アマガミフェイト・ZERO
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〈……一方その頃〉
前書き
毎日、数十名の方が読んで下さっているようで、嬉しい限りです。読んで下さった方が、楽しんで頂けるよう頑張ります。お気軽に感想お書き下さいませ。
「綺礼、〝聖杯の器″が確認出来たようだな」
「ああ、アインツベルンはそうとう急いだと見える。今回のは、自分で歩く事もままならない代物だよ」
中多邸の離れの中にある執務室。ランタンを模した電燈が、優しいオレンジ色を放ちながら室内を照らす。アサシンのマスター言峰綺礼が、部屋の中心でもある、精緻な模様が施された木製のデスクに座っていた。
部屋の隅には、応接用なのか、向かい合うソファーとテーブルが置かれている。どの家具も、手の込んだ装飾や、見目良いデザインをしており、高価な物だと一目で解る。
今、テーブルには高級ワインと、芳醇な香りを湛える赤い液体の入ったワイングラスが置かれている。そのグラスを見つめるアーチャ―が、ソファーに偉そうに座っていた。
「俺の聖杯を、ゴミ入れにさせるとはな。その所業、万死に値する」
アーチャ―の顔には血管が浮き上がり、お怒りの様子だ。
聖杯をこの世に現実化させるには、アインツベルン家が用意する〝特殊な器″が必要なのだ。前々回の第三回聖杯戦争が、器が壊れて終了した事で、アインツベルン家は前回から器に特殊な細工をするようになっていた。
「今アサシンにアインツベルンの根城を探らせている。まぁもう少し待て。どの道、器であるアイリスフィールは奪わねばならない」
特殊な細工とは、自己管理能力だ。アインツベルン家は、魔術の大家たる本領を存分に発揮し、人造人間に〝聖杯の器″としての機能を持たせる事に成功したのだ。
「ふん、いいだろう。ここは思った以上に面白い。無聊の慰めくらいなら、足りている。だが綺礼、急がせろよ」
「解っている」
「そして俺に無駄足を踏ませるなよ。その罪も軽くないぞ、綺礼」
「承知しているさ、ギルガメッシュ」
「綺礼様、お嬢様が応接室でお待ちです」
オレンジの輝きが、必然的に生み出す部屋の影。その影の中から、人形をした黒い塊が現れた。
「……解った。行こう。お前は引き続き、紗江殿の警護の任に当たれ」
「はっ」
言峰が無表情でデスクから立ち上がった。黒い人影が再び闇の中へと消えて行った。
「さて、今回はあの娘、何を用意したのやら」
アーチャ―も不気味な微笑を浮かべると、ソファーから立ち上がった。
「きょ、教官っ。あの……ケ、ケーキ作って、みました……」
離れの応接室と言っても、五十人は優に入れるくらいの広さがある。部屋の中央には、細長い巨大な純白の長テーブルがあり、三十脚程度の椅子がテーブルを囲んでいる。室内には生クリームやスポンジの甘い香りが漂っていた。
中多紗江が、テーブルの横にちょこんと立っている。可愛いフリルの付いた白いエプロンを付け、顔を赤くして俯いている。彼女の横にはキャスター付きのおしゃれなワゴンがあり、その上に一切れのショートケーキが大量に並んでいる。
「……これは紗江殿、いったいどうされたというのですか?」
あまりのケーキの量に、言峰は一瞬言葉を失った。
「え、えと、い、いつも頑張っている、皆さんに、何かプレゼントしたい。あの、そう思って……。それと、ア、アルバイトの練習に、なるかなって」
紗江は、商店街にある制服が可愛いファミレスのアルバイトに、申し込みたいと思っていた。でも、ちゃんと出来る自信が、紗江には無かった。良く知らない人と話すのが苦手な自分。予想外の出来事が起こると頭の中が真っ白になって、どうしたら良いか解らなくなる自分。そんな自分を変えたい。でも、やっぱり怖い。
言峰にとって、不安と懸命に闘う健気な紗江の姿は、極上の美酒以上に自分を高揚させた。神はこの子に試練を与え、成長を促している。ならば、私も神に仕える者として、その意に従うまで。言峰は、紗江を無事ファミレスのアルバイトに合格させるべく、アサシンを駆使して集めた情報を下に、特訓を色々考えて紗江にやらせていた。その甲斐あってか、近頃は紗江も自分でアルバイトの為に、色々やるようになっていたのだが……。
「よく、学校の後でこれだけの量を作れましたね」
「……えと、ザイードさんも、手伝って下さったので」
「お嬢様のお手伝いも、仕事の範疇と捕えましたので」
紗江の後ろに、片膝を付いて頭を垂れる黒ずくめのサーヴァントが、音も無く現れた。全身を黒装束に身を包み、顔を白い仮面で隠している。
「……あの、めい、わく……でしたか?」
両目を閉じて無言になった言峰に、紗江が恐々声をかける。
「……いえ。せっかくの紗江殿のご厚意ですから、ありがたく頂戴いたします。アサシンも、何人かは呼びかけに応じれるでしょう」
言峰が虚空に呼びかける。すると、部屋のあちこちに不気味な黒い人影が、次々と現れた。どの人影も、先ほどザイードと呼ばれたサーヴァントのように、全身黒ずくめで不気味な仮面を被っている。アサシンというサーヴァントは一人の筈。なのにいったい、これはどういう事であろうか。
言峰の近くに現れた人影が立ち上がり、頭を垂れた。身体付きから、女性だと解る。
「来れるものだけですが、集合しました」
「紗江殿からのご厚意だ。皆で受け取るがいい」
女アサシンが、紗江の方を向いて再び頭を下げる。
「お嬢様、度々のご厚意、まことにありがとうございます。我らのような闇の者に、このような愛情。もったいなく思います」
紗江が顔を赤くしながら、ふるふると頭を振る。
「い、いえ。わ、私には、これくらいしか出来ないので……でも、やっぱり、その衣装の方が、似合います」
「まことその節は、幾度頭を垂れても足りません。お嬢様のお陰で、この異国の地でも違和感無い格好で隠密に望めております」
「そ、そんな。む、昔集めてた〝コンコン忍者団″の衣装が、残ってただけで……。それに、その、ザ、ザイードさんも、足りない分を縫うの手伝って下さいましたし……」
女アサシンを始め、全ての黒ずくめのサーヴァントが身に纏っているのは、黒い忍び装束だった。そして顔に付けた仮面は、目を細めた白い狐の面。
〝コンコン忍者団″とは、戦国時代に輝日東町に実在した、輝日東忍軍をモデルにした戦国漫画。〝ビーバー三国志″と並んで小学生に大人気で、中多紗江はもちろん、純一と美也も大好きだった漫画だ。
「ザイード、我らが本来の務め努々忘れるなよ」
「……申し訳ありません」
女アサシンの感情を殺した声は、ザイードを震えあがらせるのに十分だった。
「そこな娘。この世の王たる我を差し置くとは、どういう了見だ?」
「あ、す、すす、すみません! え、えと、ふ、服出来ました。……い、いかがですか?」
中多紗江が、椅子の上に置いてあった紙袋を手に取り、中から一着のシャツを取り出す。紗江の顔は、緊張で強張っていた。アーチャ―の前まで行き、シャツを広げて見せる。
アーチャ―が目を細めて、シャツを隅々まで舐め回すように見る。
「こ、今回は、十八世紀スコットランドの、きゅ、宮廷衣装を、参考にして、つ、作ってみました」
「ふむ。……まぁ、着てやってもいいだろう」
「ほ、ほんとですか! よ、よかった……」
眼に涙を浮かべた紗江が、へなへなと座り込んだ。
「お、お嬢様っ」
部屋中のアサシンが一斉に声をあげ、紗江に駆け寄ろうとする。
「あ、だ、大丈夫、です」
狼狽する狐面の忍者集団に、紗江があどけなさの残る笑みを向ける。
忍者集団は、ふんぞり返るアーチャ―を一瞬見た後、再び片膝を下って紗江に向かって頭を垂れる。
少し震えながら立ち上がると、紗江は可愛く身だしなみを確認して、改めて部屋に居る全員を見渡した。
「えっと、じゃあ、皆で、ケ、ケーキ食べましょうか」
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