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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第二幕その六


第二幕その六

「私にはわからないけれど」
「そうなのかい?」
「けれどそうするのが本当なのね」
「わしもそう思うよ」
 ザックスもエヴァと駆け引きをするように述べた。
「マイスターは明日勝利を得ようと大得意で求婚者になるんだ」
「マイスターってどなたが?」
「この靴の依頼主さ」
 こうエヴァに話す。
「ベックメッサーさんさ」
「それならよ」
 ベックメッサーと聞いて顔を一気に曇らせて言うエヴァだった。
「樹脂を沢山つけて」
「どうしてだい?」
「あの人の足がその中に貼り付いてしまって私に構わないようにして」
「あの人は歌に勝利を得てあんたを勝ち得ようとしているんだよ」
「それでもどうしてあの人が?」
「今独身だからね」
 彼が長い間男やもめなのも誰もが知っていた。
「だからだよ。それに」
「それに?」
「あそこで歌おうという独身の人は少ないからね」
「それはそうだけれど」
 エヴァもよく知っていることだった。この町にいるからだ。
「男やもめならもう一人」
「その男はあんたには歳を取り過ぎてないかい?」 
 エヴァの目線をさっとかわしての言葉だった。
「少しばかりね」
「重要なのは芸術でしょ」
 マイスター達の石頭ぶりは彼女も知っているので皮肉を言ったのだ。
「歌の芸術を知っている人が私に求婚したらいいじゃない」
「エヴァちゃん、あんた」
 むっとした顔をしてみせての言葉であった。
「わしをからかっているのかい?まさか」
「いいえ」
 エヴァは首を横に振ってそれは否定した。
「からかっているのは私じゃないわ」
「じゃあ誰なんだい?」
「貴方よ」
 じっとザックスを見て言うのだった。
「誤魔化してしまうの?貴方だって心変わりすることを」
「何が何なのか」
「はっきり言ったらいいのに」 
 頬を膨らませてまたザックスに告げる。
「今貴方の意中の人が誰か神様にしかわからないけれど」
「いないけれどな」
「何年かの間私がいたのだと思ったけれど」
「ああ、そうだったね」
 おどけた調子で応えるザックスだった。
「あんたをよく抱いてあげたからね」
「それはザックスさんにお子さんがいなくなったからでしょう?」
 ザックスは妻も子もなくしてしまっている。それを考えれば確かに孤独な男やもめなのだ。
「それは」
「まあそうだね」
「それに私は大きくなったし」
「大きくなったし奇麗になったね」
 ザックスはエヴァの目を見て言った。
「本当にね。大きくなったら」
「大きくなったから考えたのよ」
 また言うエヴァだった。
「貴方は私を子供として」
「うん」
「そして妻として入れて下さるのではなかったの?」
「おお、それだったら」
 ザックスは今のエヴァの言葉を相変わらずおどけた調子のまま受けて言葉を返した。
「わしは子供と妻を同時に手に入れるわけか」
「そうよ」
「それは結構いいな。確かに」
「どう思うの?それについて」
「中々いいことを考えたものだ」
 感心したように頷きながらの言葉であった。
 
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