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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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決勝戦~中編2~



 両陣営が陣形を整えていた時間は、わずか数分の事であった。
 ヤン・ウェンリーは時間の経過を嫌い、陣形を整えて、即座に攻撃を開始する。
 その速さには、アレスも小さく感嘆の声をあげた。
「休む時間もくれないわけか」

 そう呟きながらも、テイスティアに指示を出す。
 一万を超える敵からの砲撃に、テイスティアが面白い声をあげていた。
 思わず笑いそうになる。
 それでも表情を引き締めながら、敵の攻撃を迎撃した。

 変わらず、敵からはレーザーやレール砲など攻撃が雨のように降り続く。
 それを防いでいれば、隣でテイスティアも同様に防いでいた。
 気合のためか、時折通信に混じる声がなければ。

「テイスティア。敵左翼と右翼が慣れていない。攻勢をかける時はそちらに」
『あぁぁぁわわわっ。とて、も。攻勢なんてかける余裕はない、ですよっ!』
「わかった。だから、落ち着いて前の事に集中しろ。全体的なことはこちらで見る」
『りょ、了解しました』

 これほどの攻勢は初めてだろう。
 アレス自身も初めてではあるのだが、先ほどからの戦闘で少しは慣れている。
 襲いかかる攻撃に対処しながら、アレスは敵艦隊を見る。
 おそらくは。

「相手も焦れているはず」
 そう呟くのは、もはや時間の経過が相手よりもこちらに有利に働くからだ。
 残すところ十分。

 そうすれば、こちらも本隊が到着して互角の戦いができる。
 相手はそれまでに勝負をつけたい。
 その焦りを突けば、有利に働く。

「そのためには、そうくるだろう」
 小さな呟きは、アレスにとって予想通りの結果だ。
 ヤン艦隊が攻勢をかけながら、陣形を変化させている。
 それは鋒矢の陣形。

 敵を打ち破るには、もっとも効率の良い中央突破の陣形だ。
 それでも一万を超える艦隊からなる鋒矢は壮観であった。
 矢の返しの半分が、こちらの艦隊全部の数を超える。
 中央どころか艦隊全てをもぎ取りかねない。

 容赦がないなと、アレスは苦笑する。
 それは最初からわかっていたことだ。
 だからこそ。

「敵は中央突破を狙うらしい。テイスティアは三十秒後に艦隊を左に縦列で、こちらは右側に縦列で対応しよう」
『ワイドボーン先輩の時のようにですか』
「ああ」

 考えたのは、敵の中央突破に対して左右に分かれて包囲を仕掛ける方法だ。
 もちろん兵力数が少ないために、敵を包囲する事は不可能だろう。
 だが、左右に別れた部隊が縦列から攻撃をすれば敵に損害を与える事は可能だ。
 そのことを読みとったであろうテイスティアからは、了解と声が聞こえた。
 もっとも――ぎりぎりまで敵を引きつけるのは相当な難易度だ。

 早く分散すれば、各個撃破されるであろう。
 逆に遅ければ、戦力の差から一気に勝負を決めかねられない。
 敵が行動を変更できず、さらにはこちらに食い込まれない。
 その僅か数コンマの時間を、アレスは冷静に見極める。
「いまだ!」

 呟いた言葉は、敵の艦隊が先頭に重なった一瞬。
 花が開く様に中央から別れた二つの艦隊は、静かに矢となった艦隊の側面を撫でる。
左右からの攻撃が、結果としては形作られればヤン艦隊に少なからずの損害をもたらしただろう。しかし、それが形を作る前に敵の攻撃が、別れて敵の左を進むテイスティア艦隊の先頭に集中する。

 幾筋のレーザーによる一点集中攻撃。
 集まった力が相乗的に高まって、テイスティアの先頭がもぎ取られた。

 + + +

「ここでそれが来るのかよっ!」
 アレスが苦い叫びをあげた。

 レーザーを集中させると、単純に聞こえる事であるが、その難易度は非常に高い。
 方法を知っていたとしても、いまだにアレスはできないでいる。
 文字通りレーザーを集中させなければ、単発な結果に終わってしまうためだ。
 そのために原作でもヤン艦隊以外は誰も出来なかった――彼の十八番。

 それがここにきて、最悪の形で炸裂した。
 一瞬にしてテイスティア艦隊の先頭が壊滅して、残った艦隊も大きく態勢を崩している。組織だっての攻撃はもはや期待できないだろう。

 だが、テイスティアを心配している場合でもない。
 片面からの攻撃がなくなったヤン艦隊は、右側面に回ったこちらを包囲するように集中して攻撃を加えている。

 さすがに、いまだ一点集中攻撃は完璧ではないらしい。
 こちらを狙う攻撃は、場所や時間の微妙なずれによって先ほどまでの威力はない。
 と、いうよりもそんなものを連発されれば、たまったものではない。

 アレスもこちらを包囲しようとする敵前方と、後方に向けて、それぞれ牽制の攻撃を行うが、圧倒的に数が少ない。
 次第に狭まる包囲に、アレスは小さく唇を噛む。

 と、前方の艦隊がゆっくりと広がる様子が見えた。

 艦隊の奥――姿を見せるのは。

 + + +

「まずい、アルドワン。一学年を止めろ!」
 先頭で包囲を狭めた一学年の様子に、ヤンは舌打ちした。
 アレス艦隊が包囲によって、防御陣形を取ろうとした。

 そのために宇宙母艦によって、完全にとどめをさそうとしたのだろう。
 だが、早過ぎる。
 まだアレス艦隊は攻撃の意志を失っていない。

 一学年同士の戦いであれば、あるいはそれが凡人であれば見逃すこともなかっただろう。
 だが直後、開いた艦隊に向けて、アレス艦隊からの一斉掃射が行われた。
 戦闘艇をだすために艦隊同士に隙間を生じさせたため、防御を集中させることもできず、一学年の艦隊が薙ぎ払われる。

 アルドワンが慌ててフォローに向かう。
 だが、そこに続くのは後方――陣形を立てなおした、テイスティア艦隊からの掃射だ。
 崩れる陣形を見るヤンの前で、アレス艦隊は見事に脱出に成功させてみせた。

 ミスをしたのは一学年だが、それをあまり攻めるわけにもいかない。
 包囲網の中にあって、アレス艦隊は断続的に効果的に攻撃を加えていた。
 一気に勝負を決めたいと思っても、不思議ではない。

 時間だな。
「アルドワン。全艦隊を一時的に後退させ、部隊を再編させよう」
『まだ敵は崩れていますが』

「それはこちらも同じだね。それに、時間切れだよ」
 呟いた言葉とともに、アレス艦隊の遥か後方――敵艦隊の群れがゆっくりと近づいてきていた。

 + + +

『ピンチがないからといって、ピンチをわざわざ作ることもあるまい?』
「それが今まで耐えた後輩に対する言葉ですか、ワイドボーン先輩」
 口を尖らせたアレスの言葉に、通信の先で小さな笑いが聞こえた。
『ふん。冗談だ、良く耐えた――褒めてやろう。さて、ローバイク』

『はっ』
『俺の可愛い後輩を、あいつらは随分といじめてくれたらしいな?』
『そのようですね』
『端的に言おう。俺は怒っている、奴らは潰すぞ?』

『言われなくても――私も同じ気持ちですから』
 笑いあう言葉に、アレスは小さく息を吐きだした。
 こちらの味方が近づいてきたと判明するや、ヤン艦隊は即座に後退して部隊を再編させている。

 こちらも本隊が到着しているが、既にアレス艦隊とテイスティア艦隊は半数以上が損傷している。
 数の上では同数といえないが、それでも先ほどまでに比べれば随分と気が楽だ。

 緩やかに陣形を整えながら、アレスは時間に目をやった。
 どちらが殲滅されるか、あるいは時間切れか。

 これが最後の戦いになるだろう。

 + + + 

『逃げますか』
「どうだろうね」
 狭い筺体の中で、髪を撫でながらヤン・ウェンリーはモニターに目をやった。

 残す時間は少ない。
 損傷数からみれば、ここで正面から戦わずに逃げ回ったとしてもぎりぎり勝てるだろう。
 ましてや、相手はワイドボーンだ。
策もなしに戦うのは少し骨が折れる。

 その上、半数が殲滅したとしてもアレス艦隊はいまだ健在。
 大人しく逃げた方がいいだろうかと、考えて、ヤンは首を振った。
 相手は一万三千の敵に、今まで耐えてきた尊敬すべき相手だ。

 その意思を――そして、彼の仲間の思いを一蹴できるほど、ヤンは恥知らずではないつもりだ。
 仕事熱心とは言えないだろうが、それでも人として最低限の矜持はある。
「艦隊を横に、左から一学年、私、アルドワン、二学年の順だ」

 その言葉で、アルドワンも理解できたのだろう。
『了解』

 短い返答共に、ゆっくりとヤン艦隊が広がっていった。

 
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