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ドン=パスクワーレ

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第二幕その五


第二幕その五

 パスクワーレが気付けば屋敷の中は使用人達が右に左に動き回り商人達が次々に出入りしてくる。彼は居間のソファーに座りながら灰になったかの様に崩れ込んでいた。 
 そうしてその中で。こう呟くのであった。
「悪夢じゃ」
 両手で頭を抱え込んで呟いていた。
「何でこうなったのじゃ。何が起こっているのじゃ」
 今起こっていることをどうしても認めたくなかった。その間にも使用人達が部屋の中を走り回っている。
「絵も取り替えて」
「それでコートはあっちに」
「銀の食器は?」
「さて、ベッドも取り替えて」
「無茶苦茶ではないか」
 自分の周囲を走り回る彼等の声を聞きながらまた呟くのだった。
「しかもじゃ」
 前にあるテーブルの上には領収書の山であった。
「僅か一日でここまで使うのか。これではじゃ」
 彼が最も恐れることが脳裏をよぎった。
「破産じゃ」
 それであった。それを恐れるのだった。
「破産してしまう。これ以上の贅沢は何があってもじゃ」
「奥様、これで宜しいのね」
「ええ、これでいいわ」
 パスクワーレが呟くその前に赤い髪の小柄なメイドを伴ったノリーナがやって来た。見れば見たこともないような派手な、金と銀の刺繍まである絹のドレスに身を包んでいた。帽子も白く大きい見事な羽根帽子である。
「さて、それじゃあ」
「待て」
 パスクワーレは彼女に気付いて声をかけた。
「何処に行くのじゃ?」
「お芝居を観に」
 平然とこう答えるノリーナだった。
「行って来るのよ」
「馬鹿な、今日じゃと」
 それを聞いて大いに驚いて思わず席を立ったノリーナだった。
「今日は何の日かわかっておるのか」
「何の日だったかしら」
「結婚したのは今日じゃぞ」
 血相を変えた顔で彼女に告げた。
「初夜でもう外出か。そんな嫁がいるものか」
「さっきも言ったけれど屋敷の主は私よ」
「いいや、わしじゃ」
 その血相を変えた顔で妻の前に出て来て主張する。
「だから行かせぬ、絶対にな」
「絶対になのね」
「そうじゃ、絶対にじゃ」
 強い声で妻に告げるのだった。
「何があろうともな」
「わかったわ。それじゃあ」
「早く部屋に戻れ」
 絶対に許さない口調であった。
「何があってもな・・・・・・うぐっ!」
「こうするだけよ」 
 左手で思い切りパスクワーレの頬を平手打ちしたのであった。そのあまりもの威力の前に老人は大きく吹き飛ばされてしまった。
 そこから何とか体勢を立て直し。思いきり抗議するのだった。
「な、何をするのじゃ!」
「誰が何と言おうが行くわ」
 こう言って喚く夫の前を過ぎ去っていく。
「それだけよ」
「ゆ、許さん!」
 はたかれた頬を押さえながら遂に怒りを爆発させたパスクワーレだった。
「離婚だ、離縁だ、絶縁じゃ!」
「それでは奥様」
「ええ」
 彼が喚くのをよそに平然と部屋を後にするノリーナだった。残されたのは老人だけであった。
「とんでもない女じゃ」
 今更ながらこう言うパスクワーレだった。
「わしはどうすればいいのじゃ・・・・・・んっ!?」
 ここで彼は床にあるものを見つけた。それは手紙だった。
「あいつの手紙か?」
 ノリーナのものだとすぐに察した。それでその中を読んでみると。今度は使用人達と同じく右に左に慌しく動き回ることになってしまったのであった。
「今度はこれか!」
 手紙を読みながら絶叫するのだった。
 
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