真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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崑崙の章
第23話 「ご主人様を……一緒に守ろ?」
前書き
崑崙の章、最終話です。
長くなりましたが……例によって例のごとく、話の区切りが悪いのでそのまま掲載です。
いい加減、この章も終わりにしたいので……(ぼそ)
―― other side 漢中 ――
(理想)
「おかえりなさいませ、盾二様。長旅お疲れ様でした」
「お待ちしておりました、盾二様。お元気そうで何よりです」
「ありがとう、朱里、雛里。君たちのおかげで俺は目的を達することが出来た。礼を言う」
「そんなことありません。全ては盾二様の薫陶のお陰です」
「私達は、盾二様の指示なされた通りに事を運んだだけです。事の全ての功は盾二様にあります」
「ありがとう、朱里、雛里……俺は最高の臣を持って、幸せだよ」
「「盾二様……」」
(現実)
「ひっく……ぐじゅ……じゅ、じゅんじさまぁ……おあ、おあいしたか……ふぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ふぐっ……ぐじゅ……おげん、お元気、そうで……ぐじゅ……うぇぇぇぇぇぇぇ……」
「…………………………すいませんでした」
盾二の姿を見た瞬間、泣きだした漢中の宰相二人を前に、土下座して頭を下げる天の御遣い。
その姿に、周囲の目は点になっていた。
関羽と馬正は頭を抱え、張飛は苦笑しながら頭を掻いている。
趙雲は『幼女を泣かせるとは!』と一人劇画調の顔でツッコミ待ちだし、桃香はなぜか二人の泣き声に感化されて涙をにじませていた。
簡雍を始め、文官一同は唖然として見守り、元義勇軍にいた内城の警備担当の警官たちは慣れている光景に見て見ぬふりをしている。
およそ、国の中枢である謁見室とは思えぬ状況が繰り広げられた半刻後。
文官や警備の警官を退室させ、梁州の重鎮だけを残した謁見室内。
ようやく落ち着いた二人の宰相を交えて、盾二が口を開いた。
「……まあ、本当に時間をかけてすまなかった。正直いって、俺もこれほど帰還が遅くなるとは思ってなかったんだけど、いろいろあってね……」
「ちーん! ぐじゅ……いえ、盾二様がご無事でしたら、私達はなにも……」
「ひっく……ひっく……」
「……マジでごめん」
「これこれふたりとも。いい加減泣き止め。話が進まぬではないか」
「そういう愛紗も泣いておったではないか」
「せ、星っ! あれはだな!」
「しかも抱きしめられて顔を真っ赤にしての大暴走……いやはや、乙女な関雲長など、この趙子龍、初めて見たものだった」
「「抱きしめられた!?」」
「そ、そこに反応するな、朱里、雛里! わ、私は……」
「にゃー……話が進まないのだ」
「だねぇ……」
基本的に女は姦しい。
そしてその姦しい女が集まると、建設的な話は脱線しやすいのである。
それは女性にとっては、痴話話こそ自分の精神を安定させるための方法であると本能でわかっているためだ。
だが、そこに男が混じるとどうなるか。
こうなるのである。
「うほっん! 我が主の話が途中であります! 方々、少し弁えられよ!」
馬正の言葉に、シーンとなる謁見室。
いくつか恨みがましい目が馬正に集まる。
こういう憎まれ役も、年長者の勤めでもあった。
「では我が主、お話の続きをどうぞ」
「あ、ああ……ありがと」
盾二は、咳払いをしつつ、身を正した。
「ともあれ、荊州でのことは巴郡から華佗に中間報告で託していると思う。あれからおよそ一年経ってしまったけど……劉表殿はなんて言ってきている?」
「はい。盾二様がご不在のことは大変残念がられておいででしたが……当面は黄巾の残党や賊の討伐などでの共闘の誓紙を交わしました。また、盾二様がお戻りになられたら、必ずご一報申し上げると約束しております」
「そか……それならすぐにも戻ったことを知らせないとな。あのじいさん、意外にせっかちだし……」
「ご、ご主人様! 仮にも相手は荊州の州牧ですよ!?」
その相手を爺さんと気安く呼ぶ盾二に、慌てる関羽。
「あー……いや、まあそうだけどさ。猜疑心が強い割には抜けているところがあるというか……そういえば、桃香との橋渡しを頼まれていたっけ。桃香はもう本人には会った?」
「え? ううん。まだ会ったことはないかな。文官同士の話し合いはしているけど、直接こちらに来るのはご主人様が戻ってからって話だったし」
「そうか……俺に義理立てってわけでもなかろうし、なんで会うのを渋っているんだ?」
「いえ、盾二様にお願いしたのに、盾二様を差し置いてはお会い出来ぬ、とのことですよ」
「あ、あれぇ!?」
朱里の言葉に、思わず驚く盾二。
盾二自身の感覚では、すでに一年経っていることもあって、自分を除いた間でトップ同士の面識は済んでいると思っていたのだ。
「そんなに律儀な爺さんだったのか……ならすぐに俺から親書を書こう。桃香には是非、友誼を結んで欲しいしな」
「わかりました、すぐに手配いたします。後、西の劉焉様からも親書が来ております。こちらは巴郡の太守である厳顔という方の仲介でしたが」
「ああ、桔梗か……そちらも同盟と?」
「「「「「……………………」」」」」
「……? どうした、朱里……だけでなく、なんで皆まで睨むんだよ」
盾二が周囲を見ると、馬正と張飛を除く全員が半眼になっていた。
「……こほん。そうです。劉焉様から桃香様宛に同盟の話がありました。当面は劉表様同様、賊との共闘の条約文です。また、通商に関する話も出ていますが、街道の整備などもありまして現在のところはまとまっていません」
「巴郡との取引は、なによりも利になる。益州の成都は難しいとしても、巴郡との自由貿易だけは確保してくれ。ただし……」
「はい。じゃがいもに関しては高い関税をかけます。そうすれば向こうにも土豆として流通している分、あえて流通させようとはしないでしょう」
元々、じゃがいもを『土豆』として普及していたのは巴郡である。
その栽培は細々としているものの、外へと広めようとしていない巴郡相手であれば、じゃがいもの流通における旨みは少ない。
更に関税をかければ、あえて流通することを避けようとするだろう。
現状で、じゃがいもによる特産品化を狙う梁州側にとっては、この作物を梁州外に広めるのには時期が早すぎる。
「桔梗に俺から親書をだすよ。向こうの状況も俺からの親書なら引き出すことができるかもしれないしな。あとで……」
「「「「「じー…………」」」」」
「……だからなんで睨むんだよ」
劉備、関羽、孔明、鳳統、そしてなぜか趙雲までもが半眼で盾二を見ている。
「……ご主人様ぁ」
「な、なにかな、桃香?」
「ど・う・し・て、厳顔さんの真名らしきものを呼んでいるのかなあ?」
「え? そりゃ向こうが預けてきたから……」
「ほう……つまりは預かるようなお付き合いをしたと」
「……あ、愛紗さん? なんか殺気が漏れているんですけど」
「……やっぱり女性にお優しくしたのですね」
「……やっぱり擦り寄られたのですね」
「しゅ、朱里!? 雛里!?」
「私が放浪して、ようやく主殿にお仕えしようとしている間に、主殿は別の女にうつつを抜かしていたというわけですな。ほぉ~……」
「…………………………」
ようやく盾二は、自分が懐かしき我が家ではなく、魔窟に迷い込んでいることを悟る。
全ては自らのしでかしたことではあるが。
「お師匠様は相変わらずなのだ」
「ちょ、鈴々まで! 俺がなにしたっていうんだ! 出会ったのはたまたまだし、桔梗が巴郡の太守だなんて最初知らなかったし、紫苑だって……」
「「「「「!?」」」」」
「……あ」
サーッと蒼白になる盾二。
思わず出してしまった新たな女性の名前に、全員の視線が注目する。
「……だあれ? その人? たぶんそれも、『真名』だよ、ねぇ?」
「あ、あの、桃香さん? むちゃくちゃ笑顔が怖いんですけど……」
「お聞きしたいことが、フエマシタナ、ゴシュジン、サ、マ」
「……その攻撃色の目は、やめてくれませんかね、アイシャサン」
「やっぱり私もついていくべきでした……悔やんでも悔やみきれません」
「あわわ……もげろ、です」
「朱里はともかく、雛里!? 君、今なんて言った!?」
「……英雄色を好む、と言いますからなぁ。もう諦めたほうがよろしかろう」
「な、なにかな、星。そのゴミ虫を見るような眼は……」
「盾二殿……」
「お兄ちゃん……」
「馬正も鈴々も、冷め目で見るのやめてくれないか!? 俺がなにをしたと言うんだよ!」
全員の冷たい目と殺意に満ちた目に囲まれた盾二は……
気がつくと正座させられていたのだった。
―― 盾二 side ――
うう……膝が痛てぇ。
スーツを脱がされた上で、石畳の上に正座するハメになり。
時折、重しに星の槍が腿に落ちてきたり、愛紗の青龍刀が置かれたり……
「こちらです、盾二様」
「警備の人にもなにがあっても入ってこないように伝達しました」
「信用できるものに見張りを任せております。ご安心を」
誤解? を解くために詳しく説明して、ようやく開放されたのが二時間後。
まったく、俺がなにをしたというのだ……
「ここって私達も立入禁止にされていた場所だよね。一体何があるの?」
朱里からの報告で紫苑――黄忠は、巴郡と巴中の中間にある、南充という街の太守になったとのこと。
つまり、益州の梁州に対する最前線に位置する場所の守りをまかされたとのこと。
「そういえば桃香様も入室禁止にされていたが……一体なにがあるのだ?」
通常で考えれば劉備に対する楔に、名のある黄忠を据えたとも言える。
だが、俺や桃香にとっては好都合だ。
なにしろ紫苑も桔梗も、俺とつながりがある。
事が起これば、彼女らを引き入れて、一気に成都まで進軍できることになる。
「なんか薄暗くて広いのだ……なんなのだ、ここは」
まあ、すぐに蜀を建国するわけでもないし、歴史通りに事を運ぶならば、もうちょっと先……あの事件のあとになるだろう。
だが、これで建国はスムーズになるということでもある。
俺にとっては嬉しい展開だ。
もしかしたら、于吉がそういう根回しをしてくれたのかもしれないが……
「はて? なにやらかまどのようなものに、大量の鉄板……? 此処は鍛冶場か?」
ともあれ、状況を把握したのち、朱里と雛里に予め指示してあった施設のことを聞くと、もう用意してあるとのこと。
ならばさっそく……と案内をお願いしてきてみた場所は。
「はい、盾二様用の鍛冶場です。ご指示の通り、大量の鉄にお教えいただいた『レンガ式たたら製鉄炉』というものを用意しました。あと、旧来の爆風炉も一応奥にあります。どちらも小さいものですが……」
「まあ最初はしょうがないな。これでできるのは一度にせいぜい数キロ程度の鉄しか作れないから時間もかかる。後で大量に鉄を精製することのできる溶鉱炉を作るとして……朱里、あの暖炉みたいなやつでいいのか?」
「あ、はい。何重にもレンガを組み立てた特製の大かまどです。いかがでしょうか……」
俺の眼の前にある大きなかまど。
それは雪で作るかまくらのような大きさで、人が数人入れるほど広い。
無論、これはレンガ式たたら製鉄炉でもなければ、爆風炉という古くからあるという中国の製鉄炉でもない。
これは俺が、それとは別に頼んでいたものだ。
「……これってなんのために?」
「ええっと……」
朱里が俺に目で訴えかけてくる。
……そういや朱里たちに言ってはいたけど、実践はしてなかったな。
「俺が頼んだんだ。俺のサイコバースト……フレアバーストの熱に耐えられるかまどがほしいってな」
「ご主人様の……あっ!」
桃香が声を上げて俺を見て――星を見る。
星は、桃香の視線に首を傾げた。
「……よろしいのですか、ご主人様。あの御業は……」
愛紗も気づいたようで、耳打ちしてくる。
だが、俺の応えは決まっていた。
「俺は星を信じるよ。な、星」
「は? ええと……なにかよく事情が飲み込めぬのですが」
言われた星は、戸惑いながら俺を見る。
「あのね、星ちゃん……これから見ることは、ご主人様の大事な……本当に大事な秘密なの。私や愛紗ちゃん、鈴々ちゃんは実際に見たことあるけど、これが外に漏れたら大変なことになっちゃうの」
「……なんと。一体どのような……」
「……我々はその秘密を、我々自身の真名にかけて誓っているほどの秘密なのだ。星、お主も自身の真名に誓えるか?」
「愛紗……お主がそこまで言うとは、よほどのことだな」
「鈴々もこれだけは死んでも言えないのだ。でも、鈴々も星なら絶対に裏切らないと思うのだ」
「鈴々……」
「私達、盾二様の臣である三人は、そのことを盾二様からお聞きはしていますが、実際には見ていません。ですけど……それを秘密にすることは、自分の真名にかけて誓っています」
「……(コクコク)」
「私は名を捨てた故、真名はありませぬが……違えた時は、我が生命を以って御返しすることを約しました。決して違えなどしませぬが」
「皆がそこまで仰るということであれば……我が真名にかけて誓いましょう。ここで見ることは、命尽きるとも決して他言はいたしませぬ」
その言葉とともに、俺の足元で跪いて頭を垂れる。
いや、まあ……秘密ではあるけど、そこまで大げさにする……ことか、うん。
「……その言、確かに聞いた。皆もいいね……じゃあはじめるよ。馬正、手伝ってくれ」
「承知」
「朱里、一枚の重さは?」
「はい、六枚でおよそ一石になるように整えてあります」
「了解。とりあえず六枚ずつ積み上げていくか」
俺は、馬正と二人で鉄板を何枚も重ねていく。
「……いったい何が?」
「星ちゃん、黙って見ていてね。凄いから」
そして大体かまどの半分が埋まるぐらいの量を運び終えてから、俺と馬正は外へ出た。
「とりあえず最初はこんなもんからやってみるか……十石ほどか。朱里、秤は?」
「あちらです」
「了解……大体一両が、この時代十四gだから……こんなものかな?」
俺は懐から出した物をちぎって重さを確認する。
「主よ、ソレは?」
「ん? ああ……賢者の石」
「けんじゃの、いし?」
星が聞いたことのない言葉に眉を寄せる。
見たことのある桃香たちは、ごくっと喉を鳴らした。
「そ。この塊を手に入れるために一年も旅していたってこと。まあ、詳しくは後でね」
ちぎった賢者の石を丸めてポケットに入れて、かまどの前に立つ。
「んじゃ、やるよ。熱気で火傷するかもだから……もうちょい下がって」
「星ちゃん、危ないから下がるよ。朱里ちゃんたちも」
「は、はい!」
皆が俺から離れる。
……よし。
「いくぜ! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
掛け声とともに膨れ上がる精神エネルギー。
AMスーツの精神感応力により、俺の周りに溢れるようなパワーが漲る。
「なっ!?」
「「は(あ)わわっ!?」
「なんと!?」
星や朱里と雛里、そして馬正が驚嘆の声を上げる。
桃香たちは一度見ているとはいえ、改めて見る俺のサイコエネルギーに言葉を失っている。
「ちょっと抑え気味に……いくぜ! マグナ・フレアバースト!」
極大の焔の渦。
一千度を越える熱量が、かまどの中に生まれる。
その熱気が、かまどの中で爆発して……
ビシッ!
「あ、やべ!」
溢れた。
「きゃああああああああっ!」
「うおおおおおお!」
「にゅあーーーーーーー!」
俺の後ろに居た皆が悲鳴をあげる。
まずいまずい!
慌てて力を打ち消して、今度は正反対の力を生み出す。
「アイスキャッスル!」
かまどから吹き出す熱気を塞ぐように、俺の周囲から発する冷気で包む。
ほどなく溢れていた熱気は収まり、ひび割れたかまどからの熱は弱まった。
「……おかしいな。こんなに威力があるなんて。どうな……あ、いかん! 皆大丈夫か!?」
俺が振り返ると、全員がその場に伏せていた。
「ふあー……」
「び、びっくりしたのだ……」
「い、以前の時より威力がありましたな……」
桃香たちは一度見ていたため、皆をかばって伏せていたようだ。
「すまない。こんなに威力が増しているとは思わなかった。大丈夫か?」
「わ、我々は……ですが」
愛紗の視線の先には。
「きゅ~……」
「あぅ~……」
熱気と倒れた拍子に目を回している幼女二人と。
「………………」
「は、話に聞いてはいましたが……恐ろしい威力ですな」
驚愕の眼で俺を見る星と、平然としながらも言葉尻が震える馬正だった。
「すまない……たぶん、仙人界での修行のせいかもしれない。扱える力がこんなに増しているとは思わなかった」
「……仙人界、ですと?」
「ああ。この一年……俺にとっては二十日程度なんだけど、仙人界にいたんだよ。そこで仙人と修行する羽目になってな」
俺の言葉に、星の目が更に見開く。
「えー!? ご主人様、仙人サマに会ったの!?」
「なんと……」
「ふえー! すごいのだ、お師匠様!」
桃香たちも、立ち上がりながら驚いている。
そういや、賢者の石を入手するあたりの話はまだだった。
「まあ、仙人というには俗っぽい奴だったけどな。ともあれ、そこで一度死んで、不老長寿の水なんてもんで生き返って……だからかもしれないな」
「い、一度死んだ、ですとぉ!?」
「ご、ご主人様!し、死んだって……」
「生きてるよ! てか生き返ったの! まあ、後で詳しく話すって……ともあれ、朱里たちを頼む。かまどの中見てくるから」
そう言って、かまどへと近づく。
その中では……
「うわー……レンガまで溶けてら。沸点超えちゃっているな。混じってもいけるかな……?」
呟きつつ、取り出した賢者の石のかけらを、ぐつぐつとまだ煮え立つ溶岩のような鉄の中に放り込む。
すると――
「!?」
「あ、あれは……」
後ろで驚く声がする。
俺は、変化するかまどの中を確認してから――振り返った。
「これが俺の秘密……錬金術だよ」
かまどの中から、輝く金の塊を背にして。
俺は秘密を明かしたのだった。
―― 孔明 side ――
「はう~……」
「……大丈夫か、朱里。本当に悪かったな」
「あ、い、いいえ! わ、私こそ気を失っちゃうなんて……」
「あぅ……朱里ちゃん、私も気を失っちゃったよ……」
「いや、俺が悪かった。ごめん」
盾二様が頭を下げる。
「そんなに気にしないでください。ただ、びっくりしただけですし……」
「そ、そうです……私もびっくりしただけで……あぅ」
私と雛里ちゃんが慌ててそう言うと、盾二様は苦笑しながら私達の頭をなでてくれました。
はわっ……えへへ。
役得かもしれません。
「ともあれ、皆に怪我がなくてよかったよ……改めてすまなかった」
「ううん。びっくりしたけど……誰も怪我なかったんだし、問題ないよ」
「とはいえ……さすがに二度目はお控えいただきたいのですが」
「あー……うん。そうだな。ぶっちゃけ面倒だからと俺がサイコバースト使ったけど、鉄を溶かせるならなんでもいいんだし」
愛紗さんの言葉に、ぽりぽりと頬を掻く盾二様。
たしかに……あれをもう一度やられるのは困ります。
なにしろ……かまど、壊れちゃいましたし。
「盾二殿。あの金ですが、ところどころ金になりきれていない部分がありますが……」
「ああ、レンガの質量分が加わちゃってるからね。それは後で除けばいいとして……とりあえず金を運び出して、かまどを溶鉱炉に作りなおさなきゃな」
壊れたかまどの中に溢れるほどの金が見える。
よかった……あれがあれば、空に近かった国庫の心配はなくなる。
本当に資金を調達してくださったのですね、盾二様……
「融解している鉄に賢者の石を入れないと金にはできないから……作る時は馬正と二人でやるしかないか。すまないが頼むよ、馬正」
「おまかせください。職人を入れるわけにもゆきませぬでしょうし」
さすがに金が作れるなんて噂が広まったら……同盟を結んでいる劉表さんも劉焉さんも、手のひらを返して攻め入ってくる可能性があります。
こんなこと、まさしく極秘中の極秘事項です。
「さて……とりあえず話せなかったことを話そうか。皆きっと聞きたいだろうし」
盾二様の言葉に、桃香様たちも頷く。
そして、先程から怖い顔で睨むように盾二様を見つめている星さんも……
「巴郡で華佗に報告を頼んだ後、仙人に会ってね。そこで目的だった賢者の石がその仙人に使われてもう無いことを知ったんだ」
「目的だった賢者の石……ご主人様、賢者の石って天の世界にあるものじゃ……」
「いや、こちらの世界にもあることを別の仙人から聞いていたんだ。それがある場所もね」
「仙人は何人もいると……」
「俺が知るかぎりは三人かな。一人は今も一刀のそばにいる」
「一刀……主の兄君でしたな。では、本当に天の世界からいらしたと……」
「……まあ、そういうことだよ、星。俺は仙人の一人によって一刀と一緒にこの世界に連れて来られたんだ」
星さんは、初めて知る真実にごくっ、と生唾を飲み込みました。
私達は、すでに盾二様からそのことを宛でお教えいただいたのですが。
「そして桃香、愛紗、鈴々に助けられて……まあ、その後は星も知っているとおりだよ。白蓮のところで客将をして、義勇軍を率いて……まあ、宛で解散したわけだけど」
「………………」
「で、宛にいるときに仙人とコンタクト……会うことができてね。姿は見せなかったけど、いろいろ教えてもらった。その時にこちらに賢者の石があることも知った。俺の世界でも極希少な石だからね」
「それを探しにいかれた……と」
「ああ。発掘場所はわかっていたからね。だけど、ソレは別の仙人に使われてもうなかったんだけど……その仙人がある場所を教えてくれた。それが仙人界ってわけだ」
仙人界……仙人が住むといわれる、伝説の場所。
確か、蓬莱とも崑崙とも呼ばれていたはずです。
「そんな場所が本当にあるとは……」
「俺の世界でも知っているのは、数人じゃないか? そういう場所があるってのは知っていたけど、行ったのは俺も初めてだったよ。そこで仙人の試練で……俺は一度死んだ」
「「「「「「「!!」」」」」」」
私達、全員が息を呑みます。
私達から見ても、無敵と思える盾二様が……死んでしまうようなことがあった。
その事実が、私達に重くのしかかります。
「仙人の一人にまるで敵わなくてね……でも、彼らの力で生き返った。その上で修業をつけてもらったんだ。けど……」
そこまで言うと、今度は急に顔を顰めました。
どうしたんでしょう?
「その仙人がさ……俺に言うの忘れてたんだと」
「な、なにを……?」
「あの世界な、こちらの世界と時間の流れが違うんだって」
「は?」
「向こうの世界の一日は、こちらの世界の十日……なんだかんだで三十日向こうにいたら、こっちじゃ三百日過ぎていたっていうんだよ」
「「「「「「「………………」」」」」」」
……な、なんという。
正直信じられないんですが……
「思わずその仙人、ぶん殴っちゃったんだけど……まあいいや」
「「「「「「「いいの!?」」」」」」」
盾二様を除く全員で思わずツッコミました。
せ、仙人をぶん殴る盾二様……凄すぎます。
「で、漢中の近くまで送ってもらって、帰ってきた。そういうわけ」
「……は~。大冒険だねぇ……」
桃香様の感想に、皆で何度も頷きます。
と、とんでもない旅だったんですね。
「にしても、たかだか二十日程度の修行だったとはいえ、密度が濃かったからかな。鈍っていた身体を鍛えるのには都合が良かったよ。まあ、まさか精神エネルギーまで強化されているとは思わなかったけど……」
「精神、えねるぎぃ?」
「そ。まあ、こっちじゃ氣っていえばわかる?」
星さんの呟きに盾二様が答えます。
たしか、盾二様の剣も矢も通さない服から生み出される、火や風や氷の力。
それらは誰もが持っている氣の力を応用していると。
それをだれでも使えるようにするのが、盾二様が着ている黒い服であるとも。
「主は氣が使えるのですか?」
「この服のお陰でね。この服はアーマードマッスルスーツっていう、俺専用の特殊服だよ。俺以外が着るとただの丈夫な服でしかないけどね」
「確かに……以前にもそんな話を聞きましたな。しかし、その服にそんな力が……」
「うん。たぶん、精神力が強化されるとしたら……不老長寿の水をガバガバ飲んでいたせいだと思うんだけど」
「ふ、不老長寿の水ですと!? あの始皇帝が求めたという!?」
星さんが叫ぶように言う。
「いや、始皇帝が求めたのは不老不死の薬……まあ、間違ってはいないかもだけど。ちなみに始皇帝が飲んだ不老不死の薬ってのは、水銀っていうただの毒ね」
「…………なんと」
始皇帝が信じた不老不死……やっぱり偽物だったんですね。
水銀というのですか……あとで書にまとめておきましょう。
「そういや俺の世界に不老不死の霊薬で『ソーマ』なんてのがあったらしいけど……結局それも偽物だったらしいしな。不老不死なんてあったとしても手に入れるもんじゃないさ」
「……そうかもしれないね」
盾二様の言葉に、桃香様が同意する。
私もそう思います……人はいつか死ぬからこそ、精一杯生きようとするのですから。
「で、その不老長寿の水ってやつなんだけど……仙人界に流れている川の水なんだけどね。簡単にいえば飲めばたちどころに体力が回復するわ、傷も治るっている水だったんだ。俺が死ぬ前にそれを飲んでいたから、ギリギリで蘇生できたって仙人は言ってたな」
「……すごいです。そんな水があれば、この世界から病人を失くすことができるかも……」
「まあ、仙人界までいかなきゃだし、どんな病にも効くかなんてのはわからないけどね。争いの元にしかならないと思うけど」
「……それもそうですね」
私はしゅんとうなだれます。
それを軍事利用すれば……なんて、一瞬でも考えた私が馬鹿でした。
「その仙人界というのはどこに……」
「場所は教えてもいいけど、多分行くのは無理だよ、星。あれこれと知識のある俺が、考えつく限りの装備でその場所を目指して、危うく辿りつけずに死にかけた場所だ。どんな暑さも寒さも凌げる、この服を身につけている俺が、だぜ?」
「うっ……」
「それを広めたら、きっと皆死ぬ。俺の世界でもまともに行けた人間は数人いるかどうかだ。それに、そんなことになったら、仙人たちがあの場所をそのままにするとも思えない。きっと入り口も閉じるだろうな」
「……そうですか」
星さん……きっと、行ってみたかったのでしょうね。
「まあ、俺も二度とあの道中を繰り返したいとは思わない。次は俺でも死ぬと思うしな。もうごめんだよ」
「ご、ご主人様にそこまで言わせるなんて……」
「我々では絶対に無理、そういうことです、桃香様」
「にゃー……鈴々も、仙人には会ってみたいけど、そんな場所はゴメンだなー」
「いや、会わない方がいい……女に興味なさそうだし」
「「「は?」」」
女に興味が無い……?
あ、ああ……ああ!?
「そ、そそそそそそそそ、それはつまり、や、ややややややややお……」
「しゅ、朱里ちゃん、朱里ちゃん……だ、だめだよ、その先を言っちゃ……」
「?」
はっ……い、いけません。
つい暴走するところでした。
「な、なんでもありましぇん……」
「ふぅ……危なかったよ……」
「……よくわからんが、聞かないほうがよさそうだ」
「賢明です、我が主」
盾二様の言葉に馬正さんが頷いています。
あうう……盾二様はともかく、空気が読める馬正さんにはバレていそうですぅ。
「まあ、ともかくだ。大体のことは話したけど……星、どう思った?」
「は……私ですか?」
「うん……やっぱり、怖いかい?」
「!?」
星さんが、たじろぐ姿なんて……初めて見ました。
「な、なにをおっしゃるか……」
「ああ……別に咎めているんじゃないよ? 俺が言いたいのは……うーんと……」
ぽりぽりと頭を掻いて、そして顔を上げた盾二様。
あっ……その顔は。
「……!」
星さんは、盾二様の顔を見て……すぐに視線を逸らして顔を歪ませています。
なにかに……耐えるように。
私にはわかります。
たぶん……ここにいる誰もが。
星さん以外……多分みんなが。
盾二様の……寂しげな笑顔を見たことがあるのですから。
「ご主人様……とりあえず部屋で着替えてはいかがでしょうか。まだお部屋にご案内していませんし」
愛紗さん、さすがです!
「そ、そうですね。今夜はご帰還を祝って祝宴も開きたいですし! ささ、盾二様!」
「ん? ああ……」
私はいそいそと盾二様をお誘いして、鍛冶場の出口へと向かいます。
私と一緒に雛里ちゃんと、馬正さんも同行してくれました。
その場に桃香様たちを残して。
(後はお願いします、桃香様)
私の視線に……桃香様は静かに頷いていました。
―― 劉備 side ――
「……星ちゃん」
「………………」
私の言葉に、星ちゃんは無言で俯いている。
その心中になにを思っているか。
私ならわかる。
だれよりも……わかる。
「……すごかったね。ご主人様の御業」
「………………」
「私達……愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも、初め見た時はすごく驚いたよ。驚いて……怖かった」
「!!」
ビクッと身体を震わせる星ちゃん。
うん……わかるよ。
「ご主人様が、私達にその業を向けることは絶対にない……わかっていても、怖いよね」
「……正直、私も最初は怖かった。あれだけの炎の業……最初は妖術とも思ったし、今でもそうではないかと思う時がある」
「鈴々は、怖いとは思ったことはないのだ。でも、あれに巻き込まれたら大変だな―とは思うのだ」
「………………」
星ちゃんの恐れはわかる。
それは誰もが思うこと。
それは……自分にはないものに対する本能的な恐れ。
人間は……手のひらから炎を生み出すことは出来ない。
人間は……人を片手で砕くことなどできない。
そして、人間は……自分の手の届かない事ができる存在を。
神や悪魔……仙人や妖怪……
そう……『バケモノ』と呼ぶ。
「私もね。ソレに気づいた時……今の星ちゃんみたいになっちゃったよ?」
「………………」
「そのせいで……愛紗ちゃんにも、鈴々ちゃんにも迷惑かけて……ご主人様にも迷惑かけちゃった」
「………………」
「そのせいで……邑が一つ滅んじゃったの」
「…………え?」
星ちゃんがようやく口を開く。
「私が馬鹿だったから……覚悟もなかったから……助けを求める子供も助けられなかった」
「………………」
「でもね……その時、ご主人様が泣きながら言ったの。自分は……バケモノだって」
「!」
「……その時、気づいたの。バケモノっていうのは、誰でもない……本当のバケモノってのは、弱い自分の心だって」
「あ……」
「ご主人様を……信じられないこと。本当に人を信頼することが出来なかった……それまでの自分だって」
「………………」
「だから……それを認めるのも、それを越えて信頼することができるのも……自分の心次第なんだよ?」
「桃香、さま……」
星ちゃんが私を見る。
その眼差しはいつもの……飄々として、どこか強い光を讃える瞳じゃない。
それは……迷い、戸惑い、自信をなくした一人の……女の子の瞳。
「だから星ちゃん……無理にとは言わない。出来ないと言っても……もし、ここを去るのだとしても、秘密さえ守ってくれるなら無理に引き止めもしない。でもね、でも……それでもご主人様を、信じてくれないかな?」
「あ………………っ」
「……私からもお願いする。星……怖がるな、とは言わん。だが……ご主人様を一人の『人間』として見てくれないだろうか」
「!?」
「鈴々からもお願いするのだ。お兄ちゃんは、鈴々のお師匠様で……大事な仲間なのだ。だから……お兄ちゃんを傷つけないで欲しいのだ」
「傷……あっ……」
星ちゃんの瞳が見開かれて。
その瞳、じわっと涙が浮かんだ。
「そ、そうか……私は……私はなんという……」
星ちゃんは気づいた。
星ちゃんは、普段は飄々としているけど……きっと誰よりも優しい。
そして愛紗ちゃんにも負けない義侠心と、鈴々ちゃんに勝るとも劣らない心の強さを持っている。
だから……きっとわかってくれたはず。
「誰よりも……誰よりも力も、知識もある主こそ……誰よりも傷つきやすいのだな……」
「……その力ゆえに、誰よりも悲しみを知っているのだ」
そう……それこそが、私達がご主人様を。
北郷盾二という人を、愛する理由。
力があり、それを越える知識があるからこそ……それを持たない人の恐れを知っている。
ご主人様の力は先天的な物じゃない……ご主人様自身は、ただの『人間』なのだから。
「……私にも覚えがある。力自慢で賊を一人で倒して帰った時の邑人たちの尊敬と……畏れの眼差し。そうか……そうだった」
「私も鈴々も、だ。桃香様に出会う前……武侠を誇り、力を誇示していた頃にな。武人ならば、誰しも一度はそれを感じるものだ」
「私は、愛紗ちゃんや鈴々ちゃんのように強い力を持っていないから……それに気づくのが遅れちゃったの」
「お兄ちゃんは、鈴々たちより強い力があるのだ。つまり、それは力ない人から見れば……」
「……私は、なんということをしてしまったのだ。わ、私は……くっ!」
星ちゃんは、自身の拳を床に打ち付ける。
その拳からは、じんわりと血が流れだした。
「星ちゃん……」
その手をそっと包みこむ。
星ちゃんは、濡れる瞳のまま、私を見つめた。
「ご主人様を……一緒に守ろ?」
「桃香、さま……」
私の言葉に。
星ちゃんの瞳に強い光が戻った。
―― 盾二 side ――
「ふう……」
俺は案内された部屋で、AMスーツを脱いで寝台にその身を預ける。
朱里や雛里たちは、宴の準備をすると出て行った。
たぶん、文官や武官たちに面通しもすることになるのだろう。
(それよりも……やっぱり星に見せるのは早かったかなあ?)
星のあの眼……あの怯えた眼は。
いつものこととはいえ……少し堪えた。
力があるがゆえに恐れられるのは当然だ。
最初は桃香にも……愛紗や鈴々もそうだった。
朱里や雛里は、気絶したからまともに見ていなかったとはいえ……彼女たちには、義勇軍の時にさんざん覚悟を叩き込んだから、多分大丈夫だとは思う。
馬正は、俺の力を何度か見ているから……いまさらだろうな。
(この時代の人から見れば……これが超科学の力、なんて言ってわかるもんでもないしな。やれやれ……どうしようか)
怖がって、やっぱり桃香の臣をやめます、なんて言われたらどうしよう?
趙雲なんて、五虎将の中でも最後まで蜀のために尽くした人間を、こんなことで失うなんて。
(ああ……俺ってば馬鹿!)
自分の拳を額にゴンゴンと当てて、自戒する。
(于吉や左慈といった仙人たちの傍に居たせいかなあ……自分の力を過小評価し過ぎて、それが当たり前と錯覚していたのかもしれない)
力に対する恐れなんて、スプリガンの養成時代からわかっていたことなのに。
それに対するフォローを怠って、全てを見せようとした自分の浅はかさを呪いたくなる。
「はあ……どうしよう」
いっそ、あれは手品でした、とか……アホか俺。
そんな状況じゃないけど、つい馬鹿なことを考えてみたくなる。
わかっている。
あとはもう、星の覚悟次第なのだ。
そう考えた矢先――扉を叩く音がした。
「ん? はーい、いるよぉ」
多分、朱里か雛里かな?
俺は扉を開けようとドアのノブ……取っ手に手をかけて、開く。
そこに居たのは……
「失礼しますぞ、主」
「星……って、おい!」
こちらの了承など関係なしに部屋に入ってくる星。
どういうことだろうか?
「星……えっと、どういう用なのかな?」
「どういう用か、ですと? これはまたおかしなことを」
「……は?」
人の部屋にずかずか入ってきて、用を聞いたらおかしな事?
「女が男の部屋に来る用など……決まっておるではありませぬか」
…………………………
「あー……あ、そうだ、俺、用事があったんだー」
「冗談です」
つつつ……と、扉に回りこむ星。
ちい……逃げ道を塞がれたか。
「はあ……星は相変わらずだな」
「お褒めに預かり、恐悦至極」
「褒めてねー……」
ジト目の俺と、素知らぬふりをする星。
そして、どちらともなく、プッっと吹き出す。
「ははは……で? 話があるんだろ?」
「ふふふ……はい」
そう言って、星はその場に跪いた。
その様子に、俺も真顔にならざるを得ない。
「先程は大変失礼を致しました。主に対して畏れを抱くなど……臣下としてあるまじきことでした。お許し頂きたい」
「いや……誰しも見たことのない業には、恐怖を抱くさ。実際、俺もやり過ぎたと思っているし……」
「いえ。あれだけ先に注意をされていたにもかかわらず……なおかつ、自身の真名にかけても誓った秘密に恐れ慄くなど、武人の恥辱。このお詫びは……」
星の言葉に、思わずきょとんとして……苦笑する。
「……星らしい、というべきかなあ」
「……そうでしょうか?」
「ああ。普段は飄々としている癖に、そういう律儀なところではガチガチになる。まったく……」
俺は、少し笑って手を差し出した。
「これからも力を貸してくれるのかい?」
「もちろんです。私の身命は、全て主のものです」
「……ありがとう」
俺の手を取る星。
初めて星に……俺自身が認められたような気がした。
「そういうわけで主……」
「ん? なんだい?」
「抱いてくださいませ」
ブホッ!
思わず横を向いて吹き出す。
な、なにを言い出すんだ!?
「せ、星!? なに言ってるんだよ!」
「おや? なにを焦っておいでか」
きょとんとした……マジできょとんとした顔でそう言う星。
その表情は、普段のように冗談をいうようなものでなく……本当にどうして? という顔だった。
「い、いや、だって……だ、抱いてくれって……」
「はい。抱いてくださいませ」
「………………」
え、ええと……
こ、こういう場合どうしたらいいんでせう。
「どうしました、主?」
「ど、どうしたもこうしたも……突然、なにを言うのかと」
「当然でありましょう? 先ほど言ったとおり、私の身も心も主の物。であるならば、私の初めてをもらっていただかねば」
「ど、どうしてそうなるんだよ!」
思わず声を上げる。
いや、あげるだろう……いきなり処女をあげるとか言われて『わーい』とか言える奴は、よっぽどのバカか、百戦錬磨のジゴロだ。
「女の私が、身も心も捧げるに証明できるものは、自分の操しかありませぬ……さあ、主」
「い、いや……ちょ、ちょっと落ち着こう、星。その、まだ昼間だし……」
「私の主への忠誠に、昼も夜もございませぬ」
じりじり……まるで音がするように擦り寄ってくる星。
その上着をゆっくりと床へ脱ぎ、胸をはだけさせてくる。
や、やばい……
「い、いや、その。お、俺は一刀と違って女を下半身で手篭めにできないのであって……いや、不能ってわけでもないんだけど」
「では、問題ありませぬな。さあ……」
「あ、あああ……」
前門に、星。
後門に、寝台。
もはや待ったなし。
「では、恥ずかしながら私がご奉仕を……」
「せ、星……」
星の女性特有のいい匂いに、くらっとなった瞬間――
『『『『ダメーーーーーーーーーーっ』』』』
轟音と共に、俺の部屋の扉が炸裂した音が響き渡る。
「……はっ!?」
その音で、正気に戻る俺。
見ればそこに居たのは予想通り……
「せ、せせせせせせ星ちゃん! わた、私が言った守るってのは、そういう意味じゃなくて!」
「おや、桃香様。なにを慌てておいでですか?」
「せ、せせせい、星ーっ! そこになおれっ! 私がその性根を叩き潰し……じゃない、叩きなおしてくれる!」
「はわわわわわ……敵です! 星さん、敵です!」
「あわわ……朱里ちゃん、星さんのおっぱいもぎとらなきゃ……私のこぎり持ってくるね」
「うん、そう……って、ひ、雛里ちゃん!? それはやりすぎ、やりすぎだから!」
「うん、わかった……じゃあ包丁で削りとろうね……左右一個ずつでいいよね」
「せ、星さん、逃げて! 今すぐ逃げてー!」
俺の部屋の中が、瞬く間にカオスになった。
「あやー……」
「盾二殿……」
扉の外から顔を覗かせている鈴々と馬正が、部屋の中を見て額を押さえている。
俺は、冷めた眼で部屋の中を……そして扉の外から覗く二人の姿を見て。
ぱたっ、と寝台の上に倒れこみ、天井を見ながら思わず呟いた。
「……他の世界の一刀、よく嫉妬で殺されなかったなぁ」
どう考えても俺……誰かとエッチした瞬間に殺されそうなんですけど。
視線をずらした先にあった窓……そこから見える青い空に。
親指を立てて歯を煌めかせる、すごいドヤ顔の一刀がぼんやりと浮かんできて。
無性にぶん殴りたくなった俺は……悪くないよね?
後書き
ようやく終わった崑崙の章。
原作では全14章中の4章が終わったことになります。
長すぎですね……はい。
この後はいつもの拠点フェイズになります。
ただ、今回は2話か3話ぐらいやるかもです。
その後は……いよいよあの章になります。
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