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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第五十九話

 ALOからログアウトしてそのまま寝た次の日、もはや日課となっているジムへと行った後、俺はある目的地へと歩いていた。……SAOでの恩人であり、友人でもあった彼と電話をしながら。

「じゃあ、今日にでもお前は世界樹に行くのか?」

『ああ。リーファっていうシルフが手伝ってくれるらしい』

 SAOでは《黒の剣士》だの《ビーター》だのと、そんな風に呼ばれていたプレイヤー、キリト。現実の名前では桐ヶ谷 和人というらしい彼は、もちろん俺と同じように、アスナの手がかりを掴むべくALOに入っていた。

 しかし何故かは解らないが、新たなアバターとして作成した《スプリガン》キリトは、その首都ではなくスイルベーン近くの森へと現れていた。そこで一悶着あり、なんだかんだでサラマンダーに襲われていたシルフを助け、今はそのお礼としてスイルベーンにいるらしい。

 その助けたシルフというのが、昨夜共に戦ったというリーファなのだから、少し驚きである。

「相変わらず手が早いな、女の子には」

『……どういう意味だよ……』

 そのまんまの意味だろう、とは思ったものの、その言葉は心の中に閉まっておくとしよう。それよりは、キリト……いや、キリトの賢い娘にALOのことを聞いておきたい。

「キリト、お前たちはALOのことをどう思う?」

『ユイが言うには、ほとんどSAOに近いらしい。……俺もそう思う』

 キリトがALOに入った時、SAOに近い条件だったからか、SAOの時に眠りについたユイが目覚めたらしい。彼女はナビゲーション・ピクシーという存在になり、GM権限はないもののキリトをサポートしているらしい。

『ユイもお前に謝りたがってるからさ、速く来てくれよ』

「むしろ、こっちが謝りたいぐらいなんだがな……」

 ユイはSAOでの記憶喪失時、勝手に俺の心理を読んだのを気に病んでいるらしい。彼女の言葉は吹っ切れる材料となったので、こちらがお礼を言いたいぐらいなのだが。

 そうしてしばし情報交換と世間話をしていると、街並みに俺の目的地が見えてきて、そこには他の人の姿も見える。

「じゃ、そろそろ着くんでな。……お前も、一回ぐらいは来いよ」

『……ああ、アスナを助けたら、二人で絶対に行く』

 最後にその言葉とともにキリトとの通話は切れ、携帯をマナーモードにした後にポケットに突っ込みつつ、その目的地の中へと入っていく。

 俺が先程から目指していた目的地である、廃校のような佇まいの一つの学校。《SAO生還者特別支援学校》と銘打たれたそこは、俺やキリトのような、SAOに巻き込まれた学生用の学校ということだった。

 そこに通うことは強制ではないものの、やはり学校に通いたいものはいたようで、結構な数の学生がここに押し寄せていた。

「……あれ?」

 手早く受付を済まして学校内に入ると、暖房がちょうど良い具合になっていたため、着ていた黒いコートを脱いでカバンに入れておく。今日は学校見学のようなもので、施設内を自由に見学して良いそうだ。

「ちょ、ちょっとそこの人! 待って!」

 以前に菊岡さんに聞いた時は、胡散臭い学校だと思っていたが、特に他の学校との差違は感じられなう。あの人から聞くと、大体胡散臭く聞こえてしまうが、廃校とは思えないぐらい整備は整っている。

「だから……この……」

 ……しかし部活とかそういうことをやるのは難しい、と言わざるを得ないが、そこは無理を承知で期待しておこう。……まあ、ここに来るのは大体ネットゲーマーかお金持ちなので、そこのところは望み薄――

「……待ちなさいってば!」

 突如としてそんな声とともに、背後から見事なカーブを描きながら人が出て来て、息を切らしながらその『少女』が俺の進路を塞いだ。……そろそろ意地悪を止めておこう、『彼女』を見た時、ついついやってしまったけれど。

「……あんた、ねぇ……絶対、気づいてた、でしょ……」

 走ってきて息も絶え絶え、といった様子で喋る茶髪の少女が、顔を上げて俺へと顔を見せた。少し童顔と言える顔、頬に少しあるそばかす、ショートカット……と、髪の色以外は、俺の記憶にある姿と瓜二つだった。

「……久しぶり、リズ。それと始めまして、一条 翔希だ」

「むう……」

 これじゃ怒るに怒れない、それは卑怯だなどと呟きながら、リズは若干その目に涙を貯めながらも、向日葵のような笑顔で応じてくれた。

「篠崎 里香よ……ショウキ。また逢えて、嬉しい」


 自己紹介も終わり、積もる話は山ほどある――リズ談――とのことで、俺たちは学校に備え付けられた食堂へと移動していた。俺たちの他にも、まばらだったが人はおり、俺たちは中庭が見える窓際の席へと座った。

 俺は握り飯と、リズはサンドイッチをカウンターで注目すると、リズは腕組みをしながらこちらを問い詰めた。

「……色々と言いたいことはあるんだけど」

「はい、出来心でしたすいません」

 この食堂に来るまでに、リズには先程のイタズラをしこたま怒られてしまい、もう一度深々っ謝ると、リズから「よろしい」と声をかけられた。

「それで結局あの時、最期に何が――」

「その話はここでは無しだ」

 このSAO生還者たちの学校において、アインクラッドの最期の話をする訳にはいかないだろう。あの世界でのトラウマや、帰ってきた現実を克服出来ていないのは――俺も含めて――ここにはいるはずだ。

 迂闊にアインクラッドの話をしてはいけない、と思った俺はリズの口に彼女が注文したサンドイッチを押し込んだ。

「むぐっ!」

 リズもそのことはすぐに悟ったようで、サンドイッチを口に含みながらコクコクと頷いていた。……図らずとも、第三者から見ればかなり恥ずかしい図になっていたが。

「ふぅ……って、あたしが悪かったけど、もう少し方法ってものが無かったわけ?」

「思いつかなかったな」

 リズの追求を白々しく避けながら、俺も注文した握り飯を食べようと手を伸ばすと、他の場所から伸ばされた手に食べようとしていた握り飯を奪われた。

 突如として奪われた握り飯を急いで目で追うと――

「は、はい、あーん……!」

 ――顔を真っ赤に染めながらプルプルと腕を震わせ、俺から奪った握り飯をこちらに向けてくるリズの姿があった。

「えっと……リズ、さん……?」

「……ふふふ、あ、あたしだけやられるのはふ、不公平じゃない……」

 相も変わらず腕をプルプルと震わせながら、俺に向けられるリズの視線――視線を合わせようとすると背けられるが――と手に持っている握り飯から、いつになく俺へと激しいプレッシャーが襲いかかった。俺も、久々に向けられるプレッシャーに固まっていたが、リズの手が止まる様子も全くない。

 ……やるしか、ないのか……!

 どうにかこうにか俺は『覚悟』を決めると、俺はリズが持っている握り飯に顔を近づけ、そのまま食そうと口を開き――

「や、やっぱり無理っ!」

「むがっ!」

 ――いきなり諦めたリズが照れ隠しに握り飯を投げ、そのまま俺の口へと見事なコントロールでシュートされ、俺の喉へと握り飯が突入していく。

 当然のことながら、徐々に息がしにくくなって来て、目の前のリズの顔が真っ赤から青ざめていく……俺の顔もそうなっているのだろう。

「ショウキ! ええと、水っー!」

 リズの持っていたペットボトルから、口に注がれるお茶によって握り飯を飲み込むと、なんとか一命をとりとめて深呼吸する。

「ぜぇ……はぁ……死ぬかと思った」

「ご、ごめん……」

 これもリズを無視して放置プレイしたり、サンドイッチを口に押し付けたりした天罰だというのだろうか。……しかしまあ、アインクラッドではどうやっても出来なかったことがリズとやれて、少し嬉しかったりもするけれど。

「大丈夫さ。……ところで、リズ……」

「うーん……違うわよ、里香!」

 話しかけようとしたところ、いきなり鼻先に指を持って行かれて、少し驚いて言葉を止めてしまう。

「ここは『向こう』じゃないんだから、あたしの名前は里香よ。ほら、あたしも翔希って呼ぶし」

 確かにここはもうアインクラッドではないのだし、だからといって今さら名字呼びというのも他人行儀な話だ。アバターの名前ではなく、現実の名前で呼ぶことには抵抗はないが、一つ気に入らないことがあった。

「……それじゃ、俺の呼び方が変わらないじゃないか」

「ん……まあそれは、そんな名前を付けたあんたが悪いってことで」

 確かにアインクラッドで本名をつけていたのは、俺とアスナぐらいのものだったらしいのだが、その言われようには少し腹が立った。

「そっちこそ、リズベットって名前なのに『リズって呼んで』ってどういうことだよ。だったら、最初から『リズ』ってキャラネームにすれば良いじゃないか」

「うぐ……い、良いじゃない、愛称みたいなのがあっても!」

 常々不思議に思っていたことを聞いてみたが、なんだかんだ彼女も適当に付けた名前だったのか、見るからにたじろいでいた。

「と、ところでさ。さっき何か言いかけてたけど、なんなの?」

 露骨に話題を変えたリズであったが、俺はその問いに少しだけ口ごもってしまった。何故ならさっき言いかけていたこととは、『向こう』の世界のことである、《ALO》のことなのだから。

「さっきの話は……」

「なによ、どうしたの?」

 リズはアスナの親友だった。彼女からしてみれば、親友が昏睡状態の手がかりがあるのだから、話を聞けば確実に行動を起こすだろう。

 だがALO――というより、アスナの調査は何が起こるか解らないし、そもそも無駄足だという可能性もある。そして何より、SAOから生還した彼女を、再びVRMMOへと誘うことなど出来はしない……!

 ……と、SAOの時の俺ならばそう言うことだろう。

「アスナのこと、なんだ」

「アスナの……?」

 SAOで俺はいつでも彼女に助けられて来て、リズがいなかったら俺は死んでいた。それに、こういうことでリズに隠し事をすれば、リズには絶対に許されないだろうから。

 リズに心配させたくないという俺のエゴで、親友が昏睡状態だということを話さなかったら、俺だったら激怒するところだ。

「アスナはまだ目覚めていない。……まだ、VRMMOに囚われているかも知れない」

「どういうこと……?」

 俺はリズに一から今の状況を説明した。ALOのこと、キリトのこと、アスナのこと、エギルのこと……そして、俺のこと。俺もキリトたちへの恩を返すためにALOに入って、風妖精《シルフ》として戦ったことや、今日も行ってキリトと合流する予定のこと。

 ……そして、まだ俺はVRMMOに入るということが、本能的に怖がってしまっているということ。最後はカッコ悪くて言い渋ってしまったが、SAO時代にはもっと弱いところを見られていると思い返すと、かなり恥ずかしかった。

 PoHとの一応の決着を付ける前の、シリカと会った時のような、無理に明るくしているような自分よりは、まだマシだけれど。

「まだSAO事件は、終わってないの……?」

 顔から血色が引いたリズに対し、俺は残酷にもコクリと頷く他無かった。

「そういうことに、なる……。何か解ったから連絡するから、アドレスを交換してくれ」

「あ、うん……」

 あらかた説明が終わってリズと携帯のアドレスを交換すると、帰るのに予定していた時間へとなってしまっていた。ほとんど何も学校を見ていないのだが、これ以上学校にいてはキリトとの待ち合わせに遅れてしまう。

「……俺はそろそろ『向こう』に行ってくる。またな、里香」

「……待って!」

 後ろ髪を引かれる前に足早に立ち上がった俺に、里香は俺の手を掴んで無理やり止めた。しかし、里香の口から次の言葉が紡ぎ出されたのは、さらに数秒の時間を必要とした。

「あ、あたしも一緒に……」

「……無理するなよ」

 ……俺が知っているリズベットならば、必ずそう言うとは思っていた。だけど、彼女はアインクラッドで鍛冶屋をやっていたリズベットではなく、ただの少女である篠崎 里香なのだ。

「里香。お前の手、震えてるじゃないか……」

「……ッ!?」

 俺を掴んでこの場に留めている彼女の手は震えていて、未だに里香がSAOのトラウマを克服していないのだと証明している。……俺も、人のことは言えないのだけれど。

「それは……あんただって……きゃっ!」

 里香の言葉が終わる前に、その震える手を俺の手で包み込むと、次第にその両手の震えは収まっていく。同時に俺の手で震えも収まり、アインクラッドではついぞ感じることが出来なかった、人肌の温もりが心地良い。

 ……そうだ、いくらVRMMOが『向こう』として確立しようとも、こここそが現実だ。里香のことが心の温度ではなく、体で感じることが出来る……この世界こそが真実だ。

「……絶対やりきるからさ。約束しよう」

「解った、わよ……」

 名残惜しいが里香の手を離すと、今度こそ家に帰るべく準備を完了させる。つまらない学校見学かと思っていたが、里香と逢えるとはかなりの成果であったと言える。

「あ……!」

 手を離すときに聞こえた、里香の残念そうな声は、こっちも照れるので聞こえなかったことにする。

「久々に逢えて、ナイスな展開だったよ、里香」

「うん、あたしもよ。約束、絶対に守りなさいよね!」

 そうして俺は学校から離れていき、ALOに行くために寒いなか家へと帰っていく。父や母に《アミュスフィア》が見つかれば、大変なことになるのは目に見えているので、急がなくては。

 ……そう、俺は急いで帰ってしまったので。

「……よし」

 この学校に残った筈の彼女が何かを決意したことを、俺が解るはずもなかった。 
 

 
後書き
メインヒロイン様のDEBAN!

……それはともかく、何だかコラボに興味が出てくる日々。

感想・アドバイス待ってます。 
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