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港町の闇

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第九章


第九章

「むっ」 
 だがそこにアルノルトはもういなかった。彼は一歩後ろに退いていた。
「チッ、かわしたか」
「ふむ、気配で悟ったか」
 アルノルトは姿を現わしながらそう言った。闇の中にその姿が徐々に浮かんでくる。
「生憎な。丸わかりだったぜ」
 本郷はそう言葉を返した。
「そこまで殺気を漂わせていたならな。すぐにでもわかるさ」
「勘がいいようだな、ふふふ」
「勘じゃねえよ」
 不敵に笑いながら言葉を返す。
「気配だって言っただろ。手前の気は丸わかりなんだよ」
「気か」
「そうさ。これだけはそうそう容易には消せねえ。俺の命を狙っている限りはな」
「面白いことを言う」
 アルノルトはそれを聞いて目を細めさせた。
「それが人間の戦い方なのならな」
「もっと知りたいか?何なら教えてやるぜ」
「笑止」
 だがアルノルトはそれを一笑に付した。
「人間に教わることなぞ何もない」
「そうかい、ならこっちもすぐに終わらせてもらうぜ」
 そう言いながら再び構える。
「これでな。覚悟しろ」
 そしてアルノルトの隙を窺う。両者は互いに睨み合いをはじめた。
「気、か」
 アルノルトはふと呟いた。
「それ故に悟られたのならこちらにも考えがある」
「何!?」
 本郷はその言葉に眉を動かせた。
「これならどうかな」
 そう言うとアルノルトの身体がぶれた。そして複数に別れた。
「ムッ」
 本郷はそれを見て目を瞠った。
「分身の術!?」
「日本ではそう言うか」
 アルノルトは警官の一人の言葉に顔を向けた。
「確かにこれは分け身だ。しかしな」
 複数のアルノルトの口から同時に言葉が放たれる。
「私は現に今何人もいる。日本の分け身もそうかな」
 日本でよく忍者が使うとされている分身の術は基本的に本物以外は偽りのものでしかない。だが今アルノルトが見せているそれは違うようであった。
「全て貴様自身のようだな」
「如何にも」
 本郷の言葉にそう応える。
「これは全て私なのだよ」
 アルノルトはそう語った。
「全てが私。すなわち発せられる気も全て私のものだ」
「成程な」
 それを聞きながら呟く。
「どうやらそれで俺を惑わすつもりか」
「そうだ」
 彼は答えた。
「これならば貴様とて対処のしようがあるまい」
「それはどうかな」
 強がりを言う。だがアルノルトの言葉通りであった。
「私を倒す間に別の私にやられるな」
「くっ」
 それは本郷もわかっていた。
「それではどうしようもあるまい。先程の無礼、その身で償ってもらうぞ」
 全てのアルノルトがニヤリと笑ってそう言った。その赤い目が禍々しく歪み口が三日月のように曲がる。それは魔性の者の笑みそのものであった。
 アルノルトが動きはじめた。彼は本郷を取り囲んでその周囲で周る。
「覚悟はいいか」
「覚悟か」 
 それでも本郷は怯んではいなかった。
「覚悟ってのはなあ」
 そして言う。
「俺の辞書にはねえんだよ、そんな言葉」
「戯れ言を」
 アルノルトはその言葉をまた嘲笑った。
「それでは今教えてやろう」
 爪を伸ばしてきた。全てのアルノルトが。そしてそれで本郷を貫こうとする。だが彼はそれより前に上に跳んでいた。
「ムッ!?」
 全てのアルノルトが見上げた。そして彼を追う。だが本郷はそれより前に動いていた。
「これなら・・・・・・」
 彼は空に跳び上がりながら言う。そして下を見た。
「どうだっ!」
 また小刀を放った。今度はさっきのものよりもずっと多い。
「前からくるものならかわすのも簡単だろうが上からならそうはいかないな!」
「チィッ!」
 その通りだった。だからこそアルノルトは呻いたのだ。
 だがそれでも彼は動いた。その身体を一つにしたのだ。
「ムッ!?」
 本郷はそれを見ていぶかしんだ。何をするつもりかと思った。
 だがすぐにわかった。彼は身体を一つにすることで小刀を避けるつもりなのだ。
「そうくるか!」
「そうだ」
 アルノルトは答えた。
「これならばその小刀も当たりはしまい」
「チッ!」
 一つにあったアルノルトは後ろに跳んだ。そして小刀を全てかわしてしまった。
 そして上を見上げていた。本郷は降下しようとしていた。
「そして今攻撃を仕掛けたならどうなるか」
「させるか」
 彼は刀を構えながらそれに対する。
「やれるものならやってみろ!」
「ではやろう」
 アルノルトは言った。そして再び爪を伸ばす。
「これで終わりだな」
 爪が一直線に伸びる。だが本郷は既に刀を構えていた。
「させんっ!」
 空中でその爪を刀で弾いた。そして何とか無事に着地した。
「ふう」
 着地する時に膝を曲げて衝撃を消す。そして立ち上がった。
「何とか無事だったな」
「よくあれをかわしましたね」
 それを見ていた大森巡査が彼に声をかける。
「何、これ位」
 本郷はそれに対して笑みで応えた。
「どうってことありませんよ。いつものことです」
「ほう、いつものことか」
 アルノルトはそれを聞いて目を細めた。
「どうやら思ったよりやるようだな。人間にしては」
「生憎な」
 本郷はそれに返す。
「貴様ごときにやられることはないと言っただろう」
「言葉を変えよう」
 アルノルトはそれを聞いて実際に言葉を変えてきた。
「それは言葉だけだ」
「フン」
 それを聞いてもやはり悪びれてはいなかった。本郷とはそういう男であった。
「それじゃあどうするんだ」
「その口を今度こそ塞いでやる」
 そう言いながら今度は髪を伸ばしてきた。その中の数本を取る。それは槍になった。赤い槍であった。
「これでな。一思いに貫いてやる」
「槍でか」
「そうだ。刀より槍の方が強いのは知っているな」
 槍を前に構えながら言う。
「知らないな」
 本郷は言い返した。
「強い方が勝つってのは知っているけれどな」
「そう、その通りだ」
 ここで別の者の声がした。
「強い者が勝つ、それは真理だな」
「何者だ」
「やっとおでましですか」
 本郷はその声を聞いて苦笑いを浮かべた。
「遅いですよ、本当に」
「済まない、本郷君」
 その声は本郷の言葉に対して謝罪した。
「裏手から回っていたのでね。手間をとった」
 そして闇の中からもう一人の男が姿を現わした。コートを羽織った背広の男である。右手に銃を構えている。役清明であった。
「貴様は」
「彼の相棒でね」
 役は本郷に顔を向けながら言った。
「役清明という。以後お見知りおきを」
「人間の名を覚えるつもりはないがな」
「ほう」
 役はそれを聞いて思わせぶりな笑みを浮かべた。
「人間の名前はどうでもいいということだ」
「当然だ。糧の名なぞ覚えてどうなるか」
「確かに。パンにいちいち名前をつける者はいない」
 役はそう言いながらアルノルトに歩み寄ってくる。
「だが御前は一つ間違いをしている」
「何だ」
「人間は御前の糧なぞではない」
 彼はここでこう言った。
「人間は御前の糧になる為に生きているのではないのだ。自分の夢の為に生きている」
「戯れ言を」
「戯れ言と言うか。確かに御前にとってはそうだ」
 役は言った。
「だが人間にとってはそれが真理だ。それを今教えてやる」
 そう言いながら銃をアルノルトに向ける。そしてそれを放った。
「銀の銃弾か」
「そうだ」
 本郷は答えた。
「これをかわすことはできまい。貴様が魔性の者ならばな」
「そうだな」
 意外にもアルノルトはそれを認めた。
「魔性の者なら銀の力にあがらうことはできぬ。しかし」
 不敵な笑みを浮かべた。
「それは普通の魔性の者であったならばだ。私程の者ならば」
 槍を投げた。それを銃弾に当てる。
「こうしてそれを打ち消すことができる」
 そして銃弾を槍で相殺したのであった。
「ムッ」
 それを見た役が声をあげた。
「これならどうだ」
「まさか銀の銃弾を消すとは」
「そこの男に言ったが」
 アルノルトは本郷に顔を向けながら言う。
 
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