真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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崑崙の章
第11話 「お土産?」
前書き
はい、正解はCMの後……ではなく、本文をどうぞ。
―― 黄忠 side ――
盾二様が、台車の上に乗っている鍋の蓋を開ける。
すると、ものすごく香ばしい匂いが部屋中に広がる。
この匂いはなんとも芳しいのですが……そこにあった鍋の中身に、わたくしを含めた部屋の人間全てが驚愕する。
その料理は……どうみても。
料理とは言えないモノのように見えた。
「き、きっさまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
突然、罵声がしたと思ったら、盾二様に飛び掛る人影。
それは璃々と似たような幼児服を纏った男性のような女性。
桔梗の弟子である、魏延さんでした。
「うわっと!?」
飛び掛られた盾二様は、台車がひっくり返らないように少し押し出し、魏延さんの出した拳を受け止める。
バシンッ、と乾いた音からして、その剛力さを想像させるが、それを受け止めきった盾二様もすごい。
彼は今、あの黒い服を着ていない。
一般服をまとっているので、その地力で魏延さんの豪腕を受け止めたのですか!?
「あたた……きゅ、急に殴りかかってくるなんて、どういう料簡だ?」
「やかましい! 貴様……桔梗様の前に肥溜めを持ってくるとは、どういう意図だ! 場合によっては客人であろうと容赦はしない!」
そう。
盾二様が持ってきた鍋の中身。
それは黄土色のどろっとした内容物。
わたくしが見ても……その、こ、肥溜めのようなモノだった。
「こ、肥……酷い言われようだな。まあ、色からしてそうかもしれんが……これはれっきとした料理だぞ?」
「嘘をつくな! こんな汚い色の料理があるか! ワタシ達が田舎者だと思ってバカにして!」
そう言って盾二様に右足で蹴り上げようとする。
その蹴りを後ろに飛びずさることで避けた盾二様に、魏延さんが再度殴りかかろうとした、その時。
「やめんか、焔耶!」
桔梗の怒号により、ピタッと足を止める魏延。
振り返った魏延さんの眼は、どうして止めるのかと言わんばかりに燃え滾っていた。
「盾二ほどの男が、わしらに対して礼を失するようなことはせん! なにか理由があるはずじゃ!」
「しかし、桔梗様!」
「くどい!」
そう叱る桔梗に、魏延さんは歯噛みをして盾二様を睨む。
ぽりぽりと頬を掻いた盾二様は、構えを解いた。
「いやー……ここまで拒否反応があるとは。正直予想外でした。すいません」
そういって、ぺこりと謝った。
「……とはいえ、これはいったいどういうことじゃ? どう見てもこれは……」
「あ、いえ。これ、本当に料理だよ。見た目はそう見えなくもないけど……匂いはどうです?」
「む……?」
そういえば、とても香ばしい匂いは、いまだ目の前の鍋から漂ってくる。
とても肥溜めとは思えない。
「この料理の名前はカレーと言うんだ」
「かれえ?」
「ええ、ここより南西にあるインドって国があってね。今だとクシャーナが滅びるかどうかだったかな? そこで生まれる料理だよ」
「いんど? 南というと、南蛮のことかの?」
「ええと……いや、それは東南アジアで、それより西の……ああ! そうそう、天竺、天竺だ。これ、天竺の料理です」
天竺……?
遥か西にあるとすれば、崑崙とその先にある身毒の国。
そこのことかしら?
「あれ? 天竺って知らない?」
「知らぬ。西にあるのは崑崙、その先には身毒という国じゃ。天竺とはどこじゃ?」
「ええと……あー……たぶん、その身毒ってところかな? 天竺って言われだすのは七世紀ぐらいだったかも……」
そんな遠くの国の料理ですって?
確かに一部の商人は遥か西の未開の地を通って羅馬まで行こうとする人すらいますけど……
「と、とにかく、これはれっきとした料理です。これを……」
盾二様が、更に白米を盛り、それに『かれえ』をかける。
それを一人一人の前に、置いていく。
「ええと、この料理ですけど、辛いです。まずそれを理解してくださいね」
「辛い……麻婆みたいにか?」
「えっと……ああいう辛さじゃないかな。あれは山椒……花椒の辛さと唐辛子の辛さだけどね。これはスパイスの辛さだよ」
「すぱいす?」
「まあ、食べてみればわかるかと……ああ、璃々ちゃんには辛すぎるから、蜂蜜を入れた甘辛いの作ったからね」
そう言って、別の鍋から白米にかけていく。
とはいえ、この子は麻婆も食べられるから、辛いのでも平気なのですけど。
「はい、ええと……君の名前は?」
盾二様は、魏延さんの前に『かれえ』を置こうとする。
「ふん! 貴様などに名乗る名前などない!」
「それ、俺が賊に言ったセリフ……使われるとムカッとくるな、これ」
「すまんの、盾二。そやつは魏延。わしの弟子じゃ」
「ああ……あの話の」
桔梗の独白を聞いていたわたくし達ですものね。
なしくずしに紹介してしまいましたけど……印象は最悪かしら。
「とにかく、騙されたと思って食べてみてくれよ」
「なにぃ!? 騙す気なのか!?」
「た、たとえだよ、例え! 素でそういうこと言う人、初めて見たわ!」
今にも掴みかかろうとする魏延さん。
この子……ものすごく直情な子なのね。
桔梗が頭を抱えるのがよくわかるわ。
「と、ともかく……一口どうぞ。文句はそれから聞きますから」
「断わる! ワタシはそんなものを食べる気はしない!」
「………………まあ、無理に、とは言いませんがね。桔梗と紫苑はどうする?」
盾二様はそう言うけど……これはちょっと躊躇う色ですわね。
「おにーちゃん。これ、どうやって食べるの?」
「あ。そうか、スプーンは……いや、レンゲでいいか。それで食べて」
「はーい」
璃々が物怖じもせずに、レンゲでかれいを掬って口の中へ……
「あむあむ……」
璃々が食べる様を、わたくしも桔梗も、そして魏延さんも見守る。
と――
「んー? これ、たべたことないあじだー」
「うん。たぶんそうかもね。で、美味しくない?」
「ううん。ちょっとからいけど、 おいしーとおもうよ?」
そう言って二口目を食べる璃々。
……はっ。
わたくしとしたことが……あまりに唖然として娘に毒見させるなんて。
「わ、わたくしもいただきますわ」
そう言って、レンゲで黄色くとろみのついたあんかけをご飯と一緒に掬う。
「………………」
だ、だいじょうぶ。
璃々が美味しいと言うのですもの、これは食べられる……はず。
「はむ!」
一口食べると――
「!? か、からっ!?」
今まで感じたことのない辛味が口の中一杯に……一杯に……
「……あ、あら? 辛いけど……美味しい?」
かーっとくる辛味だが、ジンジンくる花椒とは違う。
香ばしい匂いが食欲をそそり、辛味が汗を噴出させる。
だけどこれは……美味しい。
「辛いけど……いろんな味が奥底にあって……それがまた辛さと実にあっていて……これは、美味しいですわ!」
「…………どれ、わしも」
桔梗も恐る恐る口に運び――
「むお!? 辛いっ!? 辛い、が……おお、うまい」
「ま、真ですか、桔梗様!?」
桔梗の言葉に信じられないような顔をする魏延さん。
確かにこれは、色としてはとんでもないですけど……すごくおいしいですわ。
「……不思議ですわね。なんだか食べるごとに食欲が増すというか……汗が出るのですが、それが心地いいなんて」
「当然だな。これは薬膳料理だからな……おかわりをくれ」
あら。
すっかり忘れていましたけど、いたのですのね、華佗さん。
「いつの間に喰ってたんだ、華佗。まあいいけど……よくわかったな、これが薬膳だって」
「俺は医師だぞ? 口にしてみればどんなものか大体わかる。しかし美味いな、これは」
そう言って、よそってもらったおかわりを勢いよく食べる華佗さん。
「薬膳……薬なのですか?」
「ああ。これに使われているスパイスというのは、基本薬なんだよ。発汗をうながすものと、胃と内臓をよくする薬がほとんどでね。まあ、基本のガラム・マラサとターメリック、唐辛子にショウガ、ニンニクに胡椒、カルダモンやクミンなんかも入っている。およそスパイスと呼べるものは、結局十三種類しか見つけられなかったけどね」
「十三!? そんなにいろいろなものが入っているのですか?」
「まあ、そのほかにじゃがいも、人参、玉ねぎに鶏肉を入れてあるけどね。本当は牛乳があればよかったのだけど、流通はしていないみたいで……」
「なんと……これは宮廷料理か!?」
桔梗が言うのも無理はない。
材料にそんなにも大量のものを使う料理など、天子様が食べる宮廷料理ぐらいでなければ思いもつかない。
「うーん……まあ、伝来したイギリスじゃ王宮料理として出していた時期もあったらしいけど……基本的には俺なんかだと野戦食なんだよね、これ」
「やせん……糧食だというのか、これが!?」
「そ。材料は基本的に日持ちするものが多いからね。それでいて健康にもよく、美味しい。食料がないときに臭くて食べられない蛇なんかの匂い消しにもつかえるね」
「……なんと」
「まあ、それ以上にこの辺の気候は四季がはっきりしていて高温多湿。日本みたいな気候だからね。夏だと三十度越えることも多いだろ? 糧食の腐敗や食中毒の被害も多いはずだ。だからこそ麻婆やカレーなどの食事はそれを救うだろうね」
???
糧食が腐るのはわかりますけど……しょくちゅうどくってなんでしょう?
「北郷……それは本当か?」
「さすが華佗、喰い付いたね。本当だよ。麻婆で使われる花椒は、精神安定、消炎鎮痛、血圧を下げ、消化を助ける効果もある。大量に使えば一時的に麻酔の効果もあるみたいだね。そしてカレーはそれ自体が整腸剤みたいなものだ。使いすぎると問題あるけどね」
「なるほど……確かにここより南部での水や食べ物による被害は多いな。かれい……いや、カレーか。ふむ……」
「何度も言うけど食べ過ぎちゃだめだぜ? 特に香辛料は、取りすぎると逆に悪化する。薬と毒は表裏一体……華佗ならわかるだろ」
「うむ。確かにな……すまん、北郷。このカレーという料理の調合と、すぱいすとかいうの、後で教えてくれるか?」
「もちろん。それも目的の一つで出したからな」
……よくはわかりませんけど、このかれい……いえ、カレーというのがすごいものだというのはわかりました。
「ちなみに入っている材料もすごいんだぜ。まず、この人参。こいつは……」
「それは胡蘿蔔だな?」
「ああ……そか、華佗なら知っているか。こいつは朝鮮人蔘とも呼ばれるものでな、普通の人参ではなく、オタネニンジン……血流を良くして、滋養強壮にも効果がある。玉ねぎは表皮を乾燥させれば数ヶ月は保存が利く。おまけに大抵の料理には応用が利く優れもの。犬や猫に喰わせるとひっくり返るけどな……そして最大の発見物はこのじゃがいもだ!」
そう言って出したものは、わたくしに渡したあの石ころのような丸い塊。
土豆でした。
「こいつは馬鈴薯とか土豆なんて言われるがな、こいつがあるのはびっくりしたよ。本来ここにはない……いや、まあ、それはいいや。けど、たいしたものなんだよ、こいつは」
「確かに土豆はここ最近出回るようにはなったが……そんなにいいものじゃと?」
「ああ。こいつの存在は、下手をすると歴史を変えるぜ? まさに大陸の、な……」
「……とてもそうは見えんのじゃがなあ」
桔梗が訝しげにみる塊。
わたくしにも土豆がそんなにすごいものとは思えませんが……
「…………そっか。そうだな……ふむ」
?
突然、盾二様が考え込み始めました。
これは……白帝城でとんでもない策を出したときと同じ!?
「まあ、これはいいか……ともかく、このカレーってやつはすごいんですよ。で、どうかな……ええと、魏延さん?」
「ふぇ!? ワタシ!?」
あら。
今までじっと目の前のカレーを凝視していた魏延さんが、ふいに声を掛けられて身を竦めた。
「皆食べて美味しいって言っているけど……君は食べないのかな?」
「う、ううう……」
あらあらあら……
盾二様ったら、意地の悪い顔をしてらして……
魏延さんは、目の前で香ばしい匂いのするカレーを前に、だらだらと汗を掻いています。
もしかして……さんざん肥溜めを連呼した手前、どうしようか迷っているのかしら?
「ふふふ……焔耶よ、どうしたんじゃ? 美味いぞ? お主の言った『肥溜め』はの」
「ううううううううう……」
「うふふ……桔梗、あんまり言ってはダメよ、お行儀悪いわ。あ、盾二様、わたくしにもおかわりいただけますか?」
「ああ。気に入ってくれた様で何より」
「うううううううううううううううううううううううう……」
あらあら、うふふ……
「ふうむ……これは生姜の身体を温める効果が効いているのか。やはりこれは薬膳として優秀かもしれん……」
「華佗おじちゃん、ゆびでなめたらおぎょーぎわるいですよ?」
「あ、すまん」
「璃々ちゃんは偉いなー……華佗、最近璃々ちゃんに頭上がらなくなってないか?」
「う、うるさい!」
「えへへー、おにいちゃん。璃々にも、もうちょっとだけおかわりください」
「……なんか璃々ちゃん、言葉遣いまで変わってきてないか?」
「お姉さんぶっているのかもしれませんわね」
「ふはははは! 璃々にかかれば華佗も形無しよのう」
わたくしたちがにぎやかに笑いあう。
それを蚊帳の外に思ったのでしょう。
「こ、こんなもの!」
突然、立ち上がった魏延さんが、がばっと口にカレー放り込んで食べだしました。
「あ、そんなに一気に食べると……」
「!? !! ~~~~~~~~~っ!」
目を白黒させながら飲み込み、水をごくごく飲みほしました。
そして、だん、と茶碗を叩きつける魏延さん。
「~~~~~っ! お、おひゃ、おひゃえなんて!」
「おひゃえ?」
「おひゃえなんて、じゃぃっぎじゃいじゃぁああああああああああああああっ!」
そう言って、泣きながら部屋を出て行きました。
「……なんだって?」
盾二様がきょとんとしています。
わたくしにも一体なんと言ったかわかりませんでした。
ただ、泣いている姿からして想像はつきますけど……
「……カレー食った後に水飲むと、余計に辛く感じるものなんだがなあ」
あらあらまあまあ……
―― other side ――
「厳顔が帰ってきたようじゃな」
「のようですな。なんでも劉表の下にいた黄忠も一緒だそうです」
「武人、黄忠か……やっかいなやつだな。やつは厳顔ほどバカではあるまい」
「だが、今はどこにも仕えてはおらぬ。あくまで厳顔を頼ってきたに過ぎんのだろう」
「しかしの、やつが厳顔の下についてはわしらが動きにくくなるのではないか?」
「ふむ……では、適当なところで排除するか?」
「待て待て。今は黄巾の残党のこともある。我々の倉庫や家財、それに商品を守る番犬は多いほうがいいだろう」
「とはいえ、厳顔以上に品行方正な上に聡明な人物との噂……我らの敵になりかねん」
「賄賂が通じん相手であることは間違いあるまい……ではどうする?」
「ふふふ……何を怯えることがあるのじゃ。やつは武人、ならば武人として栄達させれば良いではないか」
「黄忠に官職を与えると?」
「別に洛陽でなくともかまわん。やつに鈴をつければよいのだ」
「では……成都にまかせますか?」
「うむ。厳顔とは離したほうが管理しやすいだろう。どこにする?」
「そうだな……北に新しく出来た梁州のこともある。南充あたりの太守がよさそうだな」
「では、今の南充の太守は処理をするか……」
「あの太守は黄巾に殺されたことにすればよい。大して役にもたたんやつだったからの。黄忠が新太守ならば民も否とは言うまいよ」
「あそこ太守は、愚物な上に賄賂をせびるか搾取するかだからのう。いっそ一揆を起こさせるのも良いかもしれん」
「なるほど。それならば義に篤い黄忠なら……」
「ふむ。ではそれでよいかの、皆の衆」
「「「「異議なし」」」」
「よし……では」
「おまちを」
「なんじゃな?」
「厳顔の同行者ですが……男が二名、一緒に城に入ったようです」
「男……この女尊男卑の世界で男などなにができようか」
「侮るでない。宦官の張譲や、何進の例もある。何事にも例外はあるものじゃ」
「はっ……」
「それで?」
「はい。片方は五斗米道の華佗という医師です」
「ほう。あの放浪の医師か。大陸中を駆け回っては人を救いたがる数奇者じゃったな」
「はい。漢中の南西には本山の鶴鳴山もありますし、この街にも常駐するものが居りますれば」
「ふむ……まあ、気にしないでもよかろう。ただの医師じゃ。してもう一人は?」
「それが……どうやら『天の御遣い』のようで」
「なんじゃと……!?」
「あの噂の天の御遣いだと?」
「荒唐無稽な噂では、龍神だの魔人だのと言われているそうですが……」
「噂はともかく、やつが梁州の劉備を刺史にしたのは間違いがない」
「洛陽の情報ですと、董卓と繋がっているようですな」
「西涼や袁術軍の孫策とも繋がっている報告もある」
「……要注意人物が、この巴郡にくるとは」
「一体どういう意図だ……?」
「わかりません。ただ、城の手の者の話では、市場を駆け回って交易商人から珍しいものを買いそろえ、見たこともない食事を作ったとの事」
「見たこともない食事? なんじゃそれは?」
「わかりません。ただ、素晴らしく香ばしい匂いがしていたとのことです」
「ふむ……どういう意図があるかわからんな。しかし到着してすぐ市場を……我らの存在に気付いたのか?」
「さすがにそれはないかと。聞く話では、厳顔の危機を救った誼で来訪したとのことです」
「ううむ……どう対処するべきか」
「……今は動くな」
「御大!?」
「至急、やつに関する情報を集めさせよ。人となり、能力、弱点、なんでもよい。その上で有益であれば取り込めばよい」
「害があれば……」
「……………………」
「……は。承知いたしました」
「皆も良いな?」
「「「「御意」」」」
―― 盾二 side ――
時刻は既に深夜。
秋が徐々に深まる中、鈴虫の声が静かな夜に響いている。
俺は、割り当てられた部屋のテーブルで茶を入れて来訪者を待っていた。
扉から来訪者の声がする。
俺は、扉を開けて、その来訪者を招きいれた。
「華佗、遅くに呼び出してすまんな」
「気にするな。こちらもカレーのことで聞きたいことがあったのでな」
華佗は気さくな態度で部屋に入ってくる。
俺は彼を椅子へと勧めて、茶を入れた。
「カレーについては、あとでそれぞれの香辛料の効能と作り方を書いたものを渡すよ。実はちょっと頼みたいことがあってな」
「頼みたいこと?」
華佗が、茶をすすりながら訝しげな目を向ける。
「ああ……華佗は、この街に連絡員と話をする為、と言っていたな?」
「ああ、それが?」
「それは大事な用件か?」
「いや? 定期連絡みたいなものだ。もう知っているかもしれんが、総本山はここより北西にある鶴鳴山だ。ここまでくれば、お前の兄貴の現状が聞けると思ったからだが?」
「そうか……なら、それが済んだらでいい。すまないが伝令になってくれないか?」
「伝令、だと?」
華佗が眉を寄せる。
まあ、そうだろうな。
放浪の医師に伝令役をさせるなんて本来はありえない。
「どういうことだ?」
「ああ……正直、今の俺はただの旅人だ。信頼して伝令を任せる人が華佗しかいないんだ」
「? 厳顔に頼めばいいだろう? 彼女なら嫌とは言うまい」
「ああ。だが、桔梗は信頼できても、その部下は信頼できないんだ」
「……? あの魏延とかいう女のことか?」
「いや、彼女じゃない。たぶんだが……この街は、もっと大きなものに支配されている。その相手に書状の中身を見られたくないんだ」
「大きなもの……?」
「たぶん、だけどな。本当は裏づけが取れてから動きたいところなんだが……予想だとあまり時間がない。俺はともかく、華佗がマークされる。その前にここから動いて欲しいんだ」
市場で食材を集めるときに、ちらっと耳にした話。
やはり、この街、いや都市は商人の力が強いらしい。
その理由は……警備兵だ。
彼らは太守である厳顔に雇われているのではなく、市場の元締めに雇われているらしい。
屋台の売り子が、それとなく警備兵に金を渡しているのが見えた。
桔梗ならそんな不正は許さないだろう。
だから食材を買うときに、警備兵などの話を聞かせてくれた人のいい商人に、少しだけカマを掛けてみたのだ。
ここで商売するにはどうしたらいいのか、と……
案の定、太守に、ではなく、商館とその商人の名前が出てきた。
通常の街では、その管理も太守が行っているはずである。
(やはり、この街は自由都市の様相がある。商人の力を甘く見てはいけない……)
何しろ商人――その発展系の極地である企業は、世界を動かす力すらあるのだ。
俺が所属していた特殊組織アーカム……その媒体もアーカム財団の豊富な資金力の恩恵があればこそ。
まだ食料での物々交換の時代ではあるが、金銭自体は既に存在している。
その価値は、北や洛陽ではそれほどではなくも、こういう交易都市では莫大な力となりやすい。
そしてこれほどの交易都市が、首都である洛陽周辺ですら噂にならないほどの情報統制力……これは侮れない。
だからこそ、急がねばならない。
俺はともかく、華佗がマークされる前に。
「……よくわからんが、お前が言うぐらいだ。急いだほうがいいんだな?」
「ああ。出来れば明日にでも梁州……いや、漢中の桃香のところに向かって欲しい」
「ふむ……わかった!」
パン、と膝を叩いて立ち上がる華佗。
「お前の頼みだ。喜んで聞こう。明日のうちに連絡員と話をつけ次第、漢中へいく。それでいいか?」
「ああ、助かる。書状は今日のうちに揃える。あと、いくつかお土産も持っていってくれ」
「お土産?」
「ああ」
俺はニヤリと笑った。
「大陸の飢饉をなくせるかもしれない『特産物』をお土産にな」
後書き
まあ、まおゆうとかでも取り上げられたぐらいですから、皆さんご存知ですよね。
じゃがいも……この時代にあるわけがないものの一つです。
原産は南米です。大航海時代から急速に広まったものでして、大陸には”まったく”ありませんでした。
だから萌将伝見たときに「なんでだよ!」ってツッコミいれてしまいましたw
ちなみにこの時代からあった芋は、里芋もしくはタロイモです。
しかも里芋は、ぬめりがある上に生はえぐみ、渋みが強くてとても肉じゃがにはなりません。(生で食べようとすると口内が痛くて食べることが出来ません。おまけに酷い湿疹などの症状がでます。はっきりいえば毒に近いです)ジャガイモほど堅くもないですが、絶対に生で食べてはいけません。
タロイモも里芋に似ていますが、生だと同様の弊害があり、蒸かすと粉っぽくなります。
代用にできなくも無いですが……やはり食感はまるで違う上に、生は毒です。
サツマイモすら、大陸にはありませんでした。あれもメキシコ、もしくは中南米が原産です。
それについての公式設定はないので……
ふふふ、作られた世界設定、つぶしが効いて楽でいいですねw
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