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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第25話 決闘は予約を入れてからしろ!

 夜が明け、海鳴市全体を爽やかな朝が迎えてくれた。
 春の季節らしく過ごし易い気候となり、絶好の休日となった。
 そう、世間一般で言う本日は日曜日。
 一般的には休みの日として重宝される基調な日でもある。
 少年達はその日を悔いのないように思いっきり遊びに費やす者も居るだろう。
 反対に、学校がないと言いながらも将来の為に勉学に勤しむ子供も僅かながら居るだろう。
 無論、大人達も同じ事が言えた。
 休日を誰もが有意義に過ごす。平和な日常とはこの事なのであった。
 だが、そんな平和な海鳴市とは裏腹に、その市内にあるとある一家では、何処か殺伐とした空気が感じられた。
 一体どうしたのだろうか?
 家族ぐるみで大喧嘩でもしたのであろうか?
 それとも、何か重大な事でもあるのだろうか?
 その答えを知る為には、殺伐とした空気の感じられる家屋へと入る必要がありそうだ。
 しかし、余り大きな音を立てたりしないようにこっそりと忍び込む事にしよう。
 見つかってしまえば何をされるか分かった物じゃないからだ。
 無論、続けて見に来たい人達も用心してついて来て欲しい。
 万が一見つかったとしても、私は一切責任を負いませんので。




     ***




 現在朝食の支度をしているらしく、部屋からは料理の匂いが鼻をくすぐる。
 不思議とこの匂いを嗅ぐだけで不思議と空腹感は飛躍的に増大し、口内は唾液で充満していく。
 その匂いを嗅ぎながら、銀時を筆頭として万事屋ご一行はテーブルに腰を降ろしていた。
 その銀時の目の前には、士郎が腰を下ろしていた。
 銀時と士郎。
 二人が目の前で互いを見会っている。二人共一言も喋らずに只じっとテーブルに座したまま時が空しく経過しているのを感じていた。
 今日は二人にとって、正に運命の日と呼べる日に他ならないのだ。
 そう、士郎の家で生まれ、銀時の家で育った一人の少女。その少女が最終的にどちらの家の子になるか。
 それを決める運命の日でもあったのだ。
 なのはの性が高町になるか? 
 それとも坂田となるか?
 それを決める上でとても重要な日であったのだ。

(く、空気が……重い)

 新八は今、この重苦しい空気に冷や汗を掻いていた。
 銀時と士郎の放つ重苦しいオーラに新八のフォロー精神が限界まで来ていたのだ。
 この重苦しい空気をどうにか改善したい。そう思ってはいるのだが、実際なんて言えば良いのか分からないのだ。
 下手な事言うと返って空気を重くしてしまう危険性があるのだ。
 その為に迂闊に言葉を発せられないもどかしさが此処にあったのだ。

「すんまっせ~ん! ミルクココアおかわりぃ!」

 そんな中、相変わらず空気を全く読まない神楽は自分の欲求に忠実ならしく、全く新八の気持ちを汲み取ろうとはしないでいた。
 しかし、空気を重く感じているのは何も新八だけではなかった。

(お、お兄ちゃん。何か空気が三倍近く重く感じるんだけど)
(耐えろ美由紀! 今俺達が変な事言ったら返って空気が重くなりそうだ!)

 そう、高町家の長男と長女の二人もまた、重くなっている空気を感じ取っていたのだ。
 二人もまた、新八と同じフォロー精神の持ち主だったと言える。

「あらあら、二人共そんな重苦しい空気出してたら折角のご飯が美味しくなくなっちゃうわよ」

 そんな士郎と銀時に対し、桃子がサラダボールを手に持って来ながらそう告げてきた。
 
「そ、そうだなぁ……俺とした事が存在感出しすぎちまったか」
「いやぁ、御免御免」

 桃子にそう言われ、士郎と銀時の二人がさっきまで纏っていた空気をその身から取り払ってくれた。
 しかし、流石は士郎の奥さんである。誰もが触れる事の出来なかったあの二人に言い寄れるのだから流石と言えば流石である。

「そろそろご飯出来るわよ。折角だから二人でなのはを呼んで来て頂戴」
「お、おぉ……そうしますかねぇ、士郎君」
「そうだねぇ、銀時君。俺達二人でなのはを呼びに行こうか」

 明らかに半音高い声のトーンでそう告げながら二人が席を立ち、そのままの足取りでなのはの居るであろう二階に向かって行った。
 そのお陰で今までこの部屋を支配していた空気がなくなって行くのを感じ取り、新八と高町家兄妹の三人はほっと安堵するのであった。

「い、いやぁ……それにしても皆さんと会うのはお久しぶりですねぇ」
「全くだねぇ新八君に神楽ちゃん。こうして君達と食事をするのも久しぶりで俺達も嬉しいよ」

 重苦しい空気がなくなったのを幸いと思いたかったのだが、生憎何を話そうか全く考えてなかった為にこんな事した話せない為にぎこちない会話となってしまった。

「ちったぁマシな会話してみろよ地味トリオが」
「誰が地味だああああああ!」

 神楽の毒舌に律儀に反応しだす三人なのであった。





 下の階でそんな会話をしていた丁度その頃、銀時と士郎はなのはの居るであろう部屋の前に立っていた。
 後は、この扉を開けてなのはを呼び出し、下に連れて行き皆で食事を取り、そして……

「いよいよか……たった三日間だけだったけど、とても充実した日々を送れたよ」
「そうかい? そうつぁ良かったな」

 すっかり落ち着きを取り戻した二人が扉の前でそんな会話をしていた。
 二人共扉の前に立ったまま、誰もドアノブを回そうとしないのだ。
 ノブを回さない。即ち誰も扉を開こうとしないのである。
 二人共緊張しているらしく、冷や汗が流れ落ちている。

「な、なぁ……銀さん」
「あぁ?」
「もし、なのはが銀さんを選んだとしても、以前と変わらずに、なのはを娘として見ても……構わないかい?」
「あぁ、あんたの好きにしな。なのはは元々そっちの娘だったんだ」

 士郎は何処か諦めを感じていた。
 如何になのはが此処高町家で生まれた子だとしても、彼女は生まれてから9年間の間を銀時達と同じ江戸で過ごしてきたのだ。
 その為に、幾ら三日間の間楽しく過ごしてきたとしても、それは所詮は三日間の思い出だけに過ぎない。
 9年間生きてきた思い出には到底勝てないと言う事を、士郎は悟っていたのだ。
 だが、士郎はそれでも構わないと思っていた。一番優先すべき事はなのは自身の意見だ。
 何しろこの答えにはなのはの人生が掛かっている。
 自分達の思いを無理やりなのはに押し付けることなど出来ない。全ては彼女が決めねばならない事なのだから。
 無論、それは銀時も同じ思いであった。
 例え、9年間の間江戸で過ごしてきたとしても、本来の家族の下に居たがるもの。
 そう思っていたのだ。
 だからこそ、銀時も士郎と同じ考えを持っていたのだ。

「士郎さんよ、俺からも言わせてくれや。もしなのはがお宅んとこを選んだとしても、俺もなのはを娘と言わせて貰えるかい?」
「勿論だとも。しかし、なのはは贅沢な子だよ」
「贅沢?」
「そう思わないかい? 父親が二人も居るなんてさ」

 士郎のその言葉に銀時は軽く笑みを浮かべた。
 違いない。そう思えたのだ。
 元々銀時には家族はいないし、その手の思い出も覚えていない。
 戦のせいで、銀時は激動の時代を生きてきたのだ。
 そんな銀時が、何時しか父親となり、多くの人達との出会いを経験していく事が出来た。
 今にして思えば、あの時なのはを自分が引き取らなかったら、こんな事はなかっただろうと思える。
 新八や神楽とも出会わなかっただろうし、他の江戸の奴等とも知り合いになれなかっただろう。
 いわば、なのはが銀時のところに来たお陰で銀時もまた、多くの出会いを経験する事が出来たのだと、この時はそう思っていた。
 そして、今日がその運命の日なのだ。
 銀時の元へ行くのか?
 それとも士郎の下へ戻るのか?
 その答えを知る為に、二人はこうしてやってきたのだ。
 だが……

「あ、あのぉ……士郎さん? 悪いんだけどさぁ、ちょっと扉開けてくれない? 銀さん手が震えちゃってて上手く扉開けられそうにないんだぁ」
「な、何を言うんだい! そう言う役目こそ銀時君の出番じゃないか。僕はあれだよ。この間仕事で手を火傷しちゃったから手で物を触れないんだ。だから銀さんにお願いするよ」
「ふざけんなよ! それを言ったらなぁ、俺なんか一昨日マルナカデパートの自動ドアに腕挟んじまって腕がジンジン痛むんだよ! マジで痛いんだよ涙目なんだよ! だから此処は士郎さんにお願いするわ。マジで頼むよ」
「いやいやいや、実は僕もあれなんだよ。こないだ夜道を歩いていたら動物園から逃げ出したゴリラに腕を殴られて未だに痛むんだよねぇ。だから此処は銀さんにお願いするよ」
「ベタベタな嘘ついてんじゃねぇよ!」
「そっちだって嘘ついてるじゃないか!」

 扉の前で醜い言い争いが展開していた。
 誰が扉を開けるか。そんな程度の事で激しく言い争いを行っていたのだ。
 しかもその内容が明らかに下らない内容だったりする。
 初めは口喧嘩程度の事だったが、遂には互いに胸倉を掴みあってお互いゼロ距離で下らない事を連呼しあう始末となっていた。
 だが、あんまりにも下らない内容だった為遭えて此処では記載しないで置く事にする。
 キャラのイメージが壊れてしまう危険性もあるので。

「よ、よぉし! それじゃこうしよう。二人で一緒に開くってのはどうだ?」
「そ、それは良いねぇ。それならお互い恨みっこなしだね」

 満場一致の元、銀時と士郎の二人がノブに手を掛ける。
 互いにガッチリとノブを掴み、深く息を吸い込んだ。

「せぇの!」

 同時に掛け声を挙げた後、二人同時に静かにノブを回した。
 ガチャリと音が鳴り扉を押さえていた力がなくなる。そのままゆっくりと扉を押し開き部屋の中へと二人は誘われるように入った。

「お、おはようなのは……そろそろご飯が出来るよぉ」
「おらぁ、起きろやこの寝坊助が! さっさと起きないと俺の時みたいに熱湯ぶっかけるぞコノヤロー!」

 部屋に入るなりにそう告げる二人。だが、部屋の中に入った事により二人は気づく事が出来た。
 この部屋からは人の気配が感じられないのだ。
 本来ならこの部屋で眠っている筈のなのはの気配が全く感じられないのだ。
 つまり、この部屋には誰も居ないと言うことになる。

「な、なのは?」
「居ない!」

 本来部屋に居る筈のなのはの姿が何処にも見受けられないのだ。
 だが、部屋を見る限り荒らされた形跡は見受けられない。少なくとも突如やってきた人さらいにさらわれた訳ではなさそうだ。
 では、なのはは一体何処に行ってしまったのだろうか?

「ん?」

 銀時は、ふと机の上に置かれている何かに気付いた。
 それは一枚の紙切れだった。
 良く見ると其処には簡潔にだが文章が書かれている。
 字の形により明らかに子供が書いた字と見受けられる。銀時はその紙切れを手に取り、それを目の前に持って来た。
 どうやらそれは置手紙だったようだ。其処にはなのはが急ぎ足で書かれた形跡で書いてあったようだが、内容は簡潔に書き纏められていた。

《勝手に居なくなってしまった事には御免なさい。友達のフェイトちゃんがどうしても一緒に来て欲しいと言われたのでついて行って来ます。士郎さん、何も言わずに去って行ってごめんなさい。銀時さん、帰ってきた時までには、ちゃんと答えを考えておきます
 なのは》

「なのは……お前はその道を選んだって言うのか?」

 置手紙をそっと机の上に置き、銀時は深く項垂れた。
 家族よりも友達を優先した。それもまたなのはの人生だと納得すべきなのだろうが、ほんのぴょっぴり寂しく感じる銀時なのであった。




     ***




「ついたよ、なのは」

 時の庭園に辿り着くなりフェイトがそう告げてくれた。なのはの目の前に映る物の何もかもが真新しく映っていた。
 大理石の壁や床は勿論、木目調の扉や窓の外から映るオーロラのような綺麗な光景。
 それら全てがどれも真新しく映っていた。

「へぇ、此処がフェイトちゃんのお家なんだ」
「うん、そうなるかな? それより、早く来て。母さんがきっと待ってるから」
「うん、でも……何で私を呼んだんだろう?」

 何故自分を呼んだのか?
 そんな疑問があるのだが、今はそれを確かめる為にもフェイトの母親に会う必要がある。
 
「ねぇ、そう言えばアルフさんは? さっきから姿が見えないんだけど」
「私も良く分からないんだ。最近ずっと姿見てないんだけどね」

 どうやらフェイト自身も知らないようだ。本人はさほど気にしてないように見せているが、恐らく強がりだと言うのは分かる。
 フェイトにとってアルフは共に死線を潜り抜けてきた掛け替えのない仲間なのだ。
 そのアルフが最近姿を見せない。あのフェイトが心配しない訳がないのだ。

「それにしても、窓から映るあの空って変な色してるよねぇ」
「此処は貴方達の居る世界とは違うんだ。だから空の色が違うのも当然なんだよ」
「へぇ、でも海鳴と江戸の空は一緒だったのに、此処だけ違うんだ。不思議だなぁ」

 さして疑問に感じないまま、なのはは窓の外に映る空を珍しそうに眺めながら歩いていた。
 フェイトの母親とはどんな人物なのか? とか。帰った後、ご飯は何にしようかな? とか。
 そして、帰った後……出来る限りそれまでに自分なりの答えを見つけ出そう。
 そう決心しながら歩いていた時の事だった。急にフェイトが歩を止めた。
 いきなり止めたものだから危うく後ろからなのはは追突しそうになってしまい急遽立ち止まる。
 
「ど、どうしたの?」
「ちょっと待ってて」

 後ろで理由を尋ねるなのはを待たせ、フェイトは静かに目を閉じて意識を集中させた。
 意識を集中させる事により魔導師や、魔力を体内に持つ者は脳内に相手の言葉をトレースする事により口を使わずにその相手だけとの会話が出来るようになる。
 正式的な名称は不明だが、世間一般ではこれを念心通話略称で【念話】と言うそうだが、実を言うとあんまり関係ない話なので聞き流して貰って構わないのだが。

(フェイト、聞こえるかしら?)
(はい、何でしょうか?)
(例の子は連れてきたのかしら?)
(はい、これから連れてきます)

 どうやら念話の対象相手は母プレシアだったようだ。相変わらず親子だと言うのに何処かフェイトの対応は堅すぎるようにも見受けられる。
 まぁ、世界広しと言う言葉もある。もしかしたら貴方の近くにもこんな関係の親子が居るのかも知れない。
 まぁ、もしそんな家族を見つけたら迂闊に手を出さないでおきましょう。
 下手に手を出すと返ってその家族の輪を壊しかねないので。
 その家族にはその家族の関係が出来上がっているのです。迂闊に他人が入り込んで良い領域ではないと言うのはご理解の程を。
 はてさて、話がずれてしまった気がしますのでここからは二人の会話に視線を集中させるとしましょう。

(その前にフェイト、貴方個人に話があるわ。一人で私の所へ来なさい)
(え? でも、なのははどうするんですか?)
(部屋を用意しておいたから其処に休めておきなさい。とにかく今は急いで私の元へ来なさい。良いわね?)
(はい、分かりました)

 念話が途切れたのを確認し、フェイトは意識を自分に戻す。下げていた顔を起こし、真後ろに居るなのはの方を向く。

「ちょっと母さんと話しなくちゃいけなくなっちゃったんだ。だから、この近くに部屋があるから其処で待ってて貰っても良い?」
「別に良いよ」

 本来なら早く要件を済ませて帰宅しかたったのだが、急用であるのなら仕方がない。内なる思いを押し留めて、なのははフェイトに続いた。
 その場から数メートル歩かない内に近くに木目調の扉が姿を見せる。
 古臭いノブ式の扉だ。その扉のノブを回し、中へと入る。
 部屋の中は簡素な作りであった。
 部屋の大きさはおよそ6畳位。それほど広くはないが決して狭くもない。時間を潰すにはそれなりに適した部屋と言える。
 小さな丸テーブルが真ん中に置かれており、隅には小さなベットも置かれている。白いシーツの上に同じ色の掛け布団が叱れており綺麗に整えられてある。
 テレビはないようだが本の類が棚に綺麗に並べられている。

「此処で待ってて。私ちょっと母さんと話してくるから」
「うん、分かったよ」

 部屋の中になのはを入れると、フェイトはすぐに扉を閉める。
 薄暗い廊下にフェイトは一人ぼっちとなった。少し寂しさを感じたが、それもすぐに感じなくなる筈だ。今はそれよりも……だ。

「急ごう。母さんが待ってる」

 一人、母の待つ玉座へと向かいフェイトは一人廊下を歩いた。
 フェイトの足音だけが静かに廊下内で響き渡る。既に慣れた道筋だ。迷う筈がない。その通路の中を歩きながら、フェイトはふと疑問に感じていた。

(母さんはどうしてなのはを必要としたんだろう? 確かに、なのはの中にはジュエルシードが眠ってる。でも、今の所危険の兆候は見られない。心配する事ないと思うけど)

 疑問は尽きないが今は詮索する必要はない。それよりも今は母に会い何故自分だけを呼んだのかを尋ねる事が先決だからだ。
 母の待つ二枚式の扉を開き、玉座へと足を運ぶ。

「母さん、来ました」
「来たわね? フェイト」

 其処には相変わらず不健康そうな顔立ちをした母プレシアが座っていた。
 不健康で不機嫌。それでいて不穏な空気をその身に纏っているプレシアがフェイトを睨むようにして座っていた。
 その視線を一身に浴びながらも、フェイトは歩を止めず、プレシアの目の前に歩み寄った。

「あの、用とはなんでしょうか?」
「その前に貴方に言っておく事があるわ。此処最近の貴方の働きは立派よ。流石はこの大魔導師プレシア・テスタロッサの娘ね。最初は私の期待に答えない働きぶりに私も不安を感じていたけれど、これで母さんは安心出来るわ」
「そんな、私は母さんの為に一生懸命にやっただけです。それに、私一人で出来た事じゃありませんし―――」
「謙遜する必要はないわ。貴方は立派に役目を果たした。胸を張りなさい」

 何時になく優しい母の言葉であった。その言葉にフェイトは何処かくすぐったさを感じた。思わず顔がほころんでしまう。
 必死に顔を俯かせて顔が緩んでいるのをプレシアに見られないようにフェイトは努めた。
 そんなフェイトの心境などどうでも良いかの様にプレシアは話を続けた。

「でもね、フェイト。まだ管理局に奪われた残り僅かなジュエルシードを集めなければならないの。それをやってくれないかしら?」
「管理局が保有するジュエルシードを取り戻すんですね?」
「そうよ、そうすれば、私の研究は完成するし、それに……貴方のお友達を助ける事も出来る筈よ」

 なのはを助けられる。
 その一言だけでフェイトの頭は支配されていた。フェイトにとってなのはは既に掛け替えのない大事な存在だ。
 その彼女を今度こそ助けられる。その為ならば多少の無茶は覚悟の上での事でもあった。

「やってくれるわね? フェイト」
「勿論です! 母さんの為に、それに……なのはを助ける為にも、私はやります!」
「有り難う。それでこそ私の娘よ。気をつけて行ってきなさい」
「はい! 行って来ます!」

 元気良く、フェイトは頷く。そして舞い上がる気持ちを抑えつつ、玉座を後にした。その際にフェイトは見るべきであった。
 プレシアの笑みの裏に浮かぶ、邪悪に満ちた笑みを。




     ***




 なのはがフェイトと一緒について行ったと言うのは、すぐに管理局の面々にも知れ渡った。
 なのはの書いておいた書置きが全てを物語ってくれたのだ。

「なんてこった。まさか先を越されちまうなんてなぁ」

 銀時から現状を聞き、土方は舌打ちした。
 まさか、銀時がなのはの為にしてあげた事が返って裏目に出てしまったのだから。

「御免なさい、私達がもっとしっかり監視しておけばこんな事にならなかったんだけど」
「今更後悔しても仕方のねぇ事だ。傷の舐め合いなんざしたってテンションが下がるだけだし、やるだけ時間の無駄だ」

 後悔の言葉を述べるリンディに銀時は気にするなと言ってあげた。彼の言う通りであるのは事実だ。
 今自分達がすべき事は只一つしかない。
 
「銀ちゃん。なのはは大丈夫アルかぁ?」
「その点は問題ないだろう。あのフェイトって女は根っからの変態だろうがなのはを異常なまでに溺愛していやがる。間違っても傷つける事はない」

 銀時は断言できた。銀時は何度となくフェイトと相対していたからこそ分かるのだ。
 フェイトはなのはに対し異常なまでの愛情を感じ出している。その感情は性別を超えた感情となっており、下手すると変態の類と間違われてもおかしくはない程だ。
 しかしその反面、なのはの父親でもある銀時に対して異常なまでの敵意を向けているのだ。
 その為に、銀時は何度となくフェイトと戦う羽目になった。
 弱体化のせいでもあるが、それを差し引いてでもフェイトは強い。
 もしかすると銀時が本来の力を取り戻したとしても、もしかしたら……
 それから察するにフェイトはとても優秀な魔導師だと言うのが分かる。
 恐らく、クロノと同等かもしかしたら。
 何はともあれ、現状ではどうしようもない。フェイトが何処に行ったのか?
 そして、何処から来るのか?
 それらの類が分からなければこちらから仕掛ける事が出来ない。

「万事屋、これからどうするつもりだ?」
「こうなったら虱潰(しらみつぶ)しに探すしかねぇ。あいつがこの三日間の間に行ったところを片っ端からあらうんだ! 今は少しでも情報が欲しい。っつぅ訳でだ、お前等も力貸せよな」
「無論だ。俺達はその為にこの世界に来たようなものだからな」

 腕を組みながら自信有り気に近藤は答える。今は少しでも手数が欲しいところだ。普段は犬猿の仲ではあるが、こんな現状では寧ろこいつらが居た方が有り難い。

「トシ、総梧。俺達も下に下りて情報収集を始めるぞ! 少しでも良い。何かしらの情報を手に入れるんだ」
「フッ、やっと俺等に向いた仕事が回ってきたな。ガサ入れなら俺達の十八番ってなもんだ!」
「ま、俺達警察関係ってなぁ名前こそご大層なもんですが所詮は覗き専門の集団みたいなもんですからねぃ」

 近藤の言葉に土方と沖田も乗り気で来てくれた。しかし沖田の言い分は半ば誤解を招くような危険性もあるので怖いのだが。

「ちょっと銀ちゃん。こんな税金ドロボー達なんかに頼って大丈夫アルかぁ?」
「多少癪だがしゃぁねぇ。こう言う類の奴には頭数が必要だ。多少不安だがこいつらでも居ないよりはマシだってもんよ」

 どうやら銀時自身余り頼りたくないらしい。言葉の節々に嫌そうな言葉遣いが見受けられる。
 そして、それを見逃すこいつらではなかったのであり。

「おい、どう言う言い方だぁてめぇ。折角俺達が手伝ってやろうって言ってるのにその言い方はねぇんじゃねぇのか?」
「あんだぁ? ちょっと自分達に有利な場面だからって調子に乗ってるのかぁてめぇは? それでも警察ですかぁ? 武装警察真選組ですかぁ?」
「んだとてめぇ? 警官侮辱罪で即刻処断したろうかぁ?」

 忽ち銀時と土方が睨み合う。やはり仲が悪いらしくこの二人が近くに居ると忽ち化学反応を起こすかの如く喧嘩ばかりしているのでもう見飽きてしまったりする。

「もう、すぐ行きますよ銀さん」
「おいトシ。時間の無駄だから止めろっての!」

 すかさず新八と近藤の二人が止めに入る。しかし、二人が止めに入ったとしても銀時と土方の睨み会いは納まることなく未だに睨み合ったまま激しいとっくみあいになってしまったのは言うまでもない。




     ***




 その後、真選組と万事屋メンバーとで二手に分かれて情報収集を行う事となった。
 近藤を筆頭に真選組の面々は再び高町家へと赴き、再度状況確認と情報収集を行うと同時に、銀時を筆頭とした万事屋ご一行はまた別の場所の捜索を行う事となった。

「それで銀さん。僕等は何処を調べるんですか?」
「たった三日間で行ける場所なんざ限られてるだろうが。それにアイツのこったから俺以外に度の過ぎる要求をするとは考えられないからな」

 流石は父親である。長年なのはの事を見守ってきただけであり、それ故になのはが何処へ行きたがるのか大体検討がつくのだ。

「それで、なのはが何処へ向ったか検討はついてるんですか?」
「あぁ、あいつは基本一人で遊ぶって事は滅多にしない。となりゃ自ずと答えは導かれるだろうが」
「そうか!」

 新八は悟った。江戸で育ったなのはは基本外遊びが好きな活発な子だ。
 となれば同年代の子と遊びたがるとすぐに推測出来る。
 そして、この世界でなのはと同年代の知り合いと言えば極僅かしか居ない。
 そう、今銀時達が向っている場所こそその場所だったのだ。

「此処に来る前に恭也に向った場所を粗方聞いておいて正解だったぜ。あいつは三日間の間に此処に一度訪れた事があるってんだ」
「凄いお屋敷ですね。この前見た月村邸と良い勝負じゃないですか」

 一同の目の前に聳え立つのはそれこそお屋敷と呼べるクラスの建物であった。
 西洋風の風流ある佇まいをしながらも、何処となく庶民らしい謙虚さを兼ね備えた作りは匠の腕前を賞賛したいと思えるほどでもある。
 まぁ、実際にどんな建物かは原作を見ていただけないとなんともいえないのだが。
 生憎私に建築関係の知識は余りないので其処は期待しないで頂きたい。

「さって、それじゃさっさと乗り込んで話聞くぞ」

 とまぁ、そんな訳で屋敷の中に入り込む銀時達ご一行。
 しかし、正攻法で行こうかの如く、門の前に設けられたインターホンを押す。
 音色が門を中心に響き渡っていく。だが、一向に反応が見られない。

「あれ、誰も出ませんねぇ?」
「留守かよ。時間がないって時に面倒なこったぜ……しょうがねぇなぁ」

 頭を掻き毟りながら銀時は何を思い立ったのか、突然門をよじ登り始めたのだ。
 まるでお猿さんの如く門を登り、そのまま向こう側に飛び降りてしまった。

「ちょ、ちょっと! 何してるんですかぁ銀さん!」
「あれだよ。俺達は情報が欲しいんだ。だが今の俺達には時間がない。となれば多少強引だがこれをするっきゃねぇだろうが」
「なる程! 流石銀ちゃんね!」
「納得するな! って、しょうがないか……ちょっと後ろめたいけど仕方ないね」

 本来ならツッコミを入れる筈なのだが、生憎銀時の言う通りこちらには時間がない。多少犯罪じみた事をしてでも情報が欲しいのだ。
 そんな訳で神楽や新八達までもが門をよじ登りそのまま屋敷の敷地内に入り込んでしまった。

「ほ、本当に大丈夫ですかねぇ銀さん? これ見つかったら僕達確実に捕まっちゃいますよ」
「何言ってんだよぱっつぁん。様は捕まんなきゃ良い話だろうが。ちゃっちゃと情報集めてずらかるぞ」
「はぁ、何事も起きなければ良いけど」

 内心誰にも見つからない事を新八は祈った。
 そして、一向は僅かな情報を得る為に屋敷内を捜索する事となった。しかし、月村家と同様この家もかなり広大だ。下手に歩き回ると迷子になってしまう危険性もありえる。
 慎重に行く必要があった。流石の銀時も今回ばかりは慎重に行動をしているようだ。
 それもそうだろう。大事な一人娘が誘拐されたのだ。流石にいつまでもふざけている訳にはいかない事位理解している。
 どれ程歩いた頃だろうか。人気のありそうな場所へと三人は出てきた。
 幸い付近に人影も人の気配も見られない。どうやら皆屋敷の中に居るのだろう。
 これ幸いにと銀時達は屋敷の庭を探索し始めた。何かしら痕跡を見つけられれば良いのだが。

「銀さん、あれは何でしょうか?」
「ん―――」

 新八が指差す。其処にあったのは綺麗に整理された庭には明らかに似つかわしくない作りの箱が置かれていた。
 銀時達の方からでは只の箱にしか見えない。だが、明らかにこの庭に置くには不自然にも思える。
 こちら側からでは只の箱にしか見えない。だが、反対側から見たらどうだろうか?
 真相を確かめる為に三人は箱の反対側へと回りこむ。それは箱と言うよりは簡素に作られたゲージであった。
 そして、そのゲージの中には一匹の大型犬が横たわっていたのだ。
 オレンジの体毛をした見たことのないタイプの犬だ。
 だが、銀時達はこの犬に見覚えがあった。

「こいつは、アルフ!」
「で、でも……なんで此処に?」

 新八も神楽も同様にその犬が何者なのか知っていた。
 フェイトと同様に自分達を幾度となく苦しめてきた存在。フェイトの良き理解者でもあり、また彼女の使い魔でもある存在。
 それが彼女なのだ。だが、今の彼女にはかつての元気が欠片も感じ取れずに居た。
 どうやら相当弱っているのだろう。

「どうします?」
「此処から出そう。どの道こいつは連れて帰る必要があるだろう」

 そう言い、銀時はゲージを開いた。幸い鍵などの類は掛かっていなかったらしくあっさりとそれらを開ける事が出来た。

「新八、すぐにアースラに連絡入れろ! このままじゃこいつと話す事が出来ねぇ」
「わ、分かりました!」

 どうやら銀時達は一番大きな情報源を入手できたようだ。真選組の方でも何かしら収穫がありそうだが、今はそんな事を考えてる時間も余裕も銀時達にはなかった。
 只、アルフから少しでも情報を得られればそれで良い。
 それしか頭の中になかったのだから。




     ***




 部屋に一人取り残されたなのはは手持ち無沙汰な時間をどう過ごすべきか考えていた。
 生憎、この部屋にはテレビの類はないし、遊ぶ友達も居ない。
 部屋も6畳と遊ぶには少々手狭な感じだ。暇潰しになる物と言ったら棚に置かれている本位しかない。

「結構分厚い本だなぁ……どんな本なんだろう?」

 興味本位でその本を手に取ってタイトルを見る。しかし、表紙には今まで見た事のない文字が書かれており、解読不能であった。

(何だろうこの文字? 何処の天人の字かなぁ?)

 まるでミミズが何匹も合わさって出来た文字のようだった。少なくとも江戸では見た事のない奇妙な文字であった。
 表紙を開いて中を見たが、中も結局同じ文字ばかりであり目が回りそうだった。
 扉が開く音がした。音に気付き、扉の方を向くと、其処には一人の女性が入ってきていた。
 紫の長髪に黒のドレスを身に纏った女性だった。
 その女性は片手に銀色のトレイを持っており、その上には透明なグラスに奇妙な色の液体が注がれていた。

「御免なさい。フェイトは今ちょっと外しているの。退屈かも知れないけど待っててもらうことになるわ」
「私は構いませんよ。えっと……」
「プレシアと言うわ。フェイトの母親の」
「あ、そうなんですか」

 改めてプレシアの名を聞き、なのはは納得する。どうやらこの人がフェイトの母親なのだろう。
 しかし、その割りには妙に疲れ切った顔をしている。体の何処か悪いのだろうか?

「折角来てもらったのに御免なさいね。何もないものだけれど、どうぞ」
「有り難う御座います」

 プレシアが持って来た液体を受け取り、なのはは迷うことなくそれを口に運んだ。
 ほのかな甘味のする飲み物だった。喉越しも良くすぐに飲み干せるような代物でもあった。
 だが、それを飲み干した直後に、なのはの身に異変が起こった。

「あ、あれ?」

 突如、目の前の視界がぐらつきだしたのだ。体も真っ直ぐに立っていられない。一体どうしたのだろうか?

「少し疲れてるみたいね。横になって眠った方が良いわ。起きた頃にはフェイトも帰ってるでしょうし」
「は、はい……そうさせて……貰いま……す」

 その一言を最後に、なのはは即効で横になり深い眠りについてしまった。
 目をつむり、静かな寝息を立てている。そんななのはを見ながら、プレシアは笑みを浮かべていた。
 とても邪悪な笑みを。

(まぁ、貴方がフェイトと会う事は二度とないでしょうけどね)

 黒く、邪悪な笑みを浮かべながら、プレシアは心の内でそう呟いていた。その呟きを知る人物は、誰も居ない。




     ***




 貴重な情報源でもあるアルフを連れ帰った銀時達は、直ちにアルフを医務室へと連れて行った。
 どうやら現状ではアルフは言葉を発する事が出来ないようだ。これでは情報を聞き出す事など出来る筈がない。
 後の事は医者に任せて、銀時達は現状報告へと向った。

「そうか、そっちでそんな事があったか。こっちは何も無かった。方々を尽くして探したのだがこれといって有益な情報を見つける事は出来なかった」
「すまねぇ旦那。俺がついていながらこんな低たらく。全ては俺の責任でさぁ」

 別行動していた真選組の方は何も有益な情報を見つける事が出来なかった。
 その事実に沖田はとても悔しそうに懺悔していた。目元を手で覆い隠し、肩を震わせている。
 どうやら情報を見つけられなかったのを自分のせいだと言っているようだ。
 そんな沖田の肩に土方が手を置く。

「何も全ててめぇのせいじゃねぇ。一端に自分を責めるなんて事してんじゃねぇよ」
「皆さん聞きましたかぁ!? 今土方さんが全部自分の責任だって言うんで責任をとって腹を切るみたいですよぉ」
「少しでも同情した俺が馬鹿だったよ」

 溜息をつく土方。分かってはいたのだが余りにもリアルに言う沖田に流石の土方も騙されてしまったようだ。

「それで万事屋。その例のアルフって子は今どうしてるんだ?」
「今は医務室だ。あの状況じゃまともに話も出来そうにねぇしな」

 現状でアルフから情報を得るのは難しい。そう判断した上での行動である。
 何せ、初めて見た際には彼女の喉は何かしらの力で潰されている上にかなり弱っていた。後々に聞いた話によると、使い魔は主との魔力リンクが切れると長く生きていく事が出来ないらしく、その為に弱っていたと言う話だそうだ。
 故に、治療が無事に終われたとしても、長生き出来るかどうかと言うのはハッキリ言って分からない。正直、治療を終えた直後に死亡する確率もないとは言えないのだから。
 だが、例えそうだとしても……だ。
 例えそうだったとしても、僅かでも情報が欲しいのだ。

「銀ちゃん。あの犬耳女が目を覚ましたとして、あいつ私達に情報くれるアルかぁ?」
「そん時ぁそん時だ。あいつが情報くれなかったって使い道は幾らでもあろうがな」
「使い道? 使い道って一体―――」

 その先を聞こうとした新八だったが、即座にその言葉は紡がれた。
 銀時の顔を見ただけで分かったからだ。とても嬉しそうな上に邪悪な笑みを浮かべている。
 こう言った笑みを浮かべる銀時は大抵ろくな事をしないと言うのは最早定石だ。

「旦那ぁ、使い道って一体何するんでさぁ?」
「決まってんだろう? 人質にしてあの金髪女誘き出すんだよ」
「なる程ぉ、流石旦那でさぁ。そん時ぁ是非俺も力貸しますぜぃ」
「おぉ、是非頼むわ。お前のドS精神であんな場面やこんな場面を写真に撮ってネット中にばら撒いてやろうや」

 銀時に続いて沖田までもがドス黒い笑みを浮かべだしている。
 恐らく、このままこの二人を医務室に向わせた場合、アルフが女性として最も恥ずかしい場面に直面する事は間違いないだろう。
 幾ら敵とは言え女性が一生傷に残るような行為を黙認して良い筈がない。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 幾ら元敵だったからって、女性ですよ! しかも結構美人ですよ! そんな人相手にあんたらの変態行為をやろうと言うんですか?」
「何抜かしてんだよ新八ぃ。あいつは美人でもなければ女性でもねぇ。只の犬っころだ!」
「旦那の言う通りでさぁ。犬を調教するのは飼い主として大事な事なんでさぁ。だから俺達が代わりあの犬っころをしっかり調教してやろうって言うことなんでさぁよ」

 この二人は明らかにアルフを人として見てない。まぁ、彼女自身狼の使い魔って言うし、時に狼に変身するし、そんな訳でこの二人にはアルフは既に狼、基飼い犬としか見られていないようだ。

「艦長! 先ほど連れてこられた使い魔が目を覚ましました」
「おっしゃぁ! 行くぞ沖田ぁ!」
「合点でぃ!」

 局員の指令を聞くや否や、とても嬉しそうに銀時と沖田の二人が一直線に医務室へと向っていく。

「だぁぁ! 医務室で何するんだあのドSコンビがああああ!」

 対応に一足遅れた新八もまた、急ぎ医務室へと向う。艦内の通路は大体覚えた。だが、それでも二人の姿が一向に見えない。
 急がなければ。
 焦る気持ちを胸に新八は医務室の前までたどり着いた。
 だが、その時であった。
 突如医務室から甲高い悲鳴が響き渡ったのだ。
 声色からして女性の悲鳴だった。何処となく聞き覚えのある女性の声。

「まさか、あの馬鹿二人!」

 嫌な予感がしてきた。青ざめた新八は急ぎ医務室内へと入っていく。
 其処に映ったのは正に異様な光景と言えた。
 ベットの上で青ざめるアルフ。それを必死に庇おうとしている患者服姿のクロノ。
 そんなクロノを睨むように佇む銀時と沖田。その二人の手には燃え上がる蝋燭と鞭が持たれている。

「退けやクロノ! 今からその犬っころちょいとお仕置してやろうってんだからよぉ」
「あんたらのやろうとしてる事は明らかにその類を超えてる行為でしょうが! 幾ら彼女が敵だからと言ってそれを許す訳にはいきませんってば!」
「馬鹿野郎! だからお前はKYって言われてるんだよ。耳を澄ませて見ろ! 聞こえる筈だ。読者の皆様から「KY邪魔だ!」とか「良い所ででてくんなKY」っとか言われてる筈だぁゴラァ!」
「知りませんよ!」

 敵である筈のアルフを必死に守ろうとするクロノに対し、そんなクロノを退かしてアルフにいやらしい事やドSな事をしようとする沖田と銀時。なんともシュールな光景と言えた。

「いい加減にしろやてめぇらあああ!」

 これ以上この二人の暴挙を許す訳にはいかない。そんな二人に対し新八が両者に対し踵おとしを決める。
 脳天にそれを食らった二人が脆くも撃沈し、無様な姿となり沈んだ。

「ったく、大丈夫かい、クロノ君」
「た、助かりました……後少しで放送禁止並の事になる所でしたよ。それにしても、僕が漫画読んでる時にいきなり来たから何するのかと思ったらこれでしたもんで驚きましたよ」

 どうやら療養中と言うのを理由に暇潰しを兼ねて読書をしていたようだ。
 ちょっと気になったので新八はふと、クロノが寝ていたベット付近を見た。其処には大量に山積みされた「ジョ○ョの奇妙な冒険」が置かれていた。

「あの、クロノ君……あの漫画は一体どうしたの?」
「銀さんがこの間ジャンプ関連の漫画って事で貸してくれたんです」
(銀さんって、コミック持ってたっけ?)

 密かな疑問を抱きながらも、今はそんな事はどうでも良い。それよりもだ。

「ところで、アルフさん……なのはちゃんの事でお聞きしたい事があるんですけど?」
「あぁ、その事で丁度こいつに話そうとしたんだよ。そしたらいきなり蝋燭とか鞭とか取り出してきたもんだからビックリしたんだよ」

 どうやら本人は初めから話す気だったようだ。しかし、銀時が変に脅かそうとしたが為に話がややこしくなってしまったようだ。

「ご、御免なさい。此処でちからつきてる駄目人間に代わって僕が謝ります」
「べ、別に良いよ。あたしも結構色々とやっちゃったから仕方ないしね」

 お互いに謝罪しあった所で、話題を変える事にした。

「それで、なのはちゃんについて何か知ってる事ある?」
「あるよ……と、言うより……正直言ってかなりやばい事になってるんだ」
「やばい事?」
「なのはの事だけど……あの子はフェイトが連れて行っちゃったんだ」

 半ば予想通りの答えが返って来た。やはりなのははフェイトにより連れ去られたようだ。

「また人ん家の娘を誘拐したってのかよあの金髪変態女が!」
「隅に置いておけやせんねぇ旦那ぁ。今度あいつに会ったら二度と表を歩けない位の恥ずかしい仕置きをしてやる必要がありますねぃ」
「って、何時の間に復活したんですかあんたら」

 先ほどまで倒れていた筈の二人が何時の間にか復活しただけでなく、会話に参加している辺り図太いと言える。

「それで、それの何処がやばいんだ? 別にフェイトが誘拐しただけだろうが。どうせあいつのことだから下手な告白でもしようってのか? 言っとくがなのはは現実を見る性格だから無理な話には乗らないと思うぜ」
「違う、やばいのはフェイトじゃなくて、フェイトの鬼婆のことなんだ」
「鬼婆?」

 初め聞くフレーズだった。しかしアルフが鬼婆とか言う辺りかなり厄介な感じにも思える。

「それで、その鬼婆が何かやばいのか?」
「実は、その鬼婆がある実験をしていたんだ」
「ある実験? 何だそりゃ? 因みに銀さんは塩酸を熱すると塩になるって言う位の実験なら出来るぞ」

 小学生の実験であった。

「それはもしかして、人造生命体に関する実験の事なのかい?」
「知ってるのクロノ君?」
「フェイト・テスタロッサと言う名前が気になったんでね。療養中の間に色々と調べさせて貰ったんです」

 流石は執務官であった。
 それから、クロノの話によりフェイトの母親の名前はプレシア・テスタロッサと言い、彼女が元管理局側の世界の優秀な科学者であったが、ある実験の暴走事故により多大な被害を被る。
 それ以降の行方は不明であり、一説では死亡したと言われていたが、まさかこんな所に……であったようだ。

「フェイトの鬼婆が何者なのかってのは分かった。んで、その鬼婆の実験してる人造生命体ってのは何だ?」
「仮説かも知れないんですが、ミッドでかつてそう言う違法技術の研究が行われていたと言う話を聞いた事があるんです。使い魔を超える存在を作る目的で行われていた計画。その名前は【プロジェクトFATE】」
「プロジェクト・フェイトだとぉ!」

 まさかであった。プロジェクト名とあの金髪変態女の名前が一緒だと言うのだ。これは偶然なのだろうか?

「んで、その計画にどうなのはを使うつもりなんだ? ってか、人造生命体って言うのは何でそんな実験をしてたってんだよ? 全然分からねぇぞ」
「銀さん落ち着いて下さい」
「そうでさぁ旦那ぁ。こう言う時は落ち着いて土方さんを百叩きにして逆さ吊りにすると落ち着きますぜぃ」
「あんたもあんただ! シリアスシーンでボケを挟むな!」

 結局このパターンであった。このままだと終始沖田のボケと新八のツッコミで締めなければならない気がしてならない。

「実は、フェイトはそのプロジェクトフェイトで作られた存在なんだ」
「なる程な。道理であんな変態だったってんだな。ようやく謎が解けたぜ」
「いやいや、別にフェイトが其処から作られたから変態になったって訳じゃないからね! 仮にそうだったとしても、その場合は元々フェイトはそうだったって事だからね?」
「つまり、元々フェイトは変態だったって事だろ?」
「あ!!」

 身も蓋もないとはこの事であった。どうにかフォローをしようとした結果返って酷い結果にしてしまったのだからどうしようもない。

「ま、フェイトが作られた命だろうが変態だろうがこの際どうでも良いさ。んで、それがどうしたんだよ?」
「フェイトはね、プレシアの実の子を模して作られたんだよ。その子の名前はアリシア・テスタロッサ。プレシアが溺愛している本当の娘さ。その娘のせいでフェイトは今まで酷い目に合わされてきたんだ」

 拳を握り締めてアルフが語る。其処から察するに相当酷い目にあってきたのだろう。
 安易に想像する事が出来た。
 しかし、つくづくスケールの大きな話になってきた。
 まさか怪物退治の筈が今度は魔法などが出てくるし、しまいにはクローンだ。
 まるでSFである。

「だけど、結局フェイトはプレシアにとっては失敗作だって言われた。だからプレシアはフェイトを苛め続けてきたんだ」
「やれやれ、陶芸家と良い芸術家と良い。作る奴等は大概そんな奴ばかりだな。もうちっと自分の作品に愛着がもてないのかねえ?」
「それで、プレシアはその娘を生き返らせるために、ジュエルシードを集めてるって言ってたんだ」
「けっ、死んだ娘を生き返らせるだぁ? どんなおとぎ話みてんだぁその婆はよぉ。ガキが欲しかったら男作って毎晩腰振ってりゃ良いんだよ」

 耳を穿りながら呟く銀時。その発言にアルフもクロノも顔を赤らめてしまった。
 意味を分かっていたのだろう。

「旦那ぁ、もしそのプレシアって女が老い先短い婆さんだったらどうすんですかぃ?」
「あ、それもそうか……それじゃ腰振ったらぎっくり腰になっちまうな」
「いい加減そのネタから離れてくれないかい?」

 これ以上その手のネタは勘弁して欲しかったのだろう。そう言いながらアルフは話を再会した。

「だけど、それとなのはちゃんと一体どんな関係があるの?」
「プレシアは、そのアリシアって子の蘇生に、なのはの命を使うつもりなんだよ」
「なっ!」

 恐らく今までの話の中で一番驚かされた事だ。

「どういう事だよ?」
「どう使うかは分からない。でも、このままじゃ確実になのはは殺される!」
「冗談じゃねぇ! てめぇの娘を生き返らせるために人ん家の娘を殺すなんざぁ矛盾も良い所じゃねぇか! そんなの絶対認める訳にはいかねぇ」

 怒りに銀時は震えた。大切な娘がこのままでは殺されてしまう。何とかしなければならない。
 が、その為にはその鬼婆のいる場所に向わなければならない。しかしその場所が分からなければ意味がない。
 一体どうすれば良いのやら?

「旦那ぁ、こんな時こそ人質を使えば良いんじゃないんですかぃ?」
「あぁ、なる程! そりゃ名案だなぁ」
「え? えぇ! 一体どう言う意味だいあんたら!」

 突然納得し合う二人。そして、先ほど以上にドス黒い笑みを浮かべながらアルフを見る銀時と沖田の二人。

「し、新八! お願いだから助けて! このままだと私確実に卑猥な事されるから!」
「すみませんアルフさん。僕もなのはちゃんを助けたいんだ。だから今回だけは黙認させて貰うよ」
「く、クロノ! あんた執務官だろ? 何とかしてくれよぉ!」
「あぁ、御免アルフ! 今僕は柱の男達の戦いを見たくて手が離せないんだ。だから御免」
「見捨てやがったなぁお前等あああああああああ!」

 大粒の涙を流しながら泣き叫ぶアルフ。しかしそんなアルフなど一切同情する事など銀時と沖田にはなかった。
 その後、アルフがどんな目にあったかは、遭えて公開しないで置く事にする。
 下手に書き記して場の空気を悪くしたくないので。
 
「うっし、沖田ぁ、さっきの奴全部撮ったかぁ?」
「バッチシでさぁ!」
「ようし、この映像をネット中にばら撒け。そうすりゃあの金髪変態女を誘き出す良い餌になるだろうさ」
「あ、あんたら……何時か仕返ししてやるからねぇ!」

 すっかり弱り切り、肩で息をするアルフを尻目に、銀時と沖田が撮って置いた映像を再度眺めながら不気味な笑みを浮かべていた。
 これが果たして主人公が浮かべて良い顔なのだろうか?
 少なくとも、これを見ている読者の皆様はどう思っているのかは私には全く知らない答えでもあるので。





     つづく 
 

 
後書き
次回【親は子供を叱れてこそ一人前】お楽しみに 
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