フィガロの結婚
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26部分:第三幕その三
第三幕その三
「何かあるのか?だとするとまた罠にかかったか」
こう感じ取ったのだった。やはり只者ではない。
「ではその場合は然ることをしよう。判決は私の思うままだ」
呟きながら足を進めていく。
「あの男とマルチェリーナを結ばせてやるか。それがいいな」
呟きながら考えを纏めそうしてここで機嫌をあげてきた。
「私が溜息をついている間にあの男が幸せを手に入れる。私が望んで叶わぬものを手に入れる。それはやはり腹立たしいことではある」
フィガロに対しての言葉であった。今ここに当人はいないが。
「私を出し抜きあざむこうとするならばやり返してみせよう。尊い生まれの者としてここは復讐こそがやるべきことだ。だからこそ」
こんなことを言いながら廊下を歩いていた。そしてその廊下のすぐ外の緑の庭ではあのケルビーノが一人の小柄で波がかった黒髪の少女と話していた。少女は黒と白のメイドの服を着ており顔は少しばかりふっくらとしていて黒い目が眩しい。笑顔がとても可愛らしい。
「それじゃあケルビーノ」
「何?バルバリーナ」
「行きましょう」
笑顔で彼に言うのだった。
「私の小屋にね」
「君の小屋に?」
「そうよ。あの家族で住んでいる小屋にね」
こう彼に話していた。朗らかに笑いながら。
「そこでね」
「それはいいけれど」
ところがケルビーノはあまり晴れやかな表情をしてはいなかった。
「ちょっと。ね」
「どうかしたの?」
「うん。伯爵様がね」
その浮かない顔でバルバリーナに話す。
「まだ怒ってると思うから」
「伯爵様がなの?」
「とりあえず連隊に入ることはなくなったけれど」
それはとりあえず、であった。
「けれど。それでも」
「それが不安なのね」
「うん」
こう答えるケルビーノだった。
「だから。今はちょっと」
「そんなことで心配しても何にもならないわ」
だがバルバリーナはこう言うのだった。
「別にね」
「何にもならないって?」
「そうよ。伯爵様よね」
「そうだよ」
バルバリーナの言葉を受けてもまだ不安げな顔をしているケルビーノだった。
「だからまずいんだよ」
「貴方にとってまずくても私にとっては好都合よ」
しかしバルバリーナは楽しげに笑ってこう述べるのだった。
「相手が伯爵様ならね」
「どうしてそうなるの?」
「それもすぐわかるわ。じゃあ行きましょう」
ケルビーノの手を握ってそのうえで誘ってきた。
「私達皆で貴方を飾ってあげるわ」
「僕を?」
「そうよ。こんなに奇麗なんだから」
ケルビーノのその少女の如き顔を見詰めての言葉である。
「だから。皆で貴方を私達と同じように飾ってあげるわ」
「僕を飾るって」
「そうして皆で奥方様にお花を捧げましょう」
「奥方様にお花を」
「さあ。だから」
掴んだままのケルビーノの手をグイ、と引っ張ってみせた。
「行きましょう。私に任せてね」
「う、うん」
ここはバルバリーナに引っ張られていくケルビーノだった。その上にあるバルコニーのあるあの伯爵夫人の部屋では部屋に戻っていた夫人が一人でいた。そうして昔のことを思い出しながら物思いに耽っているのだった。
「スザンナは来ないのね」
まずはスザンナのことを想う。
「あの人とのやり取りがどうなったのか気になって仕方がない。申し出は大胆過ぎるではないかしら。それが悪いようにはならないかしら」
そうしてさらに想うのだった。
「あの人にとっても私にとっても。それにしても」
想いはさらに続く。
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