神葬世界×ゴスペル・デイ
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第一物語・後半-日来独立編-
第四十九章 その意志の強さ《2》
前書き
八頭と対峙したセーラン。
奏鳴を救う、答えは如何に。
自分は彼女にとって何も出来無い人だと、そう思われているのかもしれない。
言いたいことだけを言うだけで、それっきりだ。
日来が地上にあった時、告白したあの夜に宇天の長の元へ行こうとしたが出来無かった。
その次の日も、宇天の長の元へ行こうとしたがそれを阻む宇天覇王会隊長に負けてしまった。
これでは彼女が、自分に期待する筈もない。
どうすればいいのか、何時の間に額の痛みが消えたことに気付きながら考えた。
まずは言ったことはきちんと果たすこと、だろうか。
やはりこれまで言うだけ言っといて、何も果たせていない。
そこを直す必要がある。
余命五年のなかで、彼女に何が出来るかなんて考えもしなかった。
普通は考えない。
自分が好きになった人は、きっと余命後少しだからいい思い出作るために計画を立てておこう、などとは。
そんな人がいたならば、今すぐどうすればいいか聞きに行きたいものだ。
ここまでいけば、自分からしてみれば答えは出たようなものだ。
答えは何時もはっきりしているとは限らない。
時にあやふやな答えで、始めは信用されないだろうが、何時しかあやふやな答えを確かにすることで、はっきりとした答えとなる。
初めからはっきりと答えが決まっていないのであれば、目標を置いておくことが重要だ。
だから。
質問は、後五年の命の彼女にお前は何をしてやれるのか、だ。
答えはこうだ。
「彼女が素で笑う顔を見てみたい。だから俺は、残りの時間、彼女を楽しませたいと思う。まだどんなことをしてとか、どんな所に行ってとか決まってないけどさ」
へへへ、と誤魔化し気味の笑みを入れる。
聞いた八頭は、一先ず落第点は無しと判断。
落ち葉を踏み付けるなかで、納めた刀の柄を握る。
「ようはお前は委伊達・奏鳴を笑わせたいということか」
「きっと笑った顔は可愛いからな。これ確定だから」
「結構なことだ!」
止まったいた闘いが、再び始まった。
すぐさま八頭はセーランとの距離を詰めて、鞘から刀を抜き、一閃。
迷い無き、鋭い抜刀だ。
放たれた刀はレプリカではない。
本物の刀だ。
それを分かっているから、セーランは流魔線を真上の木の枝へと繋げて、それを縮めて上へ行くことで回避した。
セーランの反撃だ。
まずセーランは流魔線を木から離して、別の木へと繋げる。
繋がると流魔線を縮めて移動して、八頭の背後を取った。
地面へと着地して、そのまま、流魔操作によって一本の棒を作り出した。
八頭の方を向いている棒先は尖っており、一種の細長い杭のようだ。
狙いを定めるまでもなく、それを八頭に向かって放った。
来るのはたった一本だ。
簡単に避けられる。
反転し、迫る棒を正面として、数歩右へと移動。
後は止まっていれば、勝手に棒の方から通り過ぎて行く。
「そんなんで避けた気になったらいけねえって」
言うと、棒が十字にに割れた。
計四本の棒となり、四本の棒が横に並列して迫って来る。
流魔操作によって形作られたものだ。
予想は出来ている。
だから、また数歩動くことで回避する。
並列した棒は八頭に当たることなく、彼の後ろに生えていた木にぶつかった。
食い込み、木屑を散らす。
「単調的で読み易い。相手にしたら実に結構なことだな」
「うるせいやい。全く、刀なんて物騒なもん持ちやがってよお」
刃に太陽光が反射し、直視しないように気を付けながら行った。
相手の間合いに入ることは、正直利口な行動とは言えないが、防ぐ手段を持っていたら別だ。
走り、同時に左手に流魔操作によってガントレットを創る。
「打撃による近接戦闘か。刃か拳か、どちらが強いか勝負ということだな」
「俺はそんなに利口じゃねえさ」
セーランは打撃を放つ。
反応素早く、八頭は刀を彼の無防備な右側へと送り、切り裂く。
が、冷たい音と共に刀の流れが止まった。
「流魔操作……!」
右脇腹を流魔の盾により守った。
「単調的なのはどっちだよ、と」
一方の流れが続く拳が、狙う八頭の頬を打つ。
今度は鈍い音と共に、ぐらりと八頭の身体が揺れた。
衝撃の際、口のなかの皮を噛んでしまい、鉄の味が口に広がる。
距離を一度離し、乱暴に唾を吐いた。
「いい拳だ」
「右腕が無いから右側に攻撃するなんて馬鹿でも分かるわ。常日頃、右には気を配っているんでね」
「ごもっともだな」
自身の浅はかさを指摘され、確かにと思った。
右頬は痛みから、けいれんを起こしたような感じがする。
遠慮無く殴ってきた。
全く、手加減をしないとはなんと礼儀知らずだ。
対する自分も容赦の無い攻撃を仕掛けていたが、人とは自身に都合のいいように物事を捕らえるものだ。
気にしない方向でいく。
ふう、と息を吐き、一種の区切りを行う。
「お前が委伊達・奏鳴にやることは解った。ならば次に、お前は多くの者を殺めた委伊達・奏鳴の心を癒せるのか」
委伊達・奏鳴の家族は、彼女の手によって殺され、亡くなった。
それは彼女が竜神の宿り主となって、一年経たない内の出来事である。
その時から彼女は、竜神の力を抑え込めなくなっていったのだ。
「癒せてみせるさ。家族の死を乗り越えられるように」
「それはどうだろうな。委伊達・奏鳴には、その時の光景が脳に焼き刻まれている」
彼女にとってその時の記憶は、恐怖を具現化したようなものだ。
自我があったにも関わらず、自身の身体は竜神の力によって暴走し、ただ見ていることしか出来無かったのだから。
脳に、瞳に、耳に、肌に、家族を手に掛けた時と記憶が鮮明に刻まれている。
勝手に動く身体に家族を奪われ、彼女は家族殺しの名を背負ってしまったのだ。
「自身の手で家族の身体を千切り裂いたのを。肉片となすまで、家族の者達の悲鳴を聞きながら。抑えきれぬ力によって、どうすることも出来ずに、その身を返り血で真っ赤に染めるまで」
想像しただけで、恐ろしい光景だ。
一人の娘が自身の家族を追い、捕まえ、身体を千切り裂く。
返り血を浴びながら、血肉をばらまき――笑っていたらしいのだから。
昔、かの村に住んでいたある老婆が言っていたのだ。
間違いない。
「お前に癒せるのか? 自ら望まぬ形で家族の命を、自身の手で奪ってしまった委伊達・奏鳴の気持ちが。身体の自由が効く頃には、家族だった者達の肉片に囲まれていた恐ろしさを。
身体中を家族の血で濡らし、自身の愚かさを痛感しながら、泣くことでしか償えなかった……」
委伊達・奏鳴の、彼女の、
「あいつの気持ちが! お前には解るのか、日来長ああああああ!」
「――っ!?」
咆哮。
まさにそれだった。
想いの感情を込めた、本気の問い掛け。
圧倒されて、息を飲む暇すら無かった。
「あいつの元へ行き、例え救出出来たとしても。家族の死を嘆くまま、奏鳴を生かしておくなら。俺は……俺は、お前を許さない」
言葉はまるで空気を圧したかのように、聞くセーランの耳を打った。
奏鳴に対する想いが、声に込められている。
強く、はっきりと。
静かなかの村で、八頭の声は遠くまで届いた。
草木を揺らして、木々に声が反響して、遠くへと広がった。
そんなにも、彼女に対する気持ちがあったのかとセーランは感じる。
自分よりも彼女を想う気持ちは強いだろう。
心からの声がセーランの胸を打ち付け、心拍数を上げていく。
彼女の心を癒せることに、絶対の自信があるわけではない。
もしかしたら癒せないかもしれないし、癒す以前に彼女がこちらの声を聞かないかもしれない。
一度心を閉ざしてしまうと、またそれを開くのは、本人であっても、本人でなくとも難しい。
解る。
自分も一度、心を閉ざしてしまったから。
彼女とは違うが、この世界に対して。
しかし、自分には仲間がいた。
どんなに冷たく接しても、離れずにいてくれた仲間達がいた。
それは、委伊達・奏鳴も同じではないか。
「だったら、そんなに想ってやってんだったら、なんで助けに行かねえんだよ。仲間でも、そうじゃない奴でも、委伊達・奏鳴を助けてやれたんじゃねえのか」
「出来ていたらやっている! 出来無いから、駄目なんだ……」
「なんでだよ。結局それっぽっちの想いだっていうのか? 違うだろ!」
「俺じゃ駄目なんだよッ!!」
叫び、セーランの言葉を区切る。
八頭は刀を握り締めたまま、強く瞳をつぶった。
「俺が行くと、奏鳴は距離を離しちまうんだよ。声を掛けてやっても、それは自分に対する気遣いからだって思い込んで。どんなに、どんな言葉を言ってもあいつには届かなかった」
一拍置いて、
「昔の奏鳴は……姉のように笑顔が素敵で、誰かに頼ることを知っていた。馬鹿に大食いで、兄と毎回大食い競争やっていて。優しいから、妹の面倒よく見ててさ。寂しくなったら母親と元に行って、強くなりたいと思ったら父親の所へ行っていた」
それなのに。
「それなのに、なんだああなっちまったんだよ……! 一人で何もかもやろうとして、強くなるために仲間にも虚勢を見せるようになった。勝手に色々抱えんで、誰にも何も言わずに一人先に突っ走って行っちまった。
気付いてやれた時にはもう、あいつはボロボロだったよ。心身疲れ果てて、生きる気力さえ失っちまっていた。本当馬鹿だなあ、俺達は……」
無力さから立つことをやめ、力が抜けたように地面に座り込む。
髪を乱暴に掻いて、深いため息を付いた。
潤んだ目を見せたくなくて、下を向いたまま。
「もっと、ちゃんと奏鳴に向き合ってやれていれば、こんなことにはならなかったんだ。所詮他人事だなんて、一瞬でも思わなかったらどうなってたんだろうな。最低だよ、俺達は……本当に。……最低だ」
沈黙となるかの村。
ここは依然、町から離れてはいたがそれなりに人が住んでいた村だった。
子どもや大人、老人もいたし、商売のために辰ノ大花まで遠出して来た荷馬車の休憩所もやっていた。
時代の流れはちょっと遅くて、少し古臭さの残っていた。
だが、その古臭さがいいと言う者もいた。
今は手付かずのため荒れているが、近くには自然公園があり、あまり有名ではなかったが辰ノ大花では訪れる者は多かった。
こんな寂しい場所になってしまったのには、理由がある。
辰ノ大花の者達にとっては、とても大きな理由が。
一息付いたところで、再び八頭は口を動かす。
「ここは、奏鳴の家族が眠る場所なんだ。家族揃って眠ってて、目視じゃ見えないけどが委伊達家から望遠鏡覗けばこの村が見えるんだ」
辰ノ大花は複数の山を平らにして出来た地域だ。
中央に大きな山があったことから、中心部が一番高く、外に行くにつれて低くなっていく。
だから中央からは辰ノ大花全土が見渡せ、この地域を治める委伊達家の屋敷が中央にはある。
そこから、かの村は見えるのだ。
聞いたセーランはその場を動かず、思ったことを口にする。
「じゃあ、ここで……殺されたのか」
「ああ。竜神の宿り主となった奏鳴の祝いがてらこの村によってな、起こっちまったんだよ」
地を見詰めたまま。
「人通りの少なかった場所だったが、奏鳴の泣き声はすぐに皆の耳に届いてさ。そりゃあ、大騒ぎになったよ。当たり前だ、地域を治める一族の者がが四人も殺されたんだからさ」
「だから、ここに墓を」
「村人なりの償いだ。もし暴走していたことに気付けたら、こんなことにならなかったのに、てさ。
他人だけどさ、そこまで必要とされてたんだ。委伊達家ってのは」
戦場の声が微かに届き初め、草木がざわつき始めた
まるで、八頭の言葉に呼応しているかのようだ。
緑のなかで二人は、互いの言葉を掛け合った。
四月初めの空気はまだ冷たく、昼になっても今日は気温がそれ程高くないためかひんやりとしていた。
冷たい四月の空気を吸い、吐く。
「やっぱ、知らないことだらけだわ」
言うのはセーランだ。
真面目な話しなのだが、セーランは笑うことを選んだ。
こういう暗い話しは苦手だし、何より今は真剣になれない。
左手で頭を掻き、東の方を向く。
「好きで、あいつのこと知ろうとしたけどあまり多くのこと知れなくて。結構、あいつも色々背負ってんだな。知らなかった、そういうこと」
「そうか。なら、知れてよかったな」
「おう。だけどそれ以上は話さなくていいかんな。今はそれを知れれば充分だし、後は本人の口から聞くことにするからさ」
「怖くは無いのか」
「怖い? 何が」
平然とそう返し、少しばかし八頭は戸惑った。
以外と彼は真剣な感じはするが、そうではないのかもしれない。
思いながら、
「もし救出出来無かった時のことをだ」
「まあ、怖いとは言い切れないな。フラれるのって辛いんだぜ、結構」
「フラれたことはなかったんじゃないのか」
潤んだ瞳は何時の間にか干上がった水のように消えて、下に向けた顔を上げる。
正面にいる日来の長を見て、言う。
「子供|《ガキ》の時に初恋のような、そうじゃないような感じで告白したんだよ。その人には既に彼氏がいたみたいでさ、物の見事フラれたんだ。ちなみに俺はプレイボーイじゃねえからな。告白二回、されたの一回」
「お前、告白されたのか。それを断ったと」
「その時にはもう、な。決めてたからさ。あいつに告白して、返事貰えるまで他の人は愛さないって」
「一途なんだな」
「じゃねえと嫌われちまうだろ?」
「臆病者か、お前は」
笑うことで返事とし、八頭の方を向くセーラン。
気持ちは解る。
出来るならば、救い出したいのだ。
だが自分では彼女には近付けないことを知り、どうすればいいのか迷っていた。
そんな時に、彼女に心を持っていかれた男が一人いた。
男は死ぬこととなった彼女を救出するために辰ノ大花に来て、八頭は自身に代わりって男に彼女を救い出してほしいのだ。
自分中心に考え過ぎだろうか。
いや、これでいいのだ。
何故ならば、彼女を救い出すのは自身ではないのだから。
自身に言い聞かせ、セーランは問う。
「なあ、辰ノ大花の皆。宇天長が救われてほしいって思ってんのかな」
「そうに決まっている。だが、相手はあの黄森だ。逆らえば、どうなるか分からない。家族を守るか、彼女を守るか。皆、苦しんでいるんだ」
「ならよかったわ。ちゃんと皆、自分の守るべきもの分かってるんだな」
そう言い、セーランは東へと身体を向けた。
戦場の声が先程よりも強く聴こえるようになり、戦況の動きを感じた。
時間は限られている。
今から向かわなければ、結界のこともあるし、間に合わないかもしれないのだ。
それを理解した八頭は、右手から刀を離し、懐から一本の短刀を取り出した。
刃には鞘が無く、代わりに布が巻かれていた。
布には何やら文字が書いてあるが、布ににじんで読めない。
握る短刀をセーランに向かって放り投げ、見事渡された短刀をセーランは受け取った。
見た目よりも重たく、ずっしりとしていた。
古いものなのか、鈍い光を放っている。
「持っていけ。役に立つ」
交互に短刀と八頭を見て、数回それをセーランは繰り返す。
するとある回数から、途端に嫌な表情となり、
「……なんかこれ、生温い……」
クソムカつく奴だな、と思いながら心は冷静に保つ。
どうせ、
お前の体温で温かくなってますけど、今どんな気持ち? ねえ、今どんな気持ち?
とでも言いたいのだろう。
だがこちらは大人だ。
大人の対処法と言うものがある。
冷静にいこう。冷静にだ。
「気のせいだ。それは結界を破壊する妖刀だ」
「おわちょ!? あ、あぶねえ、呪われるところだったあ……」
飛んで慌てて、持った短刀を地面に捨てた。
妖刀とは、誰もがむやみやたらと扱えるものではない。
知っていたから、短刀を捨てたのだ。
「嘘だ。ほら拾え」
これぞ大人。
してやられたとセーランは思いながら、手から離してしまった短刀を拾い上げる。
しかし一体、これはなんなのだろうか。
護身用やお守りならば、別にいらない。
こちらの心を読んでなのか、彼方が答えをくれた。
「それは結界を壊す力を与えた刀だ。強力な力を与えているが、使用者には無害だ。安心して使え」
「いいのかよ」
「お前は一応合格だ。だからきっちりと救いに行ってこい」
「一応って」
「俺はまだ認めてないってことだ」
「そりゃあ、残念」
と、前置きの会話を入れる。
八頭は天を見上げるように空を見て、上げた顔をまた下ろした。
「少し、聞いてくれ……」
●
数分後、森に囲まれたかの村から、一人の学勢が飛び出した。
宙に浮き、流魔操作によって移動している。
彼が向かうのは正面。
西貿易区域だ。
最終目的地点である解放場へと向かうため、彼は急ぎ向かって行く。
時折吹く、塩の香りが混じった風を浴びながら。
制服のポケットには、一本の短刀が入れられており、太陽光でそれが鈍く光っていた。
徐々に彼の姿は遠くなり、木々によって姿が完全に見えなくなったのを。かの村に一人いる、八頭は見た。
何処か心配そうな、しかし眉を立てたしっかりとした表情をしていた。
かの村は、彼にとっての故郷だった。
しかし今はもう、かの村と言う場所は存在しない。
そこには前代の委伊達家の家族が、次女を残して鎮魂されているからだ。
故郷も失い、愛する者も失った。
だが、彼女のことは恨んでいない。
何故ならば、愛する者が生きていた頃に言われたのだ。
『あの子は一途だから、一度得た愛も、苦しみも、悲しみも、ずっと背負おうとするの。そこが父親そっくりなんだけど、まだ年相応の精神しか持ち合わせていない。
だから、もし私に何かあったら――あの子をお願いね』
まるで自身が死ぬことを予知していたようだった。
もし、家族が一人でも生きていたならと思う時もあるが、それは現実逃避なのだろうか。
愛する者に頼まれても、結局彼女を救い出すことは出来無かった。
自分では駄目なのだと、何時の日か思うようになった。
そんな時に、日来の長が彼女を救いに来るという知らせを聞いて思わず立ち上がった。
彼女を愛してくれる第三者が、まだいたのだと。
嬉しさと同時に不安も感じたが、今日彼を見て思った。
「あいつも、奏鳴と同じものを感じるな。……いや、少し違うが」
産まれも育ちも違うのだ。
まるっきり同じとはいかない。
似ているが少し違う。その少しの違いがなんなのか分からないが、違うと感じた。
一人いる八頭は、東に行った日来の長とは逆。西へと歩き出す。
茂みに当たるが構わない。
掻き分け、割って入るように進んで行く。
木漏れ日が地面を照らして、鮮やかな緑を見せる。
人通りが全くと言っていい程無いためか、草が生い茂り、緑のじゅうたんをつくったのだ。
その上を歩き、進んだところ。
まだ離れているからよくは見えないだろうが、一つの墓石がある。
加護によって守られた、真新しい墓石が。
その墓石には委伊達家之墓と彫られている他、墓の右側面には縦書きでこう彫られていた。
――娘を守ると誓います。
何時の日か、この世から娘の魂が離れたのならば、この墓を壊し、家族共々委伊達家の墓に埋葬します。
委伊達の雄姿は、我らが胸のなかに。
辰ノ大花一同――
両親は生前、墓に入る時は家族揃ってと言っていた。
それまではただ石を積み重ねたような、ちんけな墓にでも入っていると。
だから家族は皆、代々続く委伊達家の墓に入る時は、家族揃ってと言っていた。
今は、ここで休養を取っているということだ。
辰ノ大花には委伊達家を讃える祭りが年に三回あり、三月、八月、十二月に行われる。
委伊達家の墓に入ったら、その祭りで大勢の人が来て大変だ。
だから今は、しばしの休養なのだ。
八頭は墓の前で一礼し、
「娘を、一人の男が救いに行きました。未熟な自分とは違い、とても芯の通った男です。きっと彼なら……娘を、救い出せます……」
それから数拍置いて、
「なあ、幸鈴……俺は、お前を最後まで、愛せていたよな……」
日来の長の、奏鳴に対する姿勢を見て、自身の愛が本物だったのか不安になった。
そんなことを思うや否や、すぐに頭を横に振った。
何かを振り払おうとするように。
「馬鹿か俺は。愛せていたに決まってるだろ……! だから駄目なんだよなあ、俺は」
笑うが、返事は返ってこない。
当たり前だ。
目の前にあるのは墓石だ。
返事をしたら、そっちの方が怖い。
「頼んだぞ…………幣・セーラン」
彼の名を言う。
他人任せだが、きっと彼が救い出してくれると。
誰かに頼ることも必要だ。
それが、自分のプライドを傷付けたとしても。
一人で駄目で、皆でも駄目なら、最後は第三者に託すしかない。
それは他人任せと言われるが、言われないようにするためには、自分自身は行動に移した事実とそれを発言出来る自信だ。
行こう。
ここで止まっていても意味が無い。
それを、奏鳴の家族は望んでいない。
主役は行った。
ならば舞台を盛り上がらせるためには、脇役も必要だ。
覚悟を固め、八頭は駆けた。
音を立てず、気配を消して。
潜むように木々を通り抜け、狙う獲物は奏鳴の救出を阻む者。
一切の行動に音は無く、まるで獲物を狩りに行くようだった。
目付きは鋭く、足は素早く動かす。
獲物がいたなら、気付く暇も無く狩る。
蛇とは、潜んでやって来るものなのだから。
後書き
素で笑う笑顔を見たい。
それがセーラン君の答えです。
遠く離れ、片想いであってもその想いは本物。
しかし、まさかの余命五年。
たったのです。
短命なのは竜神の力ゆえなのか、それともなんらかの呪いなのか。
そうであっても、セーラン君は奏鳴の元へ行くことに決めました。
いやあ、一途な少年ですね。
やっぱこういう男性はなかなかいないもの。
出会えたらそれは奇跡。
八頭君に最後に渡された短剣を持ち、いざ解放場へ!
今更ながら盛り上がりが足らんなあ、と思う今頃です。
読むだけなら楽なんですけどね。
こうして書く側に立つと、もしかして作者さんもこう悩んでるのかな、と思うのです。
プロはやっぱり凄いです。
今回はこれが言いたかった。
では、また。
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