季節の変わり目
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塔矢行洋の碁会所
塔矢行洋経営の碁会所の階段をカツカツとのぼっていく。五階に着き、一見、手動に見える和風の自動ドアが開く。
「あらっ、アキラ君に緒方先生」
受付の市川さんがこちらをぱっと見て顔を輝かせる。緒方が席料を二人分払って席を取ろうと奥に進んでいくと、碁会所のドアがまた開いた。そこに現れたのは、制服を纏った佐為だった。ネイビーブルーのブレザーに、赤いネクタイが映えるデザインの制服は佐為によく似合っていた。初めて来るこの碁会所におろおろしていると、受付の市川さんに優しく声をかけられる。
「初めてかしら」
「あ、はい」
聞き覚えのあるその声色に塔矢はばっと振り返った。
「藤原さん!」
「塔矢さん」
突然の知り合いの登場にお互い驚き、ぽかんと口を開ける。緒方は「藤原」という名字に反応した。あれは8月の後半に芦原から聞いた話。芦原が49目差で、アマチュアに負けたと。
「どうしてここに?」
自然な流れでそういう話になる。佐為はヒカルに以前この碁会所を教えてもらっていたから、いつか訪ねてみようと決めていたのだ。そう話すと塔矢は納得したが、なぜ平日のこの時間に、と疑問が湧いた。
「今日は学校が早く終わる日だったんです」
佐為はほくほく顔で塔矢に言う。その表情に塔矢は赤くなり、恥ずかしさのために目のやり場に困ってしまう。そんな塔矢の肩に手を置いて、緒方は問うた。
「アキラ君、この子は・・・」
「藤原佐為さんですよ。前芦原さんが言っていた人です」
「この子が」
緒方は意外な反応を隠しきれなかった。進藤や和谷と仲がいいと聞いたから、少しやんちゃな高校生を想像していたが、第一印象からしてそれは全く当てはまらず、雰囲気からして花でも咲かせそうなくらいに美しかった。制服を着ていなければ、きっと女と錯覚していただろう。
「え、緒方十段?」
「ああ、初めまして」
緒方が手を差し出すと佐為は緊張した面持ちでその手を取った。
「あなたの話は芦原から聞いていました。私は塔矢門下の一人だから自然と耳に入ってきたんです」
「芦原さんが?」
佐為は自分の知らないところで噂されていたことを今初めて知り、思わずきょとんとする。
「良かったらご一緒しませんか?進藤の話を聞くのもいい」
緒方は佐為に微笑みそう言った。プロ棋士が揃って打ちたくなるほどの腕の持ち主。試してみるのもいいだろう。
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