P3二次
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Ⅱ
酒瓶が床に転がった音で目を醒ます。
自分の部屋で一人酒をして、そのまま寝てしまったらしい。
「あー……」
携帯を開けばもう日付が変わって四月二十日になっていた。
六日の夜にあの子と出会ってもう随分と日が経つ。
連絡先を交換してから頻繁にメールが来ていたが――――ここ最近はまったくない。
飽きたのか、もしくは何かあったのか……まあ、どちらでも構わない。
「酒臭えなぁオイ」
ちらばった酒瓶とつまみにしたスナック菓子の袋などをゴミ袋に叩き込む。
分別なんてものをする気力は無論のことなかった。
無気力なまま、一通りの片づけを終えるとそのままソファーに倒れ込む。
自堕落極まりない生活だが、それを咎める者は居ない。
俺を拾った養父母は高校入学の少し前に事故で死んだ。
今はだだっ広い家で一人暮らし。
医者だった彼らに拾われた俺は幸運と言ってもいいだろう。
だが、彼らは俺を拾って幸せだったのだろうか?
夫妻は子宝に恵まれず、もう諦めかけていたと聞いた。
そんな時に俺を拾って養子にした。
溢れんばかりの愛を注がれたように思う。
俺に何を強要するでもなく、ただただ健やかにと願ってくれていた。
だがどうだ、俺は社会不適合者一直線。
理由があると言えばあるが、他人からすれば精神病と受け取られても仕方ない理由だ。
そんな糞餓鬼を息子にした彼らは――――
「ん……」
酔いのせいか、クソつまらない思考に耽っていたようだ。
窓の外から感じた気配のおかげで一気にそこから抜け出せた。
「こんな時間に何の用だ病弱ちゃん?」
カーテンを開いて外を見ると、予想通りにアイツが居た。
子供の頃から何も変わらない――いや、成長していないと言うべきか。
「ご、ごめんなさい……」
儚げで、イジメテオーラを醸し出している幼馴染の山岸風花が申し訳なさそうに屋根の上に立っていた。
家が隣同士で、嫌なことがあればすぐに俺の部屋へと逃げて来ていた――――何も変わらない。
「その、寝てた……かな?」
「さっき起きたとこだよ。まあ、酒臭くて悪いが入れよ」
山岸の家は代々続く医者の家系で、俺の養父母とも関わりがあった。
とは言っても風花の両親は医者ではなく、父方の家系とだが。
それに加え、家も偶然隣と言うことでガキの頃から彼女とは付き合いがあった。
両親とは若干不仲で、家に居場所がない。
風花の両親が――特に母親が見ているのは成績のみ。
医者になることを過度に期待されているせいだろう。
そんな状況で居心地がいいわけがない。
俺の養父母もそこら辺を察していたからか、ガキの頃から家を逃げ場として開放していた。
そして俺も特には何も言わなかったから、今になるまでズルズルと続いている。
「お邪魔します」
小学校高学年くらいまでは何の躊躇いもなく入って来て寛いでいたが今は違う。
思春期に入ってからは思うところがあるのか、何時もそわそわしながら入って来る。
で、床に腰を下ろして所在なさげに視線を彷徨わせて最終的に俯く。
もうパターンが入っていると言って良いだろう。
「家のことか? 学校のことか?」
「え……」
「ここへ来るってことは嫌なことがあったからだろ?」
イジメなんてアホらしいことに精を出したことはないが、彼らの気持ちを察せないわけでもない。
弱者へ加虐を加えることで優越感に浸る、その点で言えば風花はうってつけの人材だ。
「…………」
弱弱しいように見えるし、実際その通りだが芯がないわけではない。
だが、それを表に出さないから付け入る隙を与えてしまうのだ。
「持ちつ持たれつ、だろ?」
コイツの趣味は機械いじりで、それは趣味の範疇を超えて喰って行けるレベルにまで達している。
電子レンジの修理からハッキングやクラッキングまで何でもござれ。
世間的に良からぬことをする際の手伝いなどをしてもら――――いや、させている、だな。
弱さと情に付け入っているのは俺も同じだ。
「わ、私は……」
「なぁに安心しろって。悪いのは全部俺。何がバレようともお前のことはゲロしないさ」
親のことならどうとも出来ないが、学校関係でなら出来そうなことは多々ある。
問題にもよるが――――まあ、よっぽどのことがない限りは大丈夫だ。
「お前は何も気にしなくていい。今お前が置かれてる状況は、お前に非があってのことか?」
「…………」
フルフルと首を横に振る。
風花が落ち込んでいる理由は彼女の非によるものではないらしい。
嘘ではないだろう。
自分に非があると思っているならば一人で溜め込んで自滅するタイプだし。
「……お互い、腹の中は見せ合ってるだろ? 今更隠し立てすることなんかないだろうに」
中々話を始めない風花を諭すように語りかける。
世間一般で言う悪いことをするために手を貸して欲しい。
冗談交じりにそう告げた時、風花は問うて来た。
"どうしてそんなことするの?"
真っ直ぐ俺の目を見つめて真摯に問いかけて来たのだ。
理由も聞かずに止めろと言うでもなく、どうしてと言ったのだ。
だから俺も包み隠さず正直に総てを打ち明けた。
妄想だと切って捨てても良いような与太話を風花はちゃんと聞いてくれた。
信じくれて、その上で彼女協力をしてくれたのだ。
であれば礼を尽くすのは当然だ。
「あのね、キーくん――――」
ようやく風花はポツポツと語り始めた。
聞いてみれば何とも阿呆らしい話だ、少なくとも俺からすれば。
「OK、事情は分かったし、どうにか出来そうだ」
「本当……?」
「嘘はつかないさ」
ことの始まりは実に単純明快。
ちょっと前に本屋で高い本を取ろうとした時のことだ。
それは高い位置にあったらしく、風花の背では中々届かなかった。
そうやって四苦八苦している時に間違って落ちた本が彼女の鞄にストライク。
で、その場面を同級生が携帯でパシャリ。
それをネタにしてのイジメ、頭と股の緩い女がやりそうなことだ。
「名前、分からなきゃツラだけでも良い」
「え? えーっと、確か……」
イジメている連中の情報を収集する。
一人でも分かればそいつに他の面子の名前をゲロさせれば良い。
誰一人として分からないなら、足を使って情報をさらえば良い。
イジメなんてものは大抵噂になっている。
であれば月学の二年生に聞くなり何なりして情報を集められる。
「成る程、ね。オーライ、キッチリ型嵌めてやるよ」
手を下すのは俺じゃなくて――――古めかしい言い方をするならば舎弟? だ。
どう言うわけだかアウトサイダーな人間に担がれているような現状に俺は居る。
そいつらは意外にも便利なので、こう言う時は非常に役立つ。
リーダー格の人間に概要をメールすると二十秒もしないうちに返事が返って来る。
「OK、これで大丈夫だ。今日はもう遅いから……明後日くらいにはもう大丈夫だろうよ」
明日の放課後、もしくは登校前に拉致って話をつけるだろう。
下手をすれば輪姦《まわ》されでもするかもしれないが、気にすることはない。
そもそもイジメなんぞやってる阿呆な女を喰うほどゲテモノ好きもいないだろうし。
「あ、ありがとう……」
「どーいたしまして」
「…………」
これで話は終わったが、まだ帰らないらしい。
まだ何か言いたいことがあるようだ。
「煙草、いい?」
「あ、うん」
マッチの火が暗い室内を照らす。
客が来ているのに照明の一つも点けないのはやはり不作法だろうか?
「私、ね?」
「ああ……」
甘ったるいバニラの香り、吸ってる方でこれだ。
風花からすれば吐き気がするほど甘い香りが漂っているのかもしれない。
「本当に駄目だよね。いっそ、キーくんみたいになっちゃおうかな?」
吹けば消えそうな儚い笑みを張り付けて風花は言う。
溜まっていたものが悪い方向に溢れだしたようだ。
「暗くて、考えることも一々後ろ向き。いつも逃げ出すことばかり考えてる」
今にも零れそうな雫が風花の瞳を濡らしている。
「キーくんは、善悪抜きにして考えるなら……いつだって必死に生きてる」
「余裕がないだけさ。つか、善悪は抜きにしない方が良い気がするがね」
俺みたいな性格ならともかく、風花のような真面目な人間ならばそこを抜かすべきではない。
仮に彼女が俺と同じことをやっても、罪悪感に襲われるだけだ。
俺ならばそんなこと思いもしないだろう。
人間としてどちらが正しいかなどは論ずるまでもない。
「ねえ、キーくん」
「ん?」
「私が悪い子になるって言っても、見捨てないでくれるかな?」
遂には泣き出してしまった。
「……社会からあぶれた俺なんぞを見捨てずに付き合ってくれてるお前は奇特な人間だよ」
優しい言葉を吐けるような人間ではない。
薄ら寒い慰めの言葉なんて思いつきもしない俺だから――精々がこれくらいだ。
「……何か、ごめんね? 変なこと言っちゃって」
ひとしきり泣いて落ち着いた風花が謝罪を口にする。
目元は赤いが、来た時ほど追い詰められているようには見えない。
「別に。それより、丁度いいや」
これ以上この話題を続ける気のなかった俺は別の話題を振る。
「丁度いい?」
「風花、復讐代行サイトって知ってるか?」
風花は心当たりがあるのか、僅かに目を見開いている。
「う、うん。掲示板とかでも結構有名なやつだよね?」
どこの掲示板で有名なのかは知らないが、まあそれだろう。
「らしいな。ちょっと前にそこのURLをゲットしたんだ、ちょっと調べてもらえねえか?」
ちょくちょく変わるURLだが、それを追える人間がいて、ゲットしたのだ。
「ハックするってこと……かな?」
「ああ。さらえるだけの情報をさらって欲しい」
「……分かった」
部屋には風花のオーダーを聞いて組み上げさせたPCがある。
俺はそこら辺疎いので殆ど使っていないので、実質彼女の専用マシーンだ。
「これが例のURLな」
「うん。でも、どうして急に?」
PCを立ち上げながらそんなことを聞いて来る。
咎めるでも何でもなく、純粋に不思議に思ったのだろう。
復讐する相手が居るわけでもないだろうにどうして? と。
確かにそう言うことをするならば誰かに頼むより、直に手を下す性質だと自覚している。
「ちょっと気になって、な」
復讐代行サイト、仕組みは単純でターゲットの情報を詳しく記載して送信するだけで終了。
だが、不思議なことに一切の足取りが掴めないのだ。
少し前に書き込んだと吹聴していた人間を締め上げてターゲット吐かせたことがある。
俺は立ち会ってないが、便利な舎弟を使ってターゲットの監視をさせた。
だが、特に怪しい人間が身辺を嗅ぎまわっていた様子もなかったのだが……
結論から言えばそいつは死んだ。
事故か何かだが、確かに死んだのだ。
その後も似たようなことを繰り返してみたが、やっぱり死んだ。
死因は総て事故で処理されているがターゲットにされた人間は総てお陀仏。
重要なのは、過程はどうであれ怨みを買っていた人間は全員死んで、依頼が達成されたと言うこと。
一体どうやって? 何故?
復讐代行サイトに書き込んだ人間が次々と事故で死ぬ――――天文学的な確率だろう。
だからこれは偶然ではない、代行サイトの人間が何かをしたのだ。
「気になって?」
「細かいことは聞いてくれるなよ」
純粋な興味だけで俺は動いている。
それが既知ではないかもしれないとの興味だけ、義憤などは欠片もない。
「あ、ごめん。変なこと聞いて」
「変なことじゃないだろ。すぐに謝るの、どーかと思うがね」
「う……」
困ったような顔で言葉に詰まる、自分でもどうかと思っていたのだろう。
「ちょっと飲み物持って来るよ」
乱暴に頭を撫でまわして部屋を出る。
本当にアイツはガキの頃から変わっていない。
ならば、俺はどうだろう?
俺は俺としてずっと連続していると思っているが、他人の目にはどう映っているのか。
そんなくだらない疑問が浮かぶ辺り、まだまだ酒が抜けきっていないようだ。
「コーヒーと……オレンジジュースしかねえな」
缶コーヒーと缶ジュースを手に部屋へ戻ると風花が険しい顔をしてモニターを見つめていた。
軽く覗いて見るが俺にはさっぱり、まるで理解出来ない。
「あ、キーくん」
「お疲れ。オレンジでいいよな?」
「うん、ありがとう」
「それで――どうだ?」
「……駄目、かなり硬い。このサイト立ち上げたの、かなり出来る人だと思う」
風花にそこまで言わせる手合い、か。
そっち方面に詳しくない俺だが、多分只者ではないのだろう。
「そっか。サンキュ。それが分かっただけでも収穫だ」
もしかしたら身元を割るための何かが分かるかもと思ってした頼みごとだ。
無理だと言うなら、復讐代行人と会う方法は一つしかない。
「え、うん。どういたいたしまして?」
「つーわけで俺ちょっと出かけて来るわ。まあ、ゆっくりしてっていいぜ」
コートを財布とバイクのキーを引っ掴んで部屋を出ようしたら、
「あの!」
「あん?」
「携帯、持っていかなくて良いの?」
机の上に放置されている携帯を指差す風花。
「いらねえ。俺、幾つか使い分けてるし。そっちは使わねえの」
さっきメールを送った時に使っている携帯は持っているから問題ない。
舎弟連中との連絡用に使う分だけあれば十分だ。
「じゃあな」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
外に出て気づく、まだ酒が残っていることに。
飲酒運転なんて気にする性質でもないが……止めておこう。
万が一事故ったらアホらしい。
復讐代行サイトの連中と会うのが先延ばしになってしまうかもしれないし。
「……まあ、徒歩で行けん距離でもないしな」
ぼんやりと空を眺めながら夜道を歩く。
急ぐでもなく、何を考えるでもなく歩いていたらすぐだった。
時間的にはそうでもないが、感覚的にはすぐだ。
「あ、裏瀬さん。チャーっす」
入店するとバーテンの一人が挨拶をして来た。
「おう。俺は奥に居るから後で何か軽くつまめるもの頼む」
「うっす」
俺も軽く挨拶をして店の奥にあるVIPルーム――と言うわけではないが、専用の部屋に入室する。
この店の名はクラブエスカペイド、中々に良い店だと思う。
酒の種類、雰囲気、それらも良いが何より良いのは名前だ。
Escapade《予測出来ない行為》、既知を嫌う俺にはその名が好ましく思える。
「失礼しゃーす。メインはラザニアとタコスで良いっすか? いやもう作って来ましたけど」
ソファーの上で一服をしていると十分ほどでバーテンがやって来た。
「いや、別に構わねえが……」
統一性がなさすぎだ、更に言うならば深夜に食うものではない。
カロリーがどれだけかを想像するだけで女性ならば青くなってしまうだろう。
「飲み物はコーラっすけどいいっすよね?」
「OKOK、大丈夫だ。テーブルに置いてくれや」
ソファーに腰掛けたまま眼前のテーブルに料理が置かれていくのを眺める。
軽くつまめるものと言ったのに、随分とボリュームがあるように見える。
少なくともラザニアだけで十分だろうに、タコスとポテト、チキンまで……
「裏瀬さん。何時間か前にメール貰った件、明日にでも動くそうっす」
やっぱり明日だったか。
まあ、こんな時間帯に捕まえられるかは微妙なラインだから当然だろう。
「了解。ああ、それともう一つ。この間チラっと言った復讐代行サイトの件、それも頼むわ」
「それって……裏瀬さんに怨み持ってる連中を焚き付けて書き込ませるってアレですか?」
キョトンとした顔のバーテンを余所に俺はポテトをパクつく。
脂っこいものを夜食えるのは若い者の特権だ。
「そう、それだ」
「……大丈夫なんすか?」
渋い顔のバーテン、大丈夫かそうでないかで言うならば大丈夫じゃないだろう。
今のところ100%の確率でターゲットを葬り去っている代行人とことを構えるのだから危険は当然だ。
「さあ? やってみなきゃ分かんねえけど、俺はやりたいんだよ」
「はぁ……分かったっす。そっちは今からでも動けると思いますよ」
「じゃあさっさとやってくれ」
「っす!」
部屋を出て行くバーテン、余計なことを言わないあの軽さは美徳だ。
「しかし、そうなるとしばらくは家に帰らない方がいいかな?」
復讐代行人に会う手段、それは自身をターゲットにするのが手っ取り早いだろう。
だから俺は前々から案の一つとしては考えていた。
今回の風花の件があってこれ以上の調査が無駄と分かったから実行に踏み切ったのだ。
俺に怨みを抱いている奴なんざ探せばすぐに出て来る。
そんな連中の中に内通者を潜ませて、折を見てサイトの情報を渡させる。
それだけでミッションコンプリートだ。
今のところ100%達成されていると知れば間違いなく喰いつくだろう。
「……味、濃いな」
本当は舎弟の誰かにでもやらせようと思ったが、背後関係を調べられたらマズイ。
だからこそ、ちゃんと怨みを持っている人間を使うのだ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
どちらにしろ願うのは一つだけ――――
「未知であって欲しいもんだ」
既知感の打破、俺はそれだけを祈ろう。
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