ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―
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Episode2 二人
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甲高い金属音ばかりが静かな迷宮内に響く。俺が相手している半獣人型モンスター《リザードマン・ソーダー》の片手剣が迷宮の篝火を反射して獰猛に煌めく。
が、こいつは7層迷宮区攻略時に嫌になるほど相手をしている。そのため多少意識を過去に飛ばしていようが遅れを取ることはない。ビルドが若干敏捷に偏っている俺でも攻撃を弾き続けられる。
「グルグッ…グァッ!!」
長く攻撃が決まらないことに苛立ったリザードマンが剣を大きく振りかぶった。その剣が仄かな黄色の光を放つ。
俺もよく使う、片手剣基本技《スラント》。
「…ばーか」
思わずそう呟いてしまった。リザードマンの攻撃は単純で、ひたすら剣を振り回しこちらが一定時間以上回避及び攻撃を弾く、もしくはこちらの武器を弾くと必殺技と言わんばかりに《スラント》を放ってくる。
確かに腕が筋肉質で一撃一撃の威力には侮れないものがあるが、それでも所詮NPCだ。こちらが待っていたことも知らずスキルを放ってくる。
――スキルかよ…
「よっ…とと!」
脳裏にいつぞやの対人デュエル時に聞いた声がリフレインし、躱すのがギリギリになった。が、ギリギリでも一応回避に成功しリザードマンの《スラント》が迷宮区の床に衝突して火花を散らす。
これでリザードマンはスキル後の硬直時間が課せられる。《スラント》が初期技のためその時間はかなり短いが、その一瞬が命取りであることは誰よりも俺が知っている。さっきまでの攻防でリザードマンのHPは3割を割っている。
(これなら…削り切れる!)
そう判断した俺は剣を振り上げた。銀色の刀身の中央に黄緑色をした雷の模様の走る愛剣が水色の光を放った。そのまま真っすぐに振り下ろされた剣が薄い革鎧ごとリザードマンを切り裂く。さらに腰あたりまで切り裂いた剣がシステムの力により跳ね上げられ、リザードマンの体にV字を刻む。
片手剣二連撃《バーチカル・アーク》
少し…いや、かなり八つ当たり気味に放ったスキルではあったが、しっかりリザードマンを四散させた。
目の前の経験値とお金の加算表示を見ていた俺の耳にパチパチと拍手の音が届いた。振り向いたそこにはアカリがいた。当然といえば当然であるが、長らくソロだった俺には戦闘後の祝福はむず痒い。
「すごいですっ、カイトさんっ!」
「…うん、ありがと」
何となく間が持たないような感じがして先に歩き出した。すぐにアカリが横に並び、ニコニコ顔で見上げてくる。俺達はもう7層迷宮区の入り口付近まで来ていた。
シスイ達とはあの場で別れ、俺はすぐ8層の逆走を始めた。踏破自体はたいした苦労とはならなかった。何故なら――情けない話ではあるが――アカリが着いて来てくれたからだ。
シスイ達と別れる際、なんとなくこの子とも別れるんだろうと思っていた。だが、どうしたことか、アカリ自身が強く「一緒に行きます!」と主張した。当然、俺はあんなことの後だったりカーソルがオレンジだったりを理由にして断ったのだが、粘り強く訴えられ最後には涙目になったアカリとそれを見てニヤニヤするシスイに負けた形だ。
アカリが《隠蔽》スキルに長けていたことは承知済みだったものの《索敵》まで俺より高いことは確認していなかった。俺としてはオレンジカーソルが露呈しないようにコソコソしながら、まぁ3日くらいで教会に着けたらいいなといった感じだった。が、アカリが着いて来たおかけで「そっちに人がいます」とか「あっちに怪獣さんがいます」等々俺一人では気付けないようなことを教えてくれ、結果半日掛かりではあるもののもうすぐ迷宮区逆踏破というところまでたどり着いている。
そうこう考えているうちに迷宮区の入り口と思しきものが見えてきた。時刻がそろそろ午後の10時を回ろうとしている。そろそろ眠たいのであろう、俺にばれないようにこっそりと欠伸を噛み殺したアカリに俺はなんとなく質問を投げ掛けていた。
「なぁ、アカリは…これからどうしたい?」
「へぅ?…っとですね……夜ゴハンが食べたいです」
アカリの返答に俺は絶句した。少々回りくどかったが俺の質問の内容はつまり「これからも俺と来るの?それとも…」ということのつもりだったのだが、まさか晩御飯と来るとは…。
「…そっか。……うん、じゃあ食べよう。ただ教会に行った後になるけどいいか?」
「えっ、もちろんですよっ!やったぁ、一緒にゴハンですねっ!」
笑うアカリにつられ笑いをしながら、多分俺はこの子とパーティーを組むんだろうなぁと予感していた。いや、それがパーティーでなくても俺は当分アカリと一緒にいるんだろう。嫌では全くなかった。
迷宮を出て10分程歩くと目当ての教会が見えた。白塗りだったと思われる外壁には青々した蔦が絡み付き、そのせいか壁には幾筋もヒビが入っている。その中で何故か奇跡的な美しさを保っている扉のノブに手をかけ押し開いた。正面には祭壇に大きな十字架、その上には女性を象ったステンドグラスの窓がある。俺のイメージが間違っていなければちゃんとした教会だ。
「おやおや、こんな時間にどなたですかな?」
薄暗かった教会内を蝋燭の光が照らした。燭台を手に持った男がこちらに歩いて来る。
「わぁ、サンタさんですぅ…」
アカリが言うように出て来た神父と思しき男は白く長いヒゲを蓄えていた。祭壇の前で立ち止まった神父にこちらから歩み寄る。恐らくもうクエストが始まっているだろうからアカリにはその場に待っていてもらう。
近付くにつれはっきりと見えてきた神父の顔は垂れ気味の目元に幾つもシワが刻まれ、いかにも優しいおじいさんといった印象だ。司祭服に身を包んだその神父にシスイからもらった《免罪符》を差し出す。
「おやおやぁ、これは…。また懐かしいものをお持ちになりましたね」
「これ、ここで使えます…よね?」
「えぇ、もちろんですよ。これは私の父の代に発行したものですが…いやはや、まだ残っていたとは……。では、貴方はここに罪を雪ぎに来たのですね?」
そこで一つ咳ばらいをして居住まいを正した神父は祭壇に燭台を置くと胸の前で手を組んだ。俺が無言で頷くと神父の言葉が続けられる。
「では…。貴方は今、自分の行った罪を悔いていますか?悔いていればその行為をここで私に告白してください」
……と言われましても、と思った。悔いているというより不可抗力で…。そう考えてから一つ長く息を吐いた。多分ここで「俺悪くないし」と言ったとしてそれでカーソルが戻るとも思えない。大人しく神父の誘導に乗っておくべきだ。考え直した俺は膝を付き俯き加減に告白を始めた。
「えっと、あの…俺、じゃない。私は剣で人を傷付けました」
「なるほど、そうでしたか。…分かりました。貴方の罪、このファージが確かに聞き届けましたよ。その背に背負いし罪、さぞ辛かったでしょう」
俺に歩み寄り、しゃがんだ神父と俯いていたのを上げた俺の視線が交差した。薄暗い中でもファージという神父の瞳には慈しみの色が容易に見て取れた。
ファージ神父の手が肩に触れ、驚いたことにその途端身体が軽くなったように感じた。やはり、本当は何もしていなくてもオレンジのカーソルは堪えていたのだろうか。
「それでは貴方の罪、その《形》も私が預かり受けましょう。…もう夜も遅い、街に戻ってゆっくりお休みなさい」
少ししんみりとして再び俯いていた俺にそう声をかけた神父は、俺が顔を上げたときにはすでに教会の奥隅にある扉へ姿を消すところだった。
緊張で張り詰めていた身体が脱力し、へなへなと力無くアカリの方を振り返った。
「じゃあ終わったから、ご飯行こっか」
「え、えっと、はい!あの、その…」
なんだか微妙な返事のアカリに近付き頭を撫でてやるとその手をアカリが取った。そして一歩下がると苦しくない角度で俺を見上げ、少し残念そうな表情で俺に言った。
「あのおじいちゃん、サンタさんじゃなかったですね。…だって、カイトさんの剣持って行っちゃいましたもんね……」
「………はい?」
反射的に背に手を伸ばすと、いつもなら剣のグリップを掴む手が空を切った。……つまり、ファージ神父の言った《形》とは犯罪を犯した《剣》を預かる、ということだったらしい。
こうしてカイトはソロでなくなったことと引き替えのように主装備を失った。ついでにPoH達が配った手配書、あれはあの後キリト達の力により回収及び訂正の文章が配布された。幸いというべきか大した数は出回っておらず、あれを目にしたものは前線にいたプレイヤーの内のごく小数であった。…しかし、それでも《犯罪プレイヤー》という物騒な情報はすぐには消えないため、カイトには教会事件の翌朝「しばらくの期間、前線に顔を出すな」という旨のメッセージが届いた。
武器を失ったという装備的な問題、さらに前線付近では若干《犯罪プレイヤー》と認識されているという現状、この二つによってカイトは前線を離脱せざるを得なくなったわけだ。
…しかし、ここからが彼にとっての本当の《物語》の始まりだということは彼自身まだ気付いていなかった。
以上でEpisode2終了である。
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