそう告げている…と言うより既にして面倒なことになっている。
発端は、大母神が何時ものように魂が世界を渡る気配を感じた直後の事だ。
これまた何時もの如く秋晴がオリ主を追いかけて世界を渡ろうとし、大母神がやらかした神を呼び出して切諫しようとした所で、見た目10歳くらいの幼女の外見をした女神が、大泣きしながら突撃してきたら流石に面食らう。
悪い事をしたと泣きながら謝る幼女神から簡単な事情を聞きだし、その内容のまずさから、尚もぐずり続ける女神を大母神に任せ、秋晴は慌ててこの世界にやって来た。
「とりあえずまだオリ主の暴走は起こっていないか…」
急いでこの世界に来たのは、諸々の事情からオリ主が暴走する可能性があったからだ。
ネギま!の世界とは違い、この世界はまだ未来が確定していないのである程度の許容量はあるが、それにも限度がある。
例えば錯乱した状態で能力を使い、大量殺戮でもやらされたら洒落にならない。
死んだ人間の数だけ世界崩壊の可能性が上って行くなど、勘弁してほしい所だ。
早急にオリ主に接触しなければならないと、秋晴がポケットから取り出したのはリモコンと携帯を合わせたような道具だ。
ボタンをいくつか押せば、液晶の部分に光が灯り、像が浮かび上がった。
現われたのは黄色人種の肌に黒髪、まだあどけなさを残す痩せ気味の顔…その下に彼女の物らしきプロフィールが続く。
「来類咲…享年18歳か…」
若いなと思ったが、それに関しては続く情報と死因を見て納得した。
秋晴は来類咲の情報を頭に入れていく。
「転生者じゃなく、トリッパー…ね…」
この世界の生き物に魂を入れ、生まれると言うプロセスを経るのではなく、死んだ直後にその体を再生し、異世界に放り込むタイプだ。
以前の安置もこれに該当する。
転生と違い、成人した形で行動できるという利点はあるが、逆に世界に対する認識を深める時間がなく、後ろ盾を一から作らなければならないという不利もある。
どちらがより良いと一概には言えないが、今回のトリッパーには更にもう一つ厄介な事情がくっついていた。
「しかも…“勇者召喚”か…」
勇者召喚…トリップ方法の一つではあるが、竜退治や魔王討伐等の目的を持って呼ばれるため、召喚主や国から転生物と同等かそれ以上のバックアップを得られる。
そしてその勇者召喚と言うトリップ方法が、来類咲が暴走する可能性であり…あの幼女神の大泣きの理由でもあるのだ。
――――――――――――――――――――
「ここか…」
秋晴の行動は、日が沈むのを待って行われた。
その強化されている肉体の力を十分に発揮して砂漠を駆け抜けたのだ。
リモコン携帯にはこの世界における異物…他の世界の人間の魂を識別し、マップとして液晶に表示する機能がある。
おかげでオリ主の居所は一目瞭然…そして現在、秋晴は砂漠のど真ん中、唯一の水源であるオアシスの畔にある、日干し煉瓦で作られたらしき城の前で城壁を見上げていた。
リモコン携帯の反応からも、この中にオリ主がいるのは間違いない。
召還された来類咲は、当然召喚した人間と共にいるだろう。
そして召還などという物が出来るのは基本王族かそれに近い権力をもった何者かであり、ならば勇者のいる場所は自然と城か、それでなくても特に警戒の強い場所に限定されるのだ。
秋晴が昼間に動かなかったのは、そう言う連中とまともにやりあっても得る物は無い上に、基本的にオリ主以外に秋晴は大母神の貰った力を向けないと誓いを立てているので、捨て身で来られたりするとちょっと困る。
「さって、よ!!」
鋭く吐いた呼気と共に、秋晴は飛んだ。
城壁の縁に手を掛け、勢いのまま体を上げる。
幸いなことに、巡回の人間と鉢合わせる事はなかった。
肉体能力に物をいわせ、僅かな取っ掛りを使って垂直の壁をクライミングしていく…この場合、目指す場所は城の高い所…何故か権力者とか重要人物の居場所は高い所というのがセオリーなのだが…本当に何故なのだろうか?
そんな事を考えつつ、同時に今回のオリ主である来類咲の事も考えている。
勇者召喚…王族や魔法使いが魔方陣やら何やらを使って他所の世界から人材を本人の意思を無視して拉致する…言い方は悪いがやっている事はそのまんまだから仕方がない…というものだ。
実はというか勿論というか、これにも神の意志が関わっている。
そもそも、召喚の儀式自体が、以前転生やトリップがはやった時に神々が神託で広めた物である。
幼女神もその例にもれなかったのだが、幸いなことに今まで執り行われる事はなかった。
しかし今回、迫る“危機”を前にして、何処から掘り出してきたものか儀式の資料を入手したこの国の王が大神官辺りに命じてやらかしたと言うわけだ。
「今回の場合、その召喚理由が問題なんだよな…」
勇者召喚のデメリット…目的があって呼ばれるため、呼ばれた人間は召喚された時点で強制的に何らかの役を負わされる事になる。
もう一つ、神から見た勇者召喚とは、それを意図したものではないとはいえ、人間が自分達に向けて出すSOSでもある。
自分達でどうにもならないからこそ勇者を欲するからだ。
世界の衰退に相当焦っていた彼女は、この要請にこたえなかった場合に、世界の衰退が更に加速するかもしれないと悩み、悪いと思いつつも禁忌を犯した。
これで何とか問題を解決し、世界が立ち直れば自分がお仕置きを受けるくらいとか…本人にとっては割と悲痛な事を思ったようだ。
そこまでは良い…いや、実際にはよくないのだが…幼女神は衰退とSOS、初めての勇者召喚と大母神からのお仕置きを気にするあまり、最も肝心なことの確認を忘れていた。
すなわち…何故彼等が勇者を欲したのか…その理由を確認し忘れていたのだ。
この世界に来類咲を放り込んだその直後に、彼女と神官達の会話から勇者召喚の目的を知った幼女神はショックを受けて真青になり、大母神に泣きついてきたというのが事のあらましである。
「話を聞けば一概にあの幼女神だけを責めるのは気が引けるけど…迂闊と言えば迂闊だな~」
大母神は彼女にどんな罰を与えるつもりだろうか?
事情を考慮しても、無罪と言う訳には行くまい。
オリ主ならば秋晴がいくらでもぶんなぐれる…とはいえ正直あの見た目幼女を本気で殴れる自信はない…のだが、神を裁けるのは基本的に頂点の神格を持つ大母神だけだ。
「…後は勇者の来類咲の能力が分かれば…やりようもあるんだけど」
秋晴にとっての一番の頭痛の種がそれだ。
どうやら彼女は自分で能力を選んだらしく、幼女神も彼女の能力の内容を知らないらしい。
それが危険なものかどうかすら、今の時点では不明なのだが、能力次第では問答無用でこの世界から排除しなければならなくなる。
未だ錯乱して暴挙に出ていないのは、選んだ能力が戦闘向きではないかまだ理性が残っているか…どちらかと言えば前者だと嬉しいのだが…。
「いい加減面倒を丸投げするのはやめてほしいなホント…見た目10歳でも俺よりはるかに長く生きているはずなんだから…っとついた」
上層部にある部屋のテラス、その手すりに手を掛けると一気に体を引き上げて、音もなく床に降り立つことで秋晴のロッククライミングは終わりを告げた。
この場所は城のかなり高い場所にあるため、まさかテラスから侵入する人間がいるとは思っていないのか監視する人間はいない。
「まあ、やるのは俺くらいだろうけどね…」
リモコン携帯で、ガラス扉の先に来類咲がいる事を確認する。
そっと手を掛ければ、扉は部屋向きに開いた。
カギは最初からかかっていなかったようだ。
「あれだな…高層マンションの上層階の人間が、下着ドロなんて気にせず洗濯物を干すような感覚なんだろうな…」
最初の時点で防御を固めていたため、内側に入ると逆に気が抜けているのだろう。
それは悪い事ではない。
来類咲にとってはともかく、秋晴にとっては忍び込む手間が省けるのでいい事だ。
音もなく、風と一緒に部屋の中に入る。
「…誰ッスか?」
「は?ッスか?」
入った瞬間誰何されて、しかもそれが妙なイントネーションと語尾だった事に、秋晴はその動きを止めた。
見れば、暗い室内の先…ベッドの腕に座っている女性…事前資料に在った来類咲顔が自分を見ている。
自分の侵入に気がついて声を掛けたというよりは、扉を見ていたら、たまたま視界の中に秋晴が入った喉驚いているような…きょとんとした顔で見られ、秋晴も次のリアクションに困った。
「あ、ひょっとして大母神様の裁判官じゃないッスか?」
「あ~多分そうだと思う…ッスって…」
心当たりはある。
実際似たような事をしてきたのだ。
オリ主にとっては恐怖のまとだろう。
所で●●ッス…と言うのは彼女の口ぐせか?
「とりあえず、俺の名前は秋晴…それで、なんで俺の事を?」
「秋晴さんッスね、秋晴さんの事はあの小さくて大きな神様から聞きいたッス」
間違いなくあの幼女神の事だろう。
見た目は確かに幼女なのだが、そこはやはり神様…実際の身長は10メートルはある。
文字通り小さくて大きな女神さまだ。
「とっても怖い人って言っていたッス。だから逆らっちゃダメって…」
「あの幼女神…」
逆らわない方がいいと言うのは彼女なりにいろいろ配慮した結果だろうが、それ以上に余計過ぎる事を吹き込みまくっていたようだ。
大母神にきついお仕置きを下してもらっているといいなと思う。
「それよりも!!」
「うお!!」
いきなり布団をはね上げて来類咲が飛びかかって来た。
身体能力が強化されているので、その動きもしっかり見えてはいたのだが…むしろしっかり見え過ぎていたために避けられなかった。
来類咲の必死の形相に金縛りになってしまい。
その勢いのまま押し倒されてしまう。
「な!!何を…」
「助けてくださいッス!!」
どこかの演劇みたいな言葉を女性有利なポジショニングで言われた。
来類咲は今、秋晴の上にまたがっている。
自分がどんな格好をしているのか分かっていないのか?
「わ、私だけじゃできないッス!!無理言わないでほしいッス!!」
「ま、待て待て!!」
「勇者様!!」
「「っつ!!」」
息をのむ音が重なった。
二人揃って部屋の扉を見て、改めて自分達の状況を思い出す。
「まず…警護の人間か?」
「はい、こっちへきてッス!!」
見た目の華奢さを裏切る腕力を発揮した来類咲が、秋晴を引きずって行ったのは…。
「おいおい、本気かよ?」
「早く!!」
気が引ける物はあるが、この状況において問答をしている余地はない。
秋晴は諦めて来類咲に従った。
「失礼します!!」
直後、扉をぶち破るいきおいで開け放ち、護衛の兵士2人が室内に入って来た。
「御無事ですか!!」
「はい…お騒がせしまたッス」
兵士達を来類咲の言葉が迎える。
彼女はベッドの上、上半身を起こした状態だ。
それを確認した兵士は、室内に他に誰かいないか注意深く観察する。
「…何者かがいませんでしたか?」
「いいえ、ああ…少し夢見が悪くて、魘されていたかもしれないッスね、ハハハ…」
「それにしては、男の声がしたような…」
「そ、それはごのぎょう名声でずか?」
デスメタルに声を変える来類咲に、兵士達は訝しげだ。
その様子に来類咲もタラリと冷や汗をかく。
「…テラスへの扉が開いていますね?」
「ギク、し、閉め忘れていたかもしれないッス。で、でもここは城の高い部分にありますし…」
「それはそうですが…」
テラスの下は絶壁だ。
ここから入ろうとするなら羽があるか垂直の壁を“十数メートル登る”必要がある。
流石にそれは無理だろうと考えた兵士は、まだ腑に落ちないながらも敬礼をして部屋を出て行った。
夜中に年頃の女性の部屋にいる事の不躾さを気にしたのだろう。
「ふう…」
「大胆な事するな…」
ゴソリと、来類咲の布団が彼女の動き以外の理由で動いた。
めくられた布団の中から出てきたのは秋晴だ。
とっさとはいえ、自分と同じ布団に男を押し込むその判断力と言うか根性には素直に関心する。
「す、好きでしたんじゃないッス。ふ、布団の中に男の人を入れるなんてそんなふしだらな女の子じゃないッスよ。勘違いしないでほしいッス。そ、それより助けてほしいッス」
「またそれか…えらく必死な…君の事情は知っているけど焦り過ぎじゃないか?あの幼女神から能力を貰ったんだろう?自分で決めたらしいけどそれは使えないのか?」
「た、確かに貰ったッスけど…」
「けど?」
来類咲の様子が変だ。
彼女の能力が何かは確認していないが…勇者召喚の経緯と事情を考えれば、“それなり”の能力を選んだはずなのに…何か恥ずかしがっているようにも見える。
「わ、私の能力は…これッス」
「ん?」
彼女は両手を合わせ、秋晴に差し出した。
何が起こるかと秋晴も注目する。
「…花ッス」
「へえ…」
平いた両手の間から現われたのは彼女の言うとおり…花だった。
チューリップに似た赤い花が、何もなかった彼女の手の中に現れている。
「命を作り出す能力?」
「いいえ、花を出す能力ッス」
「……………は?」
来類咲の言葉がちょっと理解できず、たっぷりと時間を取ってから疑問符が漏れた。
「は、花?」
「そうです。花を出す能力ッス」
「他には…」
「これだけッスね」
秋晴は考える…何だこれはと…。
「花を出す能力?…うん、手品としては面白いけど…」
「はい、手品位の事しかできないッスよ」
「いや、自覚あるなら態々聞く事でもないかもしれないけど…君、それでどうするつもり?」
「無理ッス」
来類咲は必死だ。
その心情は分かる。
「…俺の勘違いかもしれないけど、君って確か“戦争の旗頭”として呼ばれたんだよね?」
「残念なことに…その通りッス」
秋晴の言葉に、来類咲の表情が絶望に染まり…コクンと首肯した。
来類咲が召喚されたのは、竜を倒すためでも魔王を倒すためでもない。
戦争の戦闘に立つ勇者…人間を殺す勇者…敵国を滅ぼす勇者…それがこの国の求める勇者だった。
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