Element Magic Trinity
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序章
妖精の尻尾
とある建物。
その一室で、水晶玉が転がっていた。
水晶玉はコロコロ転がり、ピキッと割れ、そして何事もなかったかのように元に戻って転がる。
「ウルティアよ、会議中に遊ぶのはやめなさい」
「だってヒマなんですもの。ね?ジークレイン様」
ウルティアと呼ばれた黒髪の女性は水晶玉を自分に触れずに寄せ、自分の頭の上に乗せる。
「おー、ヒマだねえ。誰か問題でも起こしてくんねーかな」
青い髪に顔半分の赤い紋章。
老人達ばかりのこの部屋の中では1番若い。
その発言に、周りの老人は喚く。
「つ・・・慎みたまえ!」
「何でこんな若造共が評議員になれたんじゃ!」
「魔力が高ェからさ、じじい」
「ぬぅ~!」
ジークレインの言葉に老人たちは喚き続ける。
すると、ジャラ・・・と杖の飾りが音を立てた。
「これ・・・双方黙らぬか。魔法界は常に問題が山積みなのじゃ。中でも早めに手を打ちたい問題は・・・」
そこまで言い、一旦区切り、口を開く。
「妖精の尻尾のバカ共じゃ」
フィオーレ王国・・・人口1700万の永世中立国。
そこは、魔法の世界。
魔法は普通に売り買いされ、人々の生活に根付いていた。
そしてその魔法を駆使し、生業とする者共がいる。
人々は彼らを、魔導士と呼んだ。
魔導士達は様々なギルドに属し、依頼に応じて仕事をする。
そのギルド、国内に多数。
そして・・・とある街に、とある魔導士ギルドがある。
かつて、いや、後々に至るまで、数々の伝説を生み出したギルド・・・。
これは、そのギルドに属する魔導士達の物語である。
漁業が盛んなハルジオンの街
「あ、あの・・・お客様・・・だ、大丈夫ですか?」
ハルジオンの駅で止まった列車内で、1人の駅員がオロオロしていた。
後ろの方でスコップを持った男が、その光景を眺めている。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「あい。いつもの事なので」
「心配かけてゴメンなさい」
桜色の髪に白銀のマフラーをした青年『ナツ』が列車の壁に寄りかかって目を回しながら荒く息をし、そんなナツの代わりに答えた喋る青いネコ『ハッピー』。
駅員に頭を下げるのは、エメラルドグリーンの髪の青年『ルーレギオス』だ。
「無理!もう2度と列車には乗らん・・・うぷ」
「列車に乗らないと帰れないよ、ナツ」
「情報が確かならこの街に火竜がいるはずだよ、行こ」
「ほらナツ!いつまで伸びてるの?」
「ルー・・・ゆ、揺らすな・・・ちょ、ちょっと休ませて・・・」
ルーというのはルーレギオスの事だ。
「うんうん」
「仕方ないな~」
しかし・・・。
「「あ」」
突如列車が動き出した。
窓から身を乗り出していたナツが目を見開く。
「出発しちゃった」
「どうしよっか」
表情1つ変えずにそう呟くハッピーとルー。
走り去っていく列車から、ナツの叫びが木魂した。
「えーっ!?この街って魔法屋一軒しかないの?」
ナツを乗せた列車が出発した頃、同じくハルジオンの街の魔法屋から声が上がった。
そこにいたのは金髪の少女『ルーシィ』。
名前は似ているが、先ほどのルーとは全く関係のない少女である。
「えぇ・・・元々魔法より漁業が盛んな街ですからね。街の者も魔法を使えるのは一割もいませんで、この店もほぼ旅の魔導士専門ですわ」
「あーあ・・・無駄足だったかしらねぇ」
「まぁまぁ、そんな事言わずに見ていって下さいな。新商品だってちゃんと揃ってますよ」
そう言うと、店主は文庫本くらいであろう箱を取り出した。
「女の子に人気なのは、この色替の魔法かな。その日の気分に合わせて・・・服の色をチェンジ~ってね」
「持ってるし」
まぁ・・・女の子に人気の魔法を女の子が持っていないという方がおかしいのだが。
「あたしは門の鍵の強力なやつ、探してるの」
「門かぁ、珍しいねぇ」
「あっ!」
お目当ての鍵があったのか、ルーシィが声を上げる。
「白い子犬!」
「そんなの全然強力じゃないよ」
「いーのいーの♪探してたんだぁ~。いくら?」
「2万J」
「お・い・く・ら・か・し・ら?」
「だから2万J」
どうやら値切ってほしいらしい。
言葉じゃダメだと悟ったルーシィは、自分の豊満な胸を寄せる。
いわゆる、「お色気作戦」である。
「本当はおいくらかしら?ステキなおじさまぁ」
そのお色気作戦の甲斐あって、ルーシィはお目当ての鍵を手に入れた。
手に入れた・・・のだが。
「ちぇっ。1000Jしかまけてくれなかったー」
どうやらもっと値切れると思ったらしい。
失礼ながら、所詮はお色気作戦である。
「あたしの色気は1000Jかーっ!」
納得のいかないルーシィは近くのカフェの看板を思いっきり蹴とばした。
近くを歩いていた老人がビクッと体を震わせる。
すると、ルーシィの前を黄色い悲鳴を上げた女の子たちが走っていく。
そこには同じように歓声を上げた女の子たちがいた。
「?何かしら」
首を傾げるルーシィの横を、更に女の子たちが駆けて行く。
「この街に有名な魔導士様が来てるんですって」
「火竜様よーっ!」
どうやら火竜という魔導士が来ているらしい。
走っていく女の子の目は全員ハートだ。
「火竜!?あ、あの店じゃ買えない火の魔法を操るっていう・・・この街にいるの!?」
女の子の集団から「火竜様~」やら「こっち向いてー」やら歓声が飛び交う。
「へぇ~、凄い人気ねぇ・・・カッコいいのかしら」
一方その頃、ナツ達はというと。
「列車には2回も乗っちまうし」
「ナツ、乗り物弱いもんね」
「腹は減ったし・・・」
「ティアからお金貰ってくるの、忘れちゃったもんね」
よたよたと歩きながら呟くナツに、ハッピーとルーが返答する。
「なぁハッピー、ルー。火竜ってのはイグニールの事だよなぁ」
「うん。火の竜なんてイグニールしか思い当たらないよね」
「でも行く前、ティアは『そんなのが街中にいる訳ないでしょ』って言ってたよ」
「あいつぁ、若干捻くれてるからな・・・」
さっきからルーが言う「ティア」は、捻くれているらしい。
ティア、という言葉が出ただけで、ナツが若干顔をしかめる。
「でも僕はイグニールの事だと思うよ」
「だよな!やっと見つけた!ちょっと元気になってきたぞ!」
「あい」
その時、遠くから「キャー!火竜様~!」という歓声が響く。
「ホラ!噂をすればなんたらって!」
「あい!」
「行ってみよう!」
それを聞いた3人・・・正確には2人と1匹は、一目散に駆けだしていった。
その頃ルーシィは、火竜を取り巻く女の子たちの中にいた。
(な、な、な・・・何?このドキドキは!?)
火竜を見て、頬を赤く染める。
心臓が先ほどからドキドキ言いっぱなしだ。
(ちょ、ちょっと・・・あたしってばどうしちゃったのよっ!)
周りの女の子たちも、ルーシィと同じような状況のようだ。
「ははっ、まいったな。これじゃ歩けないよ」
小さく笑みをこぼして、火竜が呟く。
チラ、と火竜の視線が、ルーシィに向けられる。
(はうぅ!)
ルーシィの胸がキュンと高鳴った。
(有名な魔導士だから?だからこんなにドキドキするの!?)
吐息を零しながら、ルーシィは胸に手を当てる。
「イグニール!イグニール!」
女の子の山をかき分け、ナツが火竜に向かっていく。
(これってもしかして、あたし・・・)
他の女の子同様目をハートにして、ルーシィがふらっと歩き出した、その時だった。
「イグニール!」
人混みの中心に出たナツが叫ぶ。
その瞬間、ルーシィの目からハートがポトッと落ちた。
しばらくナツと火竜は見つめ合い、そして・・・。
「誰だオマエ」
短く言い放った。
その言葉にショックを受ける火竜。
後ろからやってきたルーもキョトンとしている。
「火竜といえば・・・解るかね?」
きりっと火竜が言うが、その時には・・・。
「はぁ~」
「ニセモノかぁ・・・」
「はやっ!」
ナツとルーは残念そうに呟き、ハッピーはそんな2人の後をついて行っていた。
「ちょっと、アンタ失礼じゃない?」
「そうよ!火竜様はすっごい魔導士なのよ」
「謝りなさいよ」
「お、お、何だオマエら」
「引っ張らないでよ~」
すぐに野次馬の女の子たちに引き摺り戻される。
「まぁまぁ、その辺にしておきたまえ。彼とて悪気があった訳じゃないんだからね」
「やさし~」
「あ~ん」
またメロメロになる女の子たちの中、ルーシィは1人、火竜を睨みつけていた。
火竜は色紙を取り出すと、ペンで何かを書き始める。
「僕のサインだ。友達に自慢するといい」
「キャー」
「いいな~」
「いらん」
そう答えた瞬間。
「何なのよアンタ」
「どっか行きなさい!」
「うごっ」
女の子たちに、外に出されてしまった。
「仕方ない。じゃあ君にあげよう」
「え?」
サインを渡されたルーは、戸惑いながらも受け取る。
それをまじまじと見つめ、ため息をついた。
「どうかしたのかい?」
「こんなくだらないモノ、僕には必要ないと思っただけだよ。自称イケメンのおじさん」
「おじっ・・・」
「ティアだってこんなもの欲しくないだろうし。こんなもので喜べる女の子たちが羨ましいな」
「こ、こんなもの!?」
「ペンのインクと色紙の無駄遣いだよ。もっと有効活用すべきだ」
人懐っこい笑顔を浮かべてそう言い放つと、ルーはナツ達のもとへ走っていった。
「き、君たちの熱い視線には感謝するけど・・・僕はこの先の港に用があるんだ。失礼するよ」
パチン、と指を鳴らす。
その瞬間、炎の上に火竜が乗る。
「夜は船上パーティーをやるよ。皆参加してくれるよね」
その言葉に女の子たちは「はぁぁぁ~ん」やら「もちろんですぅ~」と甘い声を出す。
「なんだアイツは」
「自称イケメンのおじさんでしょ」
「本当いけすかないわよね」
座り込むナツとルーに、ルーシィが声を掛ける。
「さっきはありがとね」
身に覚えのない礼に、ナツは「は?」と小さく呟き、ハッピーは首を傾げ、ルーは「何?」とナツの顔を見つめた。
その後、街のレストランでは。
「あんふぁ、いいひほがぶぁ」
「うんうん」
「これで餓死せずにすむよー」
「あはは・・・ナツとハッピーとルーレギオスだっけ?分かったからゆっくり食べなって。なんか飛んできてるから・・・てかお色気代パーね・・・」
「ルーでいいよ」
あわただしく料理を口に突っ込んで喋るナツと魚をかじるハッピー、その2人の横でこれでもかというほど落ち着いて軽い食事をするルー。
「あの火竜っていう男、魅了っていう魔法を使ってたの。この魔法は人々の心を術者に引きつける魔法なのね。何年か前に発売が禁止されてるんだけど・・・あんな魔法で女の子を気を引こうだなんて、やらしい奴よね」
「へ~、あの自称イケメンのおじさん、そんなくだらない魔法使ってたんだ」
「あたしはアンタ達が飛び込んできたおかげで、魅了が解けたって訳」
「なぶぼご」
骨付き肉を齧りながらナツが答える。
「こー見えて一応魔導士なんだー、あたし」
「え、そうなの!?全然見えない!どこかのキャバ嬢かと・・・」
「アンタ、笑顔で失礼な事連発するわね・・・」
「てへ☆」
女のようにルーが微笑む。
「ほぼぉ」
「まだギルドには入ってないんだけどね」
「キャバ嬢だしね」
「違うから!」
相変わらずルーシィをキャバ嬢だと思っているルー。
「ギルドってのはね。魔導士達の集まる組合で、魔導士達に仕事や情報を仲介してくれる所なの。魔導士ってギルドで働かないと、一人前って言えないものなのよ」
「ふが・・・」
「でもねでもね!」
話しているうちに興奮してきたのか、ルーシィの説明に熱がこもる。
「ギルドってのは世界中にいっぱいあって、やっぱ人気のあるギルドはそれなりに入るのは厳しいらしいのね。あたしの入りたいトコはね、もうすっごい魔導士が沢山集まる所で、あぁ・・・どーしよ!入りたいけど厳しいんだろーなぁ・・・」
「いあ゛・・・」
「あー、ゴメンねぇ。魔導士の世界の話なんて分かんないよね~。でも絶対そこのギルド入るんだぁ、あそこなら大きい仕事沢山貰えそうだもん」
憧れの眼差しで、ルーシィが話し終える。
「ほ、ほぉか・・・」
「よく喋るね」
「さすがキャバ嬢」
「だから違うって!」
ナツとハッピーは若干引いており、ルーは変な風に感心していた。
「そういえばアンタ達、誰か探してたみたいだけど・・・」
「あい、イグニール」
「火竜がこの街に来るって聞いたから、来てみたはいいけど別人だったな」
「火竜って見た目じゃなかったんだね」
「てっきりイグニールかと思ったのにな」
「無駄足だったね。会えたのは自称イケメンのおじさんだったし」
「見た目が火竜って・・・どうなのよ、人間として・・・」
そのルーシィの言葉に、ナツはきょとんとした表情になる。
「ん?人間じゃねぇよ」
「イグニールは本物の竜なんだって」
それを聞いたルーシィは、音を立てて身体を仰け反らせた。
テーブルの上の塩とスプーンの刺さったパフェがぐらっと揺れる。
「そんなのが街中にいるはずないでしょー!」
その言葉に、3人は「あ」とでも言いたそうにぴくっと反応する。
「オイイ!今気づいたって顔すんなー!」
それを聞いたルーがため息をつく。
「やっぱりティアの言う通りだったんだ」
「?ティア?」
「僕の友達」
「ふーん・・・あたしはそろそろ行くけど・・・ゆっくり食べなよね」
そう言ってお金をテーブルの上に置くルーシィ。
それを見た3人は一瞬動きを停止させ、全員同時に泣き出した。
そして。
「ごちそう様でしたっ!」
「でしたっ!」
「ありがとう、キャバ嬢!」
「キャー!止めてぇっ!恥ずかしいからっ!てか、あたしはキャバ嬢じゃない!」
その場で土下座する3人。
「い、いいのよ・・・あたしも助けてもらったし・・・おあいこでしょ?ね?」
「あまり助けたつもりがないトコが何とも・・・」
「あい、はがゆいです・・・」
「なんかただご飯を奢ってもらっただけな気が・・・」
「そうだ!これやるよ」
「いらんわっ!」
ナツがお礼にと差し出した火竜のサインを、ルーシィは叩き落とした。
その後、ナツ達と別れたルーシィは、ベンチで雑誌『週刊ソーサラー』を読んでいた。
「まーた妖精の尻尾が問題起こしたの?今度は何?デボン盗賊一家壊滅するも、民家7軒も壊滅・・・あははははっ!やりすぎー!」
ベンチの上でお腹を抱えてバタバタと笑い転げる。
「あ。グラビア、ミラジェーンなんだ・・・妖精の尻尾の看板娘ミラジェーン。こんな人でもめちゃくちゃやったりするのかしら・・・あ!」
次のページを捲り、ルーシィが声を上げる。
そこにはクリムゾンレッドの髪の青年の写真があった。
「アルカンジュ!確かミラジェーンの恋人なんだよね・・・やっぱカッコいいなぁ・・・さすが「彼氏にしたい魔導士ランキング」上位ランカーだなぁ・・・」
そう呟いて雑誌を閉じる。
そして腕を組んだ。
「てか・・・どうしたら妖精の尻尾に入れるんだろ。やっぱ強い魔法覚えないとダメかなぁ。面接とかあるのかしら?」
そう、先ほど話していたルーシィの入りたいギルドとは・・・。
「魔導士ギルド妖精の尻尾。最高にカッコいいなぁ」
文字通り満面の笑みでそうルーシィが呟くと、後ろの茂みがガサガサと揺れた。
「へぇ~・・・君、妖精の尻尾に入りたいんだー」
「!さ・・・火竜!?」
「いや~探したよ・・・君のような美しい女性をぜひ我が船上パーティーに招待したくてね」
「は、はぁ!?」
茂みをガサガサ揺らし、火竜がルーシィに近づく。
ルーシィは持っていたカバンを肩から下げ、びしっと指を指した。
「言っておくけど、あたしに魅了は効かないわよ。魅了の弱点は「理解」・・・それを知ってる人には魔法は効かない」
「やっぱりね!目があった瞬間魔導士だと思ったよ。いいんだ、パーティーにさえ来てくれれば」
「行く訳ないでしょ!アンタみたいなえげつない男のパーティーなんて」
「えげつない?僕が?」
「魅了よ。そこまでして騒がれたい訳?」
「あんなのただのセレモニーじゃないか。僕はパーティーの間、セレブな気分でいたいだけさ」
「有名な魔導士とは思えないおバカさんね」
「待ってよ!」
くるりと背を向けたルーシィに、火竜が声を掛ける。
「君・・・妖精の尻尾に入りたいんだろ?」
ルーシィの足が止まる。
怪訝そうにルーシィが振り返った。
「妖精の尻尾の火竜って・・・聞いた事ない?」
「ある!アンタ、妖精の尻尾の魔導士だったの!?」
「そうだよ。入りたいならマスターに話、通してあげるよ」
それを聞いたルーシィは一瞬火竜を見つめた。
「素敵なパーティーになりそうね」
「わ、解りやすい性格してるね・・・君・・・」
「ほ、本当にあたし、妖精の尻尾に入れるの!?」
「もちろん。そのかわり魅了の事は黙っといてね」
「はいはーい!」
「それじゃパーティーで会おう」
「了解であります!」
去っていく火竜の後姿を見つめるルーシィの目はハートだ。
「はっ!疑似魅了してたわ!」
そして短くジャンプした。
「妖精の尻尾には入れるんだー!やったーっ!入るまではあのバカ男に愛想よくしとかないとね」
ししし・・・と笑うルーシィの上を、何かが飛んだ。
それに気付いたルーシィは顔を上げる。
「帽子?」
大きめの白い帽子に、深い青色のリボンが巻いてある。
何気なく空飛ぶ帽子を掴むと、そこに白く細い腕が伸びてきた。
その腕を目線で辿り、腕の主が目に映る。
「わっ・・・」
思わず息を飲んだ。
そこにいたのは群青色のカーリーロングヘアに群青色の瞳が綺麗な・・・かなりの美人だった。
大きい瞳、すっと通った鼻筋、小さくきゅっと結ばれた唇、若干桃色に染まった頬、完璧という言葉が似合うプロポーション、軍服調のノースリーブのワンピースから伸びる腕や足は白く細い。
帽子を被り、群青色の瞳がルーシィを見つめる。
「何かしら」
「へ?」
「私の顔に何かついてるの?」
「ううん、別に・・・」
「じゃあじろじろ見ないで」
「あ、ゴメン・・・」
そう言われて目線を外すが、女のルーシィでさえ見惚れてしまうほど、少女は綺麗だった。
「帽子を拾ってくれてありがと。そのお礼として言っておくわ」
「何?」
「あの男・・・火竜には気をつけなさい」
そう言い残して、少女は去っていった。
夜、ナツとルー、ハッピーはルーシィが置いていってくれたお金でご飯を食べ終えていた。
「ぷはぁー!食った食った!」
「あい」
「あのキャバ嬢、いい人だったね」
ハッピーの目に、一隻の船が映る。
「そいや火竜が船上パーティーやるって。あの船かなぁ」
「うぷ・・・気持ちワリ・・・」
「想像しただけで酔うのは止めようよ、ナツ」
すると、横に立っていた女性2人の会話が聞こえてきた。
「見て見て~!あの船よ、火竜様の船~!あ~ん、私もパーティー行きたかったぁ」
「火竜?」
「知らないの?今この街に来てる、凄い魔導士なのよ。あの有名な妖精の尻尾の魔導士なんだって」
「「「!」」」
それを聞いたナツ、ハッピー、ルーが反応する。
「妖精の尻尾?」
「へぇ~・・・」
ナツが目を見開いて呟き、ルーがどこか楽しげに呟く。
「うぷ」
「だから、想像して酔わないでよ」
しゃがみ込み、柵の間と間から船を見つめる。
「妖精の尻尾・・・」
ところ変わって、ここは火竜主催船上パーティー。
大勢のドレスアップした女の子たちが食事や酒を楽しむ中、ルーシィは火竜と2人っきりでとある部屋にいた。
「ルーシィか・・・いい名前だね」
「どぉも」
愛想笑いを振りまくルーシィ。
「まずでワインで乾杯といこう」
「他の女の子たち、放っておいていいの?」
「いーのいーの。今は君と飲みたい気分なんだよね」
火竜がパチンと指を鳴らす。
グラスに入ったワインが球になり、宙に浮いた。
「口を開けてごらん。ゆっくりと葡萄酒の宝石が入って来るよ」
(うざーっ!)
口には出さず、顔を背けるルーシィ。
(でもここはガマンよ!ガマン、ガマン!)
そう言って口を開いた時、さっきの美少女の声が頭の中で再生された。
『あの男・・・火竜には気をつけなさい』
(あれ、どういう意味だったんだろ・・・)
ゆっくりとワインが口に入ろうとした、その時だった。
しゅばっと音を立てて、ルーシィが腕を振る。
ワインが床に落ちた。
「これはどういうつもりかしら?・・・睡眠薬よね」
「ほっほーう、よく分かったね」
「勘違いしないでよね。あたしは妖精の尻尾には入りたいけど、アンタの女になる気はないのよ」
そうルーシィに言われ、火竜は顔を怪しく歪める。
「しょうがない娘だなぁ。素直に眠っていれば痛い目見ずにすんだのに・・・」
「え?」
唖然とするルーシィの腕を、何者かが掴む。
後ろのカーテンが開き、屈強な男たちがぞろぞろ現れた。
「おー、さすが火竜さん」
「こりゃ久々の上玉だなぁ」
「な、何なのよ、これ!アンタ達何!?」
慌てたように叫ぶルーシィの顔を、火竜がくいっと持ち上げた。
「ようこそ我が奴隷船へ。他国につくまで大人しくしていてもらうよ。お嬢さん」
「え!?ボスコ・・・ってちょっと・・・!妖精の尻尾は!?」
「言ったろ?奴隷船だと。初めから君を商品にするつもりで連れ込んだんだ。諦めなよ」
「そんな・・・!」
あまりに突然の事に、ルーシィは言葉を失う。
(あの子が言ってたのは、この事だったって事・・・!?)
ルーシィの脳裏に、群青色のカーリーロングヘアの美少女が浮かぶ。
「火竜さんも考えたよな。魅了にかかってる女どもは自らケツを振って商品になる」
「この姉ちゃんは魅了が効かねぇみてぇだし・・・少し調教が必要だな」
「へっへっへっ」
「へへっ」
自然とルーシィの身体が震えはじめる。
(や、やだ・・・嘘でしょ・・・何なのよコイツ・・・!こんな事をする奴が・・・)
ドレスのスリットから伸びるルーシィの右足の太もも辺りに付けられた門の鍵に、火竜が触れる。
「ふーん。門の鍵・・・星霊魔導士か」
「星霊?何ですかい、そりゃ。あっしら魔法の事はさっぱりで」
「いや、気にする事はない。この魔法は契約者しか使えん。つまり僕には必要ないって事さ」
そう言ってルーシィから奪った星霊の鍵を、開いた窓に向かって投げ捨てる。
(これが妖精の尻尾の魔導士か!)
眼に涙を溜め、ルーシィが火竜を睨みつける。
じゅっと音がして、火竜はハンコの様なものを持った。
髑髏に似たマークが書かれている。
「まずは奴隷の烙印を押させてもらうよ。ちょっと熱いけどガマンしてね」
ルーシィの目から涙があふれる。
(魔法を悪用して・・・人をだまして・・・奴隷商ですって!?)
「最低の魔導士じゃない」
ルーシィが呟いた、その瞬間。
部屋の天井が突然バキッと音を立てて壊れた。
そこから桜色の髪の青年が姿を現す。
「ひ・・・昼間のガキ!?」
「ナツ!?」
そう、そこにやってきたのはナツだった。
ナツだけじゃない。
「やっほー。自称イケメンの奴隷商おじさん。あ、キャバ嬢。元気?」
「キャバ嬢じゃないし元気に見えるかしら!?」
相変わらずの呑気な口調で、ルーも降りてきた。
そこまではカッコよく決まっていたのだが・・・。
「おぷ・・・ダメだ、やっぱ無理」
「えーっ!かっこわるー!」
「あーあ・・・」
ナツが酔ってしまった。
「な、何だこりゃ一体・・・!?何で空からガキが降って来るんだ!?」
「しかも酔ってるし」
「心外だなー、僕はもう19歳だよ?おじさん達にとってはガキかも知れないけど、もう酒だって飲めるんだよ?」
「しかも呑気だし」
すると今度は羽の生えた猫がやってきた。
「ルーシィ、何してるの?」
「ハッピー!?騙されたのよ!妖精の尻尾に入れてくれるって・・・それで・・・あたし・・・」
その言葉に、酔いながらナツが反応する。
「てか・・・アンタ、羽なんてあったっけ?」
「細かい話は後回しっぽいね・・・逃げよ」
「わっ」
ハッピーの尻尾がルーシィの腰に巻きつき、飛ぶ。
「ちょっ、ナツとルーはどーすんの!?」
「2人は無理。それにルーは自力でどーにかするから」
「あら・・・って自力でって!?」
あのルーにそんな事できるのかしら!?とでも言いたげな視線を船に向ける。
遠くから見えたルーは酔っているナツの背中をさすっていた。
「逃がすかぁっ!」
「おっと!」
火竜の手から放たれた紫に近い色の炎が船から飛び出し、ハッピーを狙う。
だがハッピーは余裕でひらりとかわした。
「ちっ。あの女を逃がすなっ!評議員どもに通報されたら厄介だ!」
「はいっ!」
返事をした男が、部屋から出て銃を乱射する。
「わっ、銃だ!」
「きゃあああっ!」
「ルーシィ、聞いて」
「何よ、こんな時に!」
「変身解けた」
「くそネコー!」
ルーシィの叫びを残し、2人は海に落ちていった。
「やったか!?」
それを撃ち落としたと勘違いしている男が呟く。
船の中では、酔いと戦いながら、ナツが小さく呟いた。
「フェア・・・リィ・・・」
「あ?」
「・・・テイル・・・おま・・・え・・・が・・・」
「あー、解らないよね。『お前がフェアリーテイルか』って言いたいみたい」
そしてルーは呑気だった。
一方その頃海に落ちたルーシィは、運よく浅瀬に引っかかっていた鍵を見つけ、束の中から1本取り出す。
そしてその1本を、海に刺した。
「開け!宝瓶宮の扉!アクエリアス!」
キンコーン、という鐘の音が1つ響き、魔法陣から水瓶を持った人魚が現れる。
「すげぇー!」
「あたしは星霊魔導士よ。門の鍵を使って、異界の星霊達を呼べるの。さぁ、アクエリアス!貴女の力で船を岸まで押し戻して!」
「ちっ」
「今『ちっ』って言ったかしらアンター!」
「そんなとこに食いつかなくていいよぉー」
「うるさい小娘だ・・・1つ言っておく。今度鍵落としたら殺す」
「ご、ごめんなさい・・・」
どうやらアクエリアスはかなりガラが悪いようだ。
「オラァッ!」
アクエリアスが大事そうに抱えていた水瓶を振るう。
その瞬間大津波が発生し、船だけではなくルーシィまでも巻き込んで、岸へとついた。
船の中でもナツや火竜も目を回す。
「一体・・・何事だ!?」
「止まったよ、ナツ」
「あぁ・・・揺れが・・・止まった」
船の中では、火竜をはじめとした数人の男に囲まれていた。
「ナツー!ルー!だいじょ・・・」
ルーシィの言葉が途切れる。
ナツとルーの表情は険しく、昼間食事した時とは真逆だったのだ。
「小僧共、人の船に勝手に乗ってきちゃイカンだろぉ、あ?」
火竜の言葉には答えず、ナツは着ていた上着を、ルーは羽織っていたマントを脱ぐ。
「おい!とっととつまみ出せ!」
「はっ!」
「行けない!ここはあたしが・・・」
「大丈夫」
鍵の束を手にするルーシィを、ハッピーが止める。
「言いそびれたけど、ナツもルーも魔導士だから」
「えーーーっ!?」
その間にも、2人の男がナツに向かっていく。
ナツは着ていた上着を脱ぎ捨てた。
「お前が妖精の尻尾の魔導士か」
「それがどうした!?」
「よォくツラ見せろ」
「ナツ、見る必要なんてないと思うよ」
ルーが小さく呟いた時、ナツは2人の男を纏めて投げ飛ばした。
片手で虫を祓うように。
「オレは妖精の尻尾のナツだ!おめェなんか見た事ねェ!」
「な!」
「え?妖精の尻尾!?ナツが妖精の尻尾の魔導士!?」
そりゃ驚くだろう。
さっきまで乗り物酔いをしていた男が、自分の憧れていたギルドに所属しているのだから。
その右肩には、真っ赤な紋章が刻まれていた。
「な・・・あの紋章!」
「本物だぜ、ボラさん!」
「バ、バカ!その名で呼ぶな!」
本当の名前、ボラの名で呼ばれたニセモノの火竜はうろたえる。
「ボラ・・・紅天のボラ。数年前巨人の鼻っていう魔導士ギルドから追放された奴だね」
「聞いた事ある・・・魔法で盗みを繰り返してて追放されたって・・・」
「自業自得だね」
「おめェが悪党だろうが善人だろうが知ったことじゃねぇが、妖精の尻尾を騙るのは許さねェ」
ギリ、と歯を噛みしめる。
「ええいっ!ゴチャゴチャうるせぇガキだ!」
ボラが放った紫の炎がナツを包み、ナツはドサッと倒れる。
「ナツ!」
「次はこっちのガキだ!女も猫もまとめて捕えろ!」
ボラの命令で、3人の男がルーシィ達に向かってくる。
ルーシィは戦うため、鍵を構えた。
その頭に、ポンと手が添えられる。
「ルー!?」
「女の子に戦わせるなんて、ティアに怒られちゃうからね。ここは僕に任せて」
「任せてって・・・アンタ、戦えるの!?」
「酷いなぁ、僕だって妖精の尻尾の魔導士だよ?」
「えっ!?」
そう言うルーのブレザーの左胸と左手の甲には、深緑の紋章が刻まれていた。
「ルーも妖精の尻尾の魔導士なの!?」
「そう。だからこのくらいのおじさんの相手は出来るよ」
そう言って微笑み、3人の男に向き合う。
飛び掛かってくる男達を静かに見つめ、ルーはバッと右手を突き出した。
緑色の魔法陣が展開する。
「偉大なる空の裁きを受けよ!大空槍騎兵!」
魔法陣が強く煌めき、そこから風の槍が飛ぶ。
「ぐああああっ!」
「な、何だ、この魔法は・・・!」
「あっしは魔法に詳しくねぇ・・・!」
「凄い・・・」
「へへっ」
ルーが照れくさそうにほほ笑む。
「てか、ナツは!?」
「ナツ?んー、今は食事中じゃない?」
「は?」
「まずい」
ナツは食事中という訳のわからない言葉に首を捻るルーシィ。
すると、炎の中からナツの声が聴こえてきた。
ボラが、ルーシィが、残った男たちが目を見開いて炎を見る。
「何だコレぁ。お前本当に火の魔導士か?こんなまずい『火』は初めてだ。アルカの炎の方がよっぽど美味い」
もぐもぐ、がぶがぶとナツが炎を喰っていく。
ボラとルーシィはそんなナツを見て、言葉が出ないというように目を見開いた。
「ふー・・・ごちそう様でした」
そう言って口元を拭う。
「な、なな・・・何だコイツはーっ!?」
「火・・・!?」
「火を喰っただと!?」
「ナツに火は効かないよ」
「こんな魔法見た事ない!」
「じゃあ、あとは任せるよ。ナツ」
「おっしゃあ!食ったら力が湧いてきた!いっくぞぉぉぉぉぉぉっ!」
ナツが大きく息を吸い込む。
「こいつ・・・まさか・・・」
1人の男が思い出したように叫んだ。
「ボラさん!俺ァ、こいつ見た事あるぞ!」
「はぁ!?」
「桜色の髪に鱗みてぇなマフラー・・・間違いねぇ!こいつが、本物の・・・」
そこから先は誰も言えなかった。
ナツが口から噴き出した炎で、全員焼かれたのだ。
ルーシィ達にも火が飛んで来たが、ルーが自分の魔法でそれを跳ね返す。
「火竜・・・」
男の代わりに、ルーシィが呟いた。
「よーく覚えとけよ。これが妖精の尻尾の・・・魔導士だ!」
ナツは拳に炎を纏い、思いっきりボラに振り落とす。
「火を食べたり火で殴ったり・・・本当にコレ、魔法なの!?」
「竜の肺は焔を吹き、竜の鱗は焔を溶かし、竜の爪は焔を纏う。これは自らの体を竜の体質へと変換させる太古の魔法・・・」
「何それ!?」
「元々は竜迎撃用の魔法だからね」
「・・・あらま」
「滅竜魔法!イグニールがナツに教えたんだ」
「竜が竜を倒すための魔法を教えるって変な話だけどね」
ルーが肩を竦めて言ったと同時に、ナツが足に炎を纏って外に飛び出す。
「滅竜魔法・・・」
ナツはまだ暴れる。
その様子は竜そのもの、荒れ狂う竜の様だった。
「すごい・・・すごい、けど・・・」
ルーシィの体が、さっきとは違う意味で震える。
「やりすぎよォォォッ!」
そう。
ナツのお蔭かナツのせいか、港は半壊状態。
船は見事に壊れていた。
「あい」
「『あい』じゃないっ!」
「てへっ」
「『てへっ』でもない!」
ボラも血を流して倒れている。
だがナツのスイッチはオンのままなようで、容赦なく敵を殲滅していた。
「こ、この騒ぎは何事かねーっ!」
「軍隊!・・・!」
遠くから大勢の軍隊がやってくる。
それを見たナツはルーシィの右腕を掴んで走り出し、その後をルーとハッピーが続く。
「やべ!逃げんぞ!」
「なんであたしまでー!?」
「だって妖精の尻尾入りてんだろ?」
「っ・・・!」
驚くルーシィに、ナツが二カッと笑う。
「来いよ」
「歓迎するよ、キャバ嬢」
「あい!」
「あたしはキャバ嬢じゃないからっ!」
そうツッコミを入れてから、ルーシィは笑った。
「うん!」
「まーた妖精の尻尾のバカ共がやらかしおった!」
バン、と音を立て、新聞をテーブルに叩きつける。
「今度は港半壊ですぞ!信じられますかな!?」
「いつか街1つ消えてもおかしくない!」
「縁起でもない事言わんでくれ・・・本当にやりそうじゃ」
「罪人ボラの検挙の為と政府には報告しておきましたがね」
「いやはや・・・」
ここでは既にナツ達がやらかした問題が当然問題にされており、老人たちは頭を抱える。
そんな中、ジークレインだけは嬉しそうに笑っていた。
「オレはああゆうバカ共結構好きだけどな」
「貴様は黙っとれ!」
すぐに声が飛ぶ。
そして、妖精の尻尾についての話が始まった。
「確かにバカ共じゃが、有能な人材が多いのもまた事実」
「だからこそ思案に余る」
「痛し痒しとはこの事ですな」
そんな空気をジークレインは吹き飛ばすように溜息をついた。
「放っておきゃいーんすよ」
「何だと貴様!」
問題であるギルドを放っておけばいいというジークレインにすぐさま声が飛ぶ。
ジークレインはゆっくりと、言い放った。
「あんなバカ共がいないと・・・この世界は面白くない」
後書き
こんにちは、緋色の空です。
百鬼憑乱と並んで始めてみました。きっとこっちの更新が多くなると思います。
感想・批評、お待ちしてます。
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