皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第8話 「こどもの名前」
前書き
調べても分からなかったので、
フレーゲル男爵は、ヨアヒム・フォン・フレーゲルとします。
第8話 「ひどい男もいたもんだ……」
ウィルヘルム・フォン・リッテンハイムだ。
ここしばらくのところ、帝国では問題が多発している。
今まで闇の中に隠れていたものが、表面に噴き出してきたものと、思われるのだ。
ふっ、帝国を代表する大貴族と自認していながら、これまで問題にも気づいていなかったとは、皇太子殿下に、鼻で笑われるはずだ。
このリッテンハイム、汗顔の至りである。
特に妻のクリスティーヌには、
「しっかり、なさいませ」
と、尻を叩かれる有様。
ルードヴィヒ皇太子殿下のように、嵐に立ち向かう気迫が、私には足りないと、思われているのやも知れぬ。
その事をブラウンシュヴァイク公爵に話すと、わしの方も似たようなものだと、自嘲気味に漏らした。
「さすが、ご兄弟よな……」
ルードヴィヒ皇太子殿下と、我々の妻は兄弟だ。
やはり似たようなところがあるのだろう。
■ノイエ・サンスーシ 宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■
ごたごた続きの帝国で、珍しく良い知らせが入ってきた……らしい。
それが本当に、良いのか悪いのか、誰にも分からない。そんな知らせだ。
ベーネミュンデ侯爵夫人が子どもを産んだ。
元気な男の子だ。
マクシミリアンと名づけられた、その子がどうなるのか……。
「マクシミリアン様を担ぎ上げようとする者は、今のところいないでしょうね」
キルヒアイスはそう言う。
俺もそう思う。だが、あの男がこのまま改革を進め、帝国が今よりもマシな状況になったとき、担いで利用しようとする者が、現れるかもしれない。
「まあ、その頃には俺が皇帝になっているか、あの男が皇帝になっているだろうな」
「ラインハルト様……」
「安心しろ。ここに他の者はいない」
そうなのだ。ここのところ俺とキルヒアイスが二人っきりでいると、部屋に入ってくる者がいない。それどころか、入ってきても……。
「どうぞごゆっくり~」
などと、にまにました笑みと言葉を残して、立ち去っていく。
いったいなんだというのだ。
きっと、全部。あの男の差し金だ。そうだ。そうに違いない。
腹の立つ奴だ。
ちょ-むかつくーって感じー?
だめだ。あの男の口調が、うつってしまったようだ。
■ノイエ・サンスーシ 後宮 シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ■
こどもは無事、産まれてきた。
出産という大事に、心身ともに気力も体力も根こそぎ、使い果たしたような気持ちであり。無事、産まれてきてくれて、良かったという思いもある。
母子共に落ち着くまでは、遠慮しておこうという。皇太子殿下の伝言を、帝国宰相代理であり国務尚書の、リヒテンラーデ候が伝えに来た。
そのさい、皇太子殿下の贈り物として、銀のスプーンをお持ちくださった。
メッセージカードには、マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・ベーネミュンデ。と書かれている。
マクシミリアン。
皇帝陛下がお付けになられた、この子の名だ。
しかしまさか、皇太子殿下が、この名をお認めになるとは思っていなかった。
反対するだろうと、侍女達ですらひそひそと話をしているのも、知っていた。
晴眼帝
再建帝
と呼ばれる名君の名前なのだから……。
この名をつけるということは、帝位を争うつもりがあると、そう受け取られても否定し切れない。
陛下にもっと平凡な名をつけてほしいと、懇願したい気持ちがあった。
あの皇太子殿下と帝位を、争うつもりは、私にはなかった。
とても勝てるとも思えない。
「マクシミリアン・ヨーゼフ様の後見人は、皇太子殿下がなられると、恐れ多い事ながら、陛下と殿下が、お決めになられたそうです」
「まさか……それはまことですか? まこと、皇太子殿下が、そう仰られたのですか?」
リヒテンラーデ候はわたくしの前で、頷きました。
その時、わたくしの目から、涙が溢れてしまったのです。
「皇太子殿下のお言葉を申します。
マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・ベーネミュンデをかの名にふさわしく、育てるように。
とのお言葉です」
「確かに承りました……殿下によろしくお伝え下さい」
リヒテンラーデ候が屋敷から立ち去ったあと、わたくしは急いで、マクシミリアンの下へ駆け寄りました。
すやすやと眠る我が子を見ながら、再び涙が溢れます。
「マクシミリアン。聞こえますか? あなたのお兄様はあなたをお守りくださると、そう仰ってくださったのですよ。良かったですね」
■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 フリードリヒ四世■
シュザンナに子が生まれた。
男の子だ。
名をどうしたものかと考え、ルードヴィヒを呼んだ。
「シュザンナの子の事じゃが……名をどうしたものかと、な」
「マクシミリアン・ヨーゼフ」
「ルードヴィヒ? 本気か」
「これからどうなるかも分からん。あの子が育つかどうかもな。だが、一つ言えることは、どうなろうともあれは、俺の弟だ。あいつがまともに育ってくれたら、俺と同じように帝国を背負う事になる。その為にもしっかり躾けておいてもらわないとな。肉体的にも、特に精神的にもだ」
「本当に良いのか?」
「ああ、あいつの後見人には俺がなろう。できるだけの事はしてやるさ」
ルードヴィヒがそう言って笑う。
強いのう……。
立ち去る間際、ルードヴィヒが振り返り、にやりと笑った。
「ああ、そうそう。俺にはあと二人、弟みたいな奴らがいるんだ。金髪と赤毛の、な。マクシミリアンが、あいつらと仲良くできるといいな~楽しみだ」
「わしにも会わせろ。お前の弟なら、わしには息子だろう」
「そのうちになー」
■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■
「殿下、このリストはなんですかな?」
皇帝陛下との謁見を済ませた皇太子殿下は、私に一通のリストを渡してきた。
なんじゃこれは?
軍人のリストか?
「卿からミュッケンベルガーに伝えて、ミュッケンベルガーから俺に、進言するようにさせろ」
「なんでまた、そんな面倒な真似を?」
「毎回毎回、俺が強権を振るってばかりいるとな。ミュッケンベルガーが軽く見られるようになる。それは拙い。だから今回は、あいつが探してきた人材を、俺に認めさせたという形を取ろうと思う。顔を立ててやらんとな」
「はは~なるほど」
確かにこのままだと、ミュッケンベルガー元帥の命令が軽く見られるか……。
皇太子殿下に言えば、命令が覆るとでも思われては一大事。そうなれば、それこそ統制が保てん。
「強権は非常時だからこそ、有効だ。平時は平時の命を下さねばならん」
「三長官にも伝えましょう」
「ああ、そうしてくれ」
とまあこんな会話の翌日。
ミュッケンベルガー元帥から、皇太子殿下に通信が入ってきた。
宇宙艦隊総司令部から、掛けておるな。他の者にも聞かせるつもりじゃろう。
「帝国宰相閣下。お渡ししたリストをご覧いただけたでしょうか?」
「ああ、見た。中々の連中だな」
「では、
エルンスト・フォン・アイゼナッハ
カール・ロベルト・シュタインメッツ
カール・グスタフ・ケンプ
コルネリアス・ルッツ
ヘルムート・レンネンカンプ
以下の五名を、先の六名と合わせ准将とし、宇宙艦隊再建に向け、訓練に入りたいと思います」
「元帥の意見には聞くべきものがある。卿に一任する。宇宙艦隊再建は元帥にしか出来ぬ。期待している」
「はっ」
うむうむ。背後で様子を窺っておった連中も、ミュッケンベルガー元帥の威厳が戻ってきたのを、理解したじゃろう。
それにしても元帥も殿下も役者じゃのう。
しらっとした顔で、演じるわ。
うん? こらこらラインハルトにキルヒアイス。気になるのも分かるが、顔を覗かせるでないわ。
ふ~通信が切れたあとで良かったわい。
■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■
通信が終わった。
元帥の表情には晴れやかなものがあった。
皇太子殿下のお気持ちが伝わったのだろう。信頼は未だに消えていない。
それが分かっただけ、良かったと思う。
宰相府で皆、集まりお茶を飲んでいると、ブラウンシュヴァイク公爵様が、見知らぬ男性を連れて入ってきた。私やラインハルト様よりも少し年上だろう。
「皇太子殿下。こやつは、ヨアヒム・フォン・フレーゲルと言いましてな。妹の子です」
「ヨアヒム・フォン・フレーゲル男爵であります。皇太子殿下、初めまして、よろしくお願いします」
緊張しているのか、固くなっているみたいだ。
「ああ、よろしく。フレーゲル男爵。まあ、ゆっくりしていけ」
皇太子殿下は鷹揚に笑ってみせる。
この余裕が欲しいと思う。皇太子殿下もまだ、二十歳そこそこだというのに。
しかし見過ごせない一幕があった。
フレーゲル男爵にお茶を持っていく羽目になった、ラインハルト様にフレーゲル男爵が見惚れていたのだ。
「ありがとう。フロイライン」
そう礼を言う男爵の目は、ラインハルト様に釘付けになっていた。
最初は、皇太子殿下の侍女だと思い、興味があるのかと思ったのだが、どうも違うみたいだ。
そしてなにかにつれ、ラインハルト様に話しかける。
最後には、手を握る始末だ。
困惑していたラインハルト様は、ブラウンシュヴァイク公爵様達が帰られると、皇太子殿下に向かって睨みつけた。
いけない。爆発しそうになっている。
「お、お前のせいだぁ~」
とうとう爆発した。ラインハルト様が皇太子殿下に、飛び掛っていく。
「甘いわ」
ひょいっという感じで、ラインハルト様を取り押さえ、ヒザの上に押さえ込む。
「はなせ~」
じたばたと暴れている。
「悪い子にはおしおきだな」
皇太子殿下がラインハルト様のおしりを叩く。
そりゃ~もう、ぺしぺしと。
身を捩り、顔を真っ赤にさせるラインハルト様。
なんだか楽しそうな雰囲気が漂っている、不思議だ。
ところでマルガレータさん。
鼻息を荒くして、はぁはぁするのは止めて下さい。怖いです。
後書き
ラインハルトとキルヒアイスは、弟みたいなもの。
皇太子殿下は、ラインハルトをいじるのが大好き。
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