星の輝き
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第9局
-このおじさん、強い!碁会所の先生ってこんなに強いんだ!
十数手打ったあたりで、あかりは相手の予想外の強さを実感していた。
-塔矢くんより間違いなく強い。…ヒカルと同じくらい?でも、六子の碁なんだから、落ち着いて打てば大丈夫。
鋭い手つきで、石音高く白石を打つ行洋。最初はやや険しかった、その表情が、手数が進むのにつれて、穏やかになっていく。こころなしか、どことなく楽しげなようにも見えた。
-ずいぶんときれいな手筋を打つ。子供の碁にありがちな、乱れや荒さもまったく見えない。置き碁とはいえ、布石は完璧に近い。…これが、同級生に指導された碁とは。なるほど、たいしたものだ。
碁は手談とも呼ばれる。塔矢名人ほどの打ち手ともなれば、相手の一手一手の意図はかなり読み取れた。あかりの打つ石には、怯えも油断もなかった。かと言って、驕る様な、相手を嵌めようとする手があるわけでもない。一手一手に確かな意思がこもった、ただひたすら素直にまっすぐな打ち筋だった。対局している行洋まですがすがしい気持ちになるほどの。
対局の途中から、周囲の客に混じり、白いスーツの男性、緒方精次もこの二人の対局を興味深げに眺めていた。
-…まるで置き碁のお手本を見ているようだな。塔矢先生が指導碁を打ってるとはいえ、序盤では置石分のリードはほぼ丸々守られている。中盤戦で三子分は差を詰められたか…。残りは終盤。先生の寄せをどこまでしのげるかな。三冠タイトルホルダーのトップ棋士相手に堂々と打つ。普通、格上相手に打つとどうしても手が控えがちになる。なのにこの子にはそれがまったく見られない。上手相手にかなり打ちなれているようだな。まぁ、子供ならではの怖いもの知らずとも取れるが・・・。…しかし、先生もずいぶん楽しげに打たれてるな。こんな楽しそうに打つ先生も珍しい。
最後の半コウを詰めたところで、行洋は声をかけた。
「ここまでだな。目算はできているかな?」
行洋の声は、対局前と比べるとずいぶんと穏やかになっていた。それに対するあかりの声は、対局前の不機嫌さはどこへ行ったのか、すっかりはずんでいた。
「黒は五十六目、白は五十一目、私の五目勝ち!」
こぼれるような笑顔とともに、あかりは告げた。
「では、最初から並べてみようか。いや、藤崎くんだったな、たいしたものだ。」
「えへへ、ありがとうございます。中盤にかなり詰められちゃったんで、最後逃げ切れるかドキドキしちゃいました!」
笑顔満開で石を並べていくあかりに、行洋も思わず笑みをこぼした。
「布石は完璧だったよ。あのまま打ち続けられたら、途中で投了するしかなかった所だ。」
「へへ、布石は散々ヒカルに鍛えられてますから!」
横から緒方も口を挟んだ。
「進藤ヒカルか。君は彼から教わっているんだって?」
「うん!私が間違った手を打つとヒカルはすぐにそこを攻めてくるの。だから布石で間違っちゃうと、あっさり勝負がついちゃうから悔しいの。でも最近はヒカルにも結構ほめられるんだー。布石はしっかりしてきたって。」
「ここまで打てるのだからな。たいしたものだ。中盤のこの手からだな。白のこのツケで左辺が割られてしまったな。」
行洋の指摘に、あかりはうなずく。
「うん。ツケられるまで気がつきませんでした。」
「そうだな、この手を打たれるとまずい。だから、一手戻すと、ここは、こう受けておかなければならなかった。」
「そっかー、そうしておけば、まだまだ差を詰められることもなかったんだー。」
検討が一通り終わったところだった。行洋が問いかけた。
「藤崎くんは囲碁の大会には出ないのかね?見かけたことはないと思うのだが。」
アマチュアの大会でも上位に入るような面子は、プロと顔を合わせることも多かった。多くのアマチュアの大会では大概プロが参加して解説などを行うのだ。強い子がいれば、当然話題になる。これほど打てるのに、今までまったく名前を見る機会がなかったのが、行洋には不思議だった。
「えー、私なんか全然ですよー。この間塔矢君にもあっさり負けちゃいましたし。」
そう言って、苦笑いするあかり。普段ヒカルたちとしか打たないあかりは、自分のレベルに全く気が付いていなかったのだ。
「いやいや、アキラ君じゃ基準にならないよ。そうだ、そのときの1局、並べることはできるかい?俺も先生も残念ながら見てないんだよ。」
そんな緒方の問いかけにも、あっさりと答えるあかり。
「あ、いいですよ。じゃあ、碁笥借りますね。」
と、石を並べていく。
「この辺までは結構打ててたんですけど、ここで間違って後手を引いてしまって…。で、その差を詰められずに後は寄せでも損して、そのまま終了って感じです。」
テンポよく並べていくあかりに、思わずうなり声を上げる緒方。
「いや、ここまで打てれば立派なもんだ。終盤こそ多少甘い点が見られるが、アマチュアの大会ならかなりいいところまでいけるだろうに。」
「そうですか、へへ。そう言ってもらえるのは嬉しいです。」
このとき緒方が考えていた大会は、大人も交えてのアマチュアの一般の大会だ。これだけの腕があれば、都の代表クラスともいい勝負ができると緒方は見ていた。それに対して、あかりの頭に思い浮かんだのは、何度かヒカルに薦められたこともある子供囲碁大会だった。ヒカル自体がアマチュアの大会に疎いこともあり、あかりもあまりよく分かっていなかったのだ。
「私はヒカルと打ってるのが一番楽しいから、大会とかはあんまり興味ないんです。」
そう無邪気に答えるあかりだった。
「この1局は検討はしたのかね?」
「あ、帰ってからですけど、ヒカルに教えてもらいました。ここの右辺を打たれたときに、私は受けたんですけど、ここは手を抜いて先にこっちを詰めていくのが大きかったって。受けてくれれば利かしだし、手を抜けば…、」
そういいながら、中盤の石を数手並べるあかり。
その指摘に、行洋と緒方は戦慄を感じた。
-…おいおい、どう見てもプロレベルの手だろうそれは。パッと見じゃ気がつかなかったな。間違いなくアキラ君にも見えてない手だ。そこだけ見ても出入りで十目は差が出る…。そこまでの腕か、進藤ヒカル…。
「アキラには二歳から碁を教えた。私とは毎朝1局打っている。すでに腕はプロ並みだ。」
行洋はあかりの目をじっと見ながら語りかけた。
「アマの大会には出してない。アイツが子供の大会に出たら、まだ伸びる子の芽を摘むことになる。アキラは別格なのだ。」
「だからこそ、そのアキラに勝った子供がいるなどと、私には信じられなかった。」
「はぁ。」
そんな行洋のしみじみとした口調に、目を丸くするあかり。
「…だが、私の考えすぎだったのかな、緒方くん。いや、ここまで打てる子供たちがいるとは。」
「そんなことはないですよ先生。むしろこの子達が例外でしょう。まさかここまで打てる子供たちがいるとは…。」
話を聞いていたあかりはだんだん顔色が悪くなってきた。
-…あれ、私なんとなく普通にしゃべっちゃったけど、…これまずかったのかなぁ。…そもそも、こんな風に対局するのもよかったのかな…。いや、別にとめられてるわけじゃないけど、ヒカルは隠してるわけだし…。…だ、大丈夫よね?
「今度、進藤君も連れてくるといい。君たちならいつでも歓迎しよう。」
「あ、いや、その、あ、ありがとうございます、アハハハ・・・。」
突然挙動不審になり始めたあかりの様子に、行洋と緒方は不思議そうな表情を浮かべていた。
後書き
誤字修正 そのの表情が → その表情が 各上 → 格上
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