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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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崑崙の章
  第10話 「ああ、また柱が!?」

 
前書き
はっはっは……もう20話でも30話でも書いてやるわ!
 

 




  ―― other side 巴郡 ――




「開門! かいもーーーーん!」

 廷内にある城門が、厳顔の声と共に開かれてゆく。
 ここ巴郡は、周辺の街や都と少々趣が違った作りの都だった。

 中国後漢の時代の街や都は、城壁にて居住区を覆い、農地はその外側に作られる。
 いわば城塞都市である。(中国では城市という)
 それゆえ、街の人間の殆どが城壁……城牆(じょうしょう)の内側に住み、人口が密集した状態のため、街の内部は常に過密状態になりやすい。
 労働力や募兵が容易な反面、居住区の門戸は限られており、それを越える人口を増やすことがなかなか出来ないという欠点があった。

 とはいえ、治安も現代に比べれば酷く悪い。
 殺人、強盗の類は日常的に蔓延り、飢饉や疫病で人は蟻の如く死んでいく。
 それゆえ人口は極端な増加をすることはなく、増加したとしても流浪の民になるか、周辺での邑を作っての移民をするかという状況だった。

 だが、この巴郡は旧来より豊かな流れの長江の恩恵を受けただけでなく、北部や西部にある肥沃な大地の恩恵を受ける田園地帯からの、豊富な食糧倉庫があった。
 漢の高祖、劉邦が漢中を都とした理由もあり、その周辺である巴郡も長い歴史の中で発達してきた港湾都市だった。

 それゆえ人口増加率は、他の都に比べて爆発的に増え、その城壁も三度に渡り拡張されている。
 上空から見れば年輪のような城塁の跡が見て取れるほどに肥大した都の姿がそこにあった。

 街の中心たる城内の周囲にも古い城壁と城門があり、さながら日本の平城のように内城が覆われている。
 この時代の宮殿など支配者の住む場所を囲む城を内城といい、都市全域を囲む部分は外城と呼ばれ、 内城は城、外城は郭として、併せて城郭といわれている。

 そしてその外壁こそが防御の砦であり、日本の城と比べると、それはとにかく大きく広い。ただし、高くは無い。
 土塁や石壁の上に登っての打ち下ろしの弓矢や落石による防御、そこにはしごを使っての攻城戦などが展開されるのだ。

 元来より湿度はあっても降雨が少ないのが、中国大陸の平原地帯の特徴である。
 その為、雨による土塁の流出などはあまり考えて作られてはいないため、こうした大規模の城郭となった背景がある。
 
 にもかかわらず、その内城を囲む城壁と城門が目の前にある。
 ゆえに、大陸の数ある城郭の中でも特に珍しく、ここ巴郡の城は日本の『城』のような風体になっていた。

「……これ、桔梗の趣味?」

 思わず盾二が桔梗に呟く。
 それほどにこの城内は、他の都の内城とは異なっていた。

「わしではないわい。先代の太守がはるか西方からの書物を得たようでの。大秦というのは知っておるか?」
「大秦……秦……? もしかして、ローマか?」
「そうじゃ、羅馬(ローマ)。そこの城の作りにあわせてわざわざ内城の周囲に塁を作り、門を作ったそうじゃ。わしに言わせれば、無駄以外の何物でもないがの」
「まあ、防御力は多少あるだろうが……そもそも外城に入れないことを主とするのに、内城たる場所だけこんなことをしたら、民の反感招かないか?」
「だからこそ、先代は人心が離れて罷免されたのよ。ここには力を持つ商人も多い。洛陽への影響力のある者もな」

 そう言って自嘲気味に笑う厳顔。
 盾二がその様子に、ぽりぽりと頬を掻いた。

(力のある商人に罷免された……? つまり変な内部干渉をしないような……無頼の人物が商人達によって選別され、賄賂にて厳顔が指名された、ということか?)

 それはつまり、厳顔が政治的には無能だと商人達に思われていることになる。
 ということは、太守というのは名目であり、実質的支配者とは洛陽に賄賂をばら撒き、内部を取り仕切るのは商人たちだということ。
 つまり厳顔……桔梗たち官吏は彼ら商人にとって、よく言えば本社から出張してきた店長。
 悪く言えば……用心棒か警備隊長に過ぎないということでもある。

(これだけ発展した都市ともなれば、コロコロ代わる官吏より、そこに根付く商人のほうが発言力も影響力も強いということか。日本の戦国期にあった堺のような自由港湾都市みたいなものかもしれない)

 そう考えれば、桔梗の立場の危うさもわかる。
 商人達の機嫌を損ねた政策を打ち出せば、すぐにも罷免。
 場合によっては馬正……馬元義のように無実の罪をでっち上げられて処断されかねないということ。
 それが洛陽への影響力を持つ、ということなのだから。

(桔梗は事あるごとに自分が馬鹿だと言っていた。それはこの状況を察しているからこそ、政治が苦手な自分が太守という不相応な立場にいることに、桔梗自身がどこか周囲に引け目を感じている為か……まてよ? そんな立場の桔梗だったら? もしかして、沈弥を放逐した本当の理由って)

 そこまで考えた盾二は、愕然としながら……ふいに(かぶり)を振った。
 そう……その仮定はすでに意味を成さない。
 彼はもう……死んだのだから。

(……口には出せないよな。そんな雇われ太守のような状況で、その才覚ゆえに商人に疎まれるであろう沈弥を後継者にしたら、彼も桔梗もその周囲もどうなるか……なんて)

 門をくぐり、門兵に慰労の言葉を掛ける桔梗の姿を見つつ。
 盾二は悲しい溜息をついた。




  ―― 厳顔 side ――




 ふう……
 わしはようやく戻ってきた自室で、疲れ果てたような溜息をつく。
 荷物を投げ出し、寝台の布団に倒れこんだ。

(今回の援軍は、酷く疲れたわい……一気に十年ぐらい歳をとった気分じゃ)

 それほどわしにとって、今回の出兵は驚くことばかりじゃった。
 紫苑が夷陵の太守を辞めていたこと。
 盾二という生意気で強引な癖に、どこか憎めない才気溢れる男のこと。
 そして……沈弥のこと。

(許してくれ、とはいわぬ。わしは、”この街から”焔耶を守る為にお主を切り捨てた。わしはお主に想って貰える様な女ではないのじゃ………………)

 わしは一生、やつのことを忘れぬ。
 それしかできん。それしか……

(愚かな女と笑ってくれぃ、蔑んでくれぃ……お主にはその権利がある、だから……だから泰山府君の元で待っておれ。いつかお主に詫びにいく)

 目を閉じ、ただひたすらに黙考する。
 と――

 ドンドンドンドン!

「!?」

 ふいに扉が叩かれる。
 いや、叩くというより――

 どがしゃぁ!

「………………」
「………………」

 思わず唖然とする。
 そこにいたのは……『バカ』じゃった。

「あ、あー……す、すいません、桔梗さま。また、やっちゃいました……」
「こ、この……バカモンがぁーーーーっ!」

 思わず寝台の枕を『バカ』に投げつけた。

「一体いつになったら貴様は力加減を覚えるんじゃ、焔耶!」
「あたっ! す、すいません、桔梗さま!」

 その『バカ』――焔耶は、枕を額に受けつつ頭を下げる。
 その姿は、女というより胸のある男というような姿だった。
 ようやく女らしさが出始めた体つきはしているが、鍛錬に次ぐ鍛錬で引き締まった身体にうっすらと筋肉が見てとれる。

「まったく……おちおち落ち込んでもおられんのか」
「すいま――は? ええと……?」
「なんでもないわ、たわけっ! 修理代は、またお主の俸給から天引きじゃからな!」
「ひ、ひぃっ!? 桔梗さま、お許しください! 今月も豆しか食べられないのは嫌ですぅ!」
「貴様、いったいどれだけ物を壊しておるんじゃ!?」

 わしの言葉に、指折り数えながらなにやらブツブツ言い出す焔耶。
 その言葉は「柱」だの「荷車」だの、物騒な内容が羅列しておる。

「お主……わしがいない間に何をした?」
「え? あ、いえ……その。た、鍛錬中に……」
「鍛錬中に?」
「……あ、誤って、蔵を一つ……」
「壊したのか!?」
「……………………………………はぃ」

 思わず、くらっと眩暈がした。
 く、くくくくくく、蔵じゃと?
 鍛錬中にどうやったら蔵を一つ壊せるというのじゃ!?

「す、すすすすすすすすすすすすいません! ごめんなさい! 許してください、桔梗さまぁ!」

 がばっ、と縋りつくように平伏する焔耶。
 こ、この、この……この……

「…………はぁー……」

 わしは思わず深い溜息を吐く。
 ほんにこのバカは、どうしたらよいのじゃろう?

「……とりあえず文官を呼べい。修理にかかる費用などの報告も受けんといかんからの」
「は、はいぃぃぃぃ!」

 そう言って慌てて飛び出していく。
 その際にゴンッという嫌な音が響いた。

「ああ、また柱が!?」

 ……胃が、胃が……




  ―― 盾二 side ――




「おおお……さすが港湾都市。市場が広い!」

 俺は思わず声を上げる。
 巴郡は周囲を田園地帯、南には長江と発展する街の要素を存分に適えた街だった。
 その為、今まで見てきた街の中では一番盛大な様相を見せた。

 商人の力が強いというだけあり、市場や商館の数は数多くある。
 それを買い付けに来る他州の交易商人の数も多い。
 ふと見れば、異国人の姿も見えた。

(まるっきり近代の上海みたいだな。人の流れがこんなに活発な場所は初めてだ)

 宛で収集していた巴郡の情報は、片田舎だという内容が多かった。
 だが、実際にこの場所を見ると、それは意図されて流された情報のようだ。

 これだけの賑わいを見せる市場であれば、本来ならば洛陽が放って置かぬはずがない。
 ここからの関税や収益を吸い上げれば、はるかに洛陽が潤うはずなのだから。

(こんな大港湾都市が今までノーマークだった……それは洛陽へ多額の賄賂を贈って、この情報を伏せさせていたのか)

 つまり、それだけ商人たちの力が強いことを意味する。
 おそらく商工会とかギルド……商業組合のようなものが裏にあるのだろう。

(城塞都市という中国ならではの閉じたコミュニティで、そんな多大な力は下手をすれば刺史や州牧などよりも強いかもしれない。桔梗はその太守……とんでもない苦労をしているようだ)

 太守よりも力のある商人が相手だ。
 自分がバカだと公言して、商人に対して弱みを見せておかなければ……賢しい商人のことだ、きっと桔梗を排斥しようとするだろう。
 ただでさえ、桔梗は高潔な武人だ。
 賄賂など絶対受け取らないだろう。
 で、あれば……バカであるということで、無害を装う必要があるのかもしれない。

(ただのバカでは一つの街を取り仕切る太守などできはしない……たとえ、それが傀儡だとしても、だ。賄賂が効かない高潔な武人という、商人にとってはマイナスな部分もあるにもかかわらずに、桔梗が太守で居続けられる理由があるとすれば……)

 それを確かめる為に、俺はこの市場に来ている。

「うわ~~~~~……すっごいねぇ!」

 俺の手を握る璃々ちゃんが叫んだ。
 そう、俺は今一人ではない。
 桔梗が城で残務処理を行うということで、俺と紫苑、璃々ちゃんに華佗は、共に市場を散策することにしたのだ。

「わたくしは二度目ですけど、この巴郡の賑わいはいつも圧倒されますわ。人々に活気があっていいことです」
「ああ。俺も何度かここには来たが、見たこともない薬草なんかが、たまに手に入るから助かっている」 

 紫苑、そして華佗も周辺を見ながら口をそろえて同意する。
 ……やはり、この巴郡。
 外部には、意図的に情報を隠されている可能性が高いな。

「いろいろ面白いものが手に入るかもしれないな……ちょっと見て回ろうか」
「さんせー!」

 俺の言葉に璃々ちゃんがにぱっ、と笑う。
 ……なんか小さい妹ができたみたいで、少しこそばゆい。

「ふふっ、璃々ったらはしゃいじゃって……」

 紫苑が、口元を押さえて微笑む。
 華佗はすでに周辺の屋台や物売りの物色をしていた。

 俺達はまず、主に食料品を扱う店を見て回った。
 華佗が欲する薬関係なども、医食同源の大陸では重要な役割をもつ。

 この時代の薬は基本食べられるものから生まれるのだ。

「……ん?」

 俺は、ふと屋台の商品を見て立ち止まる。
 こ、これは……

「おにーちゃん、どうしたの?」
「……おいおい、まさか……」
「????」

 璃々ちゃんが珍しいものを見る目で俺を見る。
 だが、俺はそれどころじゃなかった。
 なんで……なんでこれがあるんだよ!?

「お、おおおおおお、おっちゃん! こ、これ……」
「はい? ああ、一つ二十銭ね。いくついる?」

 ……………………まさかとは思ったが、手にとって確信した。
 この丸みを帯びたボールのようなもの。
 所々に、ぼこぼことしたくぼみがあり、砂っぽい土がこびりついている。
 間違いない……ほんとに。

「…………とりあえず十個ほどくれないか」
「あいよ。まいどー」

 そう言って麻袋に詰めていく親父。

「……なあ、おっちゃんはこの商品、いつも仕入れているのか?」
「ん? ああ、こいつは冷暗所に保存すれば日持ちもするしな。ただ、毒もあるからあんまり売れないのさ」
「……ちなみにこれ、なんて名前?」
「は? 名前も知らないで買ったのか? 土豆だよ。土豆(トゥードウ)

 ………………まちがいねえ。

「もう少しすれば収穫したてのやつが手に入るぜ? そうすりゃ値段も半分ぐらいになる……おっと、こんなこと言っちまうとは。内緒だぜ?」

 金を受け取ってから言う言葉かよ。
 まあ、そんなことより……これがあるってことが大問題だ。

「おにーちゃん、それなあに?」
「え? ああ……これ? 食べ物だよ」
「見たことないよ? 土ついてるし……」
「いや、まあ……そ、それより璃々ちゃん。紫苑……お母さんとこいこうか」

 そう言って璃々ちゃんを肩に乗せて歩き出す。
 璃々ちゃんは「高い。たかーい!」とおおはしゃぎだ。

 だが、俺はちょっと焦っていた。
 璃々ちゃんを紫苑に預けて、この市場を駆け回りたくて。

(この市場……とんでもない。とんでもない……宝の山だ)

 そう直感した理由は、手にある麻袋の中身。
 それは……「土豆(トゥードウ)」、「洋芋(ヤンユー)」、「薯仔(シューザイ)」などと呼ばれる食べ物。

 近代においてはごく一般的ではあるが、本来この時代にはないもの。

「璃々ちゃん、今日の夜、ご飯を楽しみにしていてくれ」
「ふえ? 何が出るの?」
「ちょっとした珍しい料理を作ってあげるよ」
「なんだろー? そのまるっこいもの?」
「ああ……」

 俺は、屋台を覗いている紫苑を見つけてニヤっと笑った。




  ―― 黄忠 side ――




 市場でいろいろなものを物色しているわたくしに、慌てて璃々を押し付けた盾二様。
 そのあと、風のように市場の奥へと向かいました。

「紫苑! 悪いけど璃々ちゃんとこれお願い! 先に城に戻っていて! あと、桔梗に厨房貸してくれって言っといて!」

 そう言って瞬く間に……本当に風のように市場の中へと消えていきました。
 わたくしと璃々は、市場を離れて近くの飲茶の店で一息をついています。

「それにしても……盾二様は一体どうしたの? 璃々」
「わたしもわかんなーい。でも、なんかきょうのごはんをたのしみにーっていってたよ?」
「あらあら……なにかいいものでも見つかったのかしら?」

 わたくしは渡された麻袋の中身が気になり、ちょっとだけ覗いてみる。
 その中身は――

「あら、これは土豆じゃない……こんなものを食べるの?」
「おかーさん。それなあに?」
「食べ物ではあるけど……ちょっと毒があるのよ。だいじょうぶなのかしら?」

 名前と物自体はわたくしも知っている食べ物。
 ただ、物によってはお腹を壊す為、あまり食用とはいいがたいかもしれない。
 一度だけ焼いて食べてみたけれど、それほど美味しいものではなかった。
 外側が黒焦げになってまで焼いても、中心は生という結果でした。

「盾二様のことだから、何か考えがあるんでしょうけど……」
「ふーん……あ、華佗のおじちゃんだ!」

 璃々が指差して見る方向。
 そこには大量の麻袋を担いだ華佗さんがいた。

「あらあら……いっぱい買ったのね。どうするのかしら?」
「おじちゃーん! こっちー!」
「俺は、おじちゃんじゃない!」

 華佗さんは、麻袋を担ぎながらわたくしと璃々のいる席までやってくる。
 そして、どさっと椅子の足元にその麻袋を置いた。

「ずいぶんと大量に買い込みましたのね……必要なものなのですか?」
「ふう……え? いや、これ全部北郷から頼まれたものだぞ?」
「え?」

 わたくしがその麻袋を見る。
 まるで米俵のような大きさの麻袋がそこにある。

「何がはいっているんですの?」
「んー……それがよくわかんないんだ。俺が知るような薬草や薬の元もあるが……見たこともないような食材を詰め込んでいた。それでもまだ足りないらしい」

 そう言って麻袋を開けてごそごそと探る華佗さん。
 預かり物なのにいいのかしら?

「ほら、例えばこれ。胡蘿蔔(こらふ)というはるか西から伝わったものだ。こいつはこの小さな実の中に、驚くような気が内包されていてな。滋養強壮だけでなく、他の薬草の効果をも強めてくれるという俺もよく使う薬草なんだ」
「これが薬ですか……」
「ああ。これに似た実が大きな胡蘿蔔(こらふ)もあるが、そちらは薬用ではないけどな。本当は薬用でないそちらも欲しがっていたぞ」
「あらあら……」

 薬の材料をそろえているのかしら?

「あとな……やたら大量に細かく袋に入れてあるんだが……たとえばこれだ」

 そう言って取り出す布袋。
 その中にはなにかの葉っぱと茎が入っていた。

「こいつは桂皮と呼ばれるものだ。身体を温めて、腹痛を治す効果もある」
「これも薬になるんですか?」
「ああ。こいつは俺もよく使うからな。ほかにも……こいつは丁香(ちょうこう)という西南から伝わる薬の元。こいつは、肉荳蔲(ニクズク)という薬にも毒にもなるものだ」
「毒!?」

 い、いったい何を作る気なんですか、盾二様!?

「俺にもよくわからんが……他にもいろいろ揃えると言っていた。一体なにをする気なのか……」
「……わたくし、今日は夕餉(ゆうげ)を抜こうかしら?」

 わたくしと華佗さんはそろって顔を見合わせる。
 一体何が出来るのでしょう?




  ―― 華佗 side ――




 その夜。
 北郷が「俺が飯を作るよ」と厨房へ飛び込んだ。

 本来、ここは厳顔の領地。
 俺とて本来、歓待するのは厳顔の役目だと思うのだが。
 何故かものすごい勢いで料理を作ることに情熱を燃やす北郷。

 一体、何があいつをそこまで動かしているのか?

「まあ、料理人には別に飯を作らせているからいいんじゃが……一体、どうしたというのだ、あやつは?」
「わたくしにもわからないのよ……なにかものすごい勢いで市場を駆け回っていたのだけど」

 厳顔と黄忠が、お互い困惑しながら酒を飲んでいる。
 目の前には城の調理人が作った豪華な食事がおいてある。

 普段こんないい飯を喰わない俺が言うのもなんだが、こんな美味い飯があるのに、北郷はなんで料理を作るなんて言い出したんだ?

 そもそも面子を気にする漢の民。
 本来ならば厳顔が主催する宴で城の料理人を差し置いて、素人が料理を用意するなんて、本当にどうかしている。
 まあ、戯れにということで料理人たちには話してあるそうだが。

「なにがでてくるかわからんが……まあ、変なものが出てきたら俺の鍼で治してやるから安心しろ」

 とりあえずそう言っておく。
 正直、あんな材料でまともな料理が出来るとは思えないんだが。

 薬膳料理かなにかなのだろうか?
 あいつは天の御遣いだし、天の料理なのかもしれない。

「まっだかな~、まっだかな~?」

 璃々という少女は、宴の料理を殆ど食べずに歌いながら待っている。
 ふむ……いい子だな。
 北郷が用意する料理がでてくるまで料理に手をつけないとは。
 よほど黄忠の教育が行き届いているのだろう。

 そうして俺は茶を飲みつつ、ちらっと横目を見る。
 そこには、一人の女がいた。

 あ、いや……女装した男かもしれんが。

「グスン……桔梗さま。ワタシは本当にこれ着たままでいないとだめなのですか?」
「やかましい。罰じゃ。今日一日はその格好でおれい」

 そう言って泣きべそをかく女装?の人物。
 厳顔はその者を魏延と言っていた。

 その姿は……

「わたしとおそろいー!」
「ヒック……ううう……こんな赤子が着るような服を、なんでワタシが……」

 そう。
 今、魏延が着ているのは、璃々が着ている幼児服。
 それを大きくしたようなものだ。
 だが、その服も丈が短くて、下着が見えそうになっている。

 それをモジモジと隠す姿は、やはり女性なのかもしれない。

「まったく、お主を盾二に紹介しようと思ったのだがな……帰ってきてすぐに厨房に入りおって。機会を逃したわ」
「まあ、いいじゃないの。どの道、ここで紹介できるわよ」

 厳顔と黄忠がそう言ってちらっと魏延を見て――

「「ぷっ」」
「……しくしくしく」

 笑いを堪える二人に、涙を流す魏延。
 かわいそうに……いや、あんまり見ると俺も笑いがこみ上げるから見ないようにしているが。

「おねーちゃん、なかないなかない。よしよし……」
「ううううううううううううううう……」

 プッ!
 いかん、茶を噴出しそうになった。

「「ぷははははははははははははは!」」

 酒を飲んでいる二人は盛大に笑っている。
 お、俺も笑いたいが……

 ギロッ!

 あの目が俺だけ見ていて笑えない。
 まあ、上司とその友人相手に睨むのは出来ないから俺なのだろうけど……

 結構拷問だぞ、これ。

「おまたせー! なんか賑やかだな」

 そんな窮地を救ってくれたのは、台車を引っ張ってきた北郷だった。

「お……? なんじゃこの匂いは?」
「あら……珍しい香りだわ」

 二人が北郷の押している台車を見る。
 大きな寸胴のような鍋が三つ、並んでおいてあった。

「お待たせして悪かったね……さてと、じゃあ本邦初公開! 俺の料理を食ってくれ!」

 そう言って鍋の蓋を開ける。
 それを見た、その場にいた全員が凍りついた。
 
 

 
後書き
何が出るか、なんて読者にはもろバレですね。
そうです、たぶん原作ではでなかったあの料理です。
……たぶん出てないと思うけど、違ってたらごめんなさい。

ちなみに原作では、唐辛子のある理由を唐=他の国ということで理由付けしていますね。
だからマーボあるんだよ、と。
でも萌将伝の『アレ』(唐辛子じゃないよ)の理由は出ていなかったので、正直出すかどうか迷いました。
でも、これがあるととんでもないことになるんですがね……いろいろと。
なにがとんでもないのか。それはまあ、次回以降で理由がわかると思います。
 
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