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戦場のヴァルキュリア 第二次ガリア戦役黙秘録

作者:白黄金虫
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第1部 ファウゼン防衛作戦
第1章 人狼部隊
  轟く者

 
前書き
 今回はバトル多目です。 

 
 特務隊『ヴェアヴォルフ』の移動には数台の軽装甲車と戦車用のトランスポーターを用いる。正規軍ながら『青服』と呼ばれる将校や基本の兵科で分類された歩兵や戦車長とは異なる『黒服』の性質から、彼らには機動力が求められるからだ。
 兵科は偵察兵や突撃兵、支援兵など多岐に渡り、特務隊の隊員は3段階ある階級の中でも最上位の『猟兵』に該当する。アンリは突撃猟兵、森での狩りで鍛えた身体能力が生かされた結果だ。

「リディツェ村は帝国に滅ぼされて廃れた。諜報部の調べでは、装甲列車エーゼルの後継機がそこで開発されているらしい」

「自走臼砲に装甲列車砲……物好きだな、帝国は。男のロマンってやつか」

 先頭車両の中で座席に座るマルティンはメモ帳に万年筆で走り書きを記しながら呟く。自走臼砲は1935年次に数台が試作され、その絶大な火力でガリア軍を苦しめたという。その当時はあまりの重量に機動力がほとんどなく、拠点防衛に使うか、前線で組み立てなければ使えなかったと記録にある。
 装甲列車砲も似たようなもので、飛行船による空からの攻撃が可能になると移動制限の著しい軌道兵器は存在感が日に日に薄くなった。かの装甲列車砲1号であるエーゼルすら崖下に転落という結末に関わらず、帝国では何故か列車砲が人気だ。火力があるのは確かなのだが。

「武装飛行船が空の覇者なら、装甲列車砲は陸の王ね。戦車じゃ倒すのも一苦労なのは変わりないんだし」

「前の戦役じゃあ城のような戦車だってありましたのに、たかが列車くらい何ですか。噂では陸上戦艦なんてものまで存在しているんですから、ちょっと大きいくらいでは私は驚きません」

「そいつは『ゲルビル』級の巨大戦車とマクシミリアンが乗った陸上戦艦『マーモット』だな。どれもガリアの兵士が壊してる。俺たちにだってやれるさ」

 帝国の兵器が年々巨大化しているのは事実だ。なんせ、帝国の軽戦車がガリアの中戦車並の大きさなのだ、秘密兵器がバカデカイのは誰にでも予想できる。ランシールの軍事史で登場する『ゲルビル』『エヒドナ』『マーモット』は、帝国の軍事力がいかに高度かを示す具体例と言われている。だが、アンリと担当教師は逆の意見である。大型化すればするほど、不意討ちに弱くなりやすいこともあるのは狩人なら常識だ。
 暇そうなギュスパーは私物の干し肉を齧っている。ガリアの干し肉ならばヌマバイソンのモモだが、あれは高級品でもなければ血生臭く閉所で食べるのには不向きだ。赤みのない干し肉は主にヤマグマの二の腕だ。どんなルートで仕入れているのか謎だが、絶滅危惧種のヤマグマの肉を入手している組織はまずまともではない。

「隊長、リディツェ村の手前だ。今日はここでキャンプと洒落込もうぜ」

 運転席のガイウスが車を止める。周囲は森林で街道から外れている。アンリは時間を考えて、各車両に停止を指示した。
 日は既に西へと沈み始め、赤い日差しが純白のカサブランカを真紅に染める。あとしばらくすれば森は真っ暗になるだろう。総出でキャンプを用意し、アンリは指示を出す。

「まず2人3組で偵察に出てくれ。後の7人はキャンプの警備、歩哨は名前の五十音順でローテーションを組む。それでは行動開始だ」


 ・ ・ ・ ・


 土地勘のあるガイウスやヒルデが偵察に行き、隊長のアンリや戦車兵のノーデス姉弟はキャンプに残った。驚くべきことに、マルギットも警備組であった。

「姉さんは方向音痴なんだよ。知らない場所では必ず迷うんだぜ?」

「……返す言葉もありません」

 警備組は一通り周囲を確認すると、少し警戒を緩める。付近で誰かが歩いた跡がないため、帝国は見回りをしていない可能性があるからだ。実際、ガリアの森は慣れない者が不用意に立ち入ると迷う危険がある。帝国もそこまでして警備に人手を割きたくないのだ。

「昔からよく道に迷うんです。何ででしょうか?」

「地図見ねぇからだよ」

「難しいじゃないですか、あれ」

 戦車にこもったノーデス姉弟は弾薬のチェック、生真面目なエルンストは鳴子を用意し、フィオネは装甲車の整備をしている。ネームレスには犯罪者が多かったが、このヴェアヴォルフはほぼ犯罪者しかいないらしい。まともな訓練もなくこれだけの技量を有しているのだ、まず正規の方法ではないだろう。

「おーい、敵は工廠に籠ってやがる。戦車と重装歩兵のオンパレードだ」

「工廠の中に馬鹿デカイ車庫がある。何か妙だぜ」

 工廠の様子を見に行ったガイウスとロッシュが帰投する。秘密工廠は籠城し重火力で固めている。アンリは頭の地図に情報を書き足していく。

「車庫はどのくらいの大きさだ」

「飛行船より大きいぜ。おまけに線路が2本延びてた」

「内側に向かってクレーンが腐るほどついてるんだ。ありゃ輸送するために鉄道を使うつもりじゃないのか?」

「占領下なら鉄道輸送は使えるが、複線? 大きいなら自走臼砲のように分解して現地で組み立てればいいはずだ」

「確かにそれはそうだな……今までにない兵器かもしれないぞ」

 アンリは未知の兵器の可能性をあると感じて一度推測を止めた。他の偵察隊が帰投して情報を仕入れてから整理することにした。


 ・ ・ ・ ・


 日が沈み、森は闇に包まれた。夜はラグナイトランプで視界を確保し、レーションを頬張る。アンリは女っ気こそないものの味覚には拘りが強く、軍で支給されるレーションが大嫌いだった。風味がなく、肉なら肉、魚なら魚と塩コショウの味しかしないのは苦痛だ。薄味のポークソテーを食べ終えたアンリは難しい顔だ。

「工廠には戦車と重装歩兵、開発してるのは明らかに巨大兵器……厄介なことになる。このまま直進すればどの辺りに出る?」

「村の横手だが、逃げ道が無くなるぜ?」

「……良くないな。重装歩兵は戦車砲か対戦車槍でないとまず対処出来ない。完全な奇襲に適した道はないのか?」

 近辺の地図に情報を書き足していくアンリの脳内では、奇襲して混乱したところへ別動部隊を突入させるか、隠密行動で兵器を奪取するかの2択だった。戦車の輸送も考えれば最善は前者だ。

「小川があるんだが、そこは草だらけで視界が悪い。そこからなら見張りに気づかれないと思う」

 オラトリオ鉄橋の陥落は近いうちに帝国へ伝わる。サンマーユが保身のために部下のクメールを鉄橋基地の司令に売ったからだ。必ず処刑する代わりに身柄を解放するという愚行がアンリたちに焦りを与えていた。

「ここで悩んでいる余裕はない。私が指揮する5人とマルギットが指揮する8人に部隊を分ける。カサブランカの主砲で戦車、対戦車兵で重装歩兵を足止めしている隙にマルギット分隊が奇襲をかけてくれ」

「隊長、1つ提案があります」

 物陰で俯いていたアンドレが手を挙げる。いつも穏やかに微笑んでいるが、アンリには薄笑いに見えて不愉快なものがある。

「何だ」

「この時間は僕は単独で行動した方が動きやすいので、僕は1人で工廠に潜入させてください」

「それは出来ない。君はマルギット分隊に加わるように」

 実力を把握できない今、戦死率の高い単独での潜入許可を出せるほどアンリは大胆ではない。それに、人員不足のガリアで『ヴェアヴォルフ』に相応しい人材が見つかるとも限らない。戦死者を出さないことが最優先の彼女なりの、隊員への気遣いである。キャンプを撤収し、アンリたちは夜を待って作戦を開始する。


 ・ ・ ・ ・


 カサブランカの51口径125㎜主砲が次々に帝国重戦車の装甲に穴を穿ち赤い炎に包む。自動装填式の徹甲弾と螺旋回転で空を切る対戦車槍が重装部隊を壊滅に追い込む。機動力に欠けた重装歩兵は、かつて帝国で一般的だった重装兵と呼ばれる分厚い鎧に身を隠した防御特化の兵士に盾と小型の重機関銃を持たせたものだ。並の兵器では破れない鉄壁に貫通性の高いカサブランカの30㎜機関砲とランカーが襲い掛かる。
 動きの鈍い重装歩兵は逃げようにも逃げられず、無慈悲に鎧と身体を蜂の巣かミンチにされていく。

「不味いぜ隊長、突撃兵が来やがった!」

「任せろ。迎撃する」

「ちょいと待てよ! いくらなんでも―」

 土嚢の影から身を現し、アンリは帝国のベルトリンク式機関銃の引き金を引く。従来の弾倉から弾を送るタイプより長時間連射可能になる新しい機構の機関銃は反動も凄まじく、並の兵士ではまず扱えない。しかし彼女は涼しい顔で兵舎にされた民家やテントから出てきた帝国軍の歩兵を肉塊へと変えていく。

「前進する。重装歩兵のマガジンを回収しておいてくれ」

 エースも新兵も見境なく次々に退けるアンリの背後からガイウスとギュスパーはランカーを撃つ。ノーデス姉弟の操るカサブランカは民家の壁を突き抜け、キャンプを踏み潰し兵舎を破壊する。
 しかし抵抗は衰えず、激しい砲火こそないものの、帝国の兵士に戦う意思を失う者はいない。


 ・ ・ ・ ・


「ガッ、ガリア軍のォッ!?」

 基地内を見回っていた歩哨の首に大きな裂け目が入り、生暖かい血が吹き零れる。崩れ落ちた兵士の背後に立つのはナイフを持ったアンドレ・フィリッポスだ。ハンドサインに呼応してマルギットやフィオネたちがテントの影から出てくる。
 アンリ隊が守備隊の視線を集めている間にマルギット分隊が新兵器を奪取、そのまま残存する敵を撃退してファウゼンへ向かう計画だ。

「隊長が時間を稼いでいる間に車庫へ向かいます! ロッシュ、先導を頼みます」

「了解だぜ姉さん。みんな、こっちだ」

 兵舎と兵舎の間を縫うように進み、敵はナイフかワイヤーで仕留める。潜入中に敵兵と出会した際の対処術をマルギットから徹底的に叩き込まれた『ヴェアヴォルフ』の隊員たちは、見つけ次第始末していく。車庫の付近はもぬけの空で、見張りすらいない。素早く、静密に目標地点に到達したマルギット分隊は中へ突入する。
 中は機関砲や榴弾砲を備えた装甲列車、運搬用の有蓋車や客車に加えて、車両の前部が鋭い曲線になった牽引用のディーゼルまである。あまりに普通の車庫で、一同は首をかしげる。台車や客車はかなり並んでいるが、それでもこの要塞じみた車庫が必要かと問われれば、どう考えても必要性の欠片もないことは明白だからだ。

「……このディーゼルは確かに形状こそ空気抵抗の少ないものよ。でもこれ、帝国は五年前に大陸横断鉄道で実用化してるはずじゃなかった?」

「はい。確かエーゼル牽引用の物を改良したモデルだったはずです。侵攻軍司令官の皇女が推進し計画です」

「待て待て。そんな物のために村を潰してこれだけの兵力を集め、秘密に作ったのか? いくらなんでもそいつは馬鹿げた話だろ。ジョークにもならないぜ」

 何かないのかと一同は車庫の中を捜索する。8人でくまなく見たが何も見つからない。車庫が特別なこともなく、目新しい兵器どころか、この中には列車しかない。秘密工廠という情報は諜報部が掴んだガセネタで、クレーンなどは物資を搬入するための物なのだと皆が思い始めていた。他に兵器を開発する能力を持っている施設は他に見られない以上、ガセが最有力になる。

「ったく、諜報部もちゃんと調べてから報告しろっての。迷惑するのは俺たちなんだからさ」

「愚痴は後にしなさい。まずは隊長の救援に行きましょう。アンドレとフィオネはここで待機、さらに捜索を。後は陽動隊と合流し守備隊を殲滅します」

「さ、急ぎましょう。時間もありませんから」

 エルンストに 急かされ、6人はアンリ隊のいる正面口目指して進む。


 ・ ・ ・ ・


「やはり火器は帝国の物の方が使いやすい。ガリアの銃は火力が足りない」

「ベルトリンク式機関銃なんてどこで入手したんですか。しかも銃身が焼け爛れるまでフルオート掃射って……」

「オラトリオ鉄橋で拾った。使えそうだから予備パーツと弾薬を回収したんだが、問題があるのか?」

 工廠の正面は歩兵の亡骸と戦車の残骸で埋め尽くされていた。キャンプや民家は無惨に破壊され、瓦礫と瓦礫の隙間から血が流れている。アンリは機関銃が気に入ったのか、ありったけの弾薬ベルトと銃身のスペアを回収していた。『ヴェアヴォルフ』ではいつでも補給が受けられる訳ではないので、時には帝国の物資を奪うこともあるが、これは異例であった。
 
「で、これが帝国の新兵器か……デカイな」

「デカイってもんじゃねえ。こいつぁちょっとした要塞だ」

「なるほどね。そのための新型車両ってわけ」

「これ、戦艦の主砲より大きいですよ。こんなので砲撃されたらファウゼンは……」

 新兵器の設計図とマニュアルを回収したノーデス姉弟はディーゼルや問題の新兵器―80㎝複線列車砲『ヘルヴォル』を調べている。陸上で最大級の火力を持つ列車砲の系統でもこれを上回る物は存在しないだろう巨大さだった。
 なるほど、帝国が必死になって死守しようと重装部隊を配置したのもこれならば納得である。マニュアルが正しければ、ファウゼンに至る各地に築かれた多数の要塞を結ぶ防衛ライン『マジノ線』を破るだけの破壊力と、その巨体に似合わぬ高速移動が出来るがある。
 マルギットと今後の指針を話し合い、アンリは部隊に指示を出す。

「よし。装甲車の物資をこっちの車両に移そう。戦車はそこの台車に、車両を動かせる者はトラックをここまで寄越すんだ。明日にはファウゼンへ向かうぞ」

「輸送車は破棄だな? 爆破しとこうかい?」

「頼んだガイウス。さぁ、行動開始だ!」

 隊員は各自離散し移動準備を始める。
 アンリたちが列車砲と共に工廠を去ると、死屍累々のリディツェ村は三台の輸送車によるラグナイト爆発にで跡形もなく消し飛ぶ。住民は1人残らず殺害された廃村は、この日、昇る太陽に見送られて地図からその存在を消した。 
 

 
後書き
 ゲテモノ兵器第1号は少佐も大好きな80㎝列車砲。モデルはドイツのグスタフ・ドーラ列車砲です。
 アンリの武器は割りと変わります。戦車以外は満遍なく扱えるのです。 
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