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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第35話 さよならを言う時は笑顔で言え!

「今日で三日目か」

 一人、銀時はそう呟いた。彼は今時空航行船アースラ内に用意された食堂に居る。無論、食堂に来る理由と言えば食事以外にない。
 大好きな宇治銀時丼を食べる為にこうして足を運んできたのだ。
 山盛りのご飯の上に小豆を乗せ、それを勢い良く平らげる。シンプルであるが故に美味い。
 これが銀時の大好物でもあった。だが、回りからの目線は痛々しい。
 彼等からして見れば銀時の食べてる代物は味覚音痴しか食べない代物。もしくはゲテモノ料理と分類されている。
 その証拠として、銀時の回りではその宇治銀時丼を見て青ざめる者も居れば、そそくさと食堂を退出する者も居るし、かと思えば食事途中でありながら食器を返却口に片付けて逃げ去ってしまう者も現れるなどかなり悪影響を及ぼしているのが分かる。
 だが、そんな事銀時には知った事じゃない。自分の食べたい物を食べて何が悪い。気持ち悪くなるなら見なければ良い。
 そんな気持ちで食事を進めていた。

「あ、こんな所に居たよ」

 呆れたような声を新八が発した。新八だけじゃない。神楽も居るし、真選組の奴等も揃っている。江戸からやってきた面子が揃って食堂の、銀時の居るテーブルに腰を落ち着かせる形となった。

「何だてめぇら。俺の昼飯の邪魔しようってのか?」
「違いますよ。これからの事について僕達で話し合おうとしてたんです」
「これからの事?」

 疑問を投げつけながらも、銀時は食事に集中している。一応聞き耳を立てているなと確認を取り、新八は一呼吸置いて話を始めた。

「時の庭園が破壊されましたし、首謀者であったプレシア・テスタロッサも死亡扱い、その娘で共犯の疑惑が掛かってたフェイトちゃんとアルフさんは、リンディさんが保護するって形で今回の事件は終わったじゃないですか」

 そう、今回の事件は一概に【ジュエルシード事件】又は【PT(プレシア・テスタロッサ)事件】と呼称されている。
 21個もある古代のロストロギアであるジュエルシードを巡って起こった大事件。その事件も無事に解決し、現在はその事後処理に追われる毎日を送っている。
 最も、それは事務仕事関連の連中の言う事であり、現場関連の者達は束の間の休息を楽しんでいる真っ最中なのであった。
 無論、それは銀時達も同じと言える。

「あぁ、確かに解決したな。だから何?」
「そろそろ、僕達も元の世界に、江戸に帰るべきなんじゃないかなぁ……って思ってるんです」
「そりゃそうだろうよ。だけどなぁ、俺等の通信機はお釈迦になっちまってんだぞ。どうやって江戸に居る源外のジジイに連絡取るってんだよ」

 此処に来る際に銀時達は世界間を通じて通信できる通信機を渡されていた。しかし、その通信機はアルフの手により完全に破壊されてしまっている。
 江戸に事件が無事に解決し、もう戻れると言う連絡を取りたくても取れない状況なのだ。
 
「心配しなくても良いですぜぃ旦那。その通信機ってのは俺達も持ってますんで」
「そりゃ良かった。それなら何時でも帰れるって訳だな」

 通信機関連の問題は無事に解決したようだ。だが、問題は実はもう一つある。

「銀ちゃん。なのはは目を覚ましたアルかぁ?」
「まだだ」

 そう、今回の事件を解決に導いた一番の活躍者でもあるなのはだ。
 彼女はあの激戦が終わった後、その場に倒れ、そのまま三日間近く昏睡状態が続いているのだ。
 医療スタッフが懸命に処置を行ってはいるが、一向に目覚める兆しが見られず、その結果こうして足止めを食らってるのである。

「まさか、なのはちゃんがこのままずっと目を覚まさない……なんて事はないよなぁ」
「縁起でもねぇ事抜かしてんじゃねぇよゴリラ。あいつがそう簡単にくたばるタマかよ」

 なのはの事は銀時が一番良く知っている。それに、銀時自身もそれは望んでいなかったからだ。

「ま、どの道暫くは身動きがとれねぇ。俺達に出来る事も何もねぇと来たもんだ。暇過ぎて溜まんねぇぜ、こりゃぁ」

 煙草を吹かし、土方は溜息をついた。
 江戸では毎日忙しく走り回り、江戸町内を守り、時には攘夷志士達と死闘を繰り広げたりしている真選組だ。そんな彼等が三日間もこの戦艦内に缶詰と言うのは至極珍しいといえば珍しい。

「うぅむ、俺としても部下達や江戸町内、そして何よりお妙さんの身が心配で飯も禄に喉を通らない状態だ。早く江戸に帰って安心させてやりたいものだ。お妙さんを」
「その心配はないんじゃね? 少なくともお妙はお前が居なくなって寧ろ清々してる筈だぜ」

 部下や江戸町内なら話が分かる。だが、お妙に関しては完全に近藤勲の思い込みになってると断言出来る。
 悲しいがこの両者の脈は殆ど無いと言っても過言じゃない。

「そうですねぇ、僕も早く江戸に帰りたいですよ。姉上もきっと心配しているでしょうし」
「定春も早く江戸に帰りたいって言ってるアル」

 新八と神楽もまた同じ様に言っていた。因みに定春と言えば、食堂回りをうろつきながら目に付いた局員の頭に貪っている。その回りを他の局員達が餌で釣ろうとしたり力づくで引き剥がそうと頑張ったりしている。
 それが無駄な努力と知らずに。

「銀さん」
「ん?」

 後ろから銀時を呼ぶ声がした。振り返ると其処にはクロノの姿があった。
 未だ完治しているとは言い難く、流石に全身のギプスは取れたものの右腕は分厚い包帯が巻かれ、固定具で固定されている状態。頭も包帯が巻かれており何所と無く痛々しさを感じられる。

「ちょっと、話がしたいんですけど、大丈夫ですか?」
「構わねぇよ」
「有り難う御座います。それと、此処だとあれなんて……」
「あぁ、はいはい」

 渋るクロノが何を言いたいかはすぐに理解出来た。出来れば銀時と二人で話しがしたいと言うのだ。
 面倒臭そうに頭を掻き毟りつつも銀時は席を立つ。

「悪ぃ、ちょいと野暮用があるから俺席外すわ。新八、支払いは頼むぜ」
「此処支払い製だったの? ってか、これの支払い僕ぅ!」

 ツッコミを交えつつ叫ぶが俄然銀時は無視。そのままクロノと共に食堂を出て行ってしまった。
 そんな銀時を見て深く溜息をつく新八だったりした。

「苦労しているみたいだな。新八」
「えぇ、土方さんも相当ご苦労なさってるようで」
「お互いフォローは大変だぜ」

 万事屋のフォロー役である新八、真選組のフォロー役である土方。
 お互い同じ役割な為か意見が会うようだ。

「おやおや、二人揃って傷の舐め合いですかぃ? 見てて痛々しいですねぃ」
「誰のせいで俺達がこんなに苦労してると思ってんだゴラァ」

 睨みを利かせるが、沖田は全く気にしない。そっぽを向いて口笛を吹かす素振りを見せるなど、完全に舐めている。
 が、そんなんで一々目くじらを立ててては真選組副長などやっていられない。
 腹の底から出そうになる怒りを必死に抑え込む。

「本当、フォロー役ってのは大変ですね」
「あぁ、其処は否定しない」

 お互いにそう言葉を交わした後、これまで以上に盛大な溜息をつく二人であった。




     ***




「話って何だ?」

 誰も居ない場所と言えば此処位しかない。とは言うが、銀時自身何所か落ち着かない感じがした。
 何せ、その場所と言うのが取調室なのだから。
 お互い向かい合う形で席に座り、こうして話をする事となった。

「実は、銀さんに一つ依頼をしたいと思って呼んだんです」
「俺に依頼?」
「銀さん、弁護士とかの仕事ってした事ありますか?」

 いきなりだった。

「いきなりだな。まぁ、俺は見ての通り万事屋だ。やろうと思えば何でも出来るから心配すんな」
「感謝します」
「で、誰を弁護すりゃ良いんだ?」
「フェイト・テスタロッサです」

 その名を聞いた時点で銀時は眉を吊り上げる。憤りや不満じゃない。寧ろ疑念がそうさせたと言える。

「どう言う事だ?」
「フェイトはまだ子供とは言え、今回の事件の片棒を担いでいた事実は覆せません。一応僕達もフォローしますが、最悪実刑をつけられる危険性すらある。そこで、銀さんに依頼したいんです」
「つまり、フェイトの無罪を勝ち取って欲しい。そう言う事だな?」

 無言だが、深くクロノは頷いた。本来管理局に属する人間、それも執務官がこんな事をおおっぴらに頼める筈がない。下手したら部下揃って首を括らされる危険性すらある。
 それを危惧してのことだったのだろう。上の立場に居る人間とは大変な物だ。

「分かったよ。裁判の時になったら俺を呼べ。必ず無罪を勝ち取ってやるよ」
「感謝します。それと、もう一つお話が……」
「何だ」

 尋ねながら銀時は不安が胸を過ぎる感覚を覚えた。クロノの声が半音下がったのだ。それはつまり、悪い知らせだと言う事になる。

「実は、なのはの事について何です」
「やっぱりか。で、何だ?」
「実は、彼女の記憶を消去しようと考えているんです」
「何!?」

 銀時の顔がより一層険しい色になる。席から乗り出しそうになる気持ちを必死に押さえ込み、銀時はその場に座り続けた。

「何でまた、そんな事を」
「最後の戦い、どうやらそれを僕達の上層部達が見ていたみたいなんです。それで、上層部がなのはを管理局で管理すると言って来たんです」

 早い話が隔離だ。元々人材不足の管理局だ。なのはの様な逸材を見て放っておく筈がない。必ず手駒に加えようとする筈だ。
 また、それ以外にも用途は沢山ある。使いどころによれば相当の戦力になると計算しての命令だったのだろう。
 だが、その命令をクロノは聞きたくは無かったようだ。

「禄でもねぇ話だな」
「僕や母さんも抗議したんですが、駄目でした。【あれだけの逸材を江戸などと言う野蛮な世界に腐らせる事など許されない。最悪の事態に備え我々で管理する必要がある】と返答されました」
「とんだ上辺言葉だな」

 言葉の裏側に潜むドス黒い感情が丸出しだった。だが、幾らその命令が真っ黒な命令だったとしても、クロノやリンディに逆らう権利はない。
 下手に逆らえば今度は自分達が危うい。

「それで、なのはの記憶を消そうと、言うのか?」
「はい、幾らなのはが逸材だったとしても、魔法が使えないのでは僕達としても彼女に手を出す訳にはいきませんから」
「だが、そうなるとなのははどうなるんだ? 俺達の事も忘れちまうってのか?」
「いえ、それは無いようにします。消すのはあくまでなのはの魔法に関する知識と、僕達に関する知識だけです」
「お前等に関する知識? するってぇと、海鳴市の記憶も消しちまう事になるのか?」

 銀時の問いにクロノは頷いた。考えれば分かる話だ。幾ら魔法だけの記憶を消したと言っても、この世界の記憶があれば何かの拍子に魔法の記憶が蘇る危険性がある。その危険性を排除する為に海鳴市に関する記憶を全て消去する必要があったのだ。

「フェイト達にはその事を話してあるのか?」
「いえ、後で僕の方から言っておくつもりです」
「そうか、大変だな。憎まれ役ってのは」
「もう、慣れっこですよ」

 苦笑いを浮かべるクロノ。この若さで相当苦労を積み重ねてきたからこそ浮かべられる笑みだと銀時は思えた。
 軽く溜息をつき、銀時は席を立つ。

「ま、これから先大変だろうが、あんまり気負いすんなよ。将来剥げるぞ」
「それは嫌ですね。気をつけますよ」
「やれやれ、これで玉の輿計画もパァか……ま、しゃぁねぇか」

 どうやらまだ諦めてなかったようだ。そんな呟きをしていると、クロノもまた席を立つ。

「有り難う御座います。銀さん」
「何だよ。いきなり」
「実は、銀さんから縁談の話を持ち込まれた時、僕自身受けても良いかな、って思ってたんです」
「マジでか!?」

 思いも寄らぬ言葉だった。

「そ、それじゃ……」
「すみません、僕の方からそれはお断りさせて頂きます」
「え? 何で!?」
「今のなのはは、僕じゃ不釣合いですよ。あの子は僕には眩しすぎる。もっと他に良い人が必ず居る筈です」

 どうやら、クロノ自身結構その気だったようだ。しかし、その話をクロノ自身がお断りする形となった。これで銀時の玉の輿計画は完全に破談した事になる。

「そうかい、しかし俺としちゃ決行お似合いだと思ったんだけどなぁ」
「僕はなのはだけを見てませんでしたから」
「なのはだけじゃないって、じゃ誰を見てたんだよ」
「貴方ですよ。銀さん」
「俺ぇ!!」

 自分を指差して驚く銀時。

「もし、僕が銀さんの言う通り、なのはと添い遂げる事があったら、そしたら銀さんは僕の義父になる。そんな事を考えてたんです」
「お前、もしかして親父が欲しかったのか?」
「はい、正直に言うと。少しだけなのはが羨ましかったんです。父親の愛情を知ってるなのはの事が、少し羨ましくて、少しだけジェラシーを感じてましたね」

 人と言うのは自分にない物を他人が持ってると嫉妬に似た感情を覚える。
 クロノもまた人の子だ。人の子の様に感情を持っている。当然嫉妬に似た感情を持ってても当然と言える。

「何言ってんだお前は。あいつが父親の愛情を知ってるのと同じ様に、お前はお袋の愛情を知ってるじゃねぇか」
「母さんの?」
「誰も彼もが同じなんてなぁねぇよ。皆違ってる。違う顔、違う声、違う考え方、違う生き方。それが人間ってもんだ。皆違ってる、それが良い。そうじゃねぇか?」

 銀時の言葉に、クロノは返答はしなかった。今一理解出来なかったようだ。
 困った顔をするクロノの肩に、銀時がそっと手を置く。

「俺はお前の親父にはなれねぇ。だけど、飲み友達にはなってやれるよ」
「銀さん……」
「大人になって、あちこちに毛が生えたらまた来い。そん時ぁ一杯付き合ってやるよ。勿論、お前の奢りでな」
「ハハッ、楽しみですね」

 二人揃って笑い出す。父親に憧れる少年と、ひょんな事から父親になってしまった男。
 そんな二人であるが故かどうかは分からないが、不思議と話の馬が会った様だ。
 外が騒がしかった。仕切りに外で走り回る音がする。
 一応防音処置を施してはあるが、それでも振動で音が伝わってくるのだ。

「んだよ五月蝿ぇなぁ」

 音の真相を確かめるべく、扉を思い切り開く。その際に、何かが扉に思い切りぶつかる感覚と【ぶっ!】と言う少年の声が聞こえた。
 それからすぐに床に倒れる音がした。
 尚、扉の形が違うと言うツッコミはこの際無しの方向で。
 一体何がぶつかったのか確かめる。其処に居たのは真っ赤になった鼻っ柱を抑えるユーノの姿があった。

「おいおい、何慌ててんだよ。小便でも我慢してたのか?」
「ち、違いますよ! なのはが、なのはが目を覚ましたんですよ!」
「それを早く言え!」

 聞くや否や、脱兎の如く駆けて行く銀時。すぐさまその足は医務室へと向った。
 室内には既に顔見知りの者達が沢山来ている。
 その者達がなのはの寝ていたベットの回りに集まってきている。

「おいおい、お前等俺を差し置いて何集まってんだよ。サークルで仲間外れにされた奴の気持ちとか考えた事あるかぁコノヤロー」
「知りませんよ」

 サラリとツッコミを入れる新八。そんな訳で銀時が来たと分かると皆道を譲ってくれた。
 その中を進み銀時がなのはの目の前に歩み寄る。一応起き上がってはいるがまだ目の焦点があってない。
 意識が朦朧としている状態なのだろう。

「医者の話だと、もう大丈夫だそうですよ」
「そうか、これで一安心だな」

 ホッとする銀時。他の者達もなのはが無事に目を覚ました事を喜んでいる。
 
「さぁて、無事にこうして事も済んだ訳だし、そろそろ例の物を貰おうかぁ。真選組の皆さん」
「あぁ、例の物って何だよ?」
「惚けてんじゃねぇよ! 報酬だよ、ほ・う・しゅ・う! お前等言ってただろ? あの毛むくじゃらぶっ倒したら懸賞金出すって! 出せよゴラァ!」

 手を伸ばして催促する銀時。とことんがめつい性格だった。
 
「ちっ、そういやぁそうだったな」
「分かりましたよ。それじゃ土方さんの預金口座から全額引き降ろして構いやせんぜぃ。これが土方さんの通帳と印鑑でさぁ」
「ちょっと待て! 何でお前が俺の通帳と印鑑を持ってんだ!」
「いやぁ、こないだ土方さんの部屋に虎バサミ仕掛けようとした際にちょこっと失敬しといたんでさぁ」
「あぁ、なる程ぉ、そりゃ名案……な訳ねぇだろうが! 返せゴラァ!」

 通帳と印鑑を手に逃げ回る沖田を追い掛ける土方。とことん普段どおりの光景と言えた。そんな光景に誰もがあきれ返っている。

「ねぇ、懸賞金って何? お父さん、何か仕事あったの?」
「へ?」

 すると、なのはが突然言葉を発してきた。銀時に向かいそんな事を尋ねてくる。

「おいおい、忘れたのか? 俺達はあれだよ。江戸に現れた毛むくじゃらをぶちのめしたからその懸賞金を貰う手筈なんだよ」
「毛むくじゃら? 何それ」
「はっ?」

 何所かおかしい。何故なのはは毛むくじゃらを覚えていないのだろうか。

「なのは、大丈夫? 何所か痛む所とかない?」

 やっと目を覚ました親友の身を案じ、フェイトが訪ねて来た。ゆっくりと、なのはが視線をフェイトの方に向ける。
 互いの目線が交差する。フェイトが答えを待っていた。

「……誰?」
「え……」
「君、誰?」
「な、何言ってるのなのは。私だよ、フェイトだよ! 覚えてるでしょ?」
「ううん、知らないよ」

 迷う事なく首を左右に振る。その様子から嘘をついているようには思えない。
 しかし、確かになのはは言った。
 君、誰? と。

「ど、どう言う事だい? 何でフェイトの事を覚えてないんだぃ?」

 その後、様々な事をたずねてみた。フェイトだけでなく、アルフやユーノ、クロノやリンディ、プレシアやアリシアの事。
 戦艦アースラや時の庭園の事。
 海鳴市の出来事やこの世界に起こった出来事など。
 それら全てを尋ねてみた。だが、その返答はどれも同じだった。

「知らないよ。何それ?」

 であった。
 激闘を終え、喜びに満ち溢れるメンバー達の前に現れた悲報。それは、なのはがこの世界に関する全ての記憶を失っていた事だった。
 




     ***




「恐らく、ジュエルシードが起動した際の後遺症だと思われます」

 なのはが記憶を失くした原因。それは恐らく起動したジュエルシードに関連すると推測された。
 まだ記憶消去の処置が施されて無いのにこちら側に関する記憶の殆どがなくなっている。
 考えられる事とすればジュエルシード以外には考えられない。
 それが推測の理由であった。

「それじゃ、僕達の事も忘れちゃったんですか?」
「いや、江戸の事は覚えてるみたいだ。現に俺の事をお父さんと呼んでたし、新八や神楽達の見方がフェイト達とは違ってた」

 どうやら失ったのは海鳴市と魔法に関する記憶。そしてフェイト達との思い出だけのようだ。
 幸い江戸の関する記憶は失ってないようでもある。
 だが、それに関して一番辛い思いをしていたのはほかでもない。フェイトだった。

「フェイト、かなり落ち込んでたなぁ」
「無理もないよ。親友だと思ってた人からいきなり【君、誰?】だもんね」

 其処には新八も同情した。だが、これでなのはが管理局に狙われる心配はなくなった。
 そう思うと銀時は少し安心出来た。
 
「ま、何はともあれこうしてあの栗毛も目を覚ましたんだ。いよいよ俺達がこの世界に居る必要はなくなったって訳だ。総梧、通信機で通信を送って置け。すぐに俺達を拾ってくれってよ」
「分かりやした。土方さん以外全員拾って下さい。って伝えときやすよ」
「お前、とことん良い性格してるなゴラァ」

 土方の睨みを無視し、総梧は懐から折り畳み式の携帯電話に似た通信機を取り出す。
 それを手元で開き、通信ボタンを押そうとした時、その手を銀時が止めた。

「悪ぃ、帰るのは少し待って貰えないか。ちと野暮用があるんだ。海鳴市にさ」
「俺は別に構いやせんぜぃ。土方さん達もそれで良いですかぃ?」

 沖田の問いに異議を唱えるものはいなかった。それを見て銀時は安堵する。

(さて、本当の締めをしないとな)

 心の内で銀時はそう呟いた。本当の締め。これを行わずして、この依頼は完遂しない。
 



     ***




「うわぁ、凄い綺麗!」

 目の前に映る絶景を見て、なのはは歓喜の声を挙げていた。
 今見ているのは海鳴市の名物とも言える青い海原である。
 青く澄んでおり、まるで青空をそのまま映す鏡の様に輝いて映っていた。
 その隣にはフェイトが居る。最後の別れをする為だ。
 この後、銀時達は江戸に帰る。そして、フェイトはアースラへと戻る手筈になってる。
 外出の自由が許されない為、実質暫く離れ離れになるのは明白だった。
 そして、遠目から万事屋メンバーや真選組、それにユーノやアルフ、それにクロノが見ていた。
 
「気に入ってくれて、良かったよ」
「うん、凄い綺麗だね。それに、潮の香りも良いし、本当に最高の場所だよ!」

 手すりから乗り出して、胸いっぱいに潮の香りを吸い込む。とても嬉しそうだった。しかし、それとは対照的にフェイトは何所か沈んでいた。
 なのはは私の事を覚えていない。親友だと思っていたのは、もしかしたら私だけなのかも知れない。
 そんな不安があったのだ。
 それがフェイトの沈む顔の理由となる。

「どうしたの? 元気ないけど」
「え? ううん、何でもないよ。只、これで暫くお別れだと思うと、少し……寂しくなっちゃって……」

 ずっと我慢していたのだが、遂に堪えきれずに、フェイトは目から大粒の涙を流し始めた。それを皮切りに泣き始めてしまうフェイト。
 そんな泣きじゃくる少女を見ると、なのはは手すりから飛び降り、フェイトの目の前に立つ。
 そして、主室にフェイトの両頬を抓り始めたのだ。

「な、なのふぁぁ。いふぁい、いふぁいよぉ!」
「フェイトちゃんだっけ? お別れって要するにさようならって事だよね。だったら、涙でさようならはタブーだよ!」
「ふぇ?」

 抓られながらもフェイトは見た。なのはは先ほどとは違い真剣な面持ちでこちらを見ているのだ。

「さようならをした時の顔がそんな顔じゃ、気持ちまで沈んじゃうよ。さようならを言う時は、満面の笑顔でする! これが鉄則なんだよ」
「え、えふぁお?」
「そう、笑顔。笑顔でさようならすれば、ずっと笑顔の顔が頭に残る。そうすれば、また会えた時も笑顔で会える。だから、そんな顔しちゃ駄目だからね」

 そう言い、手を放す。フェイトの両頬が赤く腫れ、痛みがジンジンする。
 でも、必死に涙を流すのを堪え、目尻に溜まった涙を強引に拭い取った。

「こ、こう……かな?」

 そして、必死に作り笑いを浮かべてなのはを見る。そんな笑顔を見てなのはは満足気に頷いて見せた。

「上出来上出来! これで、フェイトちゃんの笑顔は私がちゃんと記憶したよ。これで、また会える時は笑顔で会えるね」
「う、うん!」
「約束だからね。忘れちゃ駄目だよ」
「うん、忘れない。私、絶対に忘れないよ!」

 必死に泣くのを堪えるフェイト。そんなフェイトを見てなのはは大層満足そうに胸を張ってドヤ顔をして見せていた。
 もし、もしなのはにかつての記憶があれば、きっとなのはも泣いていただろう。
 そう思える場面であった。ふと、一同はアルフを見ていた。
 アルフもまた、号泣していた。
 別れを惜しんでいるのだ。折角知り合えた友人達との別れを。

「心配する事ないネ。別れって言っても今生の別れじゃないネ」
「そうですよ。それに、僕達の所にある転移装置を使えば、何時でも遊びに来れますから」
「あんたら、良い奴等だねぇ。私も、何時か絶対あんたらの世界に行くからね。フェイトを連れて必ず行くからねぇ!」

 ボロボロと涙を流し続けるアルフ。そんなアルフを両隣から慰める新八と神楽であった。



 遠目から眺めているのは何も新八達だけじゃない。全く別の方向から眺めている者達も居た。
 銀時と士郎だった。
 そう、二人は約束を交わしていたいのだ。
 最終的になのははどちらの世界で生きていくか? と。

「それで、お互い答えを聞いてないって訳なんだよなぁ」
「そうか、なのははこの世界の思い出を全部失くしちゃってるのか」

 士郎は半ばガッカリした顔をしていた。短い間ではあったが、なのはと過ごした日々。その日々すらも、なのはは忘れ去ってしまっていると言うのだ。
 それが士郎には何所か辛く思えた。

「さて、俺達で決めちまうかい?」
「いや、もう答えは出ているさ」
「どゆこと?」

 士郎の言葉に疑問を覚える銀時。ふと、なのはを見ていた士郎が銀時の方を向く。そして、深く頭を下げてきたのだ。

「銀時。娘を……なのはを宜しく頼む」
「それで、あんたは良いのか?」
「今のなのはは私を父親とは思わないだろう。それに、あいつにとっての故郷は江戸だ。此処じゃない。辛いかも知れないけど、それがなのはにとっては一番幸せな事なんだ」

 記憶のない世界で生きていくよりも、記憶のある世界で生きてく方が、幸せなのは間違いない。
 士郎はそう思い、断腸の思いで銀時になのはを託したのだ。
 その思いを、銀時は汲み取った。

「分かった。なのはは俺が預かる。だけど、もし……もしなのはが記憶を取り戻した時には、そん時ぁ、あいつの口から答えを聞くとしようや」
「あぁ、そうしよう」

 二人固い握手を交わす。
 それから間も無くして、なのはを連れて銀時達は江戸の世界へと帰って行ってしまった。
 フェイト・テスタロッサ、アルフの両名は裁判の日までアースラで保護観察状態となり、負傷し現場復帰できないクロノの補佐をする日々を送る事となった。
 ユーノはまた遺跡発掘に戻って行った。スクライア一族はそれを生業としている。
 ジュエルシードを見つけたからと言っておいそれと稼業を投げ出す訳にはいかないのだ。
 こうして、皆がそれぞれの道へと戻って行く。未来に向って。




     第1章第1節 閉幕 
 

 
後書き
次回【新キャラと新展開は突然起こる】お楽しみに

次回から第1章第2節がスタートします。江戸を舞台とした物語となりますのでお楽しみに。 
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