真剣で覇王に恋しなさい!
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第三部 王の帰還
第16話
……俺は勝てなかった。
勝たなければならない戦いで負けてしまった。
傷つけずに勝とうとした心は、絶対に間違ってなんかいない。
単純に俺の力不足、そして覚悟が不足していたのが理由に決まっていた。
「……くそっ!」
その場に膝をつき、コンクリートの路面を殴る。
戦う力はもう残っていなかった。
あれだけヒュームさん達に鍛錬してもらったのも無駄になったかのようで、虚しくなった。
№Ⅳ……いや、クッキーというロボットの発展系のISだとかいうあいつも、何も言わない。ひどい扱いをした俺を罵るかとも思ったが、そうする事もなくずっと黙り込んでいた。
むしろ思い切り貶された方が、今の俺には心地いいだろうに。
そんな時、ポケットに入れておいた携帯電話に着信があった。あれだけの戦いだというのに、奇跡的に壊れてはいなかったらしい。
『聞こえるね、赤戸柳司』
「……マープル、か。何で今頃電話を?」
『今頃あんたが落ち込んでいると思ってねぇ。項羽がどうなったかの顛末を聞きたいんじゃないのかい?』
「頼む」
俺が言葉を返すと、マープルは俺が気絶している間に起きた顛末を語り出した。
そして、俺は知った。
俺が気絶していた時間はそう長かったわけではないのに、その間に全てが終わってしまった事を。
「そんな」
『落ち込んじまうのもわかるけどね、過ぎちまった事はどうにもならないもんさ』
「…………」
川神学園に戻った清楚は、自分を狙撃した松永燕を狙おうとした所で、義経たちや学園長たち、それにヒュームさんたちに捕まえされたらしい。
そして突如戻ってきた川神百代に吹き飛ばされて川神山に落ちた。
それを皆で包囲して……幸い、包囲後の総攻撃が開始される前に一人の生徒が清楚を説得してくれたおかげで、なんとか穏便に済ませることができたらしい。
本当によかったと思う。
「でも、俺がここで止めていれば、清楚に辛い思いをさせる事もなかった!」
『……やれやれ。そんなにショックだったのかい? それなら、あんたがどうするべきか、教えてあげようか?』
「言われなくてもわかってる! ……わかってるんだよ」
それでも、俺にはそれが正しい事なのかわからない。
今のままの自分に足りない力を得るため……そんな不純な理由で求めることは間違っているんじゃないのか。
少なくとも、清楚のように純粋な理由を持つことは、俺にはできない。
だからずっと悩んできた。だから極力避けてきた。
自分のことを知るという、その問題を。
『ま、どうするのかはあんた次第さ。できれば今日中に来ることだね。時間は待っちゃくれないよ』
俺が考える間に、マープルからの電話は切れた。
きっとマープルの元へ行けば、清楚に対する垓下の歌ようなキーワードを提示してくれて、俺の正体を暴いてくれるのだろう。
マープル側の考えも理解はできる。清楚が項羽だったという事が明らかになった以上、もはや俺の名前を隠しておいても意味が無い。
ならばいっそ明らかにした方が、彼女にとっても何かと都合がいいのだろう。
「……俺は、どうするべきなんだ」
『ちょっと、そこのしょぼくれたマイスター』
思わず呟いたその時、沈黙していたバイクが……ではなく中身のAIたる№Ⅳが話しかけてきた。
「なんだ、№Ⅳ」
『聞きたいことがあるんですがその前に、その呼び方はやめてもらいます。私はちゃんとした個体なんですから量産期みたいな呼び方は困ります』
「む……」
『ケタケタ。そういう機微がわからないからさっきの女にも振られるんですよ。みっともないですねぇ』
反論したいが、事実も孕んだ言葉だったために何も言い返せない。
しかし、やはりその呼び方は嫌だったのか。レッドフォーが嫌だからとそっちに変えたが、それも嫌だと。
むぅ……他に何か特徴は……
「元々はクッキー4・ISだったか?」
『そうです。あなたなんかには勿体無い超最新ロボットなんですよぉ?』
「今はバイクだがな」
『そうしたのはあなたでしょう! とんでもなく不便なんですからねこのボディ! すっごく速いのは確かですけど!』
そういえばそうだった……なんとも申し訳ない。
なら、そうだな。
「ISと呼べばいいか? 他のISという機体は、まだ外には出ていないんだろう? ならばそう呼んでも、他の誰を指し示す名前にもならないわけだからな」
『IS……アイエス……ま、まぁいいでしょう。さっきまでの悪趣味なのよりはずっとマシです』
「悪趣味と思っていたのか」
『当然です』
……そうか。
あんまりあっさり言われたものだから、どう反応すればいいのかすらわからなくなってしまった。
というか、待て。
元々はアイエスの方が何か聞いてきたんじゃなかったのか?
「聞きたいことは?」
『それでは聞きますが、なぜマイスターは自分を強化することに躊躇いを?』
「……盗聴してたのか?」
『退屈でしたからねぇ』
悪びれもせずそう言うアイエス。
まぁ、別に聞いてほしくない話をしたわけではないが。
「そうだなぁ……」
『あ、抽象的な表現は無しでお願いします』
「ぬぐ、そうか。自分で得た力じゃない気がするから……は流石に月並みだな。むしろ、力を得ること自体に悩んでいる、かな?」
『なぜ? さっきまで無力さに嘆いてオイオイ喚いてたじゃないですか』
それは流石に言いすぎだと思うが、確かにそうだったな。
間違ってはいないさ、今だって自分の力不足を感じているのは確かなんだ。
「俺は戦うなんてすごく苦手だったんだよ。昔は」
『そうだったんですか?』
「あぁ。でも、守りたい奴がいるなら自分が強くないと話にならないだろう?」
だから強くなったんだ。
清楚を守るために。
それが一番最初の理由だった。
「が、見たとおりだ。清楚は俺よりもずっと強くなった。もう俺じゃ止められない。止めてやれない」
『…………』
「もちろん止めるべきだとも思うが、同時に思ってしまったんだよ。もう俺はいらないんじゃないか、とな」
『はぁ~』
アイエスが呆れるような声を出して、そのボディにセットしておいた内臓武器を俺に向かって放り投げた。
咄嗟にかわして、目の前に刺さる短刀に目を見張っている俺にアイエスが言った。
『マイスター、あなたはやっぱりとんでもなく馬鹿だったようですね』
「いきなりどうした」
『ついでに言うと臆病すぎます』
さらに武器を射出。
脇差サイズの抜き身の刀が俺の足元に突き刺さる。
「さっきからゴチャゴチャ言ってましたが、結局は逃げてるだけじゃねーですか! チキンって言われても仕方ねーですよ!」
「なんだと……!」
『やりたい事やるって事ができねーんですか! そんな鬱陶しいマイスターなんて乗せたくねーですよ!』
「…………」
アイエスの目には、俺はそのように映っていたらしい。
だが、ずっと逃げていたのも事実だ。
……あぁ。それが真実なのかもしれない。
よく考えてみろよ、俺。なんで気が付かなかった?
自分の事すらまともに知る事ができない奴が、他人の事にまで気を回すなんて事ができるわけがないじゃないか。
「……ありがとな」
『え?』
「なんでもない。さぁ、そろそろ行くぞ」
俺は道路に刺さる武器を全て回収してからアイエスへと飛び乗った。
『行き先は?』
「九鬼本部だ。いい加減、自分の事に決着をつける事にする」
清楚に再び会うのは、その清算を済ませてからだ。
『了解です! マイスターの事を爪楊枝の先っぽくらいは見直しました!』
辛辣な中にどこか優しさの篭るアイエスの声を聞きながら、俺はその場を後にした。
「やっと来たのかい。ずいぶんと時間がかかったじゃないか」
「すまない。だが、もう覚悟は決まった」
俺は九鬼本部に着いた後、まっすぐにマープルの元に向かった。
どうやら、マープルも俺が来るのを待っていたらしい。
「随分とマシになったじゃないか」
自分ではわからないが、俺の顔を見たマープルがそう言うからにはそうなのだろう。
そしてマープルは、一通の便箋を手渡してきた。
「これは?」
「キーワードだよ。あたしが読んでも意味が無いからね。こういうものは自分で読まないと」
その言葉に大人しく従い、そこに書かれている文字に目を落とす。
そして一番最初に目に入った文字を、ゆっくりと読み上げた。
「大風の歌……」
全てがつながった。
強化するイメージの際に頭に思い浮かぶのが赤い龍だったのも。
修行の際に、ヒュームさんにアドバイスされた才能についての事も。
俺の正体がそれであるのなら納得がいく。
「大風、起きて……雲……飛揚す……」
口が止まらない。
体が勝手に動き出す感覚。
これが、目覚めか。
「威は……海内に、加わりて……故鄕に、歸る……」
激しい頭痛だ。
もう立っていられない。
いや、もう倒れているのかもしれない。
感覚が……途切れる……
「安くにか……猛士を得て……四方を、守らし……めん!」
「……ふぁーあ、十数年間もずーっと寝てたから首がガッチガチだなオイ」
実際はそうでもないけど感覚的にな? 思いっきり体を動かしたい感覚に駆られる的な。
……あ、でも項羽の馬鹿みたいに暴れるのはやめとこう。
あいつの真似するみたいでなんかムカつくしな。
「お目覚めかい?」
「あぁ。気分は超いいぜ? なんか結構体も鍛えられてるみたいだし」
睡眠学習してるのおかげか、元々がそんなに高くない戦闘適正は限界値まで鍛えてあった。
項羽相手に指先一つでダウンさせられなかったのはこれのおかげだったのね。納得納得。
「ところで、名前を聞いてもいいかい?」
「知っている事を聞くとは酔狂な奴だなぁ。まぁいいけど」
俺が表に出てる間にマープルに挨拶した事なんて一回も無かったからな。
改めて、自己紹介だ。
「俺は赤戸柳司。劉邦だ」
それじゃマープル、今後ともよろしく。
後書き
高祖、赤龍王、漢の初代皇帝。
そんな劉邦が赤戸柳司の正体でした。
いやまぁバレッバレでしたけどね。
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