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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第三幕その十一


第三幕その十一

「そんなことをしても。違いますか?」
「ううむ」
「それに昨夜は今日の前夜祭ですよ」
「それも関係あるのですか?」
「あります。お祭のことが皆の頭の中にあったのでしょう」
 こう語るのだった。
「騒ぎが酷ければ酷いだけ」
「酷いだけ?」
「今日が楽しいものになります」
「だといいのですけれどね」
 口をへの字にさせて述べるベックメッサーだった。
「そうであれば」
「まだ何か思われるところが?」
「勿論あります。貴方はそもそもです」
「はい、私は」
「私に何か思うところがあるのではないですか?」
 右の人差し指を振りながら問うのだった。
「はじめから私の敵で邪魔をする為に」
「ですからそれは誤解ですよ」
「誤解ではありません」
 またそれは否定するザックスだった。
「何を根拠にして」
「貴方は今お一人だ」
 今度はこのことを言うのである。
「私と同じ」
「ははは、同志ですな」
「いい意味ではないのが残念です」
 今彼が言える精一杯の皮肉であり嫌味だった。
「男やもめ同士なのに私に嫉妬されて」
「私が書記さんをですか」
「ですからとぼけないで下さい」
 彼もいい加減頭にきていた。
「乙女を手に入れようとされていますね」
「まあ相手がいれば」
「そう、相手がいます」
 彼はここぞとばかりに指摘した。
「相手が。つまりはです」
「何を仰りたいので?」
「私のかわりに花嫁を手に入れようと」
 じろりとザックスを見据えての言葉であった。
「そう考えておられてです」
「そして?」
「昨晩のことを仕組まれたのです」
「ふむ。推理ですな」
「はい、私は推理にも自信がありますぞ」
 痛む身体だが何とか気取ってみせてきた。
「その推理によればです」
「昨夜の黒幕は私だと」
「全ては私を陥れる為に」
 ずばりといった調子でその右の人差し指でザックスを指差してみせるがその動作だけで身体が痛んだ。
「企んでおられ実行に移された。その結果私は」
「随分痛いようで」
「痛いだけではありません」
 ここで口を尖らせる。
「もう皆今の私の歩き方や姿を見て何があったのか噂し」
「災難ですな、実は」
「そう。しかし私は災難には負けません」
 ひいてはザックスにというのだった。
「今日の歌合戦に出られたら」
「私がですか」
「そう、私が勝ちます」
 あえてまだ痛んで仕方のない胸を張ってみせる。
「貴方の不正に打ち勝つ為に」
「それは誤解です」
 ザックスは穏やかな声でベックメッサーに返した。
「何度も申し上げますが」
「誤解だというのですね」
「私がそんなことをするとでも?」
「少なくとも今はそう思っています」
 疑念を隠すことは最早してはいない。
「完全に」
「私は今日の歌合戦には出ません」 
 彼は言うのだった。
 
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