フィガロの結婚
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33部分:第三幕その十
第三幕その十
「結婚式を祝う為にこちらに来まして」
「そうだったの」
「お屋敷の娘達もいるわね」
夫人は村娘達を見てこのことに気付いた。
「ところで」
「はい」
バルバリーナが夫人の言葉に応える。
「そちらの娘だけれど」
彼女もまたバルバリーナを見ていた。
「まだ花を持っているわね」
今度はそのことに気付いたのだった。
「ここに来て。そして貴女の花を頂戴」
「わかりました」
何とか女の子の声を出してそれに応える。ケルビーノはおずおずと夫人の前に進み出る。夫人は彼の顔を見てふと思ったのだった。
「ねえスザンナ」
「何ですか?」
「この娘だけれど」
夫人はスザンナに声をかけて言うのだった。
「誰かに似てないかしら」
「あっ、そういえば」
スザンナも伯爵の言葉で気付いた。
「何処かで見たような」
(まずいよ)
「まずいわね」
ケルビーノもバルバリーナもこの展開に肝を冷やす。しかし二人が気付く前に伯爵とアントーニオが慌しく部屋に入って来た。アントーニオがケルビーノの帽子を荒々しく取って言うのだった。
「えっ!?」
「ケルビーノ!?」
「まだ処罰をしないとは言っていない筈だがな」
伯爵はその女装しているケルビーノを見据えて言った。
「全く。何をしているかと思えば」
「ケルビーノだったなんて」
「そういえばそっくりだったけれど」
夫人もスザンナもこれには言葉がなかった。二人にしてもまさかの展開だったのだ。伯爵は今度は夫人に顔を向けて言うのだった。
「これは何の遊びだ?」
「私も驚いているのですが」
「全く。しかしだ」
とりあえず妻のことはよしとしてまたケルビーノに顔を向けた。そうして厳しい、威圧感のある声で彼に対して言うのだった。
「最早勘弁ならん。処罰はだ」
「お許し下さい」
「ならん。今言い渡す」
こうした場合において彼が考えられる限りの極めて重い罰を与えようとした。しかしここでバルバリーナがそっとケルビーノを守るようにして伯爵の前に進み出て来たのだった。
「お待ち下さい、伯爵様」
「バルバリーナか」
「はい。ケルビーノをどうかお許しになって下さい」
「許せというのか?」
「その通りです」
にこりと笑いそのうえで頭を垂れての言葉であった。
「どうか。ここは」
「それはならん」
彼女の頼みも退けようとする。しかしであった。
「伯爵様はいつも仰っているではありませんか」
「私が何をだ?」
「人は些細なことは許さなくてはならないと」
このことを言うのだった。
「仰っていますよね」
「それはその通りだ」
伯爵もそれは認める。
「人は些細なことでいちいち怒っていてはならない。寛容の心が大事だ」
「それでは今も」
「今は些細なことではない」
こう言ってそれを退けようとする。
「この者の悪戯ときたらそれこそだ」
「それでは処罰されるのですね」
「その通りだ」
今度ばかりは彼も引こうとしない。
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