駄目親父としっかり娘の珍道中
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第24話 住めば都も二つあると悩みの種
「う~っす、今帰ったぞ~」
なのはを高町家に預け、銀時は一人アースラへと帰還した。
何時も通りやる気の欠片も感じさせない声色を放ちながらのご帰宅であった。
そんな銀時の帰還を局員の何人かが見届ける。そして、その度に微妙な表情を浮かべるのであった。
それほどまでに銀時のやる気のなさは珍しいのだろう。自分達の世界にこれ程やる気を見せない人間は居なさそうなのだし。
だが、そんな事銀時にとっては知った事ではない。寧ろ、今の銀時は何処か疲れを感じていた。
早く横になって惰眠を貪りたい。そう思っていたのだ。
「銀さん! 丁度良い所に―――」
だが、世の中そう上手く行く筈がない。寝床に向かい歩いていた銀時を呼び止める声が響いた。呼び止めたのは新八であった。
その時の新八の顔は何処となく嬉しそうな顔にも見えた。
「どうした? 何時になく嬉しそうじゃねぇか? 彼女でも出来たんですかぁコノヤロー」
「放っておいて下さいよ! でも、確かにそうですよ、ついさっきクロノ君が目を覚ましたんです。それを伝えようと思ってたんですよ」
「そうか、んじゃちょっくら寄ってくとすっか」
頭を掻きながら、さもやる気の欠片も感じさせない口調で銀時は歩いた。
その後に続き新八も歩く。
「ところで、銀さん」
「今度は何だ?」
歩きながら新八は尋ねた。それに対し、毎度の如く面倒臭そうに銀時は言葉を返す。
歩きながらな為だったので銀時は見てなかったのだが、その時の新八の顔はとても真剣な面持ちであった。
「なのはちゃんの件……本気なんですか?」
「あぁ、俺はそのつもりだ」
「そう……ですか」
銀時の返答に新八は項垂れだす。
突如、銀時は立ち止まり、新八の方を向いた。
その時の銀時の顔もまた、真剣な面持ちをしていた。
「新八、お前ならどうした方が良い? 元生まれた世界で骨を埋めるのと。全く見ず知らずな世界で骨を埋める事と―――」
「そ、それは―――」
新八には答えられなかった。答えが見つからなかったのだ。
想像できないからだ。生まれて間も無く全く見知らぬ世界へと飛ばされる事。
それがどんなに怖い事なのか……考えただけでも寒気がしてきた。
そう思うと、江戸で生活しているなのはの強さには感服すら出来る。
普段はあんなに元気に振舞ってはいるが、実際は不安で一杯だったのかも知れない。
「ま、どっちの世界を選ぶかはあいつ次第って所だ。それよりも今は執務官殿の様子でも見に行こうぜ」
話を一旦そこで区切りをつけ、銀時と新八は再び歩きだした。無機物な通路内に二人の足音だけが響き渡る。
「そう言えば、神楽の奴はどうしたんだ?」
「なのはちゃんが海鳴市に行くってんで、今は定春と一緒に部屋で寝てますよ」
「不貞寝……か」
気持ちは分からないでもなかった。
神楽にとってなのはは年の近い妹のような物だったからだ。
また、なのはにとっても神楽は気の会う姉みたいな存在だったのだろう。お互い良く一緒に遊んでもいたし一緒に馬鹿な事もしていた。それだけに今回の銀時の決定には分かってはいながらも何処か納得が出来ないのだろう。
それは定春も同じと言えた。
考えてみれば、普段あまり人のいう事を聞かない定春も、何故かなのはの言う事だけは聞いていた傾向があった。
それだけ、定春もなのはの事が好きだったのだろう。
決して銀時達の事が嫌いだと言うのではないにしても、それでもなのはとはとても仲良しに見えた。
それだけに顔には出さないながらも定春もまたなのはとの分かれが辛いのだろう。
「銀さん、やっぱりなのはちゃんが居ないのって、凄い寂しいですよ」
「だからどうしろってんだ? 嫌がるあいつを無理やり江戸に連れ帰るつもりか?」
再び新八は黙ってしまった。
幾ら寂しいからと言って自分達の道理を押し通すのは余りに身勝手な事だ。
そして、その為になのはが傷つくと言うのも正直辛い。
そう考えると返す言葉が見つからなかった。
「さっきも言っただろうが。それを決めるのはなのは自身だって。俺達にはあいつにどうこう言うことは出来ねぇんだよ。そんな事したら、あいつを余計に惑わしちまうし、第一フェアじゃねぇ」
今回、なのはを暫く海鳴市に置いて来た理由はなのは自身で答えを見つけさせるためでもある。
なのはにとって江戸は赤ん坊の頃から育った世界だが、此処海鳴市はなのはが生まれた世界でもある。
言うなれば、どちらの世界もなのはにとっては故郷と言えたのだ。
だが、この二つの世界は近いようで案外遠い。どちらも本来は何の接点もない世界だったのだ。
それが、なのは一人の為に繋がってしまったと言える。
江戸と海鳴。
なのはは果たしてどちらを選ぶのか?
その答えを知るのは、もう少し先の事だったりする。
***
「うわぁ!」
目を大きく見開いて、なのはは今見ている光景を目の当たりにした。
今、なのはは高町家のリビングに居る。四角い長テーブルの上には現在、朝食の支度が整えられており、色とりどりな料理が並べられていた。
江戸で食べてたそれとは違い、見栄えの良い華やかでりながらも栄養面も考えられた内容であった。
「お待たせ。さぁ、食べましょう」
両手にサラダが盛られたボールを手に桃子がやってくる。木製のボールには色とりどりの野菜が綺麗に盛り付けられており、それだけでも桃子のセンスが見て取れる。
なのは自身も料理の盛り付けには多少こだわってはいるが、それとはまた違った華やかさがこの食事には見られた。
「さ、なのはも遠慮しないで食べましょう」
「う、うん。いただきます」
半ばぎこちない反応をしながらも、なのはは頷く。未だ此処の生活になれてない様子が見て取れる。
何時もなら桃子の言う台詞は本来なのはが皆に言う台詞でもあるのも相乗してのことだろう。
「あはは、まだ何か堅い感じだね」
「仕方ないさ。例え此処が生まれた家だったって言っても今まで全く別の世界、別の場所、別の家で育ってきたんだ。今のなのはにとっては俺達も他人みたいなものなんだからさ」
既にテーブルに座っていた美由紀が苦笑いを浮かべ、それを恭也が戒める。
「ご、御免なさい。すぐに慣れようって思ったんですけど、やっぱりまだ慣れなくて……」
「気にしなくて良いよ。始めの内はそんな物さ。ゆっくり慣らして行けば良いさ」
士郎のその言葉を聞き、なのはは安堵した。
安心したせいか、突如誰かのお腹が鳴り出した。
鳴らした本人の性格を出しているのか少し控えめな音量だった。
高町家一同の視線が一箇所に向けられる
その視線の先には、顔を真っ赤にして俯くなのはの姿があった。
緊張が解れた途端にこれだ。恥ずかしくてなのはの顔はトマトの様に真っ赤になってしまった。
「あっはっはっはっ! さて、お腹も良い感じに空いてきたみたいだし、ご飯にしようか」
「あうぅ」
恥ずかしいと思いながらも、お腹は正直ならしく、その後ひっきりなしに鳴り続けてしまった。
その為、終始今日の朝食は、皆の笑い声が絶えない食事となったのであった。
***
部屋には薬品臭が漂う。その匂いは、余り好みの人は多くないだろう。
此処はアースラ内に儲けられた医務室。その一角にて、銀時と新八は先ほど目を覚ましたと言うクロノの見舞いに来ていた。
既に見舞いを粗方終えたのだろう。二人の他には誰も居なかった。
どうやら自分達で最後の見舞いのようだ。
「思ってたよりも元気そうじゃねぇか。安心したよ」
「すみません、僕がもう少し周囲に気を配っていればあんな事にはならなかったんですが」
執務官らしい発言であった。自分が生死の境を彷徨っていたと言うのに職務に忠実な事を平気で言える。
とても十代の言葉とは思えなかった。何処か無理しているような、そんな感じがしたのだ。
「素直に生きてた事を喜べや。聞いた話によりゃ、お前数日間意識不明の重体だったんだろ?」
「ですが、あの時の雷撃を避けていれば、彼女を無事に保護できた筈なんです」
言葉を述べながら、クロノは自らの両の拳を固く握り締めた。
彼なりに後悔しているのだろう。何故あの時雷撃を避けなかったのか?
自分で自分が情けないと自暴自棄に陥りだしているのが明らかでもある。
「クロノ君、それは間違ってるよ」
「新八さん」
「あの時、もし君が雷撃を避けていたら、その雷撃は彼女に当たっていた筈だよ。君だから一命をとりとめられたかも知れないけど、もしかしたら、彼女だったら最悪死んでいたかも知れないんだよ? 君は身を挺してフェイトちゃんを守ったんだよ!」
新八の懸命な説得であった。もし、あの時クロノが雷撃をかわしていたら、その雷撃は間違いなくフェイトに向かっていた筈だ。
咄嗟にクロノが彼女を突き飛ばさなかったら、間違いなくフェイトの命は危うかった筈だ。
言うなれば、クロノがこうして負傷したが為にフェイトが助かったのだと言える。
「ま、見方は人それぞれだ。どう思おうがそれはてめぇで決めれば良い。それより、今はしっかり休んで怪我を治す事だけ考えろ」
「そうもいきませんよ。動けるようになる程度で充分ですんで」
「やせ我慢も程ほどにしな。今のお前じゃ動けるようになったところで、あのフェイトとまともにやりあうのは至難の業だろうが」
「いえ、僕は彼女と戦おうとは思っていません」
「どういうことだ?」
言葉の意味が全く分からなかった。真意を問おうとしたが、その際にクロノの視線が泳ぎだす。
普段見せないクロノの表情に、銀時は彼が何を言いたいのかを理解した。
「新八、お前は一度神楽んとこ行って来いや」
「え? でも銀さんは?」
「俺はもう少しクロノと話してくさ」
「そ、そうですか」
半ば釈然としないながらも、新八は席を立つ。どうやら此処に自分は居てはいけないのだろう。
そう察し、席を外してくれた。
新八が扉を閉めて外へ出て行ったのを皮切りに、部屋には銀時とクロノだけとなる。
「さ、二人きりになったぜ。さっきの言葉の意味を教えてくれよ」
「あの時、僕に向かって雷撃が降り注いだ時、彼女は急ぎジュエルシードを回収していたんです」
「んだよ、良い子どころか美味しい所掠め取ってるじゃねぇか!」
「確かにそうかも知れません。でも、その時僕は聞いたんです。彼女の口から、ごめんなさい……って」
「マジかよ」
以外な事だった。フェイトの性格は大体把握している。
なのはの事を一途に思っており、その反動故か、父親の銀時を異常なまでに敵視している。
側から見ると生粋の変態にも思える。まぁ、本人も自覚している以上仕方がないと言えば仕方がないのだが。
そんなフェイトがクロノに対して謝った。
となると、彼女の性格を今一度改めなおす必要がありそうでもある。
「銀さん、もし……もし彼女に会う機会があったら。出来るだけ彼女を更正させてあげられませんか?」
「難しい事頼むなぁ」
頭を掻き毟りながら銀時は呟いた。
不可能とは言っていない。だが、安易な仕事でもない。
少なくとも、今の銀時にとっては難問でもあった。
「少し時間くれや。こっちも色々と解決したい事があるからな」
「分かりました。僕もその間に傷を治すように努めていきます」
「おう、しっかり休養とりな」
軽くクロノの肩を数回叩いた後、銀時は席を立つ。
足早に扉へと向かい、ノブに手を伸ばした。
そこで、ふと銀時は立ち止まり、再びクロノを見た。
但し、その時は首だけをクロノに向けての状態でだが。
「念の為に言うが、俺が必ずあいつを更正させるとは思うなよ」
「……良い返事が帰って来る事を、祈ってますよ」
本音か、それとも皮肉か。
互いに腹の底では何を思っているのか。
それを悟らせないよう努めての一言でもあった。
そして、その一言を言い終わった後に、銀時は静かに病室を出て行った。
***
時が過ぎるのは早いものであり。既に一日目が経過し、二日目を迎える事となった。
だが、丸一日経ったと言うのに、なのはの答えは未だに決まらず仕舞いなのであった。
どちらもなのはにとっては大切な世界である事に他ならない。
生まれた世界である海鳴市。育った世界である江戸。
どちらも同じ故郷でもあった。
だが、そのどちらかを選ばなければならない。苦渋の選択でもあった。
そんな時、恭也がかつて温泉宿で知り合えたアリサとすずかに合わせてくれる事になった。
今までは、恭也と此処月村家の長女である忍との間でしか接点が無かったのだが、こうして年の近い友人に恵まれたのは不幸中の幸いでもあった。
久しぶりの再会と言うのもあってか、それとも年が近いせいかどうかは分からないが、三人はすぐに打ち解け会い、楽しく会話をするまでの仲にまでなっていた。
「久しぶりだね、なのはちゃん、そう言えば、此処に来る前は何処に居たの?」
「え? う、う~ん……」
すずかの素朴な疑問に、なのはは答えを渋った。本来なら正直に江戸から来たと言えば済む話だろうが、常識から考えてそれは有り得ない。
かと言って、その場を乗り切れる上手な嘘も持ち合わせていないし、なのは自身嘘をつくのは余り上手くはない。
なので、答えに渋ってしまったのだ。
だが、すぐに考えを改めた。
折角出来た友達に何を遠慮する必要があろうか?
どうせ信じて貰えない話であろうと真実を伝え合う事こそが友人だ。そう勝手に解釈を自分の中でつけつつ、なのはは口を開いた。
「実はね、信じて貰えないだろうけど……私は江戸の歌舞伎町って言う町からやってきたの」
「江戸って……それ本気で言ってるの?」
流石にいきなりそんな事を言われた為か、半ば不機嫌そうにアリサが尋ねる。まさかいきなり嘘八百を並べられたのではないだろうか?
そんな疑問を抱いてしまうのも無理はなかった。
だが、なのはの言っている事は嘘ではなく、列記とした真実なのである。
「信じて貰えないのも無理ないよね。だって、此処は私の居た江戸から約500年近く後の時代なんだもんね」
「ふ~ん、ねぇ。それじゃ貴方の居た江戸ってどんな場所だったの?」
「あ、それ私も知りたい! 江戸の世界って歴史でしか勉強した事ないから、ちょっと興味あるなぁ」
それが嘘か誠かは置いておくとして、二人共江戸と言う町がどんな町並みなのかに興味を抱いていた。
本来なら絶対にお目に掛かれない現状。過去の世界でもある江戸の話だ。
きっと、この機会でなければ聞けない話だろう。そう思い尋ねたのだ。
信じる信じないは置いておくとして、余り悪い印象を与えなかった事になのはは安堵しつつも話を始める事にした。
「えっとね、私が生まれるずぅっと前に、宇宙から飛来した天人って人達が無理やり江戸を開国させちゃったんだ。それで、そのお陰で江戸は凄い発展したんだけど、そのせいで今まで江戸で一番偉かった侍は皆表立って歩けなくなっちゃったんだ」
「天人って……それってもしかして宇宙人じゃない?」
「ってか、それを言うなら黒船じゃないの? 浦賀にペリーって人が黒船で来航して、それで無理やり開国させたってのが歴史の話だった筈よ?」
二人共なのはの話に微妙な食い違いを感じ訪ねて来た。
二人の知っている江戸では、天人と言うのは登場しておらず、変わりにペリーと言う人物が黒船と言う大きな船で来航した。
と、言うのが本来の筋道なのである。
だが……
「ペリーって誰? 芸人さん?」
「芸人って……あんたペリーを知らないの?」
「うん、そんな人聞いた事ないし」
逆になのはは二人の話に微妙な食い違いを感じていた。二人が言う江戸では、天人は登場しておらず、変わりにペリーと呼ばれる人物が黒船で来航し、無理やり開国させた。
と言う話らしいのだ。
しかし、なのはは黒船なんて知らないし、勿論ペリーなんて人物も知らない。
話の食い違いに、三人は疑問に思い出した。
「ま、良いわ。それで、その天人が来てから、江戸はどう変わったの?」
「うん、江戸は天人って人達の技術を貰う事によってすっごい発展したんだよ。自動車とか、テレビとかも出来たし、他にも色んな技術が入り込んで来たんだ」
「って、それって丸っきり私達の世界じゃない! 何そのパラレルな世界は?」
「なのはちゃんの居る江戸って不思議なんだねぇ。私達の知ってる江戸とは大違い」
食い違い云々もそうだが、それを自信を持ってなのはが言うものだから、二人共それが嘘だとは思い辛かった。
なので二人もなのはの話を真剣に聞いてしまっていたのだ。
「それでね、私はその江戸でお父さんや新八君や神楽ちゃんと一緒に万事屋を営んでるんだ」
「万事屋? 何それ?」
「お金さえ払ってくれれば何でもやる何でも屋だよ」
「つまり、便利屋みたいなものね。悪く言うとつかいっぱしりみたいな奴?」
「ア、アリサちゃん……その言い方はちょっと酷いんじゃ」
確かに、なのはの言い方は少し酷いような気もした。だが、事実なのだから仕方が無い。
実際、万事屋とは名ばかりに、禄でもない依頼もこなした事だってある。
家事手伝いは勿論、迷子のペット探しや町内会のゴミ掃除など、挙げてみたらキリがなかったりする。
今まで父親である銀時はそんな類の仕事をしたがらなかった為に受けなかったのだが、なのはが仕事の請負を始めてからそんな類の仕事も行いだしたのだ。
その為、稼ぎは銀時が仕事を請け負ってた頃とは違いとても潤うようにはなったのだが、その為に銀時の愚痴りや疲労、その他諸々が増して行いったのは言うまでもなかったりする。
「他にはどんなのがあるの?」
「えっとね。他には江戸の町を守る武装警察真選組ってのがあったりね。他には江戸から天人を追い払おうと影で暗躍したりしてる攘夷志士ってのもいたりするんだよ。皆楽しい人達ばっかりだから毎日退屈しないんだ」
「退屈って……そりゃ退屈しないわよね。そんな物騒な世界じゃ―――」
側から聞くととても笑って聞ける話じゃなかったりする。
真選組と攘夷志士。それは恐らく江戸後期に出始めた勢力の事だろう。
攘夷志士とはアリサ達の言う江戸でも存在しており、この場合は外国人を江戸から追い払おうと暗躍している。
その辺りは同じなようだ。
そして、真選組と言うのは字が違うが、恐らく新撰組の事だろう。
新撰組の役割も同じであり、江戸の平和を乱す攘夷志士を処断する為に組織された武装一団だと、歴史では教わっている。
最も、学校の歴史だけでの話しなので実際はどうなのかは定かではないのだが。
「他にもね、元々は入国管理局って所に勤めてたエリートさんなんだけど、落ちぶれて【まるで駄目なおじさん】略して【マダオ】になっちゃった人が居たり、ペンギンみたいなペットがいたり、宇宙から来たエイリアンのせいで江戸が大パニックになっちゃったりね、とにかく毎日が退屈しないんだよ」
「なのは、それって退屈しないで済まして良い事なの?」
アリサの素朴な疑問であった。なのはの話の約半分はとても退屈しないの一言で片付けてはいけない内容だったりしそうだ。
まぁ、本人が退屈しないなどと言っているのだから、しかしとてもこの世界で生きてきた二人には退屈しないの一言で済ませられない内容だったりするのだが。
「な、なんだかなのはちゃんの居た江戸って凄い場所なんだね。毎日が凄いイベントの目白押しだもんね」
「って言うか! そんな毎日大変な事が起こってたらゆっくり出来ないじゃない! 貴方本当に逞しいわねぇ」
「えへへ、そうかなぁ?」
褒められたのがちょっぴり嬉しかったのか、少し頬を赤らめて嬉しそうに微笑むなのは。
其処からは年相応の無邪気な笑顔がうかがえた。
大人が見たら誰もが蕩けてしまいそうな可愛い笑顔だったと言えるだろう。
だが、生憎それを見ていたのが同じおお子様達だったので対してそう思わなかったのは残念な事なのだが。
「そう言えば、アリサちゃんの家って犬が多いんだねぇ。神楽ちゃんと気が合いそうだよ」
「えぇ、私犬が大好きなの。すずかは猫好きだけどね。それに神楽となら前に会った事があるわよ。勿論その新八って人や貴方のお父さんにもね」
「へぇ、お父さん達に会った事があるんだ!」
「えぇ、まぁ……貴方のお父さんには正直常識を疑うけどね。何せいきなり私に鼻くそつけようとしたし」
アリサのその言葉に、なのはは苦笑いを浮かべていた。まさか自分の父親がそんな常識知らずな事をしていたとは。
後でたっぷりお灸を据えて置く必要がありそうだ。
そうなのはは思った。
「あ、そうだ! 神楽で思い出したんだけどね。貴方の所って大きい犬飼ってるわよね」
「定春の事? 可愛いよねぇ、定春って」
犬好きなアリサの事だった。
どうやら彼女も神楽のペットである定春を一目で気に入ったのだろう。犬の話題になると途端にテンションが2ランク位上がっているのが分かる。
なのはもまた、定春の事は好きだった。普段は何かと人に噛み付く癖のある定春だが、不思議となのはには神楽と同じ位に良くなついているのだ。
その上神楽と同じように自分の背中に乗せてすらいる。
たまに銀時も乗るがその際には物凄い報復の如く噛み付かれるのだが、なのはにはその手の類はなかった。
理由は分からないがなのはは何処か動物に好かれ易いのかも知れない。
「そう言えば、ついこの間家の庭で怪我した犬を見つけたんだ」
「怪我した犬?」
「うん、珍しい体毛の犬なんだけど、種類が分からないのよねぇ。今は手当てして休んでるところだよ。見る?」
アリサの問いになのはもすずかも二つ返事で頷いた。その後、三人は例の怪我をした犬の元へと向った。
一応逃げ出さないようにとゲージの中に入れられている。
オレンジ色の体毛をした確かに見覚えのない種類の犬だった。
「ね、初めて見る種類の犬でしょ?」
「本当だ、こんな犬初めて見るよ」
「って、江戸から来たあんたが言うと少し違和感があるわね」
三人がそんな会話をしていた為だろうか、外の騒がしさを感じ取り、その犬は目を覚ました。
ゆっくりと、おぼつかないながらも、懸命に頭を持ち上げて音の主達を見入る。
其処には三人の少女達が楽しそうに語らいでいた。話の内容から察するに自分の事だと言うのは理解出来た。
そして、丁度真ん中になのはが居るのを見て、その犬は目を大きく見開いた。
(な、なのは!)
口を開き、声を発しようとしたが、声は出なかった。
既に喉を潰されてしまい声を出す事が出来ないのだ。
「あれ? この犬、何か言いたそうだったよ」
「う~ん、そうなんだけど全然吼えないんだよね。何処も外傷はないみたいなんだけど……ちょっと心配だなぁ」
「そうなんだ。早く良くなるといいね」
誰もがその犬が早く元気になって欲しいと願った。
だが、今その犬の心境はそんな事どうでも良かった。今、この犬は必死になのはに声を発したかったのだ。
胸の内にある事柄を伝えたかったのだ。
(だ、駄目だ! 声が出せない。それに、あの子にゃ念話は届かないし……急がないといけないのに! このままじゃ……このままじゃ、あの鬼婆になのはが殺されちゃう!)
どうする事も出来ないもどかしさ。それを感じながらも、何も出来ない自分に腹立たしさを覚えるアルフなのであった。
***
「神楽ちゃん、入るよ」
軽く一声かけた後、新八は部屋の扉を開いた。
部屋の中は薄暗く、間取りを把握するだけでもかなり苦労した。どうやら明かりを消しているようだ。
仕方なく部屋の明かりをつけて視界を良好にする。
パッと部屋の明かりが灯り、目の前の視界が良好になっていく。
「んだよ、勝手に部屋の明かり点けてんじゃねぇぞボケがぁ!」
部屋の中でそんな声が漏れ出した。少女の声だった。
明らかに寝起き直後で不機嫌そうな声色であった事が伺える。
「御免、起こしちゃった?」
「んだよ、新八かよ!」
声の主が新八だと分かった途端、さっきまで寝ていた神楽はより一層不機嫌さを増した声色へと変貌していく。
それに続いて、隣で眠っていた定春も目を覚ましたらしく、背筋を伸ばして大欠伸をし始めている。
「何の用アルか新八ぃ? まさか寝込みを良い事にこのプリチーな私を襲い来たつもりアルかぁ? お前この小説を18禁小説にするつもりかよボケがぁ!」
「神楽ちゃん。自意識過剰も程ほどにしないとうざったいだけだよ。そうじゃないよ」
軽く溜息をつきながらも、新八は神楽が思っていたよりも元気だった事に安堵していた。
「神楽ちゃん、銀さんの話って、もう聞いた?」
「聞いたアル」
どうやら先ほどの話は既に神楽にも話していたようだ。
まぁ、それ位のことは既に知っていたのだが。一応尋ねてみただけである。
「神楽ちゃんは、どっちが良いと思う?」
「何の事アルか?」
「なのはちゃんのことだよ。もしかしたら、なのはちゃんこっちの世界に残るかも知れないって言ってるんだよ。神楽ちゃんはそれでも良いの?」
「……」
新八の問いの神楽は答えなかった。だが、その顔色からして明らかに思いつめている顔であった。
「か、神楽ちゃん?」
「私だって分からないアルよ……本当だったら、絶対に何処へも行って欲しくないって言いたいアル。でも、そんな事をしたって、幸せなのは私だけアル。なのはは……なのははどっちが幸せなのかって考えると……どうにも言えないアルよ」
何時になくしんみりとした答えだった。もし、今までの神楽だったら回りが何と言おうが自分の欲望に忠実な発言をしたはずだ。
だが、その中には神楽だけじゃなく、なのはの意思も込められている。
大事な妹分であるなのはを悲しませたくは無い。その思いがある故に神楽も反論が出来なかったのだ。
「新八、私のやった事って、間違いだったアルかぁ?」
「僕にも分からないよ。僕だってなのはちゃんと別れるのは辛いと思ってる。でも、なのはちゃんが自分の生まれた世界で生きたいって言うんだったら、僕達はそれを邪魔する訳にはいかないじゃないか」
二人にとっても、既になのはは掛け替えのない存在となってしまっていた。
だが、出会いがあれば同じように別れがある。
この別れもまた運命として受け止めなければならないのだろうか。
「考えてみたら、僕達ってずっとなのはちゃんと一緒だったもんね」
「と、言うか、私達の思い出ってずっと銀ちゃんとなのはのワンセットの思い出しかなかったアルよ」
新八の初めての出会いはまだファミレスのバイトをしていた時のことだった。
禄に仕事が出来ず、店長や店に来ていた天人達に嫌がらせを受ける毎日。
そんな時に、姿を現したのが銀時となのはだったのだ。
あの出会いを切欠として、新八は万事屋で働く事となった。
神楽もまた、同じように出会い、そして共に江戸で暮らす家族となった。
その家族の一人と、今別れるかも知れないと言うのだ。
しかも、その決断に自分達は一切口出し出来ないのだから。
***
日は既に傾き、空には満天の星空と大きな月が顔を覗かせている。
なのはが高町家に寝泊りしてから既に二日経っていた。
約束の時間まで後半日だ。
だが、肝心の答えがまだなのはの中には出来て居ない。
「はぁ……」
此処の家の人達が用意してくれた部屋の中で、なのはは一人溜息をついていた。
聞いた話によれば、この部屋は以前長女の美由紀が使っていた部屋であり、もしなのはが居たらそのままなのはの部屋になっていたと言うそうだ。
その為、なのはが来る前は此処はあき部屋同然だったと聞いている。
急遽用意された為か姉の生活の名残が所々に残っている。
背比べの跡、時代遅れのタレントのポスター、とかとか。
それらもまた今まで自分が居た江戸の町とは何処か違っていた。
「この二日間。とっても楽しかったな……」
ふと、なのはは此処で生活していた二日間を思い出していた。高町家の人達と一緒に食べた食事の味。
知り合いになれたアリサやすずかとの楽しい会話。
ほかにも士郎がコーチしているサッカーチームの練習試合に乱入してチームメイトの度肝を抜いたり、恭也とすずかの姉である忍の大人な場面を覗いてしまったりもした。
とにかく、この二日間はとても充実した日々であった。
だが、少し物足りない感じがした。
江戸の世界とは違い毎日が安定した暮らしを送る事が出来る。誰も飢える事がない。平和な日々。
一方、江戸の町では満足に生活できない人も居る。町を歩いていたら攘夷志士に突然切られてしまうような恐ろしい事もあるし、エイリアンに襲われる危険性もある。
だが、同時にそれがなのはの冒険心や好奇心を掻き立てる要因にもなっていた。
危険の中にある冒険。それが江戸の世界で味わえる最も楽しく、そして甘美な味であった。
その味が、この世界にはないのだ。
それが少し退屈ではあった。だが、だからと言ってこの世界が嫌いだと言うのではない。
何処かこの世界は自分と良く似ているのだ。そして、同時に自分が江戸の世界で何処か浮いた存在だと言う事実に気付きだしていた。
「明日はいよいよ答えを出す日……なんだけどなぁ」
ベットに転がり、そのまま体を伸ばす。実際の所を言うと答えなど全然決まっていない。寧ろ白紙も同然だった。
そんな状態で明日答えを言えと言うのだから無茶も良い所だ。
だが、決めなければならない。少なくとも銀時達は後数日後には江戸に帰ってしまう。
もしそうなった場合、恐らく江戸に戻れる可能性はなくなってしまうだろう。
しかし、このまま自分は江戸の町に残って良いのだろうか?
自分が生まれたのはこの世界だ。江戸の世界は自分にとっては全く異なる異世界だと言える。そんな異世界に何時までも長居してて、回りは迷惑じゃなかっただろうか?
そんな心配をすると、自分の答えがどんどん遠のいていく気がした。
決められない。決める事が出来ない。
そのもどかしさがなのはの心をきつく締め付けていた。
風の音と共に、窓を叩く音がした。
不自然な音だった。
風が当たったにしては音の響きが規則的に聞こえていたのだ。
「何だろう? 鳥でもぶつかったのかな?」
疑問に感じたなのはは部屋の隅に取り付けられたカーテンを開いた。其処に居たのはフェイトだった。
フェイトが窓を数回叩いたのだ。
「フェイトちゃん!」
即座に窓を開き、彼女を中に招き入れる。フェイトの姿は普段の姿ではなく、黒いバリアジャケットを纏っていた。
「どうしたの? こんな時間に」
「なのは、お願いがあって来たの」
「お願い?」
疑問に首を傾げるなのは。そんななのはに、フェイトは決意を胸に目を強めて彼女を見た。
そして、思い切って口を開いた。
「なのは、私と一緒に来て」
「行くって、何処へ?」
「母さんの待っている時の庭園へ……母さんが、なのはに会いたいって言ってるの」
「フェイトちゃんのお母さんが?」
話をし終わった後、フェイトは少し不安に思っていた。実際なのはは一度母プレシアに会っているのだ。
だが、その出会いは決して良い出会いとは言えなかった。散々虐待するプレシアをとめたなのはに対し、ジュエルシードを取り出そうと苦しめた経験がある。
もしかしたら嫌だと言って断られるかも知れない。
もしそうなったら、本当はしたくはないのだが実力行使に出るのも辞さないつもりだった。
「良いよ」
「え?」
「フェイトちゃんのお母さんに会うのって初めてなんだよねぇ。どんな人なんだろうね?」
(お、覚えてない! 何で?)
なのはの発言にフェイトは疑念を感じていた。なのははプレシアとの経緯を全く覚えていないのだ。
だが、それはフェイトにとっては好都合だった。これで無理やりなのはを連れて行く必要がなくなったのだから。
「有り難う、なのは。それじゃ、行こう」
「あ、ちょっと待って!」
急ごうとするフェイトを其処に待たせ、なのはは机に向う。
引き出しから筆と紙を取り出し、何かを書き始めていた。
「何してるの?」
「置手紙書いてるんだ。突然居なくなっちゃうと皆心配しちゃうかも知れないからね」
置手紙を書き終わり、その場に筆を置くと、今度こそフェイトの前になのはは歩み寄ってきた。
「良いよ。さ、行こう」
「うん。有り難うね、なのは」
嬉しそうにフェイトは頷き、なのはの手を握る。
それから、二人は夜の空へと飛び上がり出した。
「うわぁ、月があんなに綺麗に見える!」
「今夜は満月だね」
二人は空を飛びながら、目の前に映る大きな満月を見ていた。とても綺麗で、そして、とても大きな満月であった。
フェイトの胸の内には期待で一杯だった。これからはなのはとずっと一緒に居られる。
自分と、アルフと、母と、なのは。
これからは四人で楽しく暮らしていくことが出来る。
そう思っていたのだ。
プレシアの真相に気付くこの時までは―――
つづく
後書き
次回【決闘は予約を入れてからしろ!】お楽しみに
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