戦場のヴァルキュリア 第二次ガリア戦役黙秘録
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第1部 ファウゼン防衛作戦
第1章 人狼部隊
鋼の戦乙女
前書き
少し遅くなりました。
学校が始まるので、更新は二週間に一回が限度かも知れません。
先頭を走る高速機関車、兵士が乗った客車、物資を詰め込んだ貨車、戦車を積載した台車の後ろにそびえる巨大列車砲が続く。試射では都市区画1つ消し飛ばすことが可能とされる反面、牽引には専用の機関車を必要とし、その巨大さから複線でなければならないなどハンデも多い。
リディツェ村を出たヴェアヴォルフ隊は、ひたすら一直線にファウゼン防衛の要であるマジノ線を目指す。20年の間にレールの幅を帝国と同じにしたため、再敷設の苦労もなく移動はスムーズだ。
「マジノ線突破部隊の後方に配置された司令部を列車砲で攻撃しよう。支援してもらうはずが攻撃されるなんて、思いもしないだろうからな」
「それまで敵さんが来ない保証もないけどよ、まぁ心配はないんじゃないか?」
「以外に早いですからね、この列車。それでも普通の装甲列車より遥かに遅いんですけど」
「そりゃあ仕方ないさ姉さん。あんな大物をエスコートするんだからな」
客車に機関銃を取り付けた武装車両はベーメン・レーメンとファウゼンの境に近づき、緑豊かな平原から次第に岩肌剥き出しの荒れ地に入る。予定時刻よりやや遅れ、既に日は高い。
「不味いな。このままだと帝国が追撃部隊を寄越す可能性もある。何事もないといいが」
「何事もないよか、この飯だ飯! 不味くて仕方ねぇ!」
「ギュスパーさん、帝国のレーションに比べればまだマシです。不味いのは否定しませんけど……」
見張り以外は客車にてレーションの缶詰を口に捩じ込む。その粗悪な味と風味は食事にあるまじき大雑把さと食感の悪さに集約される。水気のない肉と塩辛く脂っこいスープにネレイは顔をしかめる。マルギットもあまり晴れやかではない。
流れる景色は土気色、空の雲は鈍く重苦しい。和気藹々の列車旅とは言い難く、ぬるい水で野戦食を流し込む苦行に『ヴェアヴォルフ』のメンバーはことごとく嫌気が差していた。不味い食事というのは、それだけで空気を悪くするものなのだ。どんよりとした客車には、いつもの騒がしさがない。ピリピリとした、攻撃性を何とかして隠し通そうとしている嫌な気配で満ち溢れていた。
不満一つ漏らさずに肉を食べているのは、野草を盛り付けたヒルデと、何故か満足げなアンドレだけだ。ヒルデが座る車両最後尾の席には多数の小瓶が並び、中には様々な木の実や葉っぱ、花弁が詰まっていた。それを目ざとく見つけたロッシュは隣に座る。
「なぁヒルデ、その葉っぱとか花びらって旨いのか?」
「…………」
ヒルデは無言で数ある葉っぱの一つをロッシュの缶詰めに乗せた。濃い緑色の葉に赤い葉脈が浮かんだ、ナツメソウの新芽だ。
「お、サンキュー。じゃあ一口…………………………辛
かっれ
ぇ!! 口が痛い!!」
「………………」
口を抑えて悶えるロッシュに水を差し出したのはマルティンだった。ナツメグソウの新芽は果肉に回る数倍の辛味成分が濃縮されている。普通は乾燥させてから粉末にするのだが、ヒルデは味消しに使っていたようだ。図らずともロッシュの一人コントはウケた。笑いが起きる中、車内放送で見張りを買って出たフィオネから報告があった。
「隊長! スメイク方面から帝国の装甲列車が!」
「カノン砲で先制攻撃しろ。 先に見舞って気勢を削ぐんだ。 各員、敵車両を撃破する。存分に暴れてやれ!」
「「「了解!!!」」」
簡易のテーブルや座席に置いた武器を手に取り、隊員たちは次々に後方の装甲列車へ移る。アンリもRuhmの量産型である機関銃を手にして後方へ走る。装甲列車はあくまでもライフル以下の火器を無力化するだけであり、対戦車槍までは防げない。男性陣は対戦車槍を持ち出した。女性陣は突撃銃や小銃を装備して敵歩兵に備える。迫り来る赤と黒の迷彩塗装を施された帝国軍の列車に、『ヴェアヴォルフ』の先制攻撃が炸裂する。中程の有蓋車の側面が吹き飛び、そこから突撃銃と機関銃の一斉射撃が始まる。
「ガイウスはカサブランカの主砲で相手のカノン砲と機関砲を排除しろ! 対戦車槍は車輪を狙え! 弾薬は惜しみ無く使ってくれ!」
「隊長さんに言われなくてもそうするさ!」
帝国軍の列車はカサブランカの主砲とカノン砲の集中砲火で固定装備の大半を喪失する。しかし退く様子はなく、むしろ速度を上げている。銃撃戦は激しさを増し、帝国軍は固定式の多銃身砲まで引っ張り出していた。古いタイプだが、対人戦では未だに絶大な威力を誇る兵器だ。
「あんな骨董品まで現役とは、帝国は武器が足りないようですね」
「まったくだ……。残るのは歩兵だけか?」
「敵装甲列車の火砲は無力化に成功しています!」
「総員、客車まで退くぞ。そこでしらみ潰しにしてやる」
帝国軍は車両と車両の間に足場を設け、そこから続々と牽引車を目指して殺到する。しかし客車に陣取ったアンリたちの形成する弾幕に阻まれ、そこからは数と時間の勝負となる。
「高架を過ぎたら我々の勝ちだ、持ちこたえろ!」
「させるか、このガリア野郎!」
「婦人に野郎はないだろお前」
マルティンの持つ帝国の小銃が仮面とヘルメットに覆われた帝国軍歩兵の額を撃ち抜く。連結部の柵を乗り越えて線路に転落した亡骸は車両に轢かれて無惨に潰れる。何人退けても攻勢は衰えず、次第にヴェアヴォルフは疲弊していく。そこへ装甲列車シャミャウィから呼び掛けがあった。敵の隊長と思わしき男がまくしたてる。
「ガリア軍の諸君。我が部隊はその列車砲さえ取り戻せたらいい……そこで提案だ。君たちは列車砲を引き渡し、我々はそちらを見逃す。どうだね? 悪い話でもあるまい」
「ガイウス! 敵の車両を吹き飛ばせ!」
「そうこなくちゃ、俺たちのボスじゃねぇな」
インカムに指示を出し、イヤホンからおどけた様子で応答があった。その直後に75㎜カノン砲が火を吹いた。既に装甲をほとんど失っていた貨車に砲弾が直撃し、薄い鉄板の壁は内側から粉砕される。連結部が破壊されたらしく、カノン砲や歩兵を載せた車両が遠ざかっていく。
「高架まであと少しよ! 踏ん張りなさい!」
「待て! この先にある高架は何十年も前の木造だ! 俺たちと帝国が乗り込んだら確実に崖下へ落っこちる!」
「どうすんだ隊長!? こんなバケモノと崖の下でオネンネなんざ嫌だぜ!?」
「よし、帝国の動力車を乗っ取るぞ」
「「「はぁ!?」」」
「驚いている暇はないぞ。突撃兵と機関銃兵は全員あちらに移れ!」
アンリの命令に応じて女性たちは次々にシャミャウィへ移動した。歩兵車両を失っても僅かに戦力を残していたらしく、散発的に抵抗がある。だらだらと続く銃撃戦に真っ先に痺れを切らしたのはアンリだった。腰に提げた手榴弾を全て通路に投げ込んだのだ。大爆発の衝撃が駆け抜けると、Ruhm-MPを構えて煙の中へ掃射する。
「恐れるな! 突撃ィーッ!」
「「了解!!」」
「なっ、何だ!? 女が突撃してきたぞ!」
「ガリアの黒服部隊だ! 俺は死にたくないから逃げるァァァァーっ!!」
鬼気迫るアンリたちの死に物狂いの突撃には圧倒的な勢いがあった。数的不利を目の当たりにした帝国軍兵士たちはその覇気に飲まれ、戦意を喪失、遁走する。その大半は車両から転落して車輪に巻き込まれるか、硬い地面に叩きつけられるだけだが。
「走れ! 逃げない兵士は全て排除しろ!」
狼狽える者も何もかも見境なく撃ち抜きながら一行は先頭車輪に雪崩れ込む。そこは愛想のないディーゼルの運転室で、指揮官とおぼしき士官服の男と数名の操縦士がいるのみだった。指揮官は拳銃を構えてアンリの眉間に照準を合わせる。
「銃を捨てぇっ――」
「武器を破棄しない者、後方車両に移らない者は敵とみなし射殺する」
言い終わるより速く、指揮官はネレイのVR-S05突撃銃によって蜂の巣に変えられた。アンリは操縦士を脅して操縦席から離れさせる。 全員がナイフや拳銃を床に置いて逃げ出したのを確認すると、操作基盤の自爆装置を起動させる。帝国の機動兵器には機密保持のため自爆装置が取り付けられている。指揮官のペンダントに隠されていたキーを奪いカウントを始動させたアンリたちは急いで『ヘルヴォル』まで戻る。客車まで辿り着く頃には動力車が内部から火を吹き始め、動力を失っていた。
高架を渡りきるとヴェアヴォルフは休息に入っていた。
「ここからファウゼンまではどのくらいだ?」
「近からず遠からずってとこよ。高架は過ぎたし、そろそろ射程距離じゃない?」
「そうだね。多少はズレるかもしれないけど、爆風でファウゼン攻略部隊は大打撃なんじゃないかな?」
「失礼……すでに射程距離、なんですか?」
エルンストは驚いた拍子にズレた眼鏡の位置を直しながらノーデス姉弟に尋ねた。列車砲は陸戦兵器において初期型の自走臼砲と同等の射程距離を持つが、高架を過ぎてすぐの場所からファウゼンは並みの砲撃で届く距離ではない。あくまでも、鉄道ならすぐに着く距離も数値で見ればかなりのものである。しかし、この巨大列車砲はその超長距離を攻撃可能なのだ。エルンストの驚きも無理はない。
「おっそろしいねぇ……コイツが敵さんとしてファウゼンに来てりゃ、確実に|陥落《
お》とされてたな」
「強奪命令が出るのも当然ですね。こんなので攻撃されたら味方の被害もちょっとやそっとじゃ済みませんから……」
「届くならすぐに使おう。リジィ、グイン、砲撃用意を」
「任せておきなさい。馬鹿な帝国軍を塵芥にしてやるわ」
「次弾装填に時間がかかるので、その間は警備をお願いします……ヘルヴォルには対空の機関銃座があるのでそれを使って下さい」
「歩哨の順番で交代していこう」
装填を開始したヘルヴォルの防衛のため、アンリは隊員を連れて銃座に向かう。増援は考えにくいが、もしもがあっては困るからだ。銃座の硬い席で第一弾の装填完了のアナウンスを聞いたアンリは、部隊の欠点を洗い出していた。それに意識を割いていたせいで、砲撃の秒読みを聞き逃してしまった。
「………2、1……発射!」
「!!」
慌てて耳を手で覆い爆音に備える。
―――ゴゥゥゥゥゥゥン!!―――
地震かと勘違いしそうな衝撃と、雷のような発射音が列車を襲う。複線にしなければならないほど大きなだけはあり、間を空けて着弾時の地震で微かに列車が震えた。次弾装填のアナウンスが放送される前に、マルティンから通信が入る。
「あー……隊長、聞こえてるかい?」
「何とかな。どうした?」
「マジノ線に集結していたファウゼン攻略部隊が、爆発で消滅したらしい。それと基地の周辺で地震も確認された」
「……そうか。ありがとう。みんな、任務完了だ。ファウゼン基地の防衛は成功した。これよりファウゼンに向かいクロウ少将に報告する」
イヤホン越しにマルティンの歓喜の声が届く。アンリも今まで率いた部隊でも、これほど任務の成功に喜びを感じたのは初めてのことである。
列車はゆっくりと前進しラグナイト鉱山を目指す。
以前までには抱いたことのない達成感を噛み締めつつ、アンリは深々と椅子にもたれた。
「おう、お疲れさん。いきなりキツい仕事になっちまったな」
ファウゼン基地の士官室でアンリは電話でランドグリーズのクロウに任務完了の報告をする。列車砲ヘルヴォルは検分の後にガリア軍の兵器としてランドグリーズに移されることとなったなどの連絡を受け、今は軽い雑談中だ。雑談の雰囲気なのはクロウだけだが。
「は。最前線に比べれば、これしきで泣き言を言えません」
「そうかい……ヴェアヴォルフはどうだ? 大陸でも選りすぐりの連中だ。正規軍に比べりゃ上等だろ?」
「はい。練度も高く、士気も高いので作戦行動が進めやすいのですが、やはり民間人が多すぎて、難点もあります」
「そりゃそうだ。まぁ、俺さんも言い出しっぺだし、サポートくらいはしてやるよ。コーデリア陛下から許しを得て、お前さんに現地徴用許可をやる。これで人手不足は何とかなんだろ」
「感謝します少将」
電話に向かってアンリは礼をしたが、クロウに伝わるはずはない。
「人探しの手間が省けんだ。感謝すんのは俺さんさ。何はともあれ、よくやった。ランドグリーズに戻ったらしばらく休め。そんじゃあな」
それだけ残して通話が途絶える。残されたアンリはチェアに腰掛け、息をつく。ヴェアヴォルフ隊は練度こそ高いが、個人が自分の能力を把握できていない。ただ身体能力の高さに任せているだけだ。銃撃戦でもかなり着弾率がまばらで、ネレイやアンドレはまともに突撃銃を撃てていない。
アンリのように火器を扱いなれた人間は数少ない。本人の身体能力や性格、嗜好が銃の得手不得手を決めるのだから、まんべんなく扱える方が珍しい。前任者がそのことを考えていたかは不明だが、少なくとも改革の前に倒れたのは確かだ。この仕事はアンリに託された課題と言うべきだ。
「……苦労が絶えないな。やりごたえはあるんだが……」
アンリ以外に誰もいない部屋は静かに西陽に照らされ赤く輝いている。その光は神々しさを感じさせる。窓の外で佇む轟音の戦乙女《ヘルヴォル》に僅かな達成感を覚え、アンリは瞳を閉じた。
後書き
装甲列車『シャミャウィ』は第一次世界大戦から第二次世界大戦かけて運用された装甲列車のポーランドでの名前です。
見た目は地底列車風です。
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