真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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崑崙の章
第22話 「みんなぁ、ただいまっ!」
前書き
後半と前半、実は書いた順が逆だったり……
―― 鳳統 side 漢中内城内 宰相執務室 ――
「う、んぅ……ふぅ……ん……はぅぅ……だめぇ~」
朱里ちゃんの悩ましげな声に、傍にいた簡雍――憲和くんがもじもじとしています。
その様子に、あっと気づいて、隣にいた朱里ちゃんの肩をゆすりました。
「朱里ちゃん、朱里ちゃん……」
「はわっ!? な、なぁに、雛里ちゃん。今、ちょっと難しい部分で……」
「声、声出ちゃってる。ちょっと……へんな声が」
「は、はわっ!?」
朱里ちゃんが顔を上げて憲和くんを見ると、彼は恥ずかしそうに後ろを向きました。
「わ、私、そんなに変な声出してた?」
「うん……なんかすごく、その……卑猥だった」
「はわわーっ!?」
顔を真っ赤にして、手で覆う朱里ちゃん。
最近、疲れが溜まると出るよね……そのひとり言みたいなの。
「うう……こ、これから気をつけるよぅ」
そう言って溜息をつく朱里ちゃん。
うん……やっぱり疲れてるね。
朱里ちゃんの疲れている原因はわかってる。
今、この国の国庫は空に近いから。
ここ数日、それをどうやって捻出するかに頭を悩ませている。
「……やっぱり、巴郡の商人に資金提供を求めたほうがいいんじゃ」
「だめだよぅ……あそこは劉焉さんの、益州の土地だもん。あそこの太守の厳顔さんが……いくら盾二様のお知り合いだからって、それを頼んじゃったら『梁州の統治がうまくいっていない』という醜聞が広がっちゃうもん。それは、絶対にできないよぅ」
「でも……そろそろ宛の商人さんへの返済もあるんでしょ?」
「だからって、借金を借金で返しても意味無いよう。この街の商人さんたちは、まだお金を貸してくれるほどの体力はないし、今借りたら信用もなくなっちゃう……」
「そうだね……やっぱり特産品の『じゃがいも』を担保にして、返済を伸ばすしか無いかなあ」
私の言葉に、眉間にしわを寄せて目を閉じる朱里ちゃん。
そうだよね……本当はそんなことをしたくない。
盾二様が特産にするために送ってくれた『じゃがいも』。
それは今後、莫大な財産になるはずのもの。
そのために梁州から持ち出しには、買値の十倍以上の関税をかけているぐらいなのに。
今、梁州からこの作物を放出することは、貴重な宝を川に流すのと同じことになる。
「あ、あの……すいません。お聞きしてもいいでしょうか?」
私と朱里ちゃんが沈痛な顔をしていると、竹簡の整理から戻った憲和くんが、おずおずと手を上げました。
「はい? なんですか?」
「あの……朱里様も雛里様も、なんでそんなにじゃがいもを梁州の外にだすのを渋られるのでしょうか? あの食べ物を広めれば、飢える人がなくなるんじゃ……」
憲和くんの問いかけは、人としては正しいのかもしれません。
でも、為政者側としては、まだまだ考えが至らないようです。
朱里ちゃんは、くすっと笑って立ち上がりました。
「えっとですね……このじゃがいもが、とてもたくさん取れることは知っていますよね?」
「はい。だからこそ、皆お腹いっぱい食べられますね」
「でも、それをただ広めてしまえばどうなりますか?」
「え? ええと……?」
憲和くんは、なにがまずいんでしょう、という顔をする。
私も立ち上がって、彼へ助け舟を出すことにしました。
「えっと……確かに一時的には食料が溢れて、みんな喜ぶかもしれません。でも……次は食料の暴落が始まります。有り余る食料の価値が下がるということは、官民共に収入の減少を意味するんです」
「それに、次はそれを生み出す土地の争いになります。他の懸念としては、増産した食料がそのまま権力者に集まるだけで、生産する農家にはいつまでも手元に残らないという可能性もあります」
「あっ……」
私と朱里ちゃんの言葉に、思い至る憲和くん。
ただ単に与えるだけではダメなのです。
管理してちゃんと付加価値をつけて広めないと……
「じゃがいもは冷害にも強い植物ですが、盾二様は連作障害と疫病に注意するように書かれています。連作障害は輪栽式農業の導入である程度は回避できるとのことですが、完全ではありません。決められた種類の栽培をすればよいとはいえ、それぞれの専門知識がなければ効率的な収穫は望めません」
「広まったあとにじゃがいもの疫病が始まれば、それに頼りきっていた分、多くの餓死者が出ることになります。一種類の作物に食料全てを頼るのは絶対にしてはならない……そうも書かれています」
「………………」
憲和くんは、がっくりと肩を落とします。
そう……じゃがいもは素晴らしい植物です。
でも……万能ではないんです。
「芽にある毒のこと、連作障害のこと、疫病のこと……それらをきちんと伝達せぬまま、食料としての価値だけあげては意味が無いのですよ?」
「そうですね……すいません、考えが足りませんでした」
朱里ちゃんの言葉に、しゅんとして頭を下げる憲和くん。
その姿に、ちょっと言い過ぎたかな、と思う。
「えっと……皆が食べられる様になることは大事なんです。でも、その管理をできない所に広めるのも問題があるわけで、あの、その……」
「違うよ、雛里ちゃん。ここはちゃんと言わなきゃダメ」
「え?」
朱里ちゃん……?
「憲和くん……ううん。簡憲和さん」
「!? は、はい!」
親しい字呼びだけでなく、姓も含めての正式な呼びかけに、憲和くんは姿勢を正しました。
「善意だけでは私達の仕事は成り立ちません。為政者としての判断も必要なんです。じゃがいもはすばらしい食料です。ですが、これをただで広めたら……私達の、梁州の特権がなくなります」
朱里ちゃん……
あえて政治の『汚い部分』も教えるんだね。
「これの有用性を発見した私達が、それを特産とすることで『梁州の劉玄徳様が、皆のためにこの作物を広めた』という付加価値をつける。そのことで初めて梁州に『益』が生じます。その付加価値で他国に恩を売ったり、梁州の商人に専売を許す反面、その権利の対価を支払わせたり……国は善行だけでは運営できません。私達文官の任は、いかに効率よく税を集め、利を守り、国を富ませるか、です」
「は、はい!」
「家を建てるのも、道を整備するのも、官吏に俸給を支給するのも、それら『税』を取り立てるからこそできることです。善意だけではダメなんです。貴方も文官としてこれから立身するのであれば、まずはそこを学んでください」
「は……はいっ!」
「私達は武将の方々と違って、利で動かなければいけない立場です。桃香様が何かを求めた時、しっかりそれを提供できるか。武将の方々が兵を求めた時、ちゃんと指揮するべき兵をあてがえるか。それこそが仕事なんです」
「えっと、だから一見すると汚く見えちゃうような……裏方の仕事なんです。ひどい言い方をしちゃえば……綺麗事は桃香様や武将の方が喧伝すればいいんです。その後始末と、諸々の厄介事を片付けるのが、文官や官僚の仕事……です」
「………………」
憲和くんは、自分の理想と実際の仕事に落差を感じているのかもしれません。
青い顔で、顔をうつむかせています。
でも……これは事実であり、真実なのですから。
私達の仕事は……基本的に汚れ仕事です。
『俺の世界にいた、政治家ってやつはとかく汚く見える。でも、綺麗事じゃ世の中回らない。清濁合わせてそれでも自身を綺麗に見せなきゃならない。名声も罵倒もその身にかぶる存在が……桃香たち太守や、愛紗たち武将がいる今の世のほうが、ある意味救いがあるかもな』
盾二様はそう言って寂しく笑っていました。
天の世界にいる政治家という人は、文官の仕事をしつつ、太守のように信頼を集める立場なのだとか。
つまり、裏での取引や小を捨てて大を取ることを、自分の名声と引き換えにしなければならないということ。
私達は、名声も罵倒も太守である桃香様に預けて、人の噂を気にせず政務に携わることができる。
それがどんなにありがたいことか……
私には……人の非難を浴びるであろう事を、人の目を気にしながら行うことなんてできそうにありません。
だって、宰相の名前が出る仕事だって、朱里ちゃんだけに名前を出すことをお願いしちゃうぐらいです。
そういう意味では、私はいつも朱里ちゃんにも、桃香様や愛紗さんたちにも助けられていると言えます。
それでも、私がそんな裏方の仕事でもこの仕事を続けるのか。
それは……
『それでも、力ない人たちの代わりならば……汚れ仕事でも後始末でもなんでもやるさ。その先に、きっと笑い合える未来が待っていると思うならば、ね』
その言葉に……私がどれだけ救われたか。
だからこそ、私は盾二様を……ご主人様を尊敬しているのです。
「……貴方は、それでも文官の仕事を続けますか?」
!?
朱里ちゃんが、憲和くんにそう言った。
その言葉は、無機質な……事務的な口調だった。
きっと……ここで否というなら、朱里ちゃんは憲和くんを罷免するだろう。
その覚悟がない人に、これ以上仕事は任せられないのだから。
「………………」
憲和くんは黙って俯き……
振り返って、執務室を出て行きました。
「………………」
「………………」
私と朱里ちゃんは、互いに無言です。
正直言えば……残念です。
彼の飲み込みの早さには、私も朱里ちゃんも期待していましたから……
でも……
「…………ごめんね、雛里ちゃん」
「……ううん。しょうがないよ」
覚悟のない人に、最重要機密であるこの執務室に居させるわけにはいかないから。
「……仕事しようか」
「うん……」
私と雛里ちゃんが、それぞれの竹簡に向き直ろうとした時。
バタン!
扉を乱暴に開け放たれました。
「………………」
「………………」
息も荒々しくそこに居た人。
それはつい先程、この執務室を出て行った簡雍憲和――その人。
「宰相様!」
彼の手には一本の剣。
鞘に収められたその剣を手に、私達の前に来ます。
(まさか――!?)
私は思わず身を強張らせます。
彼が、その剣を――
床において、平伏しました。
「「へ!?」」
突然の行動に、図らずも朱里ちゃんと声がかぶりました。
い、一体、どういう……
「これまでのご無礼、お許し下さい! 僕は……僕は覚悟が足りませんでした!」
彼は平伏したまま、そう声を上げます。
「ですから……今後もし、僕にその覚悟がないと思われたら! どうかその剣で、僕を貫いてください!」
………………
私は、朱里ちゃんを唖然として見ます。
朱里ちゃんも、私を唖然として見ています。
そして……
「「ぷっ……」」
私と朱里ちゃんは、互いに笑いました。
私達の目が……正しかったことに安堵して。
―― 盾二 side ――
漢中の市場でお土産を買った後、愛紗に抱きつかれました……
いや、自慢じゃないですよ?
結局、あの未登録の男は交番へと連れて行き、そこにいた警官に引き渡して事情を説明。
その際に、俺が天の御遣いだと愛紗がばらして……
まあ、そういうこと。
結局、市場の人は半信半疑。
警官は、狐につままれたような顔で俺と愛紗の顔を交互に見る。
だって……
「あ、あの……愛紗さん? そろそろ少し離れてくれると嬉しいかな、と……」
「………………(もじもじ)」
というわけです。
ずっとスーツの一部を掴んでいたり、俺の腕を自分の胸で抱き寄せたり……
ははは……羨ましい?
俺は怖いよ。
目だけは真っ赤のままなんだもん。
……ちょっと泣かれたんだけどね。
「(ぼそぼそ)……またどこかに行かれたら困ります」
「いや、帰ってきたんだから、どこにもいかないって……」
なんか幼児退行なさっているのデショウカ?
「……(ぼそぼそ)」
「……(ぼそぼそ)」
しゅ、周囲の目が痛いわ。
そりゃそうか……音に聞こえた関羽雲長が。
どこからみても今の様子は……年頃の女の子にしか見えません、ハイ。
(そこまで心配させたのか……)
そう思う反面、これからの事を考えると頭が痛い。
冷静な愛紗ですらこれなのだ。
鈴々はともかく、桃香は……多分これ以上。
その上、うちの幼女二人にあったら……
(お、お土産で済むような状況じゃないな、これは)
もう、平身低頭で謝るしか無いよな、たぶん。
「と、ともかくそういうわけで……あとはよろしく。あ、愛紗……そろそろ城へ案内してくれる?」
「………………(コクン)」
なんですか、その頬を赤らめて恥ずかしげに頷く仕草は。
しかも俺の服……というかスーツの端を握りしめて。
もしかして……雛里あたりの真似ですかね?
「で、では、よろしく……」
「……は、はっ! お、お疲れ様で、ございましたぁ!」
呆然としながらも、敬礼のような仕草をする警官。
俺、警官の敬礼なんて、朱里たちに教えてないぞ?
何処で覚えたんだ、この人。
「……ほんとに御遣い様なのか?」
「そうらしいけど……」
「あの関将軍が、あんなになるなんて……」
「も、萌え……」
………………
誰か不穏当な単語言わなかったか?
「兄ちゃ……いえ、御遣い様! また市場に来てくださいよ!」
「そ、そうだよ、御遣い様! 今度はあたしの店を見に来てね、安くしとくよ!」
「は、はは……ど、どうも。い、いずれまた!」
いかん……ギャラリーが集まりすぎる前にさっさと行かないと!
* * * * *
「ふう……あ、愛紗、こっちでいいの?」
「………………(コクン)」
一応、街の中心に内城があるのはわかっているけど、とりあえず愛紗に場所を聞いてみる。
あいかわらず愛紗は、顔を真っ赤にしたまま俯きながらも、俺の裾を握って離さない。
(な、なんか……一年前とは、凄いギャップが有るんですけど!?)
ものすごく乙女……あ、いや。
元々可愛い女の子ではあったけど。
なんというか、威厳とか厳しさとかが前面に出ていたはずなのに。
今の愛紗は、もう……なんというか、なんといえばいいか……
(こ、こういうのをギャップ萌えというのでしょうかね、一刀くんよう)
正直、頭がテンパっており、こういうのが得意そうな一刀を思い浮かべてみる……
………………
だめだ。
俺の記憶の中じゃ、鈍感野郎のまま意も介さずバカなことを言い出す姿しか思い浮かばん。
まいったな……
「え、ええと……あ、愛紗?」
「………………」
「あ、あのな? 帰ってくるのが遅くなったのは……悪かった」
「………………」
「た、ただ、不可抗力というか……ちょっと色々あったんだよ。俺も、その気がついたら三百日も経っていたというか……いや、その」
「………………」
……いかん。
これじゃあ、浮気がバレてしばらく無断で別居していたような言い訳じゃねえか。
ああもう、俺ってばこういうの、マジ苦手なんだよぉぉぉぉっ!
「ええと……その、く、詳しくは皆の前でちゃんと話すよ。だからその……」
まあ、なんというか……お、怒ってるんじゃない、よね?
いや、怒っていたら、普通は殴るとか蹴るとかしてくるだろうし。
だ、だから……俺が自惚れているんじゃないなら、たぶん、その。
「………………」
「………………」
ごくっ……こ、ここは勇気を出して!
「……心配かけたね、愛紗。待たせて――」
「おや、珍しい」
「悪かっ――は?」
唐突に横から声がする。
そこに居たのは……
「さてはて、珍しいものを見たものだ……赤面する愛紗が見られるとは」
「……なっ!?」
「あ……せ、星っ!」
白い衣に、先端が赤い槍を持つ女性。
そこに居たのは、趙雲――星だった。
「おお、星じゃないか。ひさしぶ――」
「おやおや……どうしたのだ、愛紗? そんなに赤い顔で。まるで初な乙女のような表情ではないか」
「!? わ、わた、私は……」
………………へ?
ええと……もしかして、無視された?
「泣く子も黙る関雲長が、こうまで乙女の顔になるとは……さてはて、悪い男にでも騙されたか? それならば私に言うがいい。この愛槍『龍牙』で、その男の頭蓋を貫いてみせよう」
そう言って、自慢の槍をぶるんっと――危なっ!?
い、今、俺の頭のあった部分を突こうとした!?
「ちっ……」
「ちょ、せ、星っ!? なにす……」
「さてはて、困ったものだ! そんな愛紗は見ておられぬな。いつもの毅然とした関雲長は何処にいったのだ?」
「あ、え……と、せ、星? わ、私は別に……」
………………えーと。
どうして白蓮のところにいた星が? とか。
いつからこの漢中にいたの? とか。
色々聞きたいことがあるのだが……そんな状況ではないらしい。
なんというか、殺気が……
「ふむ……なあ、愛紗よ。今気づいたのだが、お主の横に大きな虫がいるようだな」
「は?」
「む、虫!? お、俺っ!?」
「何やら黒い黒い虫がいるようだ……これはいかんな。愛紗が汚れてしまう。どれ……私が退治してやろう」
「ちょっ!?」
そう言うやいなや、いきなり殺気全開で槍を振るいだす星。
い、いかん、マジだ!?
「ちょっと待て、星っ! 話せば分かる!」
「虫の鳴き声がうるさいなぁ!」
ゴウッ、と槍の先端が風切り音とともに俺に迫る。
このままだと愛紗も巻き込まれるので、彼女を腕に抱えて後ろへ飛び退った。
「あ、あぶなっ!?」
「おやおや、虫と一緒に飛んではダメではないか、愛紗よ……傍にいたら巻き込んでしまうぞ?」
「せ、星!? いったいなにをするのだ! ご主人様だぞ!?」
「はあ? 何を言っておるのだ、愛紗よ。そこにいるのは虫であろう?」
ちょっ……ま、マジで虫扱いですか!?
「ま、まずい! 逃げるぞ、愛紗っ!」
「ちょ、ご主人様っ!?」
「おのれ! 逃がさんぞ、黒い虫ぃぃっ!」
な、なんでだーっ!?
―― 張飛 side ――
「きょ~うも、たっのしい、みまわりだぁ~! 肉まん、あんまん、なっに食べよ~♪」
鈴々は今日も見回りをしているのだ。
最近は警官のおっちゃんたちのお陰で、悪い人も少なくて楽なのだ。
だから鈴々は、見回りついでにおいしい屋台を見つけるのが密かな楽しみなのだ。
「きょ~うは、らーめん、食べよかな~♪ 明日は、な~にを食べよか……」
鈴々が大通りに出ようとすると……
「だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「むぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
黒い風と白い風が鈴々を追い抜いていったのだ……
って、今のは……
「お、お兄ちゃん!?」
―― 劉備 side ――
「おじいちゃん、おばあちゃん。それじゃあ気をつけてくださいね」
「はい……いつもありがとうございますじゃ、玄徳様」
「ほんに、お気を使わせて……」
「いえいえ。何かあればいつでも言ってくださいね」
おじいさんとおばあさん、二人に手を振って歩き出す。
よかったー……あの二人が元気になって。
朱里ちゃんからもらった薬が、よく効いたみたい。
朱里ちゃんにもお礼を言わなきゃね。
「さて、そろそろ城に帰って今日の分の仕事……」
うーん、と腕を伸ばして城へ戻ろうとした時……
「俺がなにしたああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「待たんか、黒い虫ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
びゅん、と私の前を通り過ぎる物体。
なに、あれ……?
男の人の顔は見えなかったけど、星ちゃんが誰か追ってたみたい。
っていうか今、愛紗ちゃんがいたような?
「お姉ちゃん!」
声がする方を振り向くと、そこには鈴々ちゃんが走ってくるところだった。
「ど、どうしたの、鈴々ちゃん!?」
「なにしてるのだ! 一緒に追いかけるのだ!」
「え、なに、どうして?」
私の手をとって走りだす鈴々ちゃんに、思わず尋ねる。
鈴々ちゃんは、私の手を握ったまま、振り向かずに叫んだ。
「お兄ちゃんが、帰ってきたのだ!」
―― 馬正 side ――
「馬警視!」
「どうした!?」
何人かの警官が、巡視中の私の元に走ってくる。
どうやら緊急の事態の様子に、私の周囲に居た警官たちにも緊張が走る。
「そ、それが……」
だが、駆けつけてきた警官たちは、口ごもりながら互いを見るばかり。
……?
どうしたというのだ?
「はっきり言わんかっ!」
「は、はっ! じ、実は……趙将軍が」
「……む。子龍殿か。今度はいかがした?」
まさか……またメンマのことで市場の者と揉めたのか?
それとも、また酒の味で文句をつけたのか?
正直、劉玄徳様が趙士龍殿を迎え入れて以来、彼女が関わる厄介事が月に一度は起こっている。
とはいえ、基本的には彼女に非があるわけではない。
ただ……なんというか、面倒事を起こすことが多いのだ。
大体は人間関係のトラブルというか、藪をつつくというか……
「じ、実は……どうやら漢中の街中で、槍を振り回して駆け回っているようでして」
「な、なんだと!?」
あの子龍殿が、槍を振り回して……?
「まさか賊が入り込んだのか!?」
「い、いえ……そ、それが、その。相手は、男の方なのですが……」
「男が、どうしたのだ?」
?
なにをそんなに口ごもっておるのだ?
たしかこの者は、宛からついてきた義勇軍の古株だったはず。
能力も人柄も素晴らしいものがあり、警官の中でも人望がある最も頼れる警官の一人だ。
それがこうまで口ごもる……どういうことだ?
「その方は、関将軍を抱えたまま走っておられまして……」
「……は?」
雲長殿を、抱えて……?
あの関羽殿が、身体を預けることを許す相手……?
ま、ま……まさか!?
「そ、その男は! いや、その御方は、まさか!?」
―― 趙雲 side ――
「ふははははははははははっ! もう逃げられませぬぞ、虫ぃぃぃぃぃぃっ!」
私は漢中の外壁に、その黒い服をまとったモノを追い詰める。
ソレは……愛紗をその両腕に抱きあげたまま、周囲を見て……壁にその背を預けた。
ふ、ふふふ……ついに観念したようですな。
「お、おおおおおおお落ち着こうか、星! なんかわかんないけど、話しあおう!?」
ほほう……この虫は、まだそんなことを言いますか。
この期に及んでよくもまぁ……なかなかよいご覚悟ですな。
「はぅ……」
その腕の中で顔を真っ赤にしたまま、小さくなっている愛紗。
なぜだろう、なぜでしょうかね。
ものすごく腹が立つのですが。
「ふふふふっふふふっふふふふうっふふ……黒い虫の人よ。この期に及んでそんなに見せつけまするか。よいお覚悟ですなぁ……」
「……へ?」
ぽかんとした馬鹿貌で、口を半開きに開けるのはやめなされ。
「命の危機だというのに、私の目の前でよくもまあ、いちゃいちゃ、いちゃいちゃと……」
「いちゃ……あ、ああっ!?」
「………………(もじもじ)」
私の言葉に、ようやく自分の腕の中で身を縮める愛紗を見る、黒い虫の君。
ふふふ……見せつけてくれますなあ。
よいお覚悟です。
「い、いや、これは不可抗力というか……というか、星がいきなり武器振り上げて追いかけてくるからであって!」
「ふふふ……ご遺言は、終わりですかな? では……そろそろ退治させていただこうか!」
「いや、ちょっとまてぇ! と、とりあえず、愛紗は降りて!」
と、ようやく愛紗が黒い虫の腕から離れる……
今が好機っ!
「ハッ!」
その隙に、黒い虫の人の眉間へと、割と本気に槍を突く。
だが、相手はその矛先を首の動きだけでなんなく避けた。
そのまま愛紗から離れて距離をとる。
そして私が愛紗の傍へと歩を進める。
「せ、星! 戯れが過ぎるぞ!」
「愛紗……悪いが、手を出さないでもらいたい」
私はそう言うやいなや、黒い虫……いや、北郷盾二殿へ、槍を向ける。
「本気で……いきますぞ」
そう宣言して腰を深く落とし、槍を構えて息を整える。
私の目が真剣になったことを悟ったのか、先ほどまで慌てた表情だった盾二殿の目も鋭くなる。
「……本気か。理解は出来ないが……しょうがない」
さすがは盾二殿。
突然の状況でも、私が本気と分かれば、武人としてすぐに切り替えたようだ。
これは真剣勝負なのだと。
「……行きます!」
一瞬の溜め。
そして、その次の瞬間には、盾二殿の足元へと飛び込んでいた。
「ハイハイハイハイハイッ!」
高速の五連続の突き。
私が今できる最高の技。
ほぼ瞬時に眉間、両肩、両足へと正確に穿つ連続技。
これを出して、今まで勝てなかったものはいない。
その技を……
「………………」
「………………」
スッ。
首元に当たる、短刀の刃。
そして背後に立つ、透明な殺気の人物。
「まいりました」
その言葉に……盾二殿は刃を引いた。
「……だめでしたか」
私は苦笑しながら槍を収める。
やはりこの方には……勝てなかった。
「……いや、そうでもないけどね」
そう言って、私の正面にくる盾二殿。
その右腿の部分には……私の槍が当たった跡があった。
「一発避けそこねた……速かったよ。このスーツがなければ危なかった。強くなったなあ……星」
「……ふふ。やはりインチキですな、その服は……」
そうですか……当たっていましたか。
「最初はいきなり無視されたから、どういうわけかと思ったけどね。人が悪いよ」
「ふふ……それは主が悪い。私を誘っておきながら、いざその時には行方不明など……一発殴らねば気が済みませぬ」
「な、殴るどころか殺そうとしていませんでしたかねぇ……?」
「インチキな服を着てなければ、腹に一発ぐらいで済ませるつもりでしたとも」
「この服着ていても、痛いものは痛いんだよ?」
「おや、そうでしたか」
先ほどまで命のやりとりをしていた相手。
その相手に、親しげに話し、おどけて楽しませてくださる。
ふふふ……
やはりこの方との会話は楽しい。
あれから一年以上は経つというのに、こんなにも楽しい。
やはり……やはり此処こそが、私がいるべき場所なのかもしれない。
「星……約束通り来てくれたんだね?」
「ええ……我が主。この趙子龍、あなたと劉玄徳殿の理想を実現するために……そして私の理想を形とするために、共に戦わせていただきたく存じます」
「ありがとう……歓迎するよ、星」
そう言って、盾二殿は……とても可愛らしい笑顔で私に笑いかける。
(これだ……)
この笑顔。
これがおそらく、皆が盾二殿の元に集まろうとする源。
桃香殿とは別の……人をたらしこむ、魔性の笑顔だ。
(それに私もやられたのかもしれんがな……)
だが、それでも悪い気はしない。
この笑顔には……邪気がない。
心からの、純粋な善意しかない。
だからこそ……人はみな、盾二殿の笑顔に魅了されるのだ。
「ご主人様!」
いつの間にか人混みができていた周囲を掻き分けて。
我がもう一人の主、桃香殿が声を上げる。
「お兄ちゃん!」
その後ろには鈴々が。
「盾二殿っ!」
そして大勢の警官をつれて走ってくる、馬仁義殿が。
「……ご主人様。皆、お帰りをお待ちしていました」
離れていた愛紗が、そう微笑む。
皆の言葉に……我が主は。
その魔性の……純粋な喜びの笑顔で、微笑んだ。
「みんなぁ、ただいまっ!」
後書き
書いてて「あれ、軍師二人出し忘れた……じゃあ、かわいそうだし」と、急遽シーン増やしました。
本当は拠点フェイズでだす予定だったんですけど……まあ、ネタ多すぎて書ききれないぐらいなのでこちらで出しました。
ようやく主人公が陣営に帰還しました。
これ後、オリジナルシナリオの章からゲーム原作の事件の章へと進みます。
もちろん内容は変わりますがね。
ところで私事なのですが、とある方に「お前の話で足りないのはラブコメだ」って言われました。
確かにイチャラブ書くの苦手なんですよね……男同士の行き過ぎた友情ならいくらでも書けるのですが(ぇ
なので、ちょっとラブコメ要素入れてみました。まだ足りませんかね、○戸せんせー。
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