ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
氷世界への片道切符
「もう一時になるねー」
メニューウインドウのシステムクロックと睨めっこしていたレンがそう言った。それに帰ってくるのは、軽いため息二つ。
「もうそんな時間かー。そりゃ眠くなるわねー」
リーファがふぁあぁ、と大欠伸をしながら言う。その隣でキリトも、大口を開けている。
「シルフ領を出発したのが夕方だったから………うわ。もう八時間もダイブしてることになるよ」
現実的なその数字に、ふぅ、とため息とも何ともつかない呼気が重なった。
今現在一行が集団で飛行しているのは、アルン高原のど真ん中だった。
シルフとケットシー両領主達と別れたのが、アルンとアルン高原をぐるりと囲む大山脈にうがれた三台峡谷の一つ。《蝶の谷》を出たところの台地だった。
そこから翅を目一杯震わせる全力飛行と、漆黒の旋風のように駆けるクーの背をこまめにチェンジしながらここまで来たのだが、キリトとリーファの目がとろんとし始めた。リーファに至っては、淑女としてはあるまじき大欠伸も目立ち始めてきた。
「アルンもまだまだ先だし、ここら辺で落ちようよ」
「まだまだって言うけど、あとどれくらいなんだ?」
キリトの問いに、リーファは何度目かもしれない欠伸を噛み殺しながら言った。
「今日中には、絶ッッッ対辿り着けないくらいの距離よ~」
「なるほど。それなら仕方ないな」
「でしょー?」
などと気を抜いた会話の最中にも、リーファは抜け目なく辺りをきょろきろ見回していた。すると何と言うことか────
「あっ!あそこに村があるよ!!」
うん?と一同がリーファの指差す先をつられるように見ると、確かに彼女の言う通り、小規模の森の中に小さな小村が見て取れる。
しかし、レンの記憶に間違いがなければこんな所に村などという物はなかったはずだ。
アルン高原の中には、確かに村や街規模のものは点在しているが、《蝶の谷》からアルンまでの直線距離上にはおよそそんなものは存在しない………はずだ。
夢でも見ているのか?と頬をつねってみるが、村は小揺るぎともせずにそこにある。
いよいよ不思議に思って、隣を飛行するカグラを向く。ちなみにクーは、一向の真下を疾走中だ。
「ねぇカグラ。こんなとこに村なんてあったっけ?」
すると、巫女服と言う派手すぎるいでたちのインプも、摩訶不思議とでも言いたそうな顔で首を捻っている。
「いいえ。私の記憶でも、こんな場所に村などあったようなことは………」
二人がそんなことを言っている間にも、眠気全開のお二方は我先にと降りようとしていた。
カグラがそれを引きとめようと口を開きかけた瞬間、レンは背後に妙な気配を捉えた。
そう。それはまさに、ルグルー回廊でテオドラと相対した時と同じ感じ。
しかし、テオドラほどの圧倒的気配はない。だが、ALO基準から見れば、やはり一線を画す強大さだ。
「待って、カグラ」
だからレンは、手だけでカグラを制した。カグラのほうも、レンの表情を見て素直に口を閉じる。
それを見ても全く満足そうな顔にならず、レンは一言だけ鋭く叫ぶ。
「クー!!」
瞬間、漆黒の巨体が二人の間に音もなく現れた。
顔だけでレンの身長にも匹敵する黒狼は、目線だけをレンに向けてくる。
すぐにレンは、ピンと凛々しく立っている犬耳に顔を突っ込むように囁く。
ワォーン!とクーは一声鳴くと、その巨体をもう一度煙るように掻き消えさせた。
同時に遥か彼方で上がったのは、リーファと世にも珍しいキリトの悲鳴だった。二人が再び顔を戻すと、そこにはクーなどアリほどにも見えるほどに巨大なミミズが、大きな大きな大口を開けるところだった。
「なっ…………ッッ!!!」
カグラの、明らかに狼狽した声。
今日は珍しいものをよく見るなぁ、とレンは思う。圧倒的なその景色のせいで声が震えないように気をつけながら、ゆっくりと口を開いた。
「思い出した。思い出したんだよ、カグラ。モンスターがまったく出ないって言われてるアルン高原だけど、それには唯一の例外があるんだ」
「…………………………………」
カグラは何も言わない。まるで、呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、彫像のように固まってしまっている。
「それが、《アレ》だ。半強制的に地下世界《ヨツンヘイム》に連行されるイベント………。広いアルン高原のどこかにたま~にランダム配置されるって噂には聞いてたけどね。僕も実物を見たのは初めてだよ」
まるで他人事のように───実際その通りなのだが───言うレンに、さすがのカグラも噛み付く。
「そんなのんびりしている場合ではありません!た、助けなくては………!」
「あー、だいじょぶだいじょぶ」
間延びした声で、レンは指差す。
カグラがその方向に目を凝らすと、ちょっとした湖くらいの大きさの大口の中に吸い込まれていくキリトとリーファの小さすぎる影を包み込む、少し大きな影があった。
「あれは………クーですか?」
こくりと頷く紅衣の少年。
「そ。まぁ、よっぽどのことがない限りはクーが守ってくれるでしょ。それに────」
そこでレンはいったん言葉を切った。それに耐え切れずに、カグラはそれに?と問う。
紅衣のケットシーは髪と同じ色のツヤのある真っ黒なネコミミをひょこひょこ動かしながら、顔一杯に悪戯っ子がイタズラをやる時のような笑みを浮かべた。
「ああ見えて、キリトにーちゃんは結構しぶといから」
「…………………」
理由になってねぇ、とカグラは激しく思ったが、言わなかった。
再び硬直するカグラの前で、変わらずに翅を羽ばたかせながらレンはあははと笑う。
「まぁ、キリトにーちゃんはともかくとして、リーファねーちゃんには今からやることは見て欲しくないってのもあるかな」
えぇ、とカグラもこれだけには賛同した。
「彼女には、見せる訳にはいきませんね。………これから行う、血みどろの戦いを」
「…………そうだね」
次いで、少年は重いため息を吐き出す。
「まぁったく、少しは休憩って言葉を知らないのかね~?ついさっき、とびっきりの大技をやったばかりだってのに」
「レン、大丈夫なのですか?私が全て相手をしても………」
言いかける巫女装束のインプの言葉を、レンは片手で制し、チッチッと人差し指を立てて振った。
「これは僕が言い出したことだよ?手伝ってもらうのはありがたいけど、僕が休んでいる間にカグラが一人で戦ってるなんて、僕には耐えられない」
「し、しかし────!」
カグラは翅を震わせることを中断し、ふわりと舞い上がる緋袴の端を無視して叫ぶ。
「あなたの身体はもはや限界なんですよ!?一時の休憩も与えられない脳は疲れきり、ニューロンの伝達速度は著しく減衰しています!今のレンは、過剰光すらもろくに投影できないほどにまでボロボロに擦り切れているんですよッ!!」
カグラのその叫びは、微風に乗って彼方まで木霊になって消えた。
しかし、その叫びを向けられた本人は、何の反応も示さなかった。ただ、ぴたりと羽を止めて空中に静止した。
そして、振り返る。
ボロボロの笑顔を浮かべた顔で、振り返る。
「それでも、まだ死んでない」
「────────ッッ!!!」
その笑顔に、カグラは途端に何も言えなくなった。
なぜだろうか。否、そんなものは愚問だ。
答えはもう、わかっている。
わかってしまっているのだから。
少し押しただけで、脆くも壊れてしまいそうなその笑顔の裏に潜む、巨大すぎる覚悟に打ちのめされたのだ。
ああ、とカグラは思う。
この少年は、本当にマイのために死ぬつもりなのだと。自らの身体が滅びようとも、自らの精神が砕かれようとも、執念であの真っ白な少女を救おうとしている。
───結局は、同じなのか?
そうカグラは思う。
彼女は、今はなきあの世界の神に仕えていた時に、見ていた。
マイと呼ばれるあの少女が関わったプレイヤー達が、崖から突き落とされるように、面白いほどに墜ちていく姿を。
彼らは皆一様、カグラの神速の抜刀術と心意技の前に手も足も出せずに敗北した。しかし皆が皆、真っ白な少女を殺そうとするその瞬間にカグラの刀の前に飛び出し、少女を守るために死んだ。
そして、その全員が言うのだ。自らの血で真っ赤に染まった手を、まるで祈るように掲げながら。
よかった、と。
涙を流しながら言うのだ。
滝のような涙を流しながら、満足そうにその命を散らす。
その光景を、カグラはうんざりとするほどの間見てきた。
かつてカグラが己が剣を捧げた主は、その光景を見ながら、さも楽しそうに哄笑しながら言ったものだ。
見てみろ、アレは魔女だ。人の心を惑わし、地の底まで貶める悪魔だ、と。
それを否定するわけではない。あの光景を見てしまった身としては、否定などできるはずもない。
しかし目の前で笑みをたたえる少年は、そんな呪いなど、跳ね除けてしまうような気がしてならない。
言葉では言えない。しかし、感じるのだ。
この少年は、これまでの者達とは何かが違うと言うことが。
「来たよ!」
カグラの長い思考は、レンの鋭い叫びで霧消した。
急いで首を巡らすと、右斜め後方の彼方から物凄い速度で飛来する物体が見えた。視界の端で、レンが手を動かそうとするのが見える。
それを左手で制し、カグラは右手を左腰に差している相棒《冬桜》の柄に添える。
「ふっ!」
鋭い呼気とともに、神速の一閃が放たれる。
それだけで、彼我の距離は明らかに刀の範疇を越えていたにも関わらず、飛んできた物体はにわかに速度を失って落下し始めた。カグラはすでに鞘に収めた相棒から意識を外して、目を凝らす。
落下していく物体は、パッと見たら長槍のようなものだった。しかし、槍にしては先端が平べったすぎる。
槍という武器は本来、カテゴリとしては刺突武器となる。あんな平べったさならば、どちらかと言えば斬撃ダメージを与えるだろう。
しかし薙刀と言えば、それも違うかもしれない。その刃部分の形状が、とても片刃のそれではなくて両刃のそれなのだ。
「戟………ですか」
戟。
それは、あまり耳に馴染みのない武器の名称だ。少なくとも、ドラ○エとかの王道RPGではあまり登場しないだろう。しかし、三国志などの大昔の中国に関する本にはよく登場する。
複数の種類があるが、二人の前方を落下していく戟は一般的な矛の性能を持ったものらしい。
その柄を、地上から伸び上がった影ががっしりとキャッチした。
そして、その後を追うように出現する二つの影。
戟を空中で掴み取ったのは、漆黒の金属鎧を全身に装備したウンディーネ。額の鳥をかたどった額宛の下から、鋭い眼光を覗かせる。
空中を流れるかのごとき滑らかさで飛翔してくるのは、薄手のノースリーブジャケットを羽織るシルフだ。
腰のベルトに差してある片手剣に添えられた星の形をしたアミュレットが、太陽の光を浴びて身をよじるように瞬く。
そして三人目は、目にも鮮やかなオレンジ色の軽鎧に、若干ひょろっとした身体を包んだスプリガンだ。
お世辞にも影妖精には見えないほどに、見た目が派手だ。キリトと同じく───スプリガンは皆そうなのだろうか───ツンツンに逆立った髪は、くすんだ金色をしている。これで派手なTシャツとかでも着ていたら、どう見てもチンピラかゴロツキに見えてしまうだろう。
「へぇ~、こりゃあすごい面子だね」
空中に静止するレンとカグラの前に止まったのは、三人の妖精達。
三人の男を見ながらレンは
「セイにーちゃん、リョロウにーちゃん、それから……ウィルにーちゃん」
不敵に言った。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「急展開というか………ハードだね」
なべさん「うん、ハードハード♪泣きっ面に蜂とまでは言わないけど、毒を飲んで弱ってるところに更に毒を飲まされた、みたいな感じだねー」
レン「キリトにーちゃん達は普通にミミズに飲まれるし……」
なべさん「普通にミミズに飲まれてたまるかい」
レン「出てきた面子達は凄いし……」
なべさん「彼らについてはまた次話と言うことで。はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
──To be continued──
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