戦国異伝
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第百三十四話 信行出陣その九
退きと信長のことを聞いて侍女の中には不安になっている者もいた、だが。
帰蝶は全く動じていない、それでその侍女にこう言うのだった。
「落ち着くのです」
「申し訳ありません」
「謝る必要はありません、ですが」
それでもだというのだ。
「殿のことは気に病むことはありません」
「御無事なのですね」
「あの方はおいそれと何かがなる方ではありません」
信長に対する絶対の信頼がある言葉だった。今帰蝶は己の部屋でくつろいで座っており侍女はその横で座りつつ彼女の世話をしながらそわそわとなっていたのである。
「あの程度のことではです」
「お命に何かあるということはですか」
「ありません」
侍女に対してはっきりと答える。
「むしろ今はです」
「今はといいますと」
「落ち着くことです」
それが大事だというのだ。
「よいですね」
「わかりました」
「殿は間も無く都からこの岐阜に戻られます」
帰蝶は微笑みさえ浮かべて侍女に話す。
「その用意をしておくことです」
「その方が大事ですね」
「ではいいですね」
「それでは」
侍女は帰蝶の言葉に素直に頷きそのうえでだった。
帰蝶に深々と頭を垂れその場を後にした、そうして。
帰蝶は彼女の他の侍女達にやはり落ち着いている声でこう告げた。
「では今よりお茶を」
「はい、それですね」
「お茶を飲まれますね」
「それをお願いします」
静かに微笑みそれを所望するのだった。
「そして殿が戻られた時も」
「まずはですね」
「お茶ですね」
信長が無類の茶好きだからだ、それをだというのだ。
「お茶を殿にお出ししてですね」
「そのうえで」
「おもてなしをするのです」
こう侍女達に告げるのだった、そして。
岐阜城は落ち着いた中で今の備えをしていた、平手も帰蝶も信長のことを何の心配もしていなかったのだ。
その織田家の軍勢は都に向かって退き続けている、その間滝川は己の手の者達にこう言っていた。
「よいか、報はじゃ」
「はい、常にですな」
「全軍に送り」
「そして都や岐阜にも」
「即座にですな」
「こういう時こそ忍の術を使うのじゃ」
こう彼等に告げるのだ、退くその中でも。
「わかったな」
「ではその時代はすぐに」
「そうさせてもらいます」
「頼んだぞ」
実際に滝川は配下の忍の者を報がある度に放っていた、それで都や岐阜にも伝えているのだ。
彼のこの働きは大きかった、それは柴田も隣で馬に乗っている彼自身にこう言う程だった。無論柴田も馬に乗っている。
「久助がいてよかったわ」
「権六殿もそう言って頂きますか」
「うむ、お陰で都にも岐阜にも報がいってな」
「あちらを安心させております」
「よいことじゃ、勘十郎様も平手殿も落ち着かれるわ」
柴田もそのことを喜ぶ顔で語る。
「やはり心配することはよくない」
「判断を狂わせますしな」
「忍の者は使えるわ」
「甲賀の者は常に殿とあります」
滝川は今や甲賀者の棟梁と言っていい、甲賀は束ねる上忍はおらず五十三の中忍がいるがその上に立つ様になっているのだ。
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