占術師速水丈太郎 ローマの少女
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第二十七章
第二十七章
「そうです。何かとお付き合いさせて申し訳ありませんが」
「いえ、それは結構です」
うっすらと笑ってそれに返す。
「二人きりで街を歩くというのもいいものですからね。特にこのローマは」
「あの映画のように」
「いえ、それだけではありません。ほら」
歩きながら街を指差す。ローマの街を。
「ここにユリウス=カエサルがいたのですよ」
言わずと知れたローマの英雄である。
「スッラやマリウスがいて。そしてオクタヴィアヌスもいた」
「キケロも」
「そう、皆いたのです。ネロも五賢帝も」
ローマの悠久の歴史である。その中に多くの者達が現われ、そして退場していったのである。チェーザレ=ボルジアもメディチ家の教皇達も異端審問官達もまた。陰謀家達も君主もこの街に現われ、そして消えていった。永遠の都には永遠の歴史が存在しているのである。
「皆いたのですよ」
「マリア=カラスもまた」
「はい、ここに来ました」
古都を訪れたのはオードリー=ヘップバーンだけではないのだ。
「御存知でしたか」
「ローマですからね。歌劇場もありますし多くの人間が留まり、通り過ぎた」
「それを思いながら歩くというのは」
「感慨がありますか」
「ええ」
こくりと頷いて答えた。感慨を込めて。
「実に。ですが今は」
「また調べ直されるというのですか」
「カードの伝えに従い。貴女はどうされますか」
「私は・・・・・・むっ」
インスピレーションをこの時感じた。彼女は速水とはまた違い水晶やインスピレーションに頼るタイプの占術師であるからこれは意味のあることであった。
「そうですね」
それに従い述べる。
「私もそうさせてもらいますか」
「ですか。それでは」
「はい。屋敷に戻りましょう」
「警察署ではなく」
「占うというのならより感性が研ぎ澄まされる場所の方が宜しいかと」
彼女はそう提案してきた。占術師としての提案であった。
「そう思いますが。如何でしょうか」
「わかりました」
速水もそれを受けた。同業者だからこそわかることであった。
「それではそれで」
「はい。では」
「戻りましょう」
二人はアンジェレッタの屋敷に戻るとすぐにある一室に案内された。そこは一見すると何もない玄室であった。暗い部屋の中に何もないといった感じであった。だがその静まり返ったところに妙な神秘性が感じられた。
「ここですか」
「ええ、この部屋です」
アンジェレッタは答えた。
「ここが最もよいのですよ。占いには」
「そうですか。それでは」
「早速はじめましょう」
「まずは私から」
速水はその手に二十二枚の大アルカナのカードを全て出した。タロットでとりわけ重要とされるカード達である。出すと次にそれを宙に舞わせる。
カード達は円を描いて回る。そこから一枚のカードが現われた。
出て来たのは教皇であった。五番目のカードであり学問的な知恵を司る。ある意味この街に相応しいカードであると言えるものであった。
「それですか」
「はい、ここからです」
速水は真顔で述べた。するとカードから何かが出て来た。
姿を現わしたのは教皇であった。白い法衣に身を包んだ知的な美男子であった。よくイメージされている厳しい顔の老人ではなかった。
「教皇ですか」
「はい、彼です」
速水は述べた。
「彼が指し示してくれます」
「それこそが謎ですか」
「このローマにあるもの全てを知ることが出来ます」
「それが教皇」
「そうです。さあ」
教皇に語り掛ける。穏やかだが力のある声で。
「今こそそれを。示して下さい」
教皇は速水の言葉に無言で頷いた。そしてその右手が緑に光った。
「むっ」
アンジェレッタがそれに注目すると教皇は指を動かした。その指で宙にその緑の光で何かを書いていくのであった。それはラテン語であった。これは当然であると言えた。何故なら教会はかってはラテン語を公用語としていたからだ。その為マルティン=ルターは聖書をドイツ人の為にドイツ語に訳したのである。農民戦争では宗教家としての限界も見せてしまったと言われているが彼もまた偉大な宗教家であったのは事実である。
「むう」
「これは」
速水もアンジェレッタもラテン語を解することができる。ラテン語は欧州のあらゆる国の言語のもととなった言葉であり非常に重要とされているものだからである。占いの世界でもそれは同じであるのだ。
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