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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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役者は踊る
  第三七幕 「みんな必死に生きている」

前回のあらすじ:病弱少年の選ぶ道


人の努力には限界がある。
例えどれだけ努力をしてもその努力が必ずしも結果に現れる訳ではないように、いくら頑張っても追いつくことの出来ない人がいるように、スタートラインが同じでも必ず差は生まれる。そしてその差は必然的に下位の者を生む。

それでもいつかは追い付くはず。いつかは努力が報われるはず。いつかは望む場所に辿り着けるはず。そう信じられるものは努力を止めることはない。だが、そんな不確かな予測で自身の心を励ましながら足掻き続けることは誰にでも出来る事ではない。言わばそれが「努力を続ける才能」があるかの分かれ目だ。

そして、そこにはやはり必然的に“出来ない者”、つまりは先の見えない不安と焦りに耐えられなくなった存在が生まれる。それはこのIS学園でも起きうる事であり、そういった者は『自主退学』という辛い道を通らざるを得なくなる。


そして、今まさにその道を選ぼうとしている少女がいた。授業中に体調不良を訴えて教室を抜け出し、誰もいない廊下をとぼとぼ歩き続けるその少女はIS学園1年2組に在籍する生徒・・・名を、伍和(いつわ)という。

伍和はもともと取り立てて秀でた所がない少女だった。何をやらせても成績は平均ギリギリ、習い事も今一の結果しか出せないし運動もそこまでこなせない。少なくとも小学校の時まではそんな存在だった。
そんな彼女がIS学園に行きたいと思った理由は簡単で、単純にISの世界に憧れたためだった。IS操縦者とは「強い女性」の象徴であり憧れの的である。昔から何をしても中途半端にしか結果が出せなかった彼女にとっても、やはりその存在は眩しく見えた。
だから、彼女は願った。自分もあんな風になりたい、自分も一度くらいは脚光を浴びてみたい、と。
それは今まで様々なことに挑戦しては諦めてきた彼女の、唯一の夢だった。

周囲にはよく「諦めたほうがいい」と言われた。IS学園は日本国内で最難関の国立学校であり、その試験に受かるのは有名大学へ入学するより難しいとさえ言われるほどの狭き門なのだから、そう言われるのも無理はない。だが、彼女はどうしてもその夢を諦めきれなかった。
ゆえに彼女は中学生になる前からIS学園に入学するための勉強を始めた。IS学園の試験に受かるための条件は大きく分けて3つ。1、一般科目試験の点数。2、IS関連知識試験の点数。3、IS適性及び人格テストだ。
伍和にとってはその全てが鬼門だった。先に言ったように彼女の成績はお世辞にも良いとは言えない。だからとにかく早く、そして沢山時間を取って勉強する必要があった。

中学校に入学してからは友達も作らず部活にも入らず、ただひたすら勉強した。休み時間も放課後も、家に帰ってからもとにかく勉強した。勉強に必要なのは時間と往復。学校の勉強と並行してただひたすらに書き、それを何度もおさらいする。気が付けば彼女の机には文字で埋め尽くされた大学ノートが積み重なっていった。学校内では「ガリベン」などと揶揄され、時には嫌がらせを受けることもあった。それでも彼女はそれを耐えた。

そして、その努力は少しずつ実を結んでいった。1学期の中間試験で、期末試験で、後期の試験で、彼女の成績はどんどん上がっていき、2年生になった頃には学年上位に食い込むほどになっていた。勉強をしている間に楽しそうにおしゃべりや部活動に取り組む他の同級生たちを羨ましく思うことはあったが、それも夢の魅力には叶わなかった。
それに、孤独だったわけではない。IS好きや同じ夢を追いかける同級生と友達になったりもしたし、両親も心配しながらも応援してくれた。皆で一緒にIS適性を調べに行ったときは緊張したものだ。幸い彼女のIS適性はBとそこまで悪くない結果であり、皆が自分の事のように喜んでくれたのを見て嬉しさに涙を流したりもした。

何度指に肉刺(まめ)ができたろうか。何度勉強を投げ出そうとしただろう。「これだけの成績になれば、IS乗り以外の道の方が楽に行ける」と心の声に囁かれた回数も一度や二度ではない。
それでも頑張った。担任の先生も私の熱意が届いたのか、なにかと世話を焼いてくれた。
才能がないから、せめて努力の量だけは誰にも負けたくない。そんな思いが私の疲れた体を突き動かした。



「懐かしいなぁ・・・ほんの1,2年前の事なのに」

過去を懐かしむように遠い目で笑う。今思えばあの時の私が最も充実していたような気さえする日々。

そして、私はIS学園の入試試験を受けた。緊張と不安で手を震わせ、何度も緊張で視界が真っ白になりかけながら、必死に答案を埋めた。ISの実機試験では何をすればいいのかもわからず、ただがむしゃらに動き回った。
それからどうやって家に戻ったかは覚えていない。それほどに疲れ切った。
IS学園は合格発表を行わない。ただ受験した生徒の母校に直接合否通知を手渡しする。それは数年前に合格発表を行った時、男性権利団体の大規模なデモが起きて受験者が発表会場から出られなくなるという事件があってからそうしているらしい。(その事件は結局「男は困ったらすぐ暴力に訴える」という認識を世間に広め、国内外で女尊男卑を加速させる原因の一つになったそうだ)

そして、合否通知が学校に届いた。

結果は、合格だった。

私はそれを聞いた時、その場に崩れ落ちて歓喜と安堵の涙を流した。入試試験以来、結果が気になって食事も喉を通りにくいような日々が続いた私が、何よりも求めたものだった。
これは後になって知ったのだが、お世辞にもレベルが高い学校とは言えない母校にとって、私という存在は希望の光だったらしい。合格の通知は瞬く間に広がり、校長先生が緊急集会を開いてまでお祝いの言葉を贈ってくれた時には「私は夢を見ているんじゃないか」とさえ思った。話したこともない同級生や不良さえも「おめでとう」と祝いの言葉を贈ってくれた。

反面、私と一緒にIS学園を受験した他の生徒達は皆不合格だった。悔し涙で目元を赤く腫らし、それでも無理に笑顔を作りながら「私の分もがんばって」と言われ、「絶対大物になる」と出来るかも分からない曖昧な約束をした。

夢を追う私を応援してくれた両親に先生や先輩、同級生たちとの出会いがあって、今私は此処にいる。

でも。そんな夢のような時間も、いつかは醒める。そのいつかが、今なのだろう。


授業に後れを取っている。そう感じ始めたのは5月に入ろうかという時期だった。IS学園は3年間に基礎教育科目とIS関連知識の両方を叩き込むために、授業内容が結構過密になっている。その授業をこなし、休憩時間に復習をする。今までの様に足りない才能を努力で埋めるための行動。それが、少しずつ間に合わなくなっていた。同級生たちが談笑している自由時間に加えて放課後から深夜にかけてまでノートや参考書と向き合っているのにである。
私は大いに戸惑い、そしてあることに思い至った。それは捉え方によっては唯の逃避とも取れる考え。

―――頭の出来の違いだ。私が2日かけて覚える内容を、皆は1日で覚えている。

気のせいだと思いたかった。だがそんな私を嘲笑うかのように、日に日に授業についていけなくなっていく。クラス内でも頭がいいシャルロットさんに恥を忍んで分からなかった所を教えてもらったりもしたが、それもその場しのぎにしかならなかった。確かにシャルロットさんは丁寧かつ分かりやすく教えてくれたが、彼女も暇ではない。毎日教えてくれるわけではないのだ。

そうこうして焦っているうちに、今まで出来ていた努力もだんだん遅くなっていった。その分を取り戻そうとさらに努力しようとし、睡眠時間を削ったせいでさらに効率が落ちる。悪循環だった。次第に私は自分に言い訳するようになった。自分は他の人ほど優秀じゃないんだから少しくらい遅れていてもしょうがない、と。それからは勉強に手を付ける時間が少しずつ減っていった。代わりに訓練機のISを借りて自主練習をするようになった。我ながら浅はかだが、勉強で駄目なら実技で点を稼ごうという発想だ。
アリーナでの自主練習は上手くいかないことも多かったが、基本動作程度なら少しずつ扱えるようになっていった。そんな中、私はある人物を見かける。

佐藤稔。
入学後に知ることが出来た入学試験成績の総合第4位にしてIS適性”S”の才女。
IS学園は基本的に1学年が1クラス30名×8組の計240人、実際には転入生などもあるのでそれより少し多い程度の人数となる。全国からIS乗りに憧れてやってくる50万人近い入学希望者の中から選びに選び抜かれたメンバーの中の、更に5指に入る超天才、それが彼女の肩書だ。底辺ギリギリで合格した私とはまさに天と地ほどの才能差があるだろう。

私が飛行のことが解らず四苦八苦している間、佐藤さんはずっと空を飛び回っていた。表情は始終楽しそうで、まるで何の悩みもないと言わんばかりの無邪気な笑顔だった。
私は、それが何となく腹立たしかった。
自分のような凡人はいくら頑張っても時間が足りないほどなのに、彼女にとっては暇な時間を潰すために飛んでいる程度にしか思っていないのだろう。事実、彼女は射撃訓練も接近戦闘訓練も碌にせずにただ飛び回るだけだった。私が何とか飛行にこぎつけても、彼女は何の苦も無くISを駆り飛行し続けていた。それほど努力せずとも成績を保ち、ISの操縦も人並み以上。訓練をしないのはきっと余裕の表れだろうと私は思った。

噂によると彼女は日本の代表候補生になることを断ったらしい。それを聞いた私は、ふざけるなと叫びたくなった。代表候補生は国家代表の卵。国の期待を背負い、たとえ代表になれずとも周囲の脚光を浴びる、まさに私の憧れた存在だったからだ。なりたくてもなれない人が大勢の席を自分から蹴るなど、才能ある人間にしかできない行為だ。才能の無い私のような人間にとって、それは侮辱とも取れる暴挙にしか映らない。


そうやって佐藤さんに醜い嫉妬をして、「だから自分が出来なくても仕方がない」と自分に言い訳していた。薄々そのことに気付いていた。だがそうやって他者を貶すことによって得られるちっぽけな自己満足と自己正当化は、じわじわと沈みゆく私にとっては蜂蜜よりも甘美だった。故に止められなかった。

そしてそんな誘惑は、今日織斑先生が言い放った言葉を聞いた時に吹き飛ばされてしまった。そう、彼女は決して楽などしていなかった。才能に胡坐をかいてもいなかった。むしろ誰よりも研磨を怠らない努力の人だったのだ。そんな人を見ながら、私は何を考えた?彼女がたゆまぬ努力を続けている間、私は何をしていた?

私がこれまで、それだけは誰にも負けていないと自負していた「努力を続ける才能」が、負けた瞬間だった。


「・・・仕方ないよね?だって負けちゃったし・・・もう叶わないし追い付けないよ。勉強も手がつかない上に自分に言い訳してるような人間が、ステージの上に立つ資格を持ってるわけがないよ」

心根が折れるのを感じた。その後の実技も全く気が入らずに派手に転倒し、あれたグラウンドの馴らしをしている間もずっと空虚な関学が頭を覆い続けた。

「もう、だめだよ。これ以上やる気も起きないし、やる気も才能もない人間なんて・・・この学園にいる意味ないよね?」

もう何をするのも億劫だ。今まで一度も逃げたことはなかったんだから、1回くらいは逃げて許される。それで一度母校に帰って先生に「期待に添えませんでした」と頭を下げて、夢を託された友達に「やっぱり無理だった」と笑って告げよう。そして家に帰ってご飯を食べて、たくさん寝たらこれからの事を考えよう。

「大丈夫だよ。何せIS学園の入試に一度は受かったんだから、もうどんな進学校でも怖くない!それで・・・それでどっかの企業にでも就職して普通に働こう・・・大丈夫、もともと素質がなかったんだから・・・今更諦めたって・・・痛くも、痒く、も・・・・・・」

ぽたり、と足元に滴が落ちる。はて、今日の降水確率は0%だったはず・・・そうう首をかしげる。だがその考えに反して一つ、また一つと滴は足元を濡らしていく。やがて、それが私の瞳から零れ落ちていることに気付いた私は、自嘲気味に笑った。

「・・・何してんの、私。今更、こんな事で泣いたって・・・ない、泣いたっ・・・て・・・ッぐ」

一度自覚してしまうと、もう止める事は出来ない。震える体も胸を締め付ける後悔の鎖も、すべてが私に泣けという。喉元を締め付けられるような苦しさに耐え切れず、嗚咽を漏らす。必死に泣くまいと抑えるが、もう喉の痙攣は止められない。

「うぅ・・・ふぐっ・・・ひっぐ、うあぁぁ・・・」

いやだ!いやだいやだいやだいやだいやだ!!
せっかくあんなに辛い努力を重ねて、皆の応援を受けて、現実に負けじと歯を食いしばった結果がこれだなんて嫌だ!!こんなに早く夢を諦めたくなんてない!!自分に才能がないなんて認めたくない!!

「いやだぁ・・・こんなのいやだぁ・・・!私だって、私だって佐藤さんや・・・ひっぐ!候補生の人達みたいに・・・なり、たいぃぃぃ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

体面も忘れ、駄々をこねる子供のように喚き散らす。結局のところ自分にどれだけ言い訳しても、考えていたのはそれしかなかった。せっかく夢の入り口まで足を踏み入れたのに、どうしてそれを好き好んで出て行きたい人間がいるだろう。何所に悔しがらない人間がいるだろうか。

伍和はもう精神的な限界を迎えていた。膝を突きながら廊下の手すりに縋って泣き喚く彼女は、もう努力を続けるだけの覚悟はなかった。

だが、信じる者は救われるという言葉がある様に、彼女を救う者も存在する。

それが、泣き崩れた彼女の前に現れた―――

「・・・・・・」
「だ、だれ?!」

――― 一人の“少女”だった。


光に融けて消えてしまいそうな錯覚を覚える白い肌。胸元に晴れ渡った空のように青いリボンのついた、ふわりとした柔らかい白のワンピース。アッシュブロンドの髪にアクセントをつける橙色の蝶の髪飾り。窓から差し込む逆光と重なったその姿は余りにも儚く、幻想的で。


「・・・・・・天、使・・・?」


少なくともその時の彼女にとっては、神の使いと見紛うほどに可憐に映った。
 
 

 
後書き
フルネーム:伍和(いつわ)祭典(まつり)
所謂モブキャラの一人。努力がアイデンティティと言ってもいいほどの努力家。
レギュラーになる予定はなく、時々顔を出す程度のキャラである。
黒髪のショートカットと細目でどこか厳しそうな印象を受けるが、根は何処までも普通の子である。 
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