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エリクサー

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24部分:第二十四章


第二十四章

「色々とあると言ったな」
「それでも本当に便利ですね」
「他にもあるしな。さて、話はこれ位にしてだ」
「行きますか」
「先には何があるかわからないがな」
「そうですね。確かに」
 今の言葉のやり取りから本郷の顔に自然に緊張が走る。
「じゃあ。用心しつつ」
「行こう」
「はい」
 こうして二人は階段に入りそこを下っていく。階段は暗くそして思ったよりも長かった。本郷はライターの火を点けてそれを灯りとしていた。
「長い階段ですね」
「まだ先は見えないな」
「そうですね。長くかかりそうですし」
 一旦ライターを収めてかわりに俺の右手を掲げたその指先に赤い火を出してそれを灯りとしたのだった。
「ちょっと術を応用してみました」
「中々いいな」
「いいですか」
「うん、いい応用だな」
 役は実直に本郷の今の行動は褒めていた。
「ライターの油には限りがあるがそれには限りがないしな」
「そうですね。だからこれに切り替えました」
「いいことだ。それに」
「それに?」
「若し今この階段で何か出て来たとする」
 あえて物騒な仮定をしてきた。
「その場合にも火があればすぐに対処できるしな」
「そうですね。それは確かに」
「今のところ気配はしないがな」
「ええ」
 二人は階段を下りながらも警戒の念は解いてはいなかった。役は懐から拳銃を取り出しており本郷は何時の間にかその左手に刀を持っていた。既に戦闘態勢に入っていたのだ。
「それで気配のしない相手もいますしね」
「博士の妹君といいな」
「あの人はやっぱり」
「それだ」
 ここで役の言葉が指摘になった。
「それ!?」
「これは私の予感だが」
 まずはこう前置きしてまた述べたのである。
「今から辿り着く先はあの人に関係があることなのかもな」
「あの人にですか」
「この大学はあの博士の出身校」
 このこともあった。前提があってこその予感なのだ。
「話としても繋がる」
「そういえば確かに」
「断定はできないがな。それでも」
「話がリンクするのは確かですね」
「そういうことだ。あの博士には邪悪なものは感じられないが」
 これははっきりとわかっていた。邪悪なものは一切感じなかった。だからそのことは安心してはいたのだ。
「だが。それでもな」
「心に邪悪なものはなくとも誤った行動をしてしまう」 
 本郷の言葉は彼にしては珍しく哲学的であった。
「そういうことですかね」
「まさかと思うが」
 役はノートに触れた。そのうえで一ページずつめくりながらまた言うのだった。ノートはもう何年も経っているような古いものであった。ほこりが凄い。
「どう書いていますか?」
「面白いことが書いてある」
 ノートを見ながらまた本郷に答える。
「実にな」
「面白いこと?」
「そうだ。それだ」
 彼は言うのだった。
「エリクサーを知っているな」
「はい」 
 本郷もまたこのエリクサーというものは知っていた。
「錬金術の死者を生き返らせる薬ですね」
「そうだ。それだ」
 彼は言うのであった。
「それらしいな。どうやらな」
「エリクサー!?」
 本郷はその言葉をまた聞いて顔を顰めさせたのだった。
「まさか。エリクサーは」
「錬金術によって作られる」
 錬金術はあらゆる物質を金に変えることを究極の目的としている。賢者の石というものを作ればそれができると言われている。だが錬金術はそれだけではなく生命を蘇らせることもその中にあるのだ。ただ金だけを狙って研究されてきたわけではないのである。
「そうだな」
「そうです。あの博士は」
 ハインリヒのことを脳裏に思い浮かべる本郷であった。
「んっ!?」
 しかしここで。何故彼のことを思い浮かべたのか自分でも妙に思うのであった。それでついついそのことを言うのであった。
「何でだ」
 彼はそれをまた言う。
「何故あの博士のことが」
「リンデンバウム博士か」
「確かに怪しいですよ」
 この大学出身でしかも学者であるというのが大きなポイントであった。二人はかなり確信に近かったがそれでもここで彼の顔が浮かんだのが不思議だったのだ。
「それでも。どうして」
「思い浮かんだのか」
「直感ですかね」
 彼はその怪訝な顔で言う。
「これって」
「そうだな。ただの直感だ」
 役はそれは見抜いていた。
「だが。それはどうやら当たっているな」
「!?当たっていますか」
「ノートに面白い名前が出て来た」
 役はノートのある場所を見て本郷に述べたのだった。
「エルザとな」
「エルザさんですか」
「もうすぐまた会えると書いてある」
「どれですか?」
 それを聞いて無意識のうちにノートを覗く本郷であった。
「俺にわかりますか?」
「これだ」
 こう言ってそのポイントを指差す。するとそこに書かれていたのは確かにエルザという言葉だった。ドイツ語であり筆記体のうえかなり独特な文字であったが本郷にも何とかわかったのであった。
「わかるな」
「ええ、わかりました」
 役に対して答える。
「よくね」
「直感が現実になったな」
「そうですね。間違いないですか」
「これで話が完全につながった」
 しっかりとした顔で小さく頷きながら述べる本郷であった。
「エルザさんは。間違いなく」
「生き返ったんですね」
「道理で生気がない筈だ」
 役は全てがわかったうえでまた述べた。
「最初は人形か何かと思ったが」
「人形ですか」
「動く人形だ」
 こう述べるのであった。
「人形らしく顔は動かないな。顔色も白いのもだ」
「しかしそれは人形ではなかった」
「生き返った人間だったというわけだ」
「人形よりはいいでしょうけれどね」
 本郷は少し役に背を向けて腕を組んで歩きつつ言うのだった。
「あの博士にとっては」
「そうだな。しかしだ」
 ここで役の言葉が厳しいことになる。
「この世の摂理があるな」
「はい」
「死者を生き返らせてはならない」
 このことを本郷に告げる。
「そうだな」
「そうです。それじゃあ」
「蘇った命は消えなければならない」
 また言う役であった。
「土に還らなければな」
「じゃあやっぱりやりますか」
 本郷の目が光る。役の背中を見据えて。
「エルザさんの命を。やはり」
「そうしなければならない」
 役は本郷に背を向けたまま語る。
「それが摂理なのだからな」
「じゃあ俺が」
「いや」
 また剣を手にかけようとした本郷に告げる。
「それには及ばない」
「じゃあ役さんが行きますか?」
「それもない」
 それも否定するのであった。本郷には道理のわからないことだった。彼の言葉を聞いて目を顰めさせる本郷であった。
「それじゃあ何もできませんよ」
「今回は何もしなくてもいい」
 何故かこう言う役であった。
「私達はな」
「どういうことですか?」
「ここに書いてある」
「ノートにですか」
「そうだ。エリクサーは確かに出来た」
 このことははっきりと本郷に告げた。
「しっかりとな。しかしだ」
「しかし?」
「完全ではないようだ」
 役の言葉に少し悲しむようなものが入っていた。それは本郷も感じ取ったがそれがどうしてなのかはあえて聞きはしないのだった。
 
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