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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第一幕その一


第一幕その一

                 ニュルンベルグのマイスタージンガー
                    第一幕  聖堂にて
 十六世紀中頃のニュルンベルグ。この街は商人と職人の街でありその自治により繁栄していた。その街にある教会の一つカタリナ教会。今そこで神を讃える歌が歌われていた。
「主は汝の下に来たりて」
「喜びて汝の洗礼を行いし時に」
 歌っているのは街の娘達だ。その中に奇麗な金髪をおさげにした小柄でふくよかな少女がいた。まだ幼さの残る明るい顔立ちをしており空の色の瞳が実に美しい。くすんだ緑のスカートに茶と緑が合わさったような色の上着を着ている。ドイツの服を着たドイツの少女であった。
 その少女は時折教会の後ろを見ていた。見ればそこには一人の背の高い若者が立っている。凛々しい顔立ちをしており見事な金髪に湖の色をした目を持っている。顔立ちは整い精悍でありそこにも凛々しさがある。白いマントを羽織り黒いズボンに上着といういでたちだ。その手には同じく黒の羽帽子を持っている。黒の中に羽根の白が見事なまでに映えている。
 歌は続く。少女が彼を見ている間にも。
「身を生贄の死に捧げ」
「我等に救済の戒めを垂れて言われる」
 歌が歌われていく。その間少女はちらちらと彼を見続けている。そうして歌が終わり教会を去ろうとしたその時に。彼が声をかけてきたのだった。
「お待ち下さい」
「あっ、いけないわ」
 少女はここでふと何かに気付いたように声をあげた。そして隣にいる背の高いすらりとした同じか少しだけ年長と見られる女に顔を向けた。女は茶色の髪に緑の目をしており細い顔をしている。鼻が高く目も細いものであり何処か知的な、修道女にも似た印象を与える顔をしている。服は青いスカートに白のシャツでエプロンを着けている。
「マグダレーネさん」
「はい」
 女は少女に名前を呼ばれてすぐに応えてきた。
「申し訳ないけれど」
「何かありますか?」
「ええ、ネッカチーフを忘れてしまったみたい」
 実はスカートのポケットの中からその端が見えていた。マグダレーネもちらりとそれを見たがわざと見ていないふりをするのだった。
「だから。ちょっと見て来て欲しいの」
「わかりました。それでは」
 マグダレーネは一礼してから教会の席の方に戻った。こうして少女と若者を二人きりにするのだった。若者は少女と二人きりになるとすぐに言ってきた。
「フロイライン」
「はい」
「礼儀作法に背きますがお許し下さい」
 若者はまず頭を垂れてこう述べてきた。
「ですが是非知りたいことがありまして」
「御知りになられたいことですか」
「そうです。生か死か」
 彼は思い詰めた顔で言葉を出しはじめた。
「恵みか呪いか。人ことだけ仰って頂けば」
「お嬢様」
 ところがここでマグダレーネが帰って来るのだった。
「ネッカチーフを見つけてきました」
「あら、嫌だわ」
 しかし少女はここでまたわざとらしく言う。
「留金が」
「落とされたのですね」
「御免なさい」
 髪からそっと取り出して懐の中に入れながら応える少女だった。
「だから」
「わかりましたわ。それでは」
 マグダレーネはこの時も見ていたがやはり何も見ないことにして席の方に言った。こうして二人はまた見詰め合うことになるのだった。
「光や喜びか」
 若者はまた思い詰めた顔で語る。
「それとも闇や墓場か。それを知りたいのです」
「留金は・・・・・・あら、いけないわ」
 マグダレーネは今度は自分から引き返す。
「今度は私が聖書を忘れてしまったわ。それでは」
「その一言をです」
 わざと姿を消すマグダレーネをそのままに彼は言うのだった。
「私の運命を決める一言をです」
「貴方のですか」
「そうです。はいかいいえか」
 言葉はさらに思い詰めたものになっていく。
 
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