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ドン=パスクワーレ

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第一幕その三


第一幕その三

「本当にね」
「信じておらんな」
「うん、そうだよ」
 そしてそれを自分でも認めるのだった。
「大体相手がいるのかい?見つかる?」
「赤い糸はまだ健在じゃ」
 こんなことまで言う老人であった。
「さて、相手は誰かのう」
「いるわけないよ」
 エルネストはもううきうきとした顔になっている叔父を見ながら述べた。ここで部屋に背の高い、しかも顔がやけに長く鼻も高い白いコートの男が部屋にやって来た。
 目は黒く穏やかな光を放っている。白い服はコートだけでなく上着もズボンもであった。帽子だけが黒い。その服からどうやら医者であることがわかる。その彼が部屋に入って来たのである。
「あっ、マラテスタさん」
「こんにちは」
 エルネストの言葉に応える形で医者は帽子を取ってからそれを右手で己の胸の前に置きそのうえで恭しく一礼してみせたのであった。
「パスクワーレさんもエルネスト君もご機嫌麗しゅう」
「それでどうじゃった?」
 パスクワーレは椅子から立ち上がってマラテスタに尋ねてきた。立ってみればその丸々とした身体が余計に目立つものだった。
「相手は見つかったかのう。そのじゃ」
「若くて美人で」
 マラエスタはにこりと笑って彼に応えてみせた。
「そしてお金持ちで謙虚な人ですね」
「見つかったかのう」
「いる筈ないじゃないか」
 エルネストは横で聞いていてまたこんなことを言った。
「そんな相手が」
「はい、いました」
 ところがマラエスタはここでこう言うのであった。
「ちゃんとね」
「えっ!?」
「おお、そうか」
 今のマラエスタの言葉を聞いてエルネストは思わず驚きの声をあげパスクワーレは喜びの声を出した。
「まさか」
「それは何よりじゃ」
「その淑女はです」
「うむ、誰じゃ?」
「ソフロニアといいます」
 顔を上げて自分に問うてきたパスクワーレへの言葉であった。
「それが彼女の名前です」
「ソフロニアというとじゃ」
 パスクワーレはその名前を聞いて考える目になった。そうしてその髭だらけの顎に左手を当ててそのうえで述べるのであった。
「あんたの妹じゃな」
「はい、そうです」
「それは何よりじゃ。では早速じゃ」
「結婚されるのですね」
「善は急げじゃ」
 何時の間にかそれが善行になってしまっていた。パスクワーレが何時の間にかそうしてしまっていた。
「じゃからのう」
「わかりました。それでは」
「そしてエルネストよ」
 小躍りしそうな中で甥に対しても顔を向けてきた。そしてそのうえで告げるのであった。
「御前はじゃ」
「僕は?」
「出て行け」
 まずはこう言ってきたのであった。
「すぐにこの家を出て行け」
「出て行けって?」
「わしは結婚し相続人を作ることにした」 
 だからだというのである。
「もう御前に用はない。出て行くのじゃ」
「出て行くって」
「安心せよ。ちゃんと仕事は用意してやるし年金もやる」
「そういう問題じゃなくて」
「相続人でない御前に用はなくなった」
 小躍りする中で彼に言い続けるのだった。
「だからじゃ。もう出て行くのじゃ」
「そんな、急に」
「やれやれ、また悪い癖が出て来たな」
 マラテスタはそんなことを言い出したパスクワーレを見て苦虫を噛み潰した顔になった。
「こんなところがなかったら本当にいい人なのに」
「無茶苦茶な」
「いいや、わしは決めたぞ」
 もう甥の言葉を聞いてはいない。
 
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