我が剣は愛する者の為に
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強者の在り方
縁から引き受けた頼みを遂行する為に胡蝶は気配と足音を殺し、城の内部へと侵入する。
普通に戻るだけなら気配などを殺す必要はないのだが、縁から引き受けた頼みの内容は苑意が寝泊まりしているであろう離れの潜入調査。
間諜の話によると監視の兵士はかなり多く、潜入は困難らしい。
おそらく縁や胡蝶クラスの武人で成功できるかどうかだろう。
本来、縁が調べ物を終えてから潜入するつもりだったが、話を聞いた胡蝶が引き受ける事にした。
胡蝶達の泊まる部屋辺りまではすんなりと入れたが、離れに近づいて行くたびに監視の数が増えていく。
(見られて困るのがあるみたいだね。
さて、どんなものかな・・・)
監視の多いところは糸を巧みに操り、物音などを立てて気を一瞬だけ逸らす。
逸らした瞬間を狙い、素早く移動。
隠密はこれは初めてだが、頭の回転と氣の応用で切り抜いて行く。
順調に進んでいくが。
(おっと・・・)
離れが肉眼で捉えられる距離まで近づいたが、監視兵の数は確認できるだけで二十は超える。
さすがに氣と糸だけで突破するのは困難になってきた。
離れは豪華な装飾で彩られており、それらは全部民から絞り上げた物から作られたのだろう。
足を止めて、ここをどう切り抜けるかを考えていると、後ろから複数の足音がこちらに向かって近づいてくるのが聞こえた。
ちょうど身を隠す物陰があり、そこに移動して観察する。
やってきたのは兵士と屈強な体をした男四人だ。
男の身なりを観察した限り、街の住民であるのが分かる。
兵士は何も言わず、男達はきょろきょろと周りを見ている。
城の内部、それもかなり奥まで入ったのは初めてだからだろう。
物珍しそうな視線をしている。
兵士は何も言わず、彼らは離れに入っていく。
ただの村人を連れてくる意味。
胡蝶は少し考えたが答えが出てくる訳がなく、結論は中に入って確かめると言う事になった。
監視兵がいるが潜入できない訳ではない。
(さて、まずは誰から沈めていくか・・・)
糸を使い、監視兵を気絶させていくプランを考え、実行しようと辺りを見回そうとした時だった。
「こんな所で何をしようとしている?」
「ッ!?」
声は後ろから聞こえた。
誰だか確認せずに後ろに向かって回し蹴りを繰り出す。
突然の胡蝶の回し蹴りを受け止め、そのまま足を掴んで壁に叩きつける。
体勢を立て直す前に首に剣の刃を当てられる。
襲撃者は雲流。
「動く影が見えたから近づいてみれば、司馬懿殿だったとはな。」
(ちっ、見られていたとはね。)
内心で舌打ちしながら、袖に隠してある糸に氣を送る。
しかし、どうして近づけたのだろう。
周りの気配にはかなり気を配っていた。
それなのに雲流が近づいていたなんて、声をかけられるまで気づかなかった。
(考えるのは後。
今はこの状況を切り抜ける。)
糸による攻撃をしようとして、それよりも早く雲流は腰にある小さな小瓶から針を取り出し、胡蝶の首に突き刺す。
瞬間、全身に痺れが走り力を失い、床に倒れてしまう。
氣を練るおろか、呼吸すら厳しい。
(ど・・・ど、く・・・・)
雲流は膝を折り、腰にある小瓶を見せつける。
「この小瓶には強力な神経毒が入っている。
死にはしないが、全身に痺れが広がり指を動かすのも厳しいはずだ。
司馬懿殿は頭が切れるそうでな、早めに手を打たせてもらった。」
雲流は縁達が忍び込んでくるのを想定していた。
故に賊の討伐の時、後ろから縁や胡蝶の実力などを分析していたのだ。
倒れている胡蝶を抱き抱えて離れに向かって歩き出す。
監視兵は雲流の様子を見に来たが、既に終えたのを確認して持ち場に戻る。
「この場で殺すと後始末が面倒何でな。
離れでとどめを刺させてもらう。」
「あ・・・ッ・・・」
舌も痺れ、言葉も紡げない。
離れの内部も豪華な装飾で彩られているが、外と比べるとまだ控えめなほうだ。
胡蝶を床に寝かせ、剣を抜く。
剣先を心臓に向ける。
「何か言い残す事はあるか、と聞こうとしたが喋れないな。
お前を殺した後、関忠殿には適当な理由をつけて帰ってもらう。」
そう言ってから剣を振り下ろす。
剣が心臓を貫こうとする前に。
「まてぃ!」
声がかかった。
声に反応して剣を止める。
奥からやって来たのは、黒い水晶玉を持った苑意だ。
「何も殺す必要はなかろう。」
「しかし、この者を生かしておくと後々面倒な事になる可能性があります。」
「分かっておるが、報告ではかなりの使い手なのだろう。
そろそろ武人にも効くかどうか試したくなっていたところだ。」
「ですが、これ以上使えば命に関わります。」
「分かっておる。
明日の夜まで牢屋に入れておけばよかろう。」
「・・・・・・・了解しました。」
「うむ。
では、こいつらを例の所へ。」
苑意の後ろから男達を連れて来た兵士の姿見える。
さらに後ろには目が虚ろの男達が立っていた。
兵士が来い、と言うと頷きもせずゆっくりとした足取りで着いて行く。
まるで魂の抜け、人形に成り果てたように見える。
雲流は胡蝶を持ち上げて、地下の牢屋へと連れて行くのだった。
「・・・・・・・遅い。」
朝になった。
調べ物や頼み事を終えたという報告を兵士から聞き、俺自身の調べ物も終えた。
後は胡蝶の話を聞くだけだ。
集合は俺の部屋になっているのだが、朝になっても胡蝶はやって来ない。
いつ来ても良いように調べ終わってからずっと起きていたのだが、来る気配がない。
胡蝶に頼んだ頼みは、離れの侵入調査。
間諜から大体の監視兵の数は聞いているから、侵入するのは難しい。
なので無理はするな、とは言ってある。
あいつが朝になっても来ないということは、何かあったのは間違いない。
「ともかく探しに行くか。」
最悪、離れに侵入しないといけなくなるが問題ない。
大事な仲間がそこにいるのなら。
俺は部屋を出ようと扉に近づくが、外から扉が開けれる。
胡蝶か、と思ったが入ってきたのは雲流だった。
「関忠殿に報告したい事があってな。」
「手短に頼む。」
「司馬懿殿についての報告だ。」
司馬懿、という名前に少し動揺したが表には出さない。
「苑意様から曹操殿に早馬で頼みたい事があってな。
当初は関忠殿に頼む予定だったが、司馬懿殿に偶然会って、彼女に話すと快く引き受けてくれた。
昨日の夜には司馬懿殿は城から出発している。」
雲流の発言を聞いて、憶測が確定へと繋がった。
こいつらは胡蝶を捕まえている。
昨日の夜に離れに忍び込もうとしていた胡蝶を捕まえれば、必然と俺が指示を出したということに気づく筈だ。
例え出してないにしろ、俺の部下であるのだから問い詰めてもおかしくはない。
なのに、雲流は何食わぬ顔で胡蝶が昨日の夜に城を出たというあからさまな嘘を俺に言った。
彼はこう言っている。
見捨てろ、と。
この嘘をわざと信じて自分の城へ戻れ、と。
そうすれば胡蝶の一件はナシにするつもりでいる。
何が目的なのか全く読めない。
沈黙が続き、睨み合うこと数十秒。
「・・・・・・そうか。
なら、俺達も隊を纏めて城に戻るとする。」
返事を聞いた雲流はほんの少しだけだが、軽蔑を籠った視線を向けて軽く息を吐く。
何も言葉をかわさず、部屋を出て兵士を集め、隊を組んだ。
特に見送りもなく、さっさと街を出て華琳の居る街へと戻るのだった。
雲一つなく満月が綺麗に輝く夜。
苑意の城にある離れでは十人の兵士、眼が虚ろの屈強な男達四人と雲流に苑意、そして捕まった胡蝶が広間に集まっていた。
胡蝶は神経毒を定期的に与えられ、未だに身動きができない状況。
苑意は黒い水晶玉を持ちながら、唇を歪める。
「今日と言う今日をどれだけ待ち望んだか。
一人もやる事なく、体調は万全だ。
ぐふふ、これが成功すればさらに戦力が強化される。」
これからする事に楽しみにいていたのか、興奮を隠せずにいられない。
そんな中、雲流はしゃがみ胡蝶の耳元で囁く。
「関忠殿は、曹操殿の城に戻っていった。
つまり、お前を見捨てたのだ。」
簡潔でシンプルな言葉を投げかける。
胡蝶は絶望に打ちひしがれた顔でもするかと思いきや、彼女は笑っていた。
笑う意味が分からない雲流であったが、苦し紛れに笑っているのだと判断し、離れる。
黒い水晶玉の覗く。
真っ黒で何も見えないはずの水晶玉に床に倒れている胡蝶の姿が映る。
確認した苑意は水晶玉を掴み、念を送る。
すると、ドクンと胡蝶は身体に異変を覚えた。
まるで心臓を掴まれているかのような苦しみと圧迫感。
意識が薄れていく。
神経毒の影響ではなく、胡蝶と言う人格を奪われ、別人になっていくのが分かる。
抵抗したくても、神経毒のせいで身体は動かず、氣も練れない。
気が遠くなり、眼を閉じかけたその時だった。
広場にある一つの窓が外側から衝撃で割れ、誰かが入ってきた。
胡蝶と眼が虚ろの男達以外の全員がそちらに視線を向ける。
集中が切れた苑意に呼応して、水晶玉に映っていた胡蝶の姿は消え、応じて薄れかけていた胡蝶の意識もはっきりしてくる。
窓を突き破って侵入してきたのは、刀を抜刀した縁だ。
「関忠!
貴様、何をしにここに来た!!」
お楽しみを邪魔されたのが相当頭にきたのか、苑意は憤怒の念が噴出する。
激怒する苑意とは打って変わって雲流は冷静に思考していた。
(なるほど、司馬懿殿が笑っていた意味が分かった。
彼が此処に来ることを分かっていたのだな。)
「何をしにここに来たか、か。
貴様の悪事をあばきに来た。」
「悪事だと!?
身に覚えのない事を言いに、私の離れの窓を突き破ってきたのか!!」
「根拠はある。」
はっきりと力強く発言する縁の言葉に、苑意はわずかにだが後ずさりした。
「まずは賊による被害件数の数の違い。
曹操の所を含めた各州牧、刺氏が治めている街の被害の件数とこの街の被害件数の数が圧倒的に違いがある。」
「わ、私の兵士はしっかりと仕事をして、賊が蔓延らないようにしているから当然だ!」
「これだけなら偶然とか、何とでも言い訳が効く。
だが、根拠はこれだけではない。
死傷者の数だ。
ここ数日の賊による村の住民の死傷者の数も違いが出ている。
何より一番重要なのは、この城を中心とした村には他の城が統治する村と違った被害が多く出ているということだ。」
「ち、違いだと?」
「近辺の村には死傷者とは別に行方が分からくなった住民が多数出ているということだ。
その数は近辺の村の死傷者の数を大きく超える。
曹操の村でも被害が出ていたが、ここと比べると全く被害の数が違う。
逆なんだよ。
お前の統治する村は行方不明者の数が多く。
こちらでは死傷者の数が多い。」
華琳の城から出発するまで調べてきた内容と、ここに着いてから兵士達と自分で調べた情報を纏め提示していく。
「ついでに街の方でも行方不明者が出ている。
ちょうど、後ろに立っている男達四人もそうだな。」
虚ろな目をして立っている男達に視線を向ける。
同じだ。
賊を討伐しに行った時に対峙した賊達と。
「そして、これが決定的な根拠だ。
連日、賊による被害。
これはこの城を中心とした周囲数里離れた街や村に対してしか被害が出ていない。
洛陽やかなり離れた地域ではこのような被害が出ていないそうだ。」
華琳に地図を貸してもらい、被害の地域を分布図で表した時、被害範囲の形がこの城を中心に円ができた。
華琳の知り合いで範囲から外れている州牧に聞いた所、それほどの数の被害は受けていないと言う答えが返ってきた。
「だが、疑問が残った。
いくら賊と繋がっていても、討伐されれば数は減る。
兵士を代用するわけにはいかないのに、こうも断続的に賊の被害を出す事ができるのかずっと疑問だった。
それも今、分かった。」
刀の剣先を苑意が持っている黒い水晶玉に向ける。
「その水晶玉は対象の氣を封じ込み、操る力を持っている。
胡蝶から氣を奪っているのが分かった。
水晶玉を利用して、拉致した村人たちを賊に変装させ襲わせていたんだな。」
刀を握る力が強くなる。
昨日、村を襲った賊達。
あれもおそらくは洗脳された村人なのだろう。
知らなかったとはいえ、罪のない村人を殺した事を知り罪悪感が縁を襲う。
彼らの罪滅ぼしとして、この馬鹿げた騒動を終わらせる。
「他の村を襲ったのは物資の略奪と戦力強化といったところか。
この本には昨日、密かに運搬した資材についての細かい詳細が書かれている。」
一冊の本を見せ、苑意の顔色が確かに苦いものへ変わった。
「ふっ、だからどうした!
お前が私がやってきた事をあばいた所で誰が信じる!」
「認めるんだな、辺りで起こっている騒動の黒幕はお前だと?」
「そうだとも、私が考え、兵達に指示した!
私は強者だ!
弱者の物を奪って何が悪い!?
それを使ってより高みへ行こうとすることの何が悪い!?
弱者である民は私に寄生し、政策が悪ければ不平不満を漏らす!
私が奴らを生かしてやっているのを忘れてな!!
だからこそ、私は強者である特権を使い、支配する!」
「苑意様、それ以上は。」
雲流が止めに入るがもう遅かった。
縁はニヤリ、と笑みを浮かべる。
その時、入り口の扉が開いた。
苑意達はその方に視線を送り、入ってきた人物を見て眼を見開いた。
「何故だ・・・・なぜ貴様がここに居る・・・・曹操ッ!!」
入ってきたのは左右に春蘭、秋蘭を引き連れた華琳だった。
「縁から貴方の悪事をあばくから証人になってくれと言われてね。
昨日の夜に早馬でこちらに来るように言われて、一晩かけてここに来たのよ。
にしても、城付近の警備が甘すぎるわね。
簡単に城まで潜入する事ができたわ。」
「じ、自分の城はどうした!?」
「優秀な部下たちに任せてあるわ。」
「か、監視兵ッ!!
監視兵は何をしている!!」
「何故俺がわざわざ窓から侵入してきたのか疑問に思わなかったのか?
離れを監視する兵士は全員仲良く寝ている。」
狼狽えながら苑意は後ろに下がる。
さっきまで愉快に笑っていた顔は消え去り、冷や汗を流しながら青い顔つきへ変化する。
「さて、苑意。
覚悟はいいかしら?
洛陽には私の知り合いが居るから、きっちりとあなたの罪を裁いて貰おうじゃない。」
凛とした表情で苑意に近づこうとするが。
「お前達、何をしているッ!
さっさと殺せ!
こいつらさえ殺せば、あとはどうにでもなる!!」
その前に苑意が兵士達に号令をかけた。
戸惑っていたがこのままでは自分達も裁かれると考え、兵士達は剣を持ち、華琳に斬りかかる。
刃が華琳に振り下ろされる前に、春蘭の大剣が阻止する。
「華琳様に剣を向けるなどと、笑止千万ッ!
まずは私を倒してからにするんだな!!」
剣を弾いた衝撃で隙が生まれ、そこに強烈な一撃を与える。
刃ではなく剣の腹で攻撃したのは、洗脳されているかもしれないという配慮だろう。
華琳の隣では秋蘭が鏃を削った矢を五本連射し、兵士達を沈めていく。
「安心しろ、殺しはしない。
が、罪は償ってもらうぞ。」
二人が兵士達の相手をしている間に、縁は倒れている胡蝶に駆け寄った。
「おい、しっかりしろ!」
「だ・・・だいじょ・・ぶ。
痺れ・・てるだ、け。」
神経毒が薄れてきたのか、途切れ途切れで話をする。
命に別状はない毒であるのを確認し、一息吐くが傍にいた苑意と雲流の姿が見えない。
離れの奥に視線を向けると、二人が走り逃げていくのが見えた。
「華琳!
胡蝶を頼んだぞ!
俺は苑意を追う!」
「分かったわ!」
鎌で兵士と応戦しながら答える華琳の声を聞き、縁は足を強化し、急いで追う。
奥に進むと、一つの個室があり扉が開いていて中に入る。
床の一部は開閉式の扉になっていて、そこが開いていた。
緊急の脱出口だろう。
扉に潜ると、地下を掘ったらしく通路が続いている。
通路を松明で照らしてあり、奥から足音が聞こえる。
最大まで強化して全速力で追い駆ける。
途中、道を照らしていた松明が消えているのに気づき、速度を落とす。
先は真っ暗で何も見えないが、恐れていては逃げられてしまう。
壁伝いに走っていると、ふと壁が途切れた。
どうやら少し広い間に入ったようだ。
瞬間、何かが空を切る音が聞こえ、前に飛びこむ。
「よく避けたな。」
「この声は雲流か。」
声のする方に向けてクナイを投げるが、壁に弾かれる音が聞こえた。
気配を探るが自分以外の気配を感じない。
(完全に気配を断っているとはな。
時間稼ぎか。)
「関忠殿の実力は知っている。
正面から戦えば負けるが、暗闇に閉ざされた空間に気配を断てば、勝機はある。」
神経を集中させ、気配を探るがやはり感じない。
雲流は時間稼ぎではなく確実に縁を殺すつもりでいるらしい。
「貴様は苑意のしている事が分かっていて加担していたのか?」
「当たり前だ。
でなければ、こんな風に関忠殿を殺そうとはしない。」
暗闇に目が慣れる時間は大体数分。
慣れるのを待っていては駄目だ。
相手は容赦なくこちらを殺しに来ている。
悠長に待っていれば死のは確実だ。
「私は貧民街で生まれた。
生まれながらにして弱者として生きてきたが、苑意様の弱肉強食の制度のおかげで強くなれた。
誰もが否定する制度があったからこそ、今の私がいる。
苑意様に仕え、共に歩むと誓った。
邪魔をする者は誰であろうと殺す。」
静かな殺意を感じる。
それは空間全体に広がり、どこに雲流が居るか分からない。
だが、部屋はそれほど広くない事は分かった。
「これは俺の持論だが、雲流はただ苑意に付き従っているだけで仕えてなどいない。」
「何だと?」
「主が間違った道に進もうとしているのならそれを止め、正しい道へ導く。
これが俺の中で仕えるということだ。
お前はただ恩を返すだけを考えて、言われた通りに従うだけで主が間違った道を進むのを止めなかった。」
「黙れッ!
貴様に・・・何が分かる!」
小瓶から神経毒が塗られた針を取り出す。
確実に動きを封じ込めて殺す。
背後に忍び寄り、首筋に針を刺そうと腕を近づけたが縁の右腕が、針を持つ手首を掴んだ。
「なに!?」
そのまま振り向き、雲流に拳を叩き込まれ、吹き飛ぶ。
気配は完全に断っていたのに、どうして接近されたのがばれたのか分からない。
「お前は気配を完全に断っているだけで周りの環境と一体化しようとしなかった。
俺は自然に囲まれて修行したおかげで、自然の氣が感じる事ができる。
一体化していないせいで、お前自身の氣が少し浮いていたおかげで位置を特定する事ができた。
まぁ、それも部屋が狭いおかげだな。
広ければ特定するのは厳しかった。」
眼も少し慣れたのか、雲流の姿を少しずつ捉えつつある。
起き上がりながら剣を抜き、構える。
「例え、私の仕え方を間違っていても、苑意様を慕いついて行くのに変わりない。
何があってもこの命尽きるまで、戦うのを止めん!」
腹の底から出す咆哮のような叫び声を挙げて、接近する。
袈裟切りを繰り出すが、見切られかわされる。
左拳を顔面に叩き込まれ、後ろの壁まで吹き飛び、そうしてようやく意識を失った。
「その忠義、素晴らしい。
敵ながらあっぱれだな。」
称賛の言葉を送り、苑意を追いかけようとして、出口付近で人の気配を感じた。
出口から来る人間など限られている。
「戻ってくるとは意外だな、苑意。」
「ぐひひ、名案を思い付いてな。」
「ほう、なら試してみろ。」
「後悔するがいい!」
苑意は手に持っている水晶玉に氣を送り、集中する。
水晶玉には縁の姿が映り、彼の氣を水晶玉に封じ込めようとする。
瞬間、縁は心臓を掴まれるような感じを受けた時に。
「喝ッ!!」
空気を震わせるような声と氣を発した。
今まで縁の氣を封じ込めていた水晶玉全体に大きなひびが入り、縁の姿が見えなくなった。
「そ、そんな馬鹿な!?」
「やっぱり水晶玉を使ってきたか。
氣を扱う訓練をしてきたんだ。
そんな道具一つで俺を操れると思ったか?」
袖からクナイを飛ばし、ひびの入った水晶玉に駄目押しの一撃を加える。
クナイが刺さった水晶玉は半分に割れ、地面に落ちた衝撃で粉々になった。
「あ、ああああああ!!
私の力が!!」
水晶玉が壊れ、慌てふためく苑意だが。
「苑意よ。
貴様は自分の事を強者と言ったな?」
「ひっ!」
視線を上げれば、目の前に縁が立っていた。
「確かに弱者は弱い。
弱さを盾に言い訳する輩が多いのは認める。」
「な、なら!!」
「だがな、力を盾にして弱者を一方的に虐げて良い訳がない。
俺達のような強者の在り方は、常に前に立ち、弱者である彼らの目標になる事だ。」
縁の脳裏に一刀の姿が思い浮かぶ。
彼も最初は弱者だった。
けど、今は努力し前に立っている縁の隣に並ぼうとしている。
「弱者を育て、いつか目標となった俺達を追い抜かす日を待つ。
貴様のやっている事は、力を盾にし弱者を踏みにじり、優越感に浸っている屑野郎に過ぎない。
だからよぉ・・・・」
両手を握り締めて、彼は叫ぶ。
「腐った性根を叩き直してやるよ!
歯ぁ喰いしばれッ!!」
「ひ、ひぃぃ!!」
逃げようとする苑意の襟首を持ち、左手の拳で顔を殴る。
一発では終わらない。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」
拳の弾幕で苑意の身体に何十発の拳を浴びせる。
氣で強化せず、死なない程度に手加減してあるが、殴り終える頃には彼は気絶し鼻血など酷い有り様になっていた。
二人を抱えて、来た道を戻っていると華琳達も部屋の隠し扉からやってきた。
ボコボコにされている苑意の姿を見て、大体の事は理解したようだ。
夜が明けて、縁が連れてきた兵士は華琳達が引き継ぐ事になった。
苑意や雲流、その他兵士を洛陽に送り届ける必要があるからだ。
地位の高い苑意をおいそれと処刑するわけにはいかないので、洛陽に贈り然るべき処置を取らせないといけない。
未だに痺れが残っている胡蝶を縁は城に届けるために、華琳達と別れる。
「胡蝶を送り届けたら、洛陽に行こうか?」
「構わないわ。
縁も疲れているようだから、帰ったら休みなさい。」
と、言われたのでお言葉に甘えて休むことにする。
今は胡蝶と二人で城に向かって帰っているのだが。
「どうして、お前は俺に抱き着いているんだ?」
胡蝶は馬に乗らず、縁に抱き着くような形になっていた。
彼女が落ちないようにしっかりと支えながら、馬をたずなを掴むのは正直やりずらい。
「いいじゃない、痺れがまだ残って上手く馬を操れないの。」
そう言いながら胸などを当ててくる辺り、確信犯と言える。
「でも、無事でよかったよ。
次からは無茶しないでくれ。
お前は俺の大事な仲間なんだからな。」
優しく微笑みながら語る縁の顔は眩しく、一瞬だけ胸が高鳴った気がした。
縁の胸に顔を預けて、眼を閉じる。
今日は色々あって疲れたので、ひと眠りする事にする。
寝ようとする胡蝶に気づいた縁は、腕に力を入れて寝やすいようにする。
馬を走らせることなく、ゆっくりと城に帰るのだった。
後書き
ようやくオリジナル話終わりです。
次からは本編に戻ります。
誤字脱字、意見や感想などを募集しています。
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