ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~
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番外編:或る飛龍の物語
或る飛龍の物語《3》
ヘンデル作曲、『オンブラ・マイ・フ』。
一般的には『ラルゴ』と呼ばれる曲式の曲で、オペラ『クセルクセス』にて主人公のペルシャ王クセルクセスが歌う曲。
白いピアノで少女が弾いているのはその曲だった。
木陰への愛をうたった柔らかい音が森中に広がっていく。
やがてその時間は終わりをつげ、ピアノの音が余韻を響かせ、消える。
「上手だな」
素直にハザードは拍手をする。
すると、オレンジ色の髪を持った少女はびくっ!と体をすくめると、こちらを向いて笑った。
「ありがとうございます。ごめんなさい、人がいらっしゃったんですね。気付きませんでした」
「いや。俺の方こそ邪魔して済まなかった。俺はハザードという。種族はサラマンダーだ。君は?」
「エミリーといいます。種族はプーカです。以後お見知りおきを」
行儀よくぺこりと頭を下げた少女の自己紹介を聞いて、ハザードは少々驚いた。
音楽妖精プーカ。
恐らくスプリガンに次いでこのアルヴヘイムで少ない種族だ。
そのパラメーターや得意スキルは、ピンからキリまで非戦闘系で埋め尽くされ、もともと戦闘は苦手な生産職のレプラコーンよりも戦闘に不向きな種族だ。むしろ戦闘は不可能といっても過言ではないほどだ。
その名が示す通り、楽器を使った演奏が得意。最近ALOではやり始めた『フェアリィ・ダンス』用の《音を詰めた瓶》も彼らのハイレベル吟遊詩人が作成して売っているものだ。
つまり、レプラコーンよりはるかに純度の高い生産職。戦闘力はアルヴヘイムで最も低く、自分たちの領土か中立域以外でその姿を見ることはほとんどできない。旧ALOでは「絶対にアルフになれない種族」と揶揄されていたらしい。
「ここはプーカ領なのか?」
「あ、いいえ。ここは中立地域です。と、いうか……」
エミリーはそこで言葉を区切ると、少し迷うようなそぶりを見せてから続けた。
「ここはアルヴヘイムのどこでもありません。普通のプレイヤーは入ってこられないはずなんですが……」
普通のプレイヤーは立ち入ることができないエリア……ハザードはそれに関する噂を聞いたことがあった。
結界エリア。
最近ALOの端々で見られるようになってきた不思議な空間。選ばれたプレイヤーのみが入ることを許された空間。
「じゃぁ君がこの空間の主なんだな」
「一応、そうなりますね……」
もともとプーカは放浪する種族だ。複数の大規模レイド……もといキャラバンを組んで、自領土内を放浪する。時にはほかの領土に行くときもあり、傭兵職業を生業とするスプリガンやケットシーなどはその時に護衛に駆り出されることがある。
白い家は彼女のものだろうか。基本単独で行動することの無いプーカが、こんな場所で一人で暮らしているのだろうか。
「普通はここに人は入ってこれないはずなんですが……なんででしょうね。神様が、ハザードさんを呼んでくれたんでしょうか」
面白いことを言う奴だな……。ハザードはそう感じた。どこかシャノンやグリヴィネと似通った神秘さを感じさせる少女だった。
「君は、ここに一人で住んでいるのか?」
「はい。ちょっと事情があって、領土から抜け出してきたんです……」
レゲネイド。
《出奔者》《背教者》などを表す単語。この《アルヴヘイム・オンライン》では、自領土を抜け出したり、追放された者のことを指す言葉だ。自分の種族に関係なく行動するプレイヤーの事で、現在は種族間のひずみがなくなってきたため、この言葉は意味をなさない者となってきている。
つまりこの少女は、かつてつかわれていたのと同じ意味でのレゲネイドということなのだろうか……?
それより、ここからでなくてはいけない。セモンが心配して大鷲のところまで行ってしまっては厄介だ。あれは、俺の獲物だ―――――
「……すまないが、急用があってな。ここから出る方法を教えてもらいたいのだが……」
「あ……はい。向こうの方に、小さな鳥居みたいなのが見えると思います。そこを出れば、一応アルンの近くの森に続いていると思うんですが……」
「そうか。ありがとう、助かった」
ハザードは背中の翼を広げた。本来サラマンダーの赤い半透明の翅があるべきそこには、『竜翼』とでも呼ぶべきものが生えている。これはハザードのアカウントが、チートアカウント《ファーヴニル》だったころの名残で、現在は《ザ・バーニングバーン・ドラゴン》レノンを、《獣聖》のスキルである《融合》を起動させることで自身に憑依させ、展開させる力の一端である。
本来はこれに加えて竜尾を出現させることで、理性の20%と引き換えにボスモンスター補正を得られるアビリティだが(その場合はカーソルは有効モンスターを示す黄色に変わり、名称も《ファーヴニル・ザ・ハザード》に変更される)、現在は羽だけの出現だ。機動力がかなり増し、スピードが上がる。急ぐ時には重宝するスキルだ。
「それでは、さらばだ」
「あの!ハザードさん」
エミリーの声に、いざ飛び立たんとしていたハザードは急制動をかけられる。
「……なんだ?」
「あの……よかったら、また来てくれませんか」
エミリーが差し出したのは、オレンジ色のクリスタルの嵌ったネックレスだった。彼女の首にも同じものがかけられている。結界エリアに立ち入るための許可証だ。
「……わかった。機会があれば、また来よう」
「ありがとうございます。あの、呼びとめてしまってすみません」
「いや。じゃぁ、今度こそ」
ハザードは竜翼をはためかせると瞬時に飛び上がった。
これが、ハザードとエミリーの出会いの物語。ハザードの命をかけた戦いの始まり。
後書き
はい皆さんお久しぶりです!!そして投稿日でご覧になってる方はまたも叫んだことでしょう。
「DAO編じゃないのかよ!!」
と。
というわけで今日は久々のハザード編でした~
次回もお楽しみに!それでは!
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