ソードアート・オンライン~ニ人目の双剣使い~
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雪解けの日
「ふ、ふ、なかなか見事な舞だったぞ。じゃが、これで終幕にしようぞ」
「残念だが諦めの悪さだけは一流でな」
スリュムが振りかぶったバトルアックスの横腹に先程の小槌をぶつける
小槌は見た目以上に重量があったようでバトルアックスの軌道を余裕で変えさせた
そして短く息を吐きながら腕を振って袖に仕込んで置いた薄刃のナイフを手首の動きだけでスリュムの目に向かって投げつける
「ぬぅ……」
スリュムは一つ呻くとバトルアックスで俺が投げたナイフを軽々と弾き返す
その隙に弾かれた剣に付けてあった鋼糸を手繰り寄せた
ナイフを弾いたスリュムが返す刃で振り下ろしてきたバトルアックスを手繰り寄せた剣で受け流す
地面に突き刺さったバトルアックスからスリュムは手を離すと一歩下がって新たにバトルアックスを作り出すと横に凪いだ
俺は剣で下から上に弾くと後ろに下がった
「リン! さっき使った小槌をくれないか?」
「……ようやくか……了解だ」
キリトの声が聞こえてきた方向に向かって鋼糸を巻き付けておいた小槌をぶん投げる
重量的に問題がありそうだが……まあ、キリトだしな
俺が小槌を投げた時を好機と見たのか上から下へ、おそらくスリュムの持つ攻撃で最も威力のありそうな技を放とうとした
しかし、俺の後ろから走った一条の矢がスリュムの手を貫き、スリュムは動きを少しだけ鈍らせた
攻防中に唱えていた闇属性魔法でめくらましをしつつ横に回避する
「おのれ、小賢しい真似を!!」
本格的にキレたスリュムのバトルアックスによる死の嵐を剣で受け流し続ける
時折刺さる炎の矢やユウキたちの剣閃すらも無視し、俺だけを狙った攻撃
しかし、その攻撃は俺に当たることなく唐突に終わりを告げる。俺の後方から聞こえてきた巨大な声によって
「みな……ぎるぅぅぅぉぉおおお!!」
スリュムが唖然として動かなくなったので、後ろをチラっと見ると、スパークを盛大に発生させながらフレイヤが筋骨隆々の中年親父に変身するところだった
クラインとキリトは口を大きく開けて呆然とし、アスナとユウキは口こそ開けていないものの、驚愕している
シノンは苦笑いを浮かべ、リーファは記憶を引き出すことに成功したらしく腑に落ちたといった表情だ
「おっ……」
「さんじゃん!」
フレイヤもといトールの姿は金褐色色の長い髭とゴツゴツとした精悍な顔。手に持つのは巨大化した先程の小槌。クラインが無駄に勇者根性を出して助けたオッサンである
「オオオ……オオオオーッ!」
トールは一声吠えるとスリュムにも並ぶほどの巨大な足で一歩前に踏み出した
「ヌウゥーン……卑劣な巨人めが、我が宝ミョルニルを盗んだ報い、今こそ贖ってもらおうぞ!」
トールはそう言うと巨大な金色の槌を構えてスリュムに向かって走り出した
先程のスリュムよりは劣るものの、中々の速さで踏み締める衝撃で地面を激しく揺らしながらスリュムに向かって突っ込む
「小汚い神め、よくも儂を謀ってくれたな! その髭面切り離して、アースガルズに送り返してくれようぞ!」
対するスリュムもバトルアックスを振り回し、迎撃する構えだ
顔は今までにないほど憤怒の表情で歪んでいる
ターゲットは完全にトール一択でこちらのことは眼中にあるようだ
「……好機だが、動かないのか?」
笑いをポーカーフェイスで抑えつつ、唖然としている面々を我にかえらせる
爆笑して空中で悶えているユイは見なかったことにしよう
「う、うおおぉぉぉ!!」
目の高さの辺りにキラキラとした線条の残像を残しながら刀を大上段に構えてスリュムに突っ込む
狙っていたドッキリも成功したので、意識を切り替えると剣を構えてクラインの後を追った
トールがスリュムと殴り合い、クラインが完全に八つ当たりのソードスキルを撃ち込む。シノンが放つ炎の矢が空を切り、ユウキとリーファが踊るような剣捌きを見せる
キリトの剛剣がスリュムのレギンスをえぐり、俺の剣がレギンスを抜いて内部に直接ダメージを与える
トールという強力な前衛を得た俺達に、もはやスリュムに反撃の余地などなく、戦闘時間32分24秒にしてHPバーがすべて黒に染まった
「ぬっ、ふっふっふっ……。今は勝ち誇るがよい、小虫どもよ。だがな……アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ……彼奴らこそが真の、しん」
無機質な氷へと変わっていく過程で、突然スリュムはニヤニヤと笑いながら何事か言い始めるが、直後に振り下ろされたトールの足によって砕かれ、爆散した
スリュムの消えた辺りを見つめて、一つ鼻を鳴らすとこちらに視線を移した
「…………やれやれ、礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も、宝を奪われた恥辱をそそぐことができた。……どれ、褒美をやらねばな」
トールは自身の持っていた槌についている宝石を外して、放った
宝石は空中で形を変え、人間サイズの槌になると、なおも呆然としているクラインの手の中に納まった
「雷槌ミョルニル、正しき戦のために使うがよい。では……さらばだ」
トールは手を掲げると、巨大な雷の音とともに視界が真っ白に染まった
そして、それが収まるとそこにはもう見上げるほどの巨躯の神は姿を消していた
「リ、リン! お、お、お………!」
「すまんが日本語で頼む」
我に返ったクラインが盛大に言葉に詰まりながら詰め寄って来た
「おまえ、知ってたなぁ!!」
「主語をつけろ。主語を。あと顔が近い。……トールがフレイヤに化けているというのなら知ってたぞ?北欧神話にそういう話があったしな」
興奮しているクラインから一歩離れる
「お、教えてくれてもよかったじゃねぇか!!」
「別に教えなくても損はなかっただろう?」
「俺様の心に多大なダメージが入っただろ!」
「知らん。まあ、そうだな……よいピエロ具合だった」
ふっ、と俺が笑ってやるとクラインはその場で崩れ落ちた
そんな俺とクラインの様子を見ていたシノンとユウキとリーファ、キリトにアスナがヒソヒソと話し始める
「……トドメを刺したね」
「うわ、えげついな……」
「まあ、そういうところも好きなんだけどね」
「えっ……?」
外野、うるさいぞ
あとシノン。その台詞はマゾだと勘違いされそうだからやめた方がいいと思う
「ほら、クライン。いつまでも崩れ落ちてないでさっさと行くぞ。まだクエスト中だ。それに、俺の知るクラインは恋破れてもすぐに復活するはずだが?」
言い変えれば今までの恋はすべて失敗したってことである
「ククク……はっはっはっは! 確かにその通りだ! このクライン様は何度だって甦るぅ! なぜならそこに素敵な女性がいるからだァ!!」
甦ったはいいが壊れたか
ちなみに全員が引いた
「とりあえずクエストを終わらせるか」
拳を宙に突き上げて決意を新たにしているクラインを視界から外す
その時だった
重低音とともに床や壁が波打ち始めたのは
「じ、地震!?」
「いえ、違います!スリュムヘイムが徐々に地上へ向かって上昇しています!」
シノンがしっぽをピンと張りながら転びそうになったのを支えながら辺りを見渡す
「ユイ、キャリバーの座標へと続く道はどこにある?」
俺の言葉にユイは即座に答え、マップ情報にアクセス。そして辺りに響き渡る重低音に負けないように叫んだ
「玉座の後ろに下り階段があります! そしてそこからキャリバーの刺さっている場所に行けます!」
「よし、全員走れ」
全員でスリュムの身体相応に巨大な玉座の左脇を駆け抜けて、後ろにあった薄暗い下り螺旋階段を落ちるかのように走り抜ける
長い長い階段も終わり、俺達は開けた空間に到着した
そして、階段とは反対側の壁際に刺さる流麗な剣が見える
「あれが……っ!」
「キリト、抜いてこい」
このメンバーの中で最も筋力の値が高いキリトの背中を蹴り飛ばす
なんにせよ、時間がないのだ
リーファの持つメダリオンに点る明かりは僅かに一つ。しかも点滅を始めている
空中をかなりの速さで飛んだキリトは空中で体勢を立て直すとキャリバーのすぐ前に綺麗に着地
そして、しっかりとエクスキャリバーの柄を握り締めると両足を踏ん張って力を入れはじめた
うめき声をあげているキリトをぼーっと見る
「暇だな」
「応援くらいしろよ!?」
ぽつりと呟いた言葉に反応してキリトは即座にツッコミを飛ばしてくる
応援ならアスナやクラインだけで十分だろうが
そして、そんな状態で十数秒経った頃、ピキリといった鋭い音とともに台座から強烈な光が発生した
直後、涼やかな破砕音とともにキリトの身体と、その手にしっかりと握られたエクスキャリバーがこちらに向かって飛んできた
アスナとクラインによって受け止められたキリトは顔を綻ばせ、ガッツポーズをしようとしたところで、怒涛の如く続くイベントに呑まれていった
「おわっ…こ……壊れっ……!」
「くっ……」
鉄と木を断ち切る剣であるエクスキャリバーが抜かれたことにより断ち切られていた世界樹の根っこと思わしきものが急速に伸び始める
それだけならばよかったのだが、問題は俺達の立っている足場が盛大に揺れ、壁に無数のひび割れが走ったということだ
すぐに俺達が入ってきた道に目を向けたのだが、筍の成長を早送りに見ているような速度で伸びている根っこによって覆われてしまっており、さらに今も分厚さを増加中となればそこを突破するのは不可能だろう
「……! スリュムヘイム全体が崩壊します! パパ、にぃ、脱出を!」
マップを確認していたであろうユイが焦ったように叫ぶがもうすでに出口は存在しない
「根っこに掴まるのは……」
「無理かな」
解決策を必死に考えるキリトがぽつりと呟いた案は即座にシノンに否定された
「リン、なにかない?」
「……一人か二人なら鋼糸で根っこに掴まることは可能だが……俺には三人から一人を選ぶなんでできない」
シノンはもちろん、ユウキとリーファも大切な彼女だ。ゲームとはいえ見捨てるなんてできるわけがない
「よ、よおォし……こうなりゃ、クライン様のオリンピック級垂直ハイジャンプを見せるっきゃねぇな!」
急にクラインはそう叫ぶと壁の端から走り出す
ちなみに一番低い根っこまでの距離はだいたい10メートルくらい
現在の走り高跳びの世界記録は2メートル45センチメートル
オリンピック級のハイジャンプでも届かない
案の定、クラインは根っこに届く前に重力という枷に囚われ、地面に落下した
そして、それがぎりぎり足場を支えていた壁にトドメを刺すこととなってしまう
全員が口々に罵倒の言葉を発すると同時に俺達の乗っている足場は重力にしたがった落下を始めた
不安定な足場に全員がしゃがみ込む
念のため、足場全体に鋼糸を垂らしておく。これで誰かが転げ落ちそうになっても大丈夫だろう
アスナはキリトに抱き着き、俺にはシノンとユウキが抱き着いてくる
ちなみにスピード狂のリーファは楽しそうにこちらを見ていて、俺が苦笑いを浮かべると微笑みを返してきた
そうして仲良く落下していると、崩れて天井から落ちてくる氷の礫を器用にかわしながらトンキーが飛んできて、ピタリと俺達のいる足場の近く、五メートルほど離れた位置でホバリング
「有り難いな」
軽く助走をつけて跳び、トンキーの背中に着地する。そして振り返るとシノン、リーファ、ユウキの順番で着地を補助する
「今度はできたね。ありがとう、リンくん」
行きのときのことをまだ引っ張っていたらしい
アスナも綺麗にトンキーの背中に着地。クラインがモタモタとしているのにいらついてキリトが蹴り飛ばし、トンキーの鼻に回収されたが問題はない
最後のキリトだが、エクスキャリバーとトンキーの背中を交互に見ていてためらっている
おそらくはキャリバーが重過ぎるために跳べないことを悟って悩んでいるんだろうが……
結局キリトはキャリバーを投げ捨てると、こちらに向かって跳んだ
「……また、いつか取りにいけるわよ」
「わたしがバッチリ座標固定します!」
「……ああ、そうだな。ニブルヘイムのどこかで、きっと待っててくれるさ」
キリトが微妙に浮かない顔をしているのを見てアスナとユイが慰めに向かい、キリトも納得して頷いた
しかし
「リン、あれ、固定できる?」
「問題ない。一瞬で大丈夫か?」
先程足場に垂らしてあった鋼糸の一部をキャリバーに絡ませてある
加速度とキャリバーの重さから考えると一瞬動きを止めるだけで精一杯だが、シノンなら問題ないだろう
一応問うたものの力強く頷いた
シノンは弓を背中から抜くと矢をつがえ、素早く呪文を詠唱し、矢に白い光を纏わせる
弓使いのジョブ呪文、リトリーブ・アロー
矢に命中力の低下と引き換えに伸縮性の糸を付与し、矢全体に粘着力を持たせる魔法だ
「やはり持たないか」
鋼糸をピンと張り、キャリバーの動きを止める
しかし、重量と速さの二乗に比例する運動エネルギーを削り切ることはできず、ぶつりという音とともにちぎれる
だが、その一瞬だけで十分だったのだ
止まる瞬間を狙ったかのように、シノンの放った矢はキャリバーに着弾して引き寄せ始めた
「よっと……重いね」
キャリバーを手に取ったシノンは少しよろめいてそんな感想を漏らす
「さすがだな、シノン」
「リンのサポートがあったからだよ」
自分を卑下するでもなく、純粋な照れ隠しらしく、にこやかに笑っている
「キリト、さっさと受け取れよ」
「お、おう……」
キリトはキャリバーを受け取ってもまだ呆然としている
この沈黙はウルズたち三姉妹が顕れるまで続くのだった
「ちなみにキリト。なんで穴に投げ込んだんだ?」
「は?いやだって、持ったままじゃ跳び移れないだろ?」
「俺に向かって投げればよかっただろ。俺も持ってみたが、受け止めるくらいならクラインはもちろん俺やユウキ、アスナでもできたぞ」
「あ……」
……気づかなかったのか……
後書き
蕾姫です
クラインの電話番号云々は全カットw
一応やってるのでご安心を
トールが正体を顕してからもカットしました。ワンサイドゲームとか書いてて楽しくないですしね
何はともあれキャリバー編完結! 日常プラスαを挟んでマザーズ・ロザリオ編に入りますが、多分結構早く終わりますので悪しからず
あと戦闘ではなくオハナシがメインになるので期待しないでください。これもユウキを生存させるためなんだ!
次回もよろしくお願いしますね。ではでは
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