Magical Girl Lyrical NANOHA- 復元する者 -
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第6話 母の願い・妹の誓い
天を……太陽を……覆い隠す雲。
地上に降り注ぎ続ける雨。
その大雨の中……1人。
とある喫茶店の扉の前に黒衣のドレスを纏った女性が立っている。
長い黒髪は雨水に塗れ、顔を俯かせている。
そこに喫茶店に続く道の向こう側から長い茶髪の若い女性が傘を指して歩いてくる。
その女性は店の前に立つ女性を見て、小首を傾げながら近づいていく。
「あれ…美桜じゃない。どうしたの?」
茶髪の女性、高町 桃子が黒髪の女性に声を掛けた。
彼女の店の前にいた相手は、彼女の学生時代の友人。
「桃子・・・・?」
「久しぶりねぇ~…急にどうしたの?店の前で突っ立って……びしょ濡れよ?」
「……お願いがあってきた」
「お願い?」
顔を俯かせたまま、黒髪の女性、美桜は桃子に両手に抱いていたモノを差し出してきた。
白い布に包まれたナニカ。
「え?・・・・これって」
「・・・・私の息子・・・・」
白い布に包まれたモノを受けとると、それは赤ん坊。
先月、生まれた自分の娘と同じ頃の男の子であった。
「結婚してたの?」
「・・・・」
「もしかして……訳あり?」
「・・・・何も聞かないで。桃子、お願い……この子を預かってくれない?」
「・・・・何かあったの?ウチの人に相談して云ったら?もしかしたら、力にーーー」
「無理よ」
桃子の提案に頭を振る。
前髪が顔にかかり、表情が見えない。
「貴方の旦那様と云えど、私の事情は解決出来ない」
「・・・・」
「お願い……桃子」
「・・・・分かったわ。貴女には借りがあるし、子供の1人増えたってどうって事ない」
美桜の頼みに頷き、了承する。
布に包まれた子供を抱き抱え直す。
「丁度、同い年の娘もいるし……この子、戸籍は?」
「無い……貴方達なら伝で何とか出来るでしょ?」
「もう……相変わらずねぇ」
「ごめんなさい・・・・」
手の掛かる子供を咎める様な口調で美桜に言う。
美桜が申し訳なさそうに謝る。
そして、踵を返して去っていこうとする。
それを慌てて、桃子が呼び止める。
「待って、美桜!そんなびしょ濡れで何処行くの?一度、店にーーー」
「・・・・ごめんなさい……時間がないの。行かなくちゃ」
「・・・・また、来るわよね?この子に会いにーーー」
美桜は此方を振り返り、布に包まれた子供を見詰める。
「・・・・」
「美桜!」
「その子をお願い……きっと良い子だから」
そう言い残し、彼女は改めて道を歩き出す。
「待って!この子、名前は!?」
再び呼び止められ、背中を此方に向けたまま、立ち止まる。
「・・・・■■■」
「ぇ?」
「神梛木 ■■■……それがその子の名前」
「■■■……良い名前ね」
「そう・・・・だけど、その子を本当の名前で呼ばないで上げて。名前は貴女が新しく付けて」
「良いの?」
「その方がその子の幸せなの……桃子、■■■をお願い。■■■は私の希望だから」
今度こそ、振り返る事なく道を歩み出す。
激しく降り頻る雨の中。
布に包まれた子を抱きながら、桃子は親友の後ろ姿を見送った。
ーーそれが、彼女を見た最後。
ーー神梛木 美桜と……親友と交わした最後の会話。
ーーそして、最後の約束だった。
第6話[母の願い・妹の誓い]
タン、タン、タン♪
軽快な包丁の音色が聞こえる。
とある喫茶店の厨房。
そこでは、エプロンをした黒髪の少年が野菜やハム等の具材を切っていた。
「葛葉~…サンドイッチ出来た~?」
「未だだよ、母さん。もう少し待って」
「はーい」
厨房の外から聞こえる母の声。
現在、葛葉は両親の経営する喫茶店『翠屋』にて手伝いをしていた。
彼がこうやった簡単な軽食や店の売りである母の作るデザートの仕上げを手伝うの日常的であった。
初めて、手伝わされたのは葛葉が4歳の頃。
それからメキメキと料理の腕を上げ、最近ではデザートのデコレーションも考えていた。
テキパキと注文されたサンドイッチを作り、店内に持っていく。
「はい、サンドイッチ」
「はい、はーい」
同じく手伝いの姉が注文された料理を受け取りに来る。
姉弟で店の手伝いをするのは珍しくない。
「くーちゃん。次はミートスパゲッティね」
「姉さん……調理師免許って知ってる?いい加減、母さんを厨房に戻してよ」
「大丈夫♪くーちゃんの腕は保証できるよ」
「はぁ~…そういう問題じゃないんだけど・・・・」
呆れた様子で再び厨房に引っ込んでいく弟。
その後ろ姿を見て苦笑いが漏らしながら、注文された品を受け取り、テーブルに運ぶ。
客からのオーダーが一度止まり、店のカウンター側に入り、一息付く。
その側に桃子が近付いてきた。
「美由紀、葛葉は?」
「また厨房に引っ込んでいったよ」
「そう・・・」
桃子が葛葉のいる厨房の方に目を向ける。
少し表情に影が差し、何かを心配している様子。
母のその雰囲気に違和感を感じ、美由紀が問い掛ける。
「ねぇ、お母さん」
「ん?なに?」
「何で、くーちゃんを毎年この日に必ず働かせてるの?普段なら遠慮してるのに」
「・・・・」
そう・・・・。
いつもは気が向いた時で良いと言っているのに。
この時期になると、我が母は弟を必ず店でお手伝いをさせていた。
色々、理由付けをして。
それが毎年、引っ掛かっていた。
「ねぇ、どうしーーー」
「美桜がね・・・・」
「え?」
「美桜が・・・・葛葉の本当の母親があの子を預けにきた日なの。今日は」
「・・・・」
桃子が小さく呟く様に答える。
母の話す理由に耳を傾ける。
「もしかしたら来るかもしれない。そう思ってね・・・・」
「けど、その人、くーちゃんを預けてから一度も会いに来てないんでしょう?」
「そうね・・・・」
美由紀の言うとおり。
葛葉を……あの子を預かった雨の日から9年。
彼女は一度も現れない。
「その人なんで、くーちゃんをお母さんに預けていったの?」
「分からないわ。何か事件に巻き込まれた可能性があるけど詳しくは何も聞けなかったから。彼女が頼れる親しい友人なんて私くらいだしね」
「友達いなかったんだ、そんなに……。どんな人なの?美桜さんって」
交友関係の広い母の知り合いの中で、葛葉の実の母の事について美由紀は何も知らなかったので問い掛ける。
桃子は「そうねぇ~」と思い出す様な表情になる。
昔の事……若かりし頃の自分と彼女の事を思い浮かべる。
「ふふふ……そうねぇ、美桜は・・・・」
「うん」
「天才だったわね♪」
「天才?」
「そう、天才。正直、彼女の考えてる事は学生時代から、全然分からなかったわね。いつも難しい事ばかり考えていたから」
本当に天才と馬鹿は紙一重と言うが。
彼女にはその表現が相応しい。
頭は確かに良かったが少し内向的で他者を拒絶していた少女。
けど、ちょっと何処か抜けていた。
自分が彼女と友人になれたのは奇跡といえる。
「だけどね。私にはとても大切な親友だった」
「そうなんだ」
「だって私がパティシエに成れたのは彼女のおかげだもの」
「へ?」
昔の事を思い返し、笑みが零れる。
本当に彼女には感謝しきれない恩がある。
「私が15歳の頃ね・・・・本場で修行したいって言って、それを両親に反対されたの」
「まぁ、普通に考えたら……ねぇ」
「けど、美桜がね……家に来て両親を説き伏せてくれたの。"貴方達に桃子の将来を決める権利はない"…なんて不躾に父さんや母さんに説教しだしたのよ。流石に唖然としたわ」
「ほぇ~凄い人だね」
「ええ・・・・本当に型破りだったわ…彼女は」
今でも、美桜に説教されていた両親の姿が目に浮かぶ。
けれども、彼女のおかげで親の了承を得られ、海外に渡り、本場で修行し、パティシエに為れた。
彼女は紛れもなく、今の自分を形成するのに一役買ってくれた恩人だった。
「だから、美桜が葛葉を預けに来たとき、断る事は出来なかった。学生時代でも見たことないくらい切迫した雰囲気を出してたから」
「今、何処で何してるんだろうね」
「そうね……何処にいるんだか。生きてくれていたら、良いんだけど・・・・」
美由紀が桃子の重苦しい言葉に「大袈裟な……」と言葉を漏らすと、新たに入店してきた客の接客に赴いて行った。
美由紀が遠ざかっていくのを眺めながら、葛葉を預かってから抱き続けている嫌な予感が頭を過
一度、士郎のコネクションを頼り、世界中から情報を集ったが消息は掴めなかった。
彼女は忽然とこの世界から姿を消したように思えた。
ーーもう……この世に居ないのではないかと……。
桃子は頭に過る悪い予感を振り払うように頭を振る。
心を落ち着かせ、冷静になるように一度深呼吸をすると、厨房にいる息子を想いながら、親友の事を思い浮かべる。
あれから、9年・・・・。
彼女の言葉通り、葛葉は優しい男の子に育った。
一度で良い・・・・。
一度で良いから・・・・。
もし、生きているなら・・・・。
「葛葉に会いに来なさいよ、美桜・・・・」
何処にいるかもわからない。
葛葉の本当の母が彼に会いに来る事を願いながら。
桃子は息子が料理と格闘している厨房へと戻っていった。
★★★★★
ーー所変わって、葛葉がせっせと翠屋にて料理に励んでいる頃・・・・。
海鳴市内にある高台。
敷地が広く、心地好い風が流れている。
そこでは、二人の少女と一匹の動物が何やらしている。
周囲には、彼女達以外の人影がなく、少々違和感のある空気がする。
「なのはちゃん、準備OKだよ~」
「ありがとう、サクラちゃん」
「凄い……かなり強度な結界だ……」
現在、高台の周囲はサクラの構築した結界が展開されていた。
『悠久の幻影』の知識を応用した概念魔術結界が周囲を覆っている。
オリジナルの概念魔術よりも強度もその効果も劣化、『召還せし者』だけを隔離したり、時間制限が来たら本来の世界を侵食する等の設定はない。
純粋に彼らのこれからの行動を隠す為の空間結界である。
「これなら魔法の事は誰にもバレないし、砲撃をいっぱい打っても大丈夫だよ~」
「うん……これで魔法の練習が安心してできるね」
「そうだね。なのは」
サクラの言葉になのはとユーノが頷き返す。
二人の満足そうな顔にサクラも努力したかいがあったと嬉しそうに微笑む。
自分のマスターは元々のスペックが優秀過ぎる為、こういった事をしても感謝されないため、張り合いがないのだ。
普段は一日中、日向ぼっこしているが、たまには体を動かしたいと思い、こうしてなのはの魔法訓練を手伝う事にしたのだ。
「だけど、サクラちゃん。空飛べるの?」
「大丈夫だよ。なのはちゃんの飛行魔法を『対魔術兵器戦略思考』で解析して、私独自に『魔術』も組んだから、もう空も自由に飛べるんだよ!」
えっへんと胸を張るサクラ。
実際はサクラは解析しただけであり、新たに『魔術』を編み出したのは葛葉である。
そもそも、サクラはその身に宿す『神話魔術』の特性上、固定砲台のような役目であり、空戦などの高速機動には向かない。
使えはするが、なのは達、魔導師の空戦機動には付いていけない。
「それじゃあ、まず誘導弾のコントロールからやろう」
「うん!」
「サクラ、魔力スフィアとか出せる?」
「出すだけなら問題ないよ?」
「じゃあ頼むよ」
ユーノの言葉にサクラは軽く頷くと、自分の周囲に魔力スフィアを10個程出現させた。
「これどうするの?ユーノくん」
「的みたいなものだよ。それあちこちに動かせたりする?」
「うん、この敷地の範囲内なら自在だよ」
そう言って、サクラはスフィアを縦横無尽に移動させ始める。
視界に収まる程度の空間を忙しなく、桜光が駆け巡る。
スフィアの動きを確認するとユーノはなのはに向き合い、訓練内容の説明に入る。
「昨日は"魔力運用"について説明したけど、あの黒衣の女の子とまた鉢合わせになった時の為に実践的な訓練に入るよ」
「はい!」
「サクラ、スフィアの移動速度はそのまま維持しておいて」
「了解なんだよ」
スフィアの速度を言われた通りに維持し続ける。
ユーノは引き続き、言葉を続ける。
「なのは、準備良いかい?」
「うん!レイジング・ハート」
『Divine Shooter』
主の呼び掛けに愛機は、魔力スフィアを周囲に展開して応える。
その展開数は6発。
現在、魔法初心者の少女が操作出来るギリギリの数であった。
「訓練内容は今、周囲を動き回っている魔力スフィアに今展開している誘導弾で撃ち抜くこと」
「分かった」
魔法の練習などしたことのない彼女にとって、10個のスフィアに着弾させるのは難しい。
なのは自身、当てられるとは思っていないが。
「サポートよろしくね?レイジング・ハート」
『全力にて承ります』
愛機の相槌に笑みを溢し、目の前、周囲を高速で飛び交うスフィアを見る。
内心の不安を消すために一度息を吐く。
思考を落ち着かせ、冷静にしないと誘導弾は操れない。
未だかつてない程、集中していく。
「それじゃあ、いくよ・・・・用意、スタート!!」
ユーノが声高に訓練の開始の合図をする。
それと共になのはも「シュートっ!!」という気合いが篭った声を吐き、操作弾を撃ち放つ。
桜光の魔力弾が同じ色のターゲットスフィアを撃ち抜いていく。
「良いよ、なのは!その調子!」
「う~……」
なのはが眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を見せる。
サクラの操るターゲットスフィアの速度は、なのはが撃ち落とせるギリギリの速度を維持している。
彼女の思考と集中は操作に全て を向けているため、ユーノの合いの手に返す余裕もない程だ。
「なのはちゃん、操作ばかり意識しても駄目なんだよ~」
そう言って、サクラはスフィアの一つの方向をなのはに向ける。
自分に接近してくるスフィアに慌て、迎撃の為に咄嗟に操作弾の一つを呼び戻すが、間に合わず……スフィアはなのはの額に直撃する。
「あぅ!?」
「なのは!?」
スフィアの直撃により、尻餅を付き、なのはの集中が途切れると同時に誘導弾が消える。
ユーノが声を上げ、なのはに近付いていく。
スフィアがなのはに直撃したのを見て、サクラはまだ周囲を駆け回っているスフィアを消す。
尻餅ついて座っているなのはをユーノが心配そうに見上げている。
そんなユーノになのはは笑いかけながら起き上がる。
サクラがゆっくりと二人に歩み寄ってくる。
「大丈夫?なのはちゃん?」
「う~、酷いよ……サクラちゃん、いきなり・・・・」
「サクラ、スフィアは周辺に移動させるだけで良いって言っただろう?」
「そうだけど……実戦を意識させるなら、こっちも攻めていかないと只の的当てゲームにしかならないよ?相手は動いて、かわして、攻めてくるんだよ?」
ユーノがサクラの咄嗟の指示にそぐわない行動をたしなめる。
サクラもユーノの指導方針を概ね理解はしているが、実戦には適さない。
なのはをゆっくり、安全に体にも負担を掛けずに育てるならば、それで良い。
「あの金髪の女の子と互角……それ以上に戦うには並みの努力じゃ追い付かないんだよ」
「それはそうだけど……」
サクラの言い分もユーノは理解している。
あの黒衣の魔導師はその年でかなり力量だ。
なのはが撃墜された日、レイジング・ハートの記録を見せてもらったので断言できる。
才能もあるだろうが、相当な訓練を積んでいる。
「確かになのはちゃんは"魔法"の才能があると思うけど……まだ"原石"の段階なんだよ。少し強引でも磨きに磨き抜いていかないと、対抗できないんだよ」
「だけど・・・・」
「私としては、なのはちゃんに少しでも身を守れる力を付けて欲しいんだよ。私はなのはちゃんと同じ砲撃型だし、動きもなのはちゃんと比べれば機動力か無いに等しいんだよ」
確かに魔力魔術兵装として飛行の『魔術』は組めた。
だけど、自分自身の『戦略破壊魔術兵器』としての役割は、圧倒的な火力不足を補う事とマスターの補助のみ。
なのはのような空戦機動、ドッグファイトは無理だ。
「あの子と戦闘になった場合、なのはちゃんがあの子の動きを阻害、又は止める役割……私は砲台として仕留める役割って分担した方が有利なんだよ」
「確かにそうだけど・・・・」
「本当は前衛役が居てくれれば良いけど、ユーノくんは無理だよね?」
「う・・・・」
サクラの言葉がユーノの胸に突き刺さる。
見るかにというより、どう考えてもユーノは肉体労働者ではない。
純粋な頭脳労働者。
葛葉は壁役になれと言ったが不可能だろう。
思わず、サクラは溜め息交じりに言葉を吐き出した。
「マスターが居てくれれば、すご~~く楽なんだよ~~・・・・」
「葛葉は手伝う気はゼロだと思う」
初めてジュエルシードを封印した日に確かに告げられた。
手伝う気はない、と・・・・。
何で、あの双子の兄は彼処まで頑なに協力したがらないのか。
「まぁ、マスターの信条は穏やかに暮らしたいってことだから。その平穏を破られたのが、ちょっと許せないんだと思うよ?」
「うん、何事もないようで平穏な日々を大切にしたい……って、昔言ってた」
子供の口から出るにしては、深い想いが篭った言葉。
本当に同い年の兄妹かと思ってしまう。
「葛葉には、あんまり迷惑掛けたくないな……」
なのはが同じ時を生きてきた半身を想い、呟く。
昔から色々と迷惑を掛けてきた。
いつも、葛葉にはその都度助けてもらってきた。
双子だから、兄妹だから、気にすることはないと言われる。
でも、私は迷惑を掛け通しの兄に少しでも何かを返したかった。
だって、葛葉はいつも私の隣に居てくれたから。
お父さんが大怪我をして入院し、家族が忙しくなり、私に構ってくれる機会が減り、寂しい想いをしていた日々。
葛葉は……兄だけはどんな時でも側に居てくれた。
元々、幼い頃から多方面でその才能を遺憾無く発揮し、当時も彼自身、忙しかった筈だ。
でも、声に出さず、寂しさを圧し殺し、良い子供を演じる私に、葛葉はこういった。
ーー寂しいなら言え……。僕が母さんや兄さん達の分まで側に居てやる。
誰もいない公園のブランコ。
一人寂しく、過ごしていた日。
わざわざ、葛葉は迎えに来てくれた時に告げられた言葉。
とても嬉しくて泣きそうになった。
それから、葛葉は家の手伝いの傍ら、私と一緒にいてくれた。
寂しさも悲しみも少し和らいだ。
お父さんも、その頃になりと快方に向かい始め、慌ただしく、緊張していた家族の中も落ち着き出した。
そんな時、お母さん達が私に頭を下げて謝ってきた。
ー寂しい思いをさせてゴメンね……と。
いきなりの事に私は困惑したけど、何となくお母さん達が私の想いに気付いた理由に行き着いた。
私の想いに気付いていたのは、あの中で1人だけ。
高町 葛葉、只1人だ。
当の本人は、追及を嫌い、その日は何処かに出掛けていた。
一緒に居てやると言いながら、なんと薄情なんだと思ったが、今では私にお礼を言われるのが分かっていて、照れ隠しに逃げたのだと思う。
結局、あの時の感謝の気持ちも私は伝えられていない。
ー1人にしないでくれてありがとう。
その一言が言えずにいる。
あれから、4年経ち、今さらながら気恥ずかしくて言えない。
本人は礼を言われる事でもないと思って、既に過去の出来事を忘れている可能性もあるため、礼を言って、そんなこと有ったっけ?…と返されるかもしれないのが悲しい。
だからこそ……。
(最初は頼ったけど、やっぱり駄目なの!……出来うる限り、葛葉に迷惑かけないようにしないと!)
当初、落胆したが、今は関わって欲しくなかった。
手伝わないと言いながらも、あの優しい兄は自分を助けに来てくれた。
……強くなりたい。
守られるのではなく、護れる様に。
葛葉の負担に……彼の愛する平穏を壊さない様に。
そして、あの子……金髪の少女と話をしたい。
そのためには、もっと……魔法の練習を積まなければならない。
(なんで、あんな寂しくて、悲しそうな瞳をしているのか……その理由を聞きたい)
自分が落とされた日。
最後に見た表情と呟き。
ーーゴメンね。
確かにそう聞こえた。
自分に謝る言葉。
戦っている時は、無表情で淡々と攻撃してきていたが、その時だけは悔やむ様な感情がみてとれた。
知りたい。
何故、ジュエルシードを集めるのか。
何故、そんな悲しい瞳をしているのか。
だからーーーー。
「サクラちゃん、ユーノくん、レイジング・ハート……」
「ん?」
「なに?」
『はい……』
なのはは考え込んで、俯かせていた顔を上げる。
目の前には、微笑んでいるサクラがいる。
ユーノも名前を呼ばれ、なのはを見詰めている。
「私、頑張って…練習して、経験積んでいくから・・・・少しでも、早くジュエルシードを回収出来る様に頑張るからーーーー」
「うん・・・・」
サクラちゃんが私の言葉を聞いて頷き返してくれる。
見守るように慈愛に満ちた笑みを向けて、話を聞いてくれる。
其れが、とても嬉しくなる。
きっと彼女は私の言いたい事を理解しているのだろう。
だから、自然に言葉を紡ぐ事ができる。
「だから……教えて!……私に魔法の上手な使い方!」
あの子と……悲しい瞳をする少女と話せるように。
双子の兄に……葛葉にこれ以上、心配も迷惑も掛けさせないために……!
「私に……魔法を教えて下さい!」
私は二人?と愛機に頭を下げて頼む。
昨日も同じ事をユーノくんとレイジング・ハートには告げたがサクラちゃんにはまだだった。
私の言葉を聞いて、サクラちゃんは優しい笑みが強くなる。
全てを包み込む母の様な微笑み。
サクラちゃんが座っている私に視線を合わせる様に屈み込む。
サクラとなのはの視線が交じりあう。
その瞳の奥にある確かな意志を確認する。
そこに見た意志を確認すると、サクラはなのはを抱き締めた。
「ふぇ!?」
「なのはちゃん……」
サクラの急な行動に慌てふためく。
優しく抱き締められながら混乱するなのは。
そんな、なのはにサクラが優しく語り掛ける。
「大丈夫。なのはちゃんの"想い"は確かに受け取ったよ……だから教えて上げるよ、私もユーノくんも、なのはちゃんに"魔法"の正しい使い方……戦い方を」
元来、『魔術』と『魔法』は似て非なるモノ。
然れど、その運用方法に大した違いはない。
「だけど、なのはちゃん……一つだけ約束してくれる?」
「約束?」
「そう……約束」
此れから腕に抱いた少女が歩む道は苦しいモノとなる。
偶然とはいえ、魔法と出会い、類い希な才能をもった自分の主の妹であり、友人でもある少女の事を想い言葉を紡ぐ。
「どんな事が合っても、自分の『決断』した事なら迷わず貫いて欲しいんだよ。例え其れが善であろうと、悪であろうと、なのはちゃんの心の思うまま……最後まで」
「ーーーー」
静かに諭すように語り掛ける。
サクラに抱きしめられたまま、大人しくなのはは耳を傾ける。
「そうすれば、なのはちゃんは強くなれるよ。あの子よりも、マスターよりも」
「本当?」
「うん!本当だよ」
サクラはなのはを身体から離すと、彼女の前に小指を差し出す。
それは指切りの仕草である。
「だから、約束してくれるかな?自分の心に……自分の想いを貫き通すって」
「うん、約束するよ!サクラちゃん!」
互いの小指を絡め、指切りをする二人の少女。
サクラは横にいるユーノにも視線を向ける。
「ユーノくんも約束なんだよ!」
「あぁ、約束するよ、サクラ」
ユーノもサクラの体を伝い、腕まで来ると二人の絡めた小指に前足を当てた。
三人で高台の上で誓い合う。
ーーこの時……私はサクラちゃんの言葉の意味しっかり理解していなかった。
ーーこの言葉に込めた想い……それを本当に理解出来たのはもう少し先。
ーー私の魔法の先生の1人だった『マホウ』の少女と交わした。
ーーたった一つの約束……。
ーー桜光の精霊との聖なる誓いであった・・・・。
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