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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第二幕その五


第二幕その五

「皮を打ち伸ばすだけの私には測ることができないのか。あの歌はそう」
 さらに言葉を続ける。
「どんな規則も合わないのに謝りはない。まるで五月の鳥の歌のように」
 彼は言った。
「古くそれでいて新しく響いていた」
 さらに呟き続ける。
「鳥の歌を聴いてそれ意味せられ真似て歌う者が嘲りと恥を受ける」
 やはりヴァルターのことである。
「春のたえがたき魅惑、甘きやるせなさ、それが私の胸に溢れ」
 さらに言葉を続けていく。
「歌わずにはいられないように歌った。だから彼は歌えた」
 ヴァルターのそのことを思う。
「それはわかった。マイスター達は不安を覚えたようだが私は気に入った」
 そんなことを呟いた後で仕事に戻ろうとする。するとそこにエヴァがやって来て言うのだった。
「親方」
「おお、エヴァちゃんか」
 そのエヴァに応えて言う。
「何の用かな」
「まずはこんばんは」
 ここで挨拶を思い出してするエヴァだった。
「こんばんは」
 ザックスもそれに応える。
「靴のことかい?」
「それじゃないの」
 そうではないと答えるエヴァであった。
「それよりもね」
「うん」
 ザックスは頷いてから自分からエヴァに問うてきた。
「何かあるみたいだね」
「花婿のことだけれど」
 ちらりとザックスを見ながら言った言葉だった。
「誰なのかしら」
「わしは知らないよ」
 ザックスはその言葉におどけた感じになって述べた。
「そんなことはね」
「じゃあどうして私が花嫁になることを知っているの?」
「そんなことは町中が知っているよ」
 こう言い返すザックスだった。
「そんなことはね」
「そうね。それはね」
 言った本人もそれは認めた。
「その通りよ。ザックスさんがそれを保証される位にね」
「その通りだよ」
「けれどよ」
 ここでまたザックスをちらりと見ながら言うエヴァだった。
「私ザックスさんがもっとよく御存知だと思っていたのよ」
「わしが?」
「ええ、そうよ」
 思わせぶりにザックスを見ながら言う。
「ザックスさんが。私の方から言わないと駄目なのかしら」
「わしがか」
「賢く私に言わせるの?」
「そんなこともないよ」
 このことには首を横に振るザックスだった。
「別にね」
「ザックスさんには判らないの?それとも仰らないの?」
 ザックスを見て問うエヴァだった。
「ザックスさん、私にもよくわかったわ」
「何をだい?」
「樹脂が密蝋ではないということを」
 つまり期待しても無駄なことを期待していたということだ。あえて皮肉として言ったのである。当然ザックスに対しての言葉なのは言うまでもない。
「もっと細かい思いやりのある方だと思っていたけれど」
「おやおや、エヴァちゃん」
 ザックスはハンマーを手にしたまま呆れたような声で言うのだった。
「密蝋も樹脂もわしには馴染みのものなんだよ」
「そうなの?」
「そうさ。密蝋を絹糸に塗りそれであんたの可愛い靴を縫ったし」
 話すのはここでも靴のことである。流石は靴屋だ。
「今日はこの靴を太い糸で縫うけれど樹脂はこうした糸に相応しいしね」
「それは誰のことかしら」
 あえてとぼけるエヴァだった。
 
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