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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第一幕その二十一


第一幕その二十一

「この試験ではもう結果が出ています」
「仲間に入りたいからいいというわけではありません」
 こんな意見も出て来た。
「だからです。ここはです」
「もう騎士殿には」
「困ったな」
 ポーグナーは立場上何も言えず困った顔になっていた。
「騎士殿の顔色は悪い。皆反対している」
 こう呟きながらヴァルターを見るのだった。
「婿殿には大変結構な方で喜んで迎えたいがこの周りの声では」
「暗い茨のまがきから梟が一羽ざわめきい出て」
 ここでヴァルターはまた立ったまま歌うのだった。
「その騒がしい鳴き声で烏の群れを呼び覚まし烏達は胴馬声の合唱をする」
 こう歌うのだ。
「すると夜の闇の中を群れを為し様々な鳥達が鳴く。そこで一羽」
「一羽、そうか」
 ザックスだけが真面目な顔で聴いて頷いている。
「そこで一羽か」
「黄金の翼を広げて舞い上がり空高くその羽根を煌かせ楽しげに宙に舞う」
 歌いながらさらに上記していく。
「飛べと私に合図する。心は甘き苦しみに忽ち膨れ上がり翼も生え出ずにはいられなかった」
「よし、大胆でいい」
 ザックスはまた頷く。
「感動させるものがある、いい感じだ」
「そこで羽ばたきも軽く大胆に舞い上がり町の穴倉から懐かしい丘に飛ぼう」
「皆さん」
 ザックスは感動して他のマイスター達に告げる。
「是非この歌を聴きましょう。これは素晴らしい歌です」
「この師匠ヴァルターに教えを受けた緑のフォーゲルヴァイデに行こう。そこで私は声高らかにいとしの方を讃えて歌う」
「ベックメッサーさんも落ち着かれて。これを聴かなければ詩人でも歌手でもありません」
「そうは言うが」
「もう試験は終わったのですぞ」
「その通りです」
 周りの面々はまだ反論する。
「ですからもう」
「何を申し上げても」
「烏の師匠達は忌み嫌うにしてもそこに清らかな愛の歌が生まれる」
 ザックスはさらに興奮を感じていた。
「この歌は勇気があります。歌い続ける勇気が」
 ヴァルターの歌を聴きながら述べる。
「本当の詩人の勇士です。ハンス=ザックスは詩と靴を作りますが」
 今度は自分自身のことを述べた。
「彼は騎士にして詩人です」
「そうだよな、いい歌だよな」
「あれっ、御前もそう思うか?」
「御前も?」
 ダーヴィットも他の徒弟達もここでヴァルターの歌について言い合うのだった。
「だよな。何か今までにない歌だしな」
「ちゃんと歌えてるよな」
「確かにマイスターの歌じゃないかも知れないけれどな」
「マイスターの歌ではないから駄目だ」
 ベックメッサーは一喝するようにして彼等の意見を切り捨てた。
「どちらにしろもう結果は出ました。終わりです」
「そうだ、終わりだ」
「失敗です」
「不合格です」
 口々にこう言うマイスター達だった。皆一斉に席を立ちそれぞれの弟子達を引き摺るようにしてその場を後にする。ポーグナーも止むを得なく席を立ちヴァルターも歯噛みしながら憤然と姿を消した。
 しかしザックスだけは残り一人座り込んでいた。そうしてここで呟くのだった。
「さて、どうしたものかな」
 何か考えているようだったがやがてその思考を止め彼も席を立った。そうして彼も自分の家に戻るのだった。
 
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