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小料理屋”伴鳥”(ばんちょう)、恋姫世界で営業中! ※地方への出張開店も承っております。

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第一話 小料理屋伴鳥、建業へ出張

 時は後漢の末、中央の乱れから端を発した、中華全土を巻き込んだ大戦が巻き起こった。各地に群雄が立ち、それぞれがそれぞれの天下を目指して戦う、まさに戦国の世だ。
 全土を恐怖と、貧困と、そして明日への絶望に陥れたそれは、先の秦の衰退からの楚漢戦争の如く、長きに渡ってこの中華を荒廃させるだろうと、下は百姓、上は相争う当事者たる諸侯達までもが思っていた。

しかしそんな時代は、唐突に終わりを告げる。
中華全土を呑み込まんとした闘争の炎は、全土から彗星の如く現れた英傑達によって急速にその勢いを削がれたのだ。英傑達は曹操、孫権、劉備の三人の元に集い、彼女らの力を以てそれぞれが魏、呉、蜀の三国を興した。三国はそれぞれの王の掲げる大義も違ったが、互いに争う事をせず、話し合いによってこの大地に生きる全ての人に平和をもたらした。

…実はこの大戦は二人の邪仙が招いたものであり、その狙いは中華の消滅である。三国が話し合いを以て講和したのは、その暗躍を阻止したいからだ。
 そんな愚にもつかない噂が真しやかに囁かれた事もあったが、異例の形態をとっての終戦に、何かしら特別な理由を見出したかった誰かの仕業であろう。

 兎にも角にも、戦乱の時代は終わり、新たな秩序の下での再興の時代が始まったのである。



そしてここはそんな三国の内の一つ、孫武の末裔を称する孫一族を筆頭とする呉の国の首都、建業。
 中国南方に広大な土地を有する揚州の北方に位置し、雄大なる長江と、母なる海に挟まれた場所にある。

 そこに訪れる人は多い。建業は呉の首都であり、交通の要所であり、経済の中心でもあるからだ。
 ある人は、国をより発展させるために、(まつりごと)に必要な地方の情報を持ってくる。ある人は河から海へ、海から河へ、それぞれの目的地に行くための移動手段を求めてやってくる。そしてある人は、日々の糧を得るため手に商品を手に、あるいは商品を求めて銭を片手にやってくる。

 そんな建業は今、夏の盛りである。
 雲ひとつない蒼穹の下、只でさえ多い人の行き来で、街中はうだるような暑さに包まれていた。その暑さにうんざり顔で空を見上げる人もいるが、多くの人はそれよりも目の前の事に集中をしていた。

「さぁ、魚はいらんかね! 何、どうせ塩漬けか、さもなきゃこの暑さで腐ってるんじゃないかって? とんでもねぇ、今日の朝獲れたばっかりの新鮮な奴だ、嘘だってんならこっち来い! そんでもって、よっくみてみろってんだ!」

「はいよってらっしゃい、よってらっしゃい! この呉の国からはるか西、大秦国から来たっていう金の首飾りだ。こんなのが手に入るのは、扶南と交易してるこの建業でだけさ!」

 つまり商売、人としての営みだ。物を売ろうと、店に立ち寄ってもらおうと張り上げる声が、あちらこちらで聞えてくる。彼らから発する熱気は、降り注ぐ太陽の光にも負けず劣らずのものだった。
 ようやっと中華全土を巻き込んでの戦が終わった今日日、人々の生きようとする力は、まさに天を衝かんばかりのものだった、という事だろう。

さて、そんな夏の入道雲が如き勢いの建業に、風変わりな三人の旅人が城門をくぐってやってきた。

「…ついた」

 先頭を歩くのは一人の男性だ。
 まずの印象としては、大きい。そこらを歩く人波の間から、にょきりと彼の頭が見えるほどだ。顔は、目深にかぶった帽子が影をつくって見えづらい。ただ眠そうな、それとも何か常に思索していそうな、涼やかに細められた目が印象的だ。
 名を鳥居純吾という。字はない。姓が鳥居、名前が純吾だ。
 そんな大男が、がちゃりと背負った荷物の位置をなおすと、言葉少なにそう言った。

「うあ゛ぁぁぁ~。やっと休めると思ったのに、街の中の方があっついってどうゆう事よ…」

 振返った先にいた少女が、少女らしからぬ声をあげる。
 白いふわふわとした帽子と、その下にある燃える様な色の髪が最初に目を引く少女だ。まぁ、それが最初に目に飛び込んでくるのに丁度良い背の高さをしている、というのも考慮に入れないといけないが。
 顔立ちは、可愛らしいという言葉がしっくりくる。ぷっくりとした卵を逆さにした様な輪郭に、ぱちっと開かれた目と小生意気な鼻梁、小さな花弁が二枚乗っているかのような唇が彼女を彩っているからだ。もっとも、本来なら勝気で生命に溢れた表情をしているその顔は、今は旅の疲れでげんなりとしていた。
 名は伴亜衣梨、こちらも純吾と同じで字はない。珍しい名である。

「はっは、善き事ではないですか。この熱気の、なんと生に充ち溢れている事か! まこと、孫王は良き政をなさっておられる」

 最後に笑って答えたのは、もう一人の連れの少年。
 この中では一番背が小さい。十をようやっと超えた位の年頃にしか見えない少年は、しかし大いに注目を集めていた。それは、今もガラランガラランと、少年と一緒に笑い続ける大きな荷物のせいだけではない。
 猫の耳と、猫の尻尾。
 それらが少年にあったからである。黒い毛並みの猫耳が、特注だろうか、耳がでるように穴のあけられた立派な兜の間からひょこりと覗く。また埃で薄汚れてはいるが、しっかりとした作りの上着と袴の間から、艶やかな黒い尻尾がふらふらと嬉しそうに揺れている。
 そんな彼だから、行きかう人はこう思い、注目を集める訳である。噂では、南蛮に住む者たちは猫耳尻尾があるという事だが、彼もその出なのだろうか? けれど、それにしては所作に卑しい所はないし…、ううむ、分からん、と。

「さって。それでは、主」

 通行人達の悩みなんてまるで知らず、にっこりとした顔のまま少年は純吾の前へ走り出て、そう問いかける。問いかけられた純吾は、どすんとしょった荷物を置いて、くしゃりと少年の頭を一撫でしてから言う。

「ん…。お願い、マオ」

 マオ()と呼ばれた少年の、これまた猫の様なくりくり目がひと際大きくなる。主と慕う青年に頼まれた事の嬉しさから、先ほどよりもきゅーっと口元がつり上がった。
 どすんと荷物を地面に置く。空いた両手を組み、頭を組んだ両手の位置まで下げる礼をした。惚れ惚れするような綺麗な拝礼だった。

「ではっ!」

 マオはにんまりとした顔をあげる。

「…おうっ」

 ぼそっと、けれども嬉しそうに純吾がそれに返した。
 マオは瞬時に拝礼をやめ、純吾に向かって走り出す。純吾も荷物を離した手を組んで、腰を落として待ち受けていた。たたんっ、とんっ、とマオは軽やかに跳躍し、純吾が組んだ手の上に足をかける。その瞬間、純吾は組んだ手を大きく振り上げ、マオも空高く舞った。
 蒼穹を背負い、くるくると回るマオ。突然の雑技に、どおぉっと建業の住民が湧く。
 やがて、純吾達が立っているすぐ後ろの家の瓦の上に、音も無くマオは降り立った。そして振り返り、どこからそんな声が出てくるのか、建業全体に響き渡るような大声でこう言った。

「さぁさ建業に住まう皆々様! 我が名はマオ、ただのマオ()にごさいまする! そしてこれなるは、天下一とは言わねども、天下唯一の料理の腕を持つ我が主鳥居純吾と、その女房役「はあぁっ!?」の伴亜衣梨にございます。我ら荊州にて小料理屋伴鳥なる店を構えておりますが、本日はこの地まで行商に参りました!
……就きましては、どなたか我が主に腕を振るう場を貸しては下さらまいか!?
 そも楽を得ようとすれば、楽しむべき時を逃してはならぬと言いまする。我が主が手をかせるのはただ一店のみ、時を座視して見送り、どうして楽しみを得ることなどできましょうか!?」

 そこでどこから取り出したか、真紅の猫と瓢箪を掛け合わせた軍配を手に持ち、天に掲げて宣言した。

「只今をもって小料理屋“伴鳥”、呉国建業の都にて出張営業を開始いたしまするっ! 我らと共にこの都に楽を齎してくれる店は何処か!? さぁ、名乗りをあげられよっ!!」
 
 

 
後書き
一カ月音沙汰なく、大変申し訳ありませんでした。今回短いですが、とりあえず書けたところまで投稿させていただきました。 
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