戦国異伝
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第百三十七話 虎口を脱しその二
「ああした妖しい者が」
「そういえば比叡山から僧が二人入ったそうじゃな」
通具はここでこう言った。
「確か」
「その話はそれがしも聞いております」
「わしもじゃ」
川尻と林は通具のその言葉に顔を向けて言った。
「無明、そして杉谷善住坊とか」
「その二人でしたな」
「どうも杉谷という者が主で」
通具は話していく。
「そして無明が従とか」
「杉谷のう」
林はその名を聞いて腕を組んだ、そのうえでこう言った。
「延暦寺のかなりの僧じゃな」
「その様です」
「延暦寺についても色々と知っておるつもりだが」
林の識見は延暦寺にも及んでいる、それでこう言うのだ。
「しかし」
「しかしでありますな」
「その様な名の僧は聞いたことがない」
こう言うのだ。
「延暦寺には僧が多い、そうした者がいても不思議ではないが」
「それでもありますか」
「名の知られた僧にはおらぬ」
「では杉谷という者は」
「延暦寺の僧であってもな」
それでもだというのだ。
「特に名の知られた僧ではないじゃろう」
「どうも浅井家においてはかなりの学識と法力を備えた僧と言われているそうですが」
「学識だけでなく法力もか」
「左様であります」
「学識は備えられても法力はそうはいかぬ」
林はこのことも指摘した。
「それをも備えているとなるとな」
「やはり高名な僧ですか」
「うむ、そうなる筈じゃが」
林はいぶかしんでもいた。
「それでも名が出ぬか」
「妙でありますな」
それは川尻から見てもだった、彼はここでこう言うのだった。
「木の片を袋に入れると大きなものはどうしても目立ちます」
「その通りじゃ」
「史記にこうした話があったと思いますが」
司馬遷の史記である、信長も持っていてよく読んでいるが川尻もこの書を読んでいて知っているのだ。無論林兄弟もである。
「例え最初は無名でも」
「資質のある者は出る」
「ですな、それは」
「学識だけでも相当なものなら名が出る」
当然の様にそうなるというのだ。
「ましてやそこに法力もとなると」
「出ない筈がない」
「そうだというのですな」
「そうじゃ。まことに何者じゃ」
林の疑念はいよいよ深まる、とにかく有り得ないというのだ。
「わしが知らぬだけならよいが」
「若しそうでないならな」
「妖しい者やもな」
こう川尻に言った、真剣そのものの顔で。
「津々木と同じくな」
「左様ですか」
「そうでなければよいな」
またこう言う林だった。
「そう思うわ。とにかく猿夜叉様は裏切られる方ではない」
「ではお父上でしょうか」
ふとだ、通具は久政のことを言った。
「あの方でしょうか」
「久政殿か」
「あの方に何かあったのでしょうか」
「ふむ、そうじゃな」
その話も聞いてだ、林は再び考える顔になった。
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