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港町の闇

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第十章


第十章

「私は偉大なるユダの末裔だ。普通の銀の銃弾では倒せはしない」
「普通の銀では、か」
「そうだ。少なくともこうして相殺できる。他の魔物とは違うのだ」
 言葉を続ける。
「これこそが偉大なるユダの血脈の力だ」
「本当にそれしか言えねえな」
 本郷がそれを聞いて悪態をついた。
「他にねえのかよ」
「血脈の持つ意味がわからないらしいな、貴様には」
「ああ、わからないな」
 彼は言葉を返した。
「魔物のことなんてな。わかりたくもねえ」
「ではわからずともよい」
「ああ、そうさせてもらうか」
「だがその命は貰い受ける。覚悟しておけ」
「まだやるのかい」
 彼はそれを受けて身構えた。だがアルノルトはそれには乗らなかった。彼は不敵に笑い彼等から間合いを離した。そして言った。
「いや、それは止めておこう」
「逃げるのか」
「逃げるのではない。仕切りなおしだ」
 彼はそう返答した。
「本郷忠、そしてそちらの男。確か役清明といったな」
「如何にも」
 役はそれに答えた。
「名前は覚えた。また会おう。そして」
 言葉を続ける。
「その時こそ御前達の最期だ。覚えておけ」
 そう言い残し姿を消した。彼は霧となり姿を消したのであった。
「行っちゃいましたね」
「ええ」
 大森巡査に本郷が応えた。
「霧になって。これは映画と同じですね」
「元々吸血鬼は変身能力がありますからね」
 そう答える。
「他にも色々と化けることができますからね。注意が必要ですよ」
「はい」
「そしてそれだけではありません」
 役が彼等の前に出て来た。
「役さん」
「本郷君も苦戦していたようだな」
 彼に顔を向けて問う。
「はい」
 彼は硬い顔でそれに頷いた。
「手強いのは事実ですね。まさか小刀をああまで見事にかわされるとは思いませんでしたよ」
「だろうな」
 役もそれには同意した。
「私もだ。まさか銀の銃弾をあんな形で潰すとは」
「予想外でしたか」
「ええ」
 警官の一人にそう答える。
「しかもあんなやり方でね。あそこまで強力なのはそうはいません。これから大変ですよ」
「それは奴に言わせればユダの血脈のせいか」
 本郷がポツリと言った。
「所詮裏切り者だろうが。何故あんなに強いんだ」
「それはキリストがあの地域においては正の代表だからだろうな」
 役はそれに対してそう答えた。
「それを裏切ったユダは負の力の代表、悪魔そのものだ。だからこそその子孫もあそこまでの力を発揮するのだ」
「全てはユダのせいですか」
「そういうことになる」
「ただ何かよくわからないんですけれど」
 大森巡査が役に問う。
「何でしょうか」
 役はそれに顔を向けた。
「いえ、何か自分が思っているキリスト教の考えとかなり違うな、と思いまして」
「それについてですか」
 彼はそれを聞いて何かに気付いたようであった。
「それについてはお話すれば長くなりますが。宜しいでしょうか」
「ええ、まあ」
 巡査はそれに同意した。
「それでは明日」
「明日ですか」
「今日は遅いですからね。それに戦いの後ですし」
 役は言った。
「身体を休めたいので。宜しいでしょうか」
「はあ」
 巡査はそれにも同意した。
「それでしたら。では明日署で」
「はい」
 こうして彼等は休息に入ることにした。関帝廟を出ようとする。
「おっと」
 ここで七尾刑事が携帯の電話を入れた。
「戦いが終わって全てが終わりというわけではありませんよ」
「あっ」
 本郷も役もそこで気付いた。
「そうでしたね。迂闊でした」
「はい」
 大森巡査も他の警官達も既に動いていた。そして刑事の電話に応えてパトカー等がやって来た。そして哀れな犠牲者の亡骸を取り囲んだ。
「まだこれからっていう若い娘を」
 その亡骸を見て刑事は忌々しげに呟いた。
「何て野郎だ」
「ええ」
 本郷と役はそれに同意した。彼等もそこに立ち会っていた。
 だが事件の真相は言うわけにはいかなかった。これはあくまで『普通の』事件であることになっているからであった。少なくとも表立ってはそうである。そういうことにしなければならないのだ。
「何としても倒さねいといけませんね」
「ああ」
 役は本郷の言葉に頷いた。
「どれだけ手強くてもな。方法はある」
「あるんですか」
「陥落しない城はないって言うな」
「はい」
「そういうことだ。本当に不死身の存在も無敵の存在もこの世にはありはしない」
 彼は強い声でそう呟いた。
「だからこそだ。必ず倒す方法はある」
「ですね」
 それに本郷も頷いた。
「じゃあ行きますか。その時は」
「ああ。頼むぞ」
 役は亡骸を見ていた。見ながら本郷に対して言った。
「彼女、いやあの男の毒牙にかかった多くの罪なき人達の為にもな」
「はい」
「必ず倒す。いいな」
 最後に強い声が暗闇の中に響いた。そして彼等は目の前にいる亡骸をただ見つめるのであった。それから休息に入った。だがその休息は戦いの合間のほんの息抜きに過ぎなかった。
 
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