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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第三十四話 擂り潰してやるさ



帝国暦 488年 4月 10日  帝国軍総旗艦  ブリュンヒルト  ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



オフレッサー上級大将が捕獲された。司令長官がロイエンタール、ミッターマイヤー両提督に“戦うのではなく獰猛な獣を捕獲するのだと思って下さい”と指示を出して直ぐの事だった。両提督は落とし穴を作ってそこにオフレッサー上級大将を誘い込んだらしい。落とし穴とかって確かに戦闘というより狩りよね。

オフレッサー上級大将が捕獲されると第六通路はあっという間に両提督に制圧され核融合炉も制圧された。それによってレンテンベルク要塞の守備部隊は降伏、要塞は討伐軍側の所有物になった。今後は討伐軍側の根拠地の一つとして機能する事になる。司令長官はオーディンと討伐軍の中継基地として役立ってくれるだろうと言っている。

降伏した守備部隊には意外な人物が居た。あの軍法会議で爵位を失ったフレーゲル元男爵達八人の貴族。なんかもうブラウンシュバイク公も完全に彼らを厄介者扱いしているらしい。そんなわけで居辛くなってレンテンベルク要塞に逃げ出したようだ。それを聞いた司令長官は溜息を吐いた。“道理であの連中が攻めてこないわけだ、これでは鎮圧に時間がかかる……”。ウンザリって感じだった。

これからオフレッサー上級大将がブリュンヒルトにやってくる。司令長官が連れてくるようにとロイエンタール、ミッターマイヤー両提督に命じたんだけど一体どうするのか……。あれだけ司令長官を罵倒したんだから或いは自分の手で殺すとか……。ニコニコしながら喉を掻っ切るとか、有りそうにも思えるし無さそうにも思える。

キルヒアイス少佐が仕事をしている。ちょっと元気がない、精彩を欠いている。まあいつも一緒のミューゼル少将が居ないから仕方ないのかな。でもね、あれはちょっと……、いくらなんでもロイエンタール、ミッターマイヤー両提督の前で俺にやらせろって……。あれを聞いた時は眼が点になったわよ、何考えてるんだろうって。

二十四時間自室で待機、已むを得ないわね。あんなの有耶無耶にしたら提督達の信頼を失いかねない。それとも少佐は自分が叱責された事で落ち込んでいるのかな。そっちも有りそうね、皆の前でお前はミューゼル少将の御守りじゃないって怒られたんだから。あの時の司令長官は冷たい眼でキルヒアイス少佐を見ていた。

それにしても閣下の口調にはヒヤリとしたわ、多分私だけじゃない、総司令部の皆がそれを感じたはず。皆、肩を竦めるようにして閣下の言葉を聞いていた。司令長官は外見からはそうは見えないけど内面にはかなり激しいものが有る。その激しさは熱い激しさじゃない、冷たい激しさだと思う、言ってみれば炎では無く氷の激しさ。

だから怒る時は冷徹な怒りになる。ミューゼル少将に、そしてキルヒアイス少佐に対してそれが出た……。例え身内でも許さない、身内だからと言って特別扱いしない、そんな感じかな。そんな事をしたら門閥貴族と同じだもの、司令長官が怒るのも無理ないわよ。

総旗艦ブリュンヒルトの艦橋にオフレッサー上級大将が現れた。両脇にロイエンタール、ミッターマイヤー両提督が付いている。上級大将は装甲服を脱ぎインナースーツのみになっていた。そして両手両足に拘束具として枷を付けている。枷の所為だろう、三人はゆっくりと司令長官に近づいて来る。それを見て司令長官が指揮官席から立ち上がった。座ったまま待つのは礼を失していると思ったのだろう。

オフレッサー上級大将に悪びれた様子はない、昂然と顔を上げて歩いて来る。殺される恐怖とかは感じていないらしい。司令長官は面白そうな表情で近づいてくる彼を見ていた。そして司令長官から三メートル程離れた位置で両脇の提督達が上級大将がそれ以上近付くのを止めた。これ以上は枷を付けていても危険だと思ったのだろう。

「ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督、御苦労でした。卿らの働きのおかげでレンテンベルク要塞を落とす事が出来ました、よくやってくれました」
司令長官が二人の提督を労うと二人がほんの少しバツの悪そうな表情を浮かべた。

「いえ、手際が悪く思ったよりも時間がかかってしまいました。司令長官に御心配をお掛けした事、恥じ入るばかりです」
「司令長官の御指示、有難うございました。あれで発想を変える事が出来ました。感謝しております」

二人が口々に礼を言うと司令長官が“自分はちょっと感じた事を言ったまで、そんなに礼を言われるようなことではありません”と言って少し照れたような表情を見せた。総司令部の皆がちょっと羨ましそうな表情をしている。司令長官に労って貰うってやっぱり羨ましいのだと思う。

司令長官がオフレッサー上級大将に視線を向けた。どういう言葉が出るのか、皆がかたずを飲んで注目した。
「オフレッサー上級大将、降伏しなさい」
司令長官の言葉をオフレッサー上級大将が一笑に付した。

「断る。誰が卿の様な儒子(こぞう)に降伏するか、殺せ。俺は勇者だ、死ぬ事を怖れてはおらん」
司令長官を侮辱された事で総司令部の士官達がざわめいた。でも司令長官本人は不愉快そうな様子は見せていない。
「殺すのは惜しい、……ではガイエスブルクに戻りなさい」
艦橋がどよめいた。ロイエンタール、ミッターマイヤー両提督が反対しようとしたけど司令長官が手を軽く上げて制した。

「どういうつもりだ、儒子(こぞう)?」
オフレッサー上級大将が唸るような口調で問い掛けた。
「言った通りです、卿のように愉快な人間を殺すのは惜しいと思うのですよ。悪態を吐いた揚句落とし穴に落ちる……、笑わせて貰いました。卿は装甲擲弾兵の指揮官としては二流ですが道化としては一流だったようです。職業を間違いましたね」
司令長官がクスッと笑うと上級大将が顔面を朱に染めた。

「貴様……」
「ガイエスブルクに戻りなさい。そこで私を待つのです、オフレッサー上級大将」
「……後悔するぞ、儒子(こぞう)」
オフレッサー上級大将が喰い付きそうな目で司令長官を睨んでいる。
「卿も落とし穴に落ちないように気を付けるのですね」
「……俺を殺さなかった事を必ず後悔させてやる! 必ずだ!」

司令長官はシュトラウス准将、レフォルト准将を呼ぶとオフレッサー上級大将に連絡艇を与えて解放するようにと命令した。二人がロイエンタール、ミッターマイヤー両提督からオフレッサー上級大将を受け取った。上級大将を両脇から挟みこんで艦橋から連れ出す。その間、オフレッサー上級大将は何度も首を後ろへ回し司令長官を見た。

「閣下、宜しかったのですか?」
「オフレッサーがガイエスブルク要塞に居るとなれば厄介な事になりかねませんが……」
ロイエンタール、ミッターマイヤー両提督が問い掛けてきたのはオフレッサー上級大将が艦橋から立ち去ってからだった。

司令長官がメックリンガー総参謀長に視線を向けると総参謀長も
「小官も賛成できません。今からでも取り止めては如何でしょう」
と提案した。うん、取り消しはちょっと酷いけどあの狂戦士が暴れまくったら確かに大変、気持ちは分かる。でも司令長官は苦笑を浮かべると別な事を話し始めた。

「例の八人は何処に」
「レンテンベルク要塞に留めておりますが」
「ブリュンヒルトに移送してください。他の捕虜はオーディンに移送を。ロイエンタール艦隊、ミッターマイヤー艦隊はレンテンベルグ要塞で十分な休息を取ってから戦列に復帰するように。本隊は先に進みます」

司令長官の指示にロイエンタール、ミッターマイヤー両提督が頷いた。でもちょっと不満そうだ、オフレッサー上級大将の件が納得出来ないのだろう。
「総参謀長、例の八人を受け取ったら個別に監禁してください。それとガイエスブルク要塞にその八人を処刑したと伝えてください」

三人が、いや皆が訝しげな表情をしている。
「貴族が八人殺されたにもかかわらずオフレッサーだけが戻ってきた。しかも逃げて来たのではなく解放されて戻ってきた。猜疑心の強い貴族達がどう思うか……」
「……」
「オフレッサーは、いや貴族達は私の仕掛けた落とし穴を避ける事が出来るかな」
皆が沈黙した。司令長官は薄い笑みを浮かべている。

「オフレッサーをここで殺してしまえば貴族達にとっては殉教者になりかねません。彼らの結束が強まりかねないのです。しかし裏切り者として処分されれば元々が寄せ集めの貴族連合はさらに結束が弱まります。いささか小細工ではありますが出来るだけ損害を少なくし短期間に勝利を収めるためには戦闘以外にも謀略をしかけて相手を弱める必要があります」

三人が頷いている。
「閣下の御深慮、恐れ入りました」
ロイエンタール提督が三人を代表する形で発言すると司令長官は“深慮なんかじゃありません、ただの小細工です”と苦笑を浮かべた。いや十分凄いわ、小細工なんかじゃない、そんな事考え付くなんて。

「では例の八人は如何します? ずっとブリュンヒルトに拘留するのでしょうか?」
総参謀長が小首を傾げている。
「オフレッサーが裏切り者として処断されたらガイエスブルクに帰しますよ、彼らに自分達が騙されたのだと分からせないと」
「なるほど」

「騙された事が分かればプライドの高い彼らの事です。怒り狂って攻め寄せて来るでしょう、そこを叩く。……今のままではガイエスブルクで要塞攻防戦になりかねません。時間もかかるし損害も大きくなるでしょう、それは避けたいと考えています」
なるほどねえ、感嘆しか出ないわ。皆もうんうんって何度も頷いている。

ロイエンタール、ミッターマイヤー両提督が帰った後、司令長官はオーディンのエーレンベルク軍務尚書にレンテンベルグ要塞の攻略を報告した。その際、オフレッサー上級大将が寝返った事も報告した。もしかすると軍務省に貴族連合に通じている人間が居るかもしれないから念には念を入れようという事らしい。まあなんて言うか敵も味方も自在に操っている感じがするわ。当代無双の名将か、確かにそんな感じよ、この人相手に勝てる人なんて思いつかない……。



帝国暦 488年 4月 20日  帝国軍総旗艦  ブリュンヒルト  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「久しぶりですね、元気でしたか」
「……」
感じ悪いな、押し黙ったままとか。元気ですとか具合が悪いですとか色々あるだろう。それなのに俺の目の前に居る馬鹿八人衆は蒼白になって黙りこくっている。まあ全員非武装だし周囲を屈強な男達に囲まれているからな、殺されるんじゃないかという不安は有るだろう。

メックリンガーとヴァレリーも連中を冷たい目で見ている。でもまあ二人は例の事件の真相を知らないからな、疑ってはいるだろうが確証はないはずだ。フレーゲルとシャイドも内心では怯えているだろう。俺は何も知らない振りをする、フェルナーにも席を外させた。

「……我々をどうするつもりだ」
「どうしたものか、それを考えているのですよ、フォン・ヒルデスハイム」
「ヒルデスハイム伯爵と呼べ!」
予想はしていたが吹き出してしまった。生死の狭間でそこまで爵位にこだわるって俺には良く分からん精神だな。いや或いは生死の狭間だからこだわるのかな、ヒルデスハイム伯爵として死にたいと……。

「正確には元伯爵ですね」
「貴様!」
顔を真っ赤にして怒っている。可愛い奴。
「相手の姓名、役職、爵位は正しく言わないと失礼ですよ。それに爵位の偽称、僭称は犯罪です。重罪ですよ、これは」
「……」
あらあら皆黙り込んじゃった。まあからかうのはここまでにしておくか。

「解放しますからガイエスブルク要塞に戻りなさい」
俺の言葉に八人が顔を見合わせた。
「嬲るのか、我々を」
「そんな事はしませんよ、フォン・ヒルデスハイム。帰すと言ったら帰します。連絡艇を用意しますのでそれで戻ると良いでしょう」
フォン・ヒルデスハイムと言ったら嫌な顔をしたな。でも帰すと言った事については信じられないといった顔をしている。

「我々は軍人なんです、非戦闘員を殺す様な事はしません。ガイエスブルク要塞に戻るのですね」
「非戦闘員? 我々を侮辱するのか!」
今度はカルナップ男爵だ。こいつも顔を真っ赤にしている。

「レンテンベルク要塞で戦ったのはオフレッサー上級大将でしょう。卿らが戦ったと言う報告は聞いていません」
「……」
俺は嘘を言っていない。装甲服を着用しての戦闘は酷く辛い。装甲服の中は三十度以上有る。一度着用すると汗やかゆみ、排泄の困難を防ぐ事が出来ないから着用時間は二時間が限界だ。おまけに白兵戦ともなればトマホークで殺し合いをする。

そんな辛い戦闘を貴族のボンボン共が出来るわけがない。こいつ等は俺達に攻め込まれて震えあがって隠れていたのだ。核融合炉を制圧されてこれ幸いとばかりに降伏した。フレーゲルとシャイドは例の事件があるから戦おうとしたらしいが他の六人に馬鹿な事はするなと取り押さえられたらしい。メックリンガーとヴァレリーが連中を冷たい目で見ている訳はこいつらがオフレッサーだけに戦わせたからだ。

「ガイエスブルク要塞に戻りなさい。非戦闘員と言われた事が不満なら次は戦闘員として戦場に出てくれば良いでしょう」
「……」
誰も喋らなかった。俺を睨んではいたが内心では助かったとも思っていただろう。特にフレーゲルとシャイドはな。

八人が艦橋から出て行くのを見送った。ここに来る時には足取りが重かった、だが今は軽い。助かった事が嬉しいのだろう。腹立たしい事だ、本当ならこの場で殺してやりたい。フレーゲルとシャイド、お前達二人だけでも殺してやりたい。

俺に大怪我を負わせた、そしてリューネブルクの命を奪った。お前達は絶対許さない。だがな、ただ殺すだけじゃ満足できないんだよ。どうしようもない愚か者として後世まで汚辱にまみれさせてから殺してやらないと満足できないんだ。だからガイエスブルク要塞に戻してやる。

オフレッサーは裏切り者として殺された、狙い通りだ。そしてお前達がガイエスブルク要塞に戻ればブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯は自分達が嵌められた事に嫌でも気付くだろう。そして戻ってきたお前達を疎むに違いない、何故戻って来たのかと、何故死んでいないのかと……。

お前達は出撃を望むだろう、そうする事でしか自分の居場所を確保できないからだ。出撃してこい、勝たせてやるよ、最初の内はな。そうする事でお前達の立場を良くしてやる。勝てるとなればお前達だけじゃなく他の連中も出撃してくるはずだ。

そうなったら全部纏めて叩き潰してやる、情け容赦なくな。それこそ擂り鉢で擂り潰すように潰してやるさ。その時お前達は自分達が俺に利用されたのだと気付くだろう、俺の怒りの深さもだ。絶望しろ、嘆き苦しめ、俺を恨むと良い。俺はその姿を見て笑ってやる、心の底から笑ってやる。



 
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