戦国異伝
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第百三十七話 虎口を脱しその三
そのうえでだ、彼は弟と川尻にこう言った。
「では殿の下に戻ったらじゃ」
「その時はですな」
「うむ、殿とお話をしよう」
こう言ったのである。
「浅井家のことは久政殿が怪しいとな」
「そう申し上げるのですな、殿に」
「そうされますか」
「うむ、どう考えても猿夜叉様は裏切られぬ」
これは決してない、だからだというのだ。
「それでじゃ」
「ですな、それがよいですな」
「それがしもそう思います」
二人も林の言葉に頷いた、そしてだった。
林は無意識のうちに今の彼等から見て右手を見た、そのうえでこう言った。
「延暦寺、伝教太師が開かれた国家を守護する程の寺じゃが」
「中にはよからぬ僧もおりますな」
「今も肉食妻帯がありますし」
「汚れもある、妖僧がいてもおかしくないわ」
「ですな、多くの僧もいますし」
「それ故に」
延暦寺にある腐ったものも気になっていた、彼等は信長が生きているという報に喜んでいるがそれでもだった。今は浅井家や延暦寺に怪訝なものも感じつつそのうえで都を目指すのだった。
織田家と徳川家の軍勢はその殆どが無事近江の北を出ようとしていた、このことは羽柴の耳にも入っていた。
その報を聞いてだ、羽柴は満面の笑顔でこう言った。
「よし、これで務めは果たしておる」
「そうですな、何とか」
「無事に果たせておりますな」
「そうじゃ、しかもじゃ」
「殿も生きておられます」
「よいことばかりですな」
「うむ、何も悪いことはない」
自身と同じく笑顔になっている加藤と福島にも返す、信長も生きているとあっては喜ぶ以外になかった。
それでだ、羽柴はこうも言った。
「ではな」
「それではですな」
「今から我等も」
「うむ、明智殿達はどうされておる」
助けに来た彼等はどうかというのだ。
「今は」
「はい、敵がいなくなった間に退きに戻られましたが」
「あの方々も無事に退きに入っておられます」
彼等もそうしているというのだ。
「無事都に戻られるかと」
「後は我等だけです」
「そうか、では我等もこのまま退く」
浅井と朝倉の軍勢はまだ追いすがっている、それでもだった。
彼等にも疲れが見える、その攻めもかなり弱っている。
それを見てだ、羽柴は秀長に言った。
「ではな」
「敵が弱っている間にですか」
「うむ、退くぞ」
そうするというのだ。
「今のうちにな」
「しかし敵もまだ来ます」
「無論戦をしながらじゃ」
後詰が敵を止めなくてはならない、だから戦を忘れることは出来ない。
だがそれでもだとだ、彼は言うのだ。
「鉄砲に弓矢もな」
「まだ撃ち放ってですか」
「何とか退く」
まだ気を抜かずにそうするというのだ。
「そうするぞ、よいな」
「畏まりました」
「やはり近江の南に入るまで油断は出来んか」
羽柴は足軽達に鉄砲を放たせながら呻く様に呟いた。
「それまでは」
「そうかと、流石に敵も近江の南まで入るとは思いませんが」
「まあそれはないな」
「ですな、流石にそこまでは」
「しかしじゃ」
それでもだというのだ。
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