ニュルンベルグのマイスタージンガー
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第三幕その十二
第三幕その十二
「絶対に」
「絶対にですか」
「そうです」
確かな声で語ってみせていた。
「何があろうともです」
「どうでしょうか」
こう言われてもまだ信じようとしないベックメッサーだった。
「何しろ貴方はです」
「おや、まだ気にしておられるのですか?」
「信じられませんな」
その読みをまた言葉に出してみせる。
「何しろ。昨日のことがありますから」
「ですから誤解ですよ。ましてや求婚などと」
「では今日は歌われないのですか?」
「はい」
はっきりと答えてみせる。実際にその気がないから当然だった。
「そうですよ。何があっても」
「本当ですか?」
「おや、まだ信じて頂けないのですか?」
「そうそう迂闊には」
ベックメッサーの警戒の念は強いものであった。
「いきませんな」
「競争の為には歌いませんよ」
「求婚の歌もですか」
「その通りです」
またはっきりと答える。
「全く」
「ではこれは?」
ここでテーブルの上の歌詞を指差してみせるのだった。
「これは何ですかな」
「おや、それは」
「ザックスさんの字ですね」
まるで証拠を突きつけるように問い詰めてきた。
「これは間違いなく」
「それはその通りです」
「まだ書いたばかりのようですな」
今度はインクの乾き具合を見て問い詰める。
「これは」
「そうですな。今書いたばかりですからその通りです」
「これは聖書の歌ではありませんな」
「何処からどう見ても」
また答えるザックスであった。
「そう思う人がいたらおかしいでしょう」
「それならです」
「どうしてでしょうか」
「私に聞かれても困ります」
ザックスの目を見据えてきた。
「つまりこれこそ証拠です。貴方は嘘をついておられます」
「言っておきますが」
ザックスもベックメッサーの目を見返して言い返してきた。
「私は今だかって」
「今だかって?」
「嘘をついてことはありません」
「今ついていませんか?」
「若しそこまで仰るならです」
ここでふと思いついて策を仕掛けることにしたのであった。
「その歌は差し上げましょう」
「この歌をですか」
「はい、そうです」
こう答えるのだった。
「どうぞ」
「宜しいのですか?」
「私の潔白の証として」
こうまで述べてみせる。
「どうぞ」
「本気ですか?」
「私がこうした時には決して冗談を言うことはない」
ザックスははっきりと言い切ってきた。
「それは御存知の筈ですが」
「それは確かに」
ザックスのそうした性格もまた知っている。ベックメッサーも彼との付き合いはかなりの長さになっているからである。知らないわけではないのだ。
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