フィガロの結婚
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4部分:第一幕その四
第一幕その四
「本当にね」
「君はいつもあの方のお側にいてお顔を見られて」
「ええ」
「着物をお着せになったり脱がしたり」
「侍女だから当然ね」
そう言われても全く動じていない。相変わらずの態度だ。
「それは」
「ところでその手にあるのは?」
「奥方様のおりボンと夜のお冠ものよ」
こうケルビーノに答えた。
「それがどうかしたの?」
「それを貸してくれないかな」
そう言っていきなりそのリボンや冠ものをその手に取ってしまった。
「あっ」
「凄いね。とても優しくて幸せで美しいリボンだよ」
ケルビーノはそのリボンを手にもう感激していた。
「いい感じだよ」
「早く返してくれないかしら」
「嫌だよ。ずっと持ってる」
こう言って聞こうとしないのだった。
「そのかわりにさ。これどうぞ」
「!?何これ」
彼が手渡したその楽譜を見て怪訝な声をあげた。
「楽譜!?」
「これを奥方様と君とバルバリーナと」
「私にも?」
「マルチェリーナと他にもお屋敷の全ての女の人に」
「皆にって」
「聴かせて欲しいんだ。僕の曲」
「貴方作曲できたの?」
さらに怪訝な声でケルビーノに問うとすぐに返事が返ってきた。
「実はそうなんだ」
「実はって」
「僕は自分で自分がわからなくなっているんだ」
今度はリボンや冠ものを持ちながら半ば恍惚として言いだした。
「時には火の様になって時は氷の様になってどんな人を見ても僕の顔を赤くさせるし胸の鼓動を弾ませるし。愛という言葉だけで心は乱れるしもう自分でも説明できない望みが僕に恋を語らせて」
「大丈夫なの?」
「目覚めていようと恋を語り水にも影にも山にも」
さらに言葉を続ける。
「花にも草にも泉にも。木霊に大気に風に。皆悪戯に言葉の響きを何処ともなく運び去ってしまうものだけれど」
「それで?」
「それでも若し誰も聴いてくれなかったら僕は自分ひとりで恋を語るよ」
「そうなの」
「そうだよ・・・・・・あっ」
ここでケルビーノは後ろの物音を聞いた。
「伯爵様!?」
「早く隠れなさい」
スザンナが強い声でケルビーノに告げた。
「今のうちにね」
「それじゃあすぐに」
とりあえず椅子の中に隠れる。スザンナはそこに伯爵の上着をかけて隠す。するとその瞬間に緋色の上着に赤いズボンの背の高い男が部屋に入って来た。
その背の高さがまず目につく。姿勢も堂々としており顔も威厳がありまるでギリシア彫刻の様だ。とりわけ知性を強く感じる。黒い髪を格好よく後ろに整え前に幾分か垂らしている。その青い目の光もかなり強い。彼がこの屋敷の主であるアルマヴィーヴァ伯爵である。
「伯爵様・・・・・・」
「スザンナ、何かあったのかね?」
「いえ、別に」
「ならいいがな」
伯爵は言いながら少しずつスザンナに近付く。それと共にその知性を感じさせる顔に好色さも含ませてきた。気品はあるがそれも入るのだった。
「ところでだ」
「何でしょうか」
「私は間も無くイギリス大使になる」
「おめでとうございます」
「陛下からそう仰せつかった。それでフィガロを連れて行こうと思うのだが」
「それで宜しいと思います」
スザンナを狙うように見下ろす伯爵に対して返す。
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