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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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決勝戦~後編~



 始まった戦いは、決して派手なものではない。
 艦隊攻撃兵器の打ち合いだ。
 レーザーが、レール砲が、ミサイルが。

 敵を打ち砕くために放たれ、防がれる。
 一見すれば、地味な戦いも――観客席でラップが小さく声をあげた。
 周囲を見渡せば、先ほどまでの一進一退の攻防に比べれば遥かに花のない様子に、雑談も始まっている。

 これこそが息を飲むべき戦いだろうに。
 そう呟いて見回す周囲で、何名が自分と同じ感想を持ったのか。
 気になったラップが周りを見れば、ほんの数名ほどが息をすることも忘れて、モニターに目を奪われていた。

 あそこでクラスメイトが話しかける言葉を無視しているのは、一学年の主席――セラン・サミュールと言っただろうか。
 一学年の中にも優秀な人はいるようだと、ラップは再びモニターに目を向けた。
 艦隊を僅かばかり動かすだけの、打ち合いは――先ほどから相互に出血を敷いている。

 だが、そこに含まれるのは何十という高度な技術の集まりだ。
 しかし、相手もまた高度であるため完璧に崩す事ができない。
 もしこれが慣れていない人間であれば、崩された瞬間に勝負を決められる。

 おそらくはラップですら、いや、現役の教官の中にもこれほどの高度な戦いに耐えられる人間はいない。敵を崩す策、守る策、惑わせる策――それらが一つではなく、全て艦隊を駆使して、重なり実行されている。

 左翼が敵を崩そうとすれば、右翼が敵の策を防ぎ、しかもそれが次の策へ繋がっているなど、誰が理解できるだろうか。
そうした結果が、この実に地味な出血戦である。
 互いの損傷艦艇は一進一退。ほぼ互角――このまま戦えば、おそらくはヤンが勝つ。

 だが、そのことをワイドボーンは理解していないわけがないだろう。
 そうなれば。

「そろそろ動くか」

 + + +
 
 化け物だな。
 コンソールを叩く様に打ちながら、アレスは舌打ちをした。
 先ほどまでは圧倒的劣勢であったために、理解するまで至らなかった。

 だが、こうして正面から艦隊決戦をすれば、なおのこと相手の異常さが理解できる。こちらはワイドボーンを始め、ローバイク、テイスティア、そして自分と、おそらくは士官学校でも最高の戦力で責め立てている。

 客観的に分析すれば、相手の四学年はローバイクにおとり、一学年はまだまだ甘い。二学年もまた、もしもアレスが同数で戦えば五分と持たずに壊滅できるだろう。
 技術的には圧倒的にこちらが有利。

 だが――勝てない。
 こちらがそれぞれ考えて実行する策が、全て受け止めれ――お返しとばかりの動きに対応するだけで、精一杯だ。
 下手に動けば、そこから一気に勝負を持って行かれる。

 それが理解できるからこそ、こちらも勝負をかけることもできない。
 結果は相互に出血が増えて、膠着状態に陥っている。
 時間が過ぎれば、不利になるのはこちらの方だ。
 時間切れになれば、相互の損傷艦艇数でこちらの敗北が決定する。

 まったく化け物だと、首を振ったアレスの耳に、緊張のこもった声が聞こえた。
『マクワイルド候補生』
「何でしょう」

『動くぞ』
 たった一言。
 ワイドボーンの言葉に、アレスは理解したように頷く。
 皮肉気にゆっくりと唇を曲げながら。
「向こうは承知の上でしょうね」

『当然だな』
「それでも動きますか」
『他に手があるのならば、聞いてやる』
「そうですね――」

 小さく呟いたアレスの言葉に、ワイドボーンの楽しげな声が筺体に響いた。
 馬鹿にしたような気配のない、純粋な笑いだ。
『相変わらず楽しませてくれる。それが可能だと思うか?』

「普通ならやろうとも思いません。ただし、この状態ならば、ワイドボーン先輩の日頃の行いが良ければ成功するかもしれませんね」
『面白い。なら成功は決まったようなものだ――貴様の好きにするといい』
「ええ。少しくらい驚いてもらいましょう」

 アレスの唇が、緩やかに笑みを作った。

 + + +

「動きましたな」
 観客席の一角で、スレイヤーが小さく呟いた。
 それまで一言も話さずにいた周囲は、スレイヤーの言葉によって時間が動きだしたようだった。
 渇いた喉を潤すコーヒーを嚥下する音が大きく響いた。

 小さくすする音とともに、隣席のシトレが渋い顔を作る。
「少し遅い気がするがね」
「そうでしょうか」
「ああ。どの道動かねばならんことは決まっていただろう。それなら動くのは早い方がいい。ワイドボーンは遅すぎるな」

「攻撃を加えて、相手が崩れる事を狙っていたのかもしれません」
「それが容易ではないことは、最初の二分で理解すべきだ。まだまだ甘い、どちらも……何だね」
 隣席からの視線に気づき、シトレが眉をひそめる。
 彼の視線の先で、笑いを誤魔化そうとして失敗したスレイヤーがいた。

 それを理解して、スレイヤーは咳払いをして、笑いを抑える。
「しかし、学生に対する評価にしては少し厳しくはありませんか」
「学生。あ、うん、学生……学生だったな」
「忘れておられましたか」

「ん、ああ」
 シトレはモニターを一度見て、困ったような表情を浮かべた。
 何といっていいか、しかし、誤魔化すこともなく小さく呟いた。
「いかんな。自分が総司令官の立場でいた気になっておったようだ」
「気持ちはわかります。確かに甘く、未熟なでしょう。けれど――心踊らされる」

 スレイヤーの言葉を認めるように、シトレは頷いた。
「ああ。この戦いを後方で見ていれば、きっとうるさい爺とよばれただろうな」
「今でも十分、うるさい爺ですが」
「酷いな、君は!」

「ほら、うるさい。さぁ、始まりますよ」

 + + + 

 敵が攻勢の中で、ゆっくりと陣形を変えるのをみた。
 この戦いの中で唯一とれるであろうたったひとつの選択。
 彼が得意とし――この停滞した戦場を打破するであろう唯一の陣形。
「鋒矢の陣形」

 呟いたヤンの前で、変化しつつある陣形は彼が呟いたものと同じだ。
 中央突破を狙う鋒矢の陣形。
 一撃の威力は大きいが、しかし――突破できなければ大きな損害を受ける。

 この時点においては、おそらく最善の方法。
「でも相手に気づかれれば意味がない」
 あるいは高速の変化は目の前の戦いに集中していればチャンスはあったかもしれない。だが、ヤンは彼らが得意とする陣形を知っている。

 彼らは見せすぎたのだ。
 静かに呟いた言葉に、ゆっくりとコンソールを操作する。
 この状態であれば、こちらの手も決まっている。
 敵の進撃をいなして、包囲する。

 それだけだ。
 そう指示を出せば、緩やかにヤン艦隊の横陣が敵を囲うように広がっていく。
 もちろん、あまり広がり過ぎては駄目だ。
 あくまで敵の中央突破を受け止め、包囲する。

「今回は、残念ながら審判に苦情を言うことはできないだろう」
 もっとも今のワイドボーンであったならば、悔しいとの思いはあれ、苦情をいうことはないだろうが。

 + + + 

 放たれた矢のように、ヤン艦隊の中央にワイドボーン艦隊の鋒矢が突き刺さった。
 その勢いは並大抵の防御であれば、やすやすと破り、突破したであろう。
 後の事すら考えない弾幕の大安売りだ。
 だが、後先を考えないのはヤン艦隊も同様であった。

 ここが天王山とばかりに、情けも容赦もない弾幕の嵐は、厚みを持たせ中央からワイドボーン艦隊に降り注いだ。
 その左右から攻撃に。さらされたワイドボーン艦隊は速度を低下させる。
 しかし、諦めない。
 なおも、ヤン艦隊に食らいつこうと走る。

 全艦隊が一丸となって駆け抜ける姿は、心を凍らせる。
 既に中央の一部が、矢に食い込まれ始めていた。
「っ――全員玉砕のつもりか。相手の先頭を狙え!」
 言葉とともにヤン艦隊の砲撃が、艦隊の先頭へと集中する。

 一条の光が偶然を含んで、重なった。
 それはテイスティア艦隊を崩壊へと導いた一撃。
 一点に集中された破壊の力は、ワイドボーン艦隊を飲み込んだ。
 一瞬で先頭をかき消されたワイドボーン艦隊に向けて、周囲から攻撃が続く。

 打ち砕かれた艦隊は、もはや最初の力を残していない。
 ゆっくりと包囲される中で、それでも最後のあがきとばかりに動きだす。
 狭い小さな筺体の中で、ワイドボーンは笑う。

「残念だったな、ヤン。俺は――囮だ」
 その隣を――風が駆け抜けた。

 + + +

 敵の攻撃が弱まり、ヤンはゆっくりと息を吐いた。
 敵の勢いに飲まれ、自然と息も止めていたようだ。
 攻撃は予想通りだったが、敵の勢いまでは予想できなかった。
 最後の一撃がなければ、あるいは中腹まで食い込まれていたかもしれない。
 そうすれば――と、その視界の先で、たった一つ速度を落とさない光があった。

 それはワイドボーン艦隊の中央を、無人の野を進むがごとくに疾走している。
 なぜという疑問は、すぐに溶けた。
 先頭の艦隊がヤンの一撃によって崩壊したために、艦隊の中央にスペースが出来たからだ。そして、艦隊の中央にいるためにこちらからの攻撃は届かない。

 その艦隊の名前を、ヤンは良く知っていた。
「アレス・マクワイルド」
 ワイドボーン艦隊が全てが一つとなって、鋒矢の陣形を作る。
 その中でただ一人後方に位置していたアレス艦隊だけがもう一つの鋒矢の陣形を作り上げていた。他とは出発をわずかに遅らせる事で、他の艦隊からの攻撃を防ぎ――さらには先頭が消失したために空白となった味方艦隊の走る。

 もし、アレス艦隊が十分な兵を持っていれば。
 もし、ヤン艦隊が敵の一部を消滅させるほどの一撃を見舞わなければ。
 もし――ワイドボーンの勢いが僅かでも弱ければ。

 成功する確率は低いだろう。
 艦隊の中を走るという曲芸がそう簡単に成功するわけがない。
 だが、歴史にもしという言葉がないことを、ヤンは誰よりも知っている。
「二撃目だっ!」

 もはやそう叫ぶことしかできず、アレス艦隊の第二の矢が突き刺さった。
 勢いを一切殺さなかったアレス艦隊は、少数ながらにヤン艦隊の中央に食い込んだ。ヤン艦隊はワイドボーン艦隊の勢いを殺すために、艦隊を中央に寄せていたことも災いした。距離があればともかく、文字通り艦隊の中を進むアレス艦隊を止める事ができない。

 それでも突入でわずかに速度を落とす。
 そう意図的に――その様子を、ヤンは苦い顔で見る事しかできなかった。

 + + + 

「スパルタニアンを射出!」
 戦闘艇が射出出来るぎりぎりの速度で、アレスは宇宙母艦三艦を含めて、一斉にスパルタニアンを放った。今までの戦いから、一切温存していた戦闘艇は容赦なく、ヤン艦隊を蹂躙していく。
 敵艦隊を示す赤い点が次々に消えていく。
 その様子に勢いを取り戻したワイドボーン艦隊が第三の矢となる。

 もはやヤン艦隊に立て直す余力はない。
 ヤン艦隊半ばまで食い込んだ矢は、次々と敵を殲滅した。

 後一歩――完全に戦線が崩壊するその直前、試合終了を告げるブザーが鳴った。


 
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